第六話 C棟教室にて
「うわ、埃っぽい!」
立てつけの悪いドアをやっと開ける事が出来た私は、教室内の空気に思わず咳き込んだ。
薄暗くて、じめじめしていて、しかも、何も物が無く気持ち悪い。
「しばらく使われてなかった教室だからね。掃除したら環境も改善されると思うよ。」
「この殺風景な教室なら、掃除も簡単そうですね。」
私は、優人先輩の目が教室の隅に向けられていることに気がついた。
「・・また霊ですか?」
「うん、男の人の幽霊だよ。」
迷わず答える優人先輩。
「じゃ、優人先輩、塩まきましょ、塩!」」
ここぞとばかりに知識をぶつけてみる。といっても、彩乃に調べてもらったんだけど。彩乃はかなりの情
報通なのだ。その情報網の広さは底を知らず、ジャーナリストも舌を巻くレベル。今まで何度も、私は彩乃に助けられてきた。
「塩は、止めておいた方がいいよ。」
誇らしげに腕を組んでいた私は唖然とした。
「盛り塩は下手にやるとそこに霊を閉じ込めちゃうから。その霊は浮遊霊みたいだから、また直ぐに出て行くよ。」
私はため息をついた。不発だったか・・。あれ、でも・・?
「優人先輩、その男の人の幽霊は成仏させないんですか?」
「うん。成仏してもらうには、自分が死んでしまったと霊達自分自身で認識してもらわないといけないんだ。それが、僕の仕事の大きな障壁なんだよ。」
先輩は教室の中に入った。優人先輩が一歩歩くごとに、埃がもわっと舞う。
私も、教室の中に入った。こりゃ汚いな・・。
「なんで生徒会はこんな部屋しかくれないんですかー? もっとましな部屋もありましたよー。」
「仕方ないよ、クラブにはちゃんとランクがあるんだから。」
優人先輩が教室を眺めまわしながら言った。
「ランク?」
「うん。そのクラブの活動実績によって、学期ごとに生徒会が更新するんだ。全く実績のないクラブはC棟で、良い実績を上げてきたクラブはA棟に入れられる。A棟の方が教室の整備がいいから、皆功績を残そうと頑張るっていう仕組みらしいよ。」
だから、一年生はC棟で三年生はA棟なのか。確かに、A棟にある音楽室は電子黒板や机ごとの端末、それに空調があったりして、確かに快適だった。
「で、作りたての私たちはC棟なんですね。」
「そういうこと。僕、掃除用具持ってくるよ。」
優人先輩はそう言い颯爽と走り去っていった。
でも、たった二人のクラブ活動を認められただけでも良かったよね。クラブの設立条件、校長と生徒会の許可は無理かと思ってたけど、案外すぐにオッケー貰えたし、校長先生も会長も結構面白い人だった。・・でも、なんで優人先輩は会長に会いたがらなかったんだろう? クラブを作って優人先輩の手伝いをしたいです、って言ったのは私だけど、別について来てくれてもいいんじゃないかな? 役員さんの目は怖かった・・。
廊下から、ガチャガチャと言う音。
「ただいま。」
優人先輩の姿を見た私は驚いた。両手には箒がそれぞれ二本ずつ、さらに、水が満杯まで入ったバケツが一つずつ。さらにさらに、頭にはこれでもかと言うぐらいの雑巾が高く積まれ、そのてっぺんにはまたバケツが載せられているのだ。
「よいしょっと。」
「ちょっと待ったー!」
そのまま教室に入ろうとする優人先輩を手で制止する。目をぱちぱちさせる先輩。
「頭のタワーが崩れます!」
優人先輩は、自分の頭に冷たい水がかかるところを想像したのか、身震いして自分の装備を外し始めた。
私は廊下に付いている、監視カメラをちょっと見た。
ひゃー怖い怖い。教室以外の全ての場所はカメラで監視されてるから、廊下を水浸しになんかしたら、すぐ先生か生徒会が飛んでくる。でも、優人先輩、可愛いところあるんだ。ただ地味な人なのかと思ってたけど。
「大西さーん?」
教室の中から声が聞こえる。見ると、もう掃除用具の山は消えていた。・・いつのまに。
「はーい!」
掃除、最終下校までに間に合うかな。
優人先輩が、さっとカーテンを開けた。眩い光に目を細める。
射しこむ夕日の光を受け、さっきまで廃れて見えていた教室が淡い金色に輝き、急に真新しく見えた。
ここで、私の部活が始まるんだ。私は、じわじわと何か温かい物が冷たかった体全体に広がっていくのを感じた。今、初めて思った。そうだ、私、中学生なんだ。
「優人先輩。」
優人先輩が振り向いた。
「中学校生活って、楽しいですか?」
優人先輩は微笑んだ。
「うん。楽しいよ。」
私も微笑んだ。するりと出た、自然な笑顔だった。




