第三話 生徒会執行部会長
体育館から教室に戻る道中。人の波に流されないよう気をつけながら、私は彩乃に校長先生の話について話した。
「そうかなあ。私はそうは思わなかったけど?」
「いや、絶対あれはD棟に何かあるんだって!」
私はうずうずしてたまらなかった。すぐにでもD棟を確かめたい。
「D棟に行こうよ、彩乃!」
「えー。でも近寄るなって・・。」
いかにも嫌そうな顔をする彩乃。
「大丈夫だって、行こうよー。」
彩乃は唸って悩む。彩乃は優柔不断な所があるのだ。
「止めておいた方がいいと思うがね。」
いきなり声が聞こえ、私と彩乃は飛び上がった。いつのまにか、隣にひょろりと背の高い、天然パーマの男が居たのだ。名札にはⅡ‐Aと書かれている。同級生だ。
「あ、俺の名前? 星だ。星隆斗。よろしく。」
握手を求めてきているのかな? この手は。少し睨むと、星は手をおずおずとひっこめた。
「そんなに睨まないでくれよ、飛び級生。」
飛び級生か。なんだか曖昧で、複雑な気持ちになる言葉だ。
「星先輩、なんでD棟が駄目なんですかぁ?」
駄目だ、彩乃のスイッチが入った。この女は男をロックオンするとこうなる。この後にも段取りがあるのだが、それを小四の時からやっていて、しかも落とせなかった男子はいなかったというのだから、恐ろしい。
「実は、あのD棟はいわくつきらしくてね。あの中に入った人は必ず不可解な死に方をするんだ。」
「不可解な死に方ですかぁ?」
「ああ。この前、D棟を取り壊す為の見積もりに来た業者はしばらくして所見山の木の枝に引っ掛かった状態で発見された。死後何日も経っていたそうだ。」
「でも、それは自分で上に登ったのかもしれませんよ。」
私が言うと、星はチッチッチと指を振った。
「発見場所は地上から四メートルも上の場所だった。しかも、その木には登れるような足場は無かった。
一介の見積もり業者の人間が登れるような物じゃない。しかも、死因は自殺じゃなかった。・・心臓発作だ。人間に心臓発作のタイミングなんて分かるはず無い・・そうだろ?」
心臓発作は突発的に起こるとテレビで言っていた気がする。だとすると、不自然だ。
「それどころか、今はこの街自体がおかしいからな。」
「この街自体がおかしい?」
私に星は頷いた。
「怪奇現象が多発しているんだ。どうやら、こういう時期は大体20~40年周期でやってくるらしい。」
怪奇現象の話は確かに良く聞く。お父さんは、不動産屋の仕事終りに何回か通りを通る幽霊を見たとか。
「君たちも気を付けた方がいいぞ。どこに何が居るか分からないからな。」
星がそう言うころに、階段が見えてきた。
「一年生の教室ぅ、この上の階なので、これで失礼しまぁす。さようならぁ、せんぱ~い。」
ひょこひょこと手を振り、人の波に紛れる彩乃。それに釣られて星もにやにやと手を振っている。先輩、あれのどこがいいんですか? やっぱり男は胸なんですか!? ・・私はどうしろと。
「でも、星先輩。なんでそんなに色々知っているんですか?」
星が急に顔を輝かせてきた。
「おお! よくぞ聞いてくれた! 俺はこの白鷺中学校創立時に発足した、オカルト部の部長なのだ!」
だからこういう事には詳しいのか。
「本当なら三年がやるべきなのだが、三年は幽霊部員が多くてね。ささ、オカルト的なことなら何でも聞いてくれたまえ!」
「いえ、結構です。」
即答。だって、知識はあるみたいだけれど、なんだか胡散臭いからだ。それに、彩乃にやられるような男子はあまり信用しない方がいい。これは経験上の話だ。
「そうか。ところで、君は霊がいると思っているかね?」
ノーダメージのようだ。早くどこかへ行ってくれないかな・・。
「あまり・・。何しろ、そのものを見たことが無いので・・。」
「よし、俺のオカルト部に入部すれば、霊を見る事なんて直ぐに出来るようになる! どうだ?」
顔が近いよ! う、鼻息がかかる・・。なんで私をそこまでして入部させたいんだろう?
「い、いえ、もうちょっと考えさせてください・・」
「いや、飛び級生、君は今すぐオカルト部に入らなければならない! 宇宙がそう言っている!」
駄目だ、頭がどうかしている。そう思った時、星が私の腕をつかんだ。痛い、痛い!
「や、止めてください!」
「駄目だ! 俺は君が入部すると言うまで放さんぞ!」
思ったより乱暴な人だったー! 大変だー! 誰か助けて・・って周り見て見ぬふりだし! 力強いぞ、この先輩! うぅ、お母さんとお父さんになんて言おう・・。
「わたくし、オカルト部に入部いたしました。」
「おお、さすが我が娘。精進せよ。」
なんて会話になるはずない! きっと病院行きだー! それで医者に黙って首を横に振られるんだー!
私がパニックに陥った時、凛とした声が廊下に響いた。
「おい、星! 勧誘活動はまだ解禁されていないはずだぞ!」
手がぱっと放された。え、何・・? 星先輩がかなり怯えている・・。どういうこと・・?
「し、白鷺の女帝、基月玲奈!」
じょ、女帝!?
「宇宙と交信するというくだらない理由で屋上に上ったことについての始末書をこの前書かせたばかりだと思うが?」
つかつかと、スタイルの良い、基月と呼ばれた女子が近付いてくる。なぜか片手には竹刀が握られているて、彼女の名札にはⅢ-Dと書かれている。三年生か。彩乃以上はあるだろう、はちきれんばかりの胸が、一歩ごとに揺れる。
「いや、基月先輩、その、これは・・。」
あたふたする星に、彼女はびしっと竹刀を突き付けた。
「問答無用! 生徒会規則第五十三条に基づき、お前にグラウンド百周と始末書の提出を命じる!」
会長が言い放った。がくりと膝をつく星。かっこいい・・。周りから拍手が起こった。いつの間にか、人だかりになっていたようだ。
「さすが会長! かっこいい!」
「星の野郎、またやってるぞー。バカだなあ。」
「ますます会長のファンになってしまいました~。次の選挙も頑張ってください!」
会長・・? 見ると、彼女は腕章を付けていた。“生徒会執行部会長”と行書体で書いてある。
「大丈夫か。」
「あ、すみません。」
差し伸べられた手につかまり、起こしてもらう。会長の長い黒髪が揺れる。
「こいつは規則違反をよくするんだ。気をつけてくれよ。」
黒い瞳に見つめられる。わぁ。やっぱりかっこいい・・。
くるりと踵を返し、会長は廊下に消えて行った。