【首都ロッサム2】
ベリルが目覚めると、隣の寝台は空だった。
このままここに居た方がいいのか、それとも探しに部屋を出た方がいいのか、ベリルが判断に迷っていると、扉が開いてアウインが入ってきた。
「あ、ベリル起きたね」
そう言ったアウインは、昨日までとは違うローブを身に付けている。
ローブで覆われているせいで見えないが、中に着ている物もきっと違うのだろうと、ベリルはぼんやりと思った。
「これに着替えてくれる?」
手渡された布包みを開くと、そこには衣装が一式入っていた。
「え? これって……」
寝巻きを貸されて、昨日脱いだはずの服が、置いた場所に無い事にベリルが気が付いた。
「ん……ごめんね。悪いとは思ったけど、処分した」
悪いとは言いながら、アウインの言葉に後悔の色は無い。
血に染まり、所々焦げた衣装は、確かにもう着れるような物ではなかった。
「それはいいんだけど、これ俺に?」
「うん。多分サイズは大丈夫だと思うんだけど」
「ありがとう」
ベリルはそれだけ言うと、寝巻きを脱ぎ、真新しい衣装を手に取ると身につけて行く。
彼がそれ以上何も言えないのは、口には出さないアウインの優しさが嬉しくて、泣いてしまいそうだったからだ。
最後にローブを羽織ると、紐を締めた。
「大丈夫そうだね?」
「うん!」
新しい衣に、少しだけ前向きな気持ちが湧いてきたベリルが、これからの事を聞こうと口を開きかけた時、扉をノックする音が聞こえてきた。
「お食事が出来ましたので、よろしかったらどうぞ」
今まで携帯食である干し肉を少しばかり齧るばかりで、食事らしい食事を取っていなかったベリルのお腹が、食事の一言に空腹を訴えて鳴いた。
通された食事の席には二人だけで、モルガナイトの姿はなかった。
使用人に確認すると、すでに彼女は町の巡回に出た後らしく、午後までは帰らないと言われた。伝言を言付けると、二人はそれまでの間、ロッサムの町を歩く事にしたのだった。
オアシスに迫り出すように立つ石造りの塔は、かなり大きい。
先端は雲にも届きそうなほどで、その造りは他に見ることはできないものだ。
そのすぐ下で、アウインとベリルはタワーを見上げていた。
「これがメモリアルタワー?」
確認するように聞いたベリルが、タワーから隣へ視線を移すと、柔らかな笑みを浮かべたアウインが頷く。
「この中には、アウイン兄ちゃんの記憶もあるんだよね?」
「うん。あるはずだよ? と言っても、見れるのは代々ロッサムを収めている長だけだから、実際にどうなっているか僕にも分からないけど。興味があるんだ?」
「う、うん? そ、そうだね! どんな風に記憶が残るかは、気になるかな? えへへへ」
歯切れが悪く、最後はごまかすようなベリルの様子に、アウインは首を傾げたが、全身で突っ込んでくれるなというオーラを発しているベリルに、苦笑を浮かべて話題を変える。
「さっきは服しか見る時間無かったから、色々買いたいものがあるんだけど、いいかな?」
「うん。俺も色々見たい!」
「行こうか?」
差し出された手に、ベリルは戸惑う様子でアウインを見上げた。
「ここは人間も多いし、ベリルはまだ【羽落ち】じゃないからね、用心のためだよ」
そう言われてしまえば、振り払うわけにも行かず、ベリルは己のケチなプライドに蓋をした。
そうしてしまえば、小さな頃から憧れているアウインと、手を繋ぐ事は嫌ではなかった。
単純に、照れと羞恥心がベリルの素直になるのを邪魔をしただけだった。
もしここにシトリンが居たら、大喧嘩の幕開けだったのだろうが、ここに件の少女はおらず、ベリルはアウインの手を繫ぐと歩き出した。