拝啓、灯火の君へ
暗がりで壁に手をついて
足を引きずるように歩いていく
こうして必要なとき
明かりはいつも消えている
水辺に辿り着いても
体をそこに沈める以外
深さを知る術はなく
恐れながらそこを渡り切るとき
私は一度死んだ気になった
あなたがくれた手紙の通り
暗い屋敷の地下室には
洞窟に続く本棚があった
あなたがくれた言葉の通り
一歩目で心は挫かれた
頼もしいはずの灯火は
吹き抜けた風が消してしまった
しかし、どうにかここまで来た
旅も半ばといったところか
私は今一度手紙を思い出した
日暮れに訪ねていらっしゃい
その言葉から始まる美しい手紙は
隅から隅まで覚えたつもりだ
記憶の通りならば
もうそろそろあなたが出迎えてくれるはず
ふと、足元に触るものがあった
触れて確かめるが濡れて湿って
よく分からない
何度も呼んだがあなたは来ずに
私は諦めてそこで夜を明かした
通り抜ける小さな穴があるおかげで
孤独の穴蔵にも朝が来たのが分かった
やれやれと伸びをして
隣を見るとあなたがいた
つやつやと輝いた宝石のようなあなたが
ただ座っていた
偶然に偶然を重ね
生きたように死んでいるあなたは
書きかけの手紙を握っている
孤独を癒やしてくれる、君を待っている
ここから救い出してくれる、君を待っている
私はこの生活に蝕まれ、人といても寂しい
ならばと秘密の場所に来た
ここならどうにか優しい気持ちで
君に手紙が書けそうだ
愛する君、私は
その先はどんな言葉が続くのか
一瞬を切り取った写真のようなあなたの亡骸は
動き出すこともなく
日暮れに訪ねていらっしゃい
ならばあれはここでこうして
あなたが書いたの?
溶けるような光を纏った肌が哀しい
愛しくて思わず抱きしめた
ふと、胸に痛みが走る
突き刺さった万年筆と
死体のあなたが噛み合わなくて
私はあら?と首を傾げた
あなたの亡骸は私を抱き込むと
より一層ひやりと冷たく死んでいき
私は困惑のまま命を垂れ流した
愛する君、私は君との死を願っている。
必要なときに消える灯りなど望まない。
私の手で消せる灯りが欲しいのだ。
じんじんとペン先が話すのを聞いて
私は死体に殺された己を笑った