まのわ番外・風音さんと弓花さんのスゴくどうでも良い話。
この話はまのわ書籍特典向けSSの依頼が来ることを想定して準備はしていたのだけれども、特にそんな話もなかったので普通に公開することになったまのわの番外編です。
これは風音と弓花が冒険を始めたばかりの、まだコンラッドの街に滞在していた時の話である。
「あー、今日も疲れたね。ごっはんごっはんー」
「はしゃがないでよ。子供……みたいなもんだけど、あんたは」
「あん?」
そんなやり取りを交わしながら、風音と弓花のふたりがコンラッドの街の中を歩いている。
彼女たちは、今日一日魔物狩りを行っていて、つい先ほど冒険者ギルド事務所で素材を売り払い、懐を暖かくしていた。
とはいえ日はすでに暮れかけている。元々魔物狩りを夕方までは行う予定であった風音たちは、宿屋『クックの鍋処』のリンリーさんに「夜は食べてから帰る」と告げていた。そのため本日の夕食は外で食べる予定となっており、風音は弓花を誘ってここ最近のお気に入りの食堂へと入ったのである。
「へい。らっしゃい」
風音たちが店の中に入ると、さすがに夕食の時間だけあって人がごった返していた。
「ちわーっす。二名なんですけど空いてます?」
「あいよ。カウンターでよければ並んで座れるよ」
「じゃあ、それでー」
店の親父に指示されるままに風音と弓花がカウンター席に座る。
「はいよ。メニューどうぞ」
「どうも」
それから親父に渡されたメニューを開いて風音と弓花がどれを食べようかとのぞき込む。メニューに書かれた料理は和洋中とバリエーション豊かで、その上にこの世界の料理のバリエーションも混ざっているようだった。
和洋折衷とは言うものの、マーボー丼とラザニアが同カテゴリーとなっている。自分の世界の常識が通用しないと風音は改めて認識しながら、どれを食べようかとメニューとにらめっこをしている。
「んー、どうしよっかなー。とろろ蕎麦も良いけど、やっぱり昨日と同じトンコツラーメンを頼もうかな。あ、バリカタじゃなくて今日は普通でお願いします」
「バリ? カタ? なんでえ、それは?」
風音の言葉に親父が首を傾げている。その様子を見て風音はとあることに気がついた。
前回、この食堂でトンコツラーメンを頼んだときに特に注文なしに麺がバリカタだったのだ。その理由を風音は気にしていたのだが、どうやら親父はトンコツラーメン=バリカタと考えているようだった。つまりは麺の硬さを変える概念を持っていないのだ。
(異世界か。やっぱり私たちの世界との違いってのは大きいモノなんだね)
風音は少しばかりのカルチャーショックを受けながら、親父に柔、普通、カタ、バリカタ、粉落としなどのことを簡単に説明することにした。そして、風音の話を聞く内に親父の顔も徐々に真剣なものへと変わっていったのである。
「……ということなんだよ」
風音の説明を聞いて親父が唸る。
「なんてことだ。トンコツラーメンには麺の硬さを調整する楽しみ方なんてものもあるっていうのかい。お嬢ちゃん……あんたぁ、もしかして天才なんじゃあないか」
その親父の賞賛の言葉に風音は首を横に振る。
「私はそんな大した人間じゃないよ。他の人よりもちょっとモノを知ってるってだけだから」
そう言いながらも風音はそこそこドヤ顔だった。
一方で親父は、風音からもたらされた革新的なアイディアに感銘を受けていた。既成概念の破壊。古い考えしか持たない中年にはない若い発想(と親父は思っている)が、親父の心を強く奮い立たせていたのだ。
そんな風にやる気になった親父を見て風音は肩をすくめて苦笑する。
(おやおや、少々現代知識を披露しすぎてしまったみたいだね。現代知識チートをこんなにウッカリともたらしてしまうなんて私もまだまだ甘いなぁ)
風音は己の迂闊さについ自嘲してしまったのだ。
そんな様子を横で本当にどうでも良さげに見ていた弓花だったが、一区切りついたようなので「私は親子丼で」と言ってメニューを親父に返した。
その注文に親父の顔が一瞬驚きのモノに変わったが、すぐさま得心いったとばかりに頷き、流れ出た冷や汗を拭った。
「なるほどね。天才の相方は食通ってことかい。良いコンビだな」
親父がボソリと呟き、弓花の顔を見て改めて頷いてから「待ってな。最高のヤツを用意してやる」と言って炊事場へと入っていったのである。
「どういうこと?」
「さあ?」
風音と弓花がともに親父の言葉とリアクションに首を傾げたが、その理由はすぐに判明することとなる。
ミンシアナ郷土料理『親子丼』。
それはベチョムヒトーゲコータという、腹の中で子供を育てる習性を持つ紫色のイボガエルの魔物を調理したものである。
ベチョムヒトーゲコータは倒すと腹の中から子供カエルが出てきてプレイヤーを襲うタイプの魔物で、『親子丼』とはその体内に酒を流し込んで子供カエルを酔わせ、母親の表面をパリッと油で揚げてご飯の上に乗っけたどんぶりメシのことを言うのだ。なお、酒漬けの子供は生きたまま踊り喰いである。
それは現地の者ですら躊躇するビジュアルのメニューだ。成人式での度胸試しに頼む強者などもいるのだが、そのグロテスクな外見に反して深みのある味わいで、食通の間では有名な料理だった。
「イヤァアアアアアアアアアアアアアアア」
そして注文をしてから三十分後。先にできたトンコツラーメンを食べ終わった風音の横では、出てきた料理を前にすさまじい絶叫をあげて倒れるポニーテールの少女がいた。
なお風音の伝えた麺の硬さの概念はその後、各地の食堂に知れ渡り、瞬く間に隣国にまで響き渡ることとなる。
そして風音が再びトンコツラーメンを注文した頃には、もう粉落としが注文できるまでに浸透していたのだが……それはまた、これより未来の別の話。今は白目を剥いた弓花の介抱こそが風音がやらねばならぬ事であったのだ。