【首都ロッサム1】
所々に点在している小さなオアシスに寄りながら、アウインとベリルそして馬たちの一行は通常よりも早いスピードで、一路ロッサムに向かっていた。
最低限の旅の用意しかない状況では、強行軍に成らざるをえなかったからだ。
空が夕焼けに染まる頃には、聳え立つ石の塔が見え始め、完全に太陽が地平線に隠れる頃には、ロッサムの町並みを目にすることが出来た。
砂漠の道なき道を走り続け、ようやくその姿を目にしたとき。
ベリルの体力は既に限界に近く、それを見守り続けたアウインもほっと安堵したのは仕方がないだろう。
エルフの首都ロッサムは、エルフという種族の全情報が集まる場所だ。
何も情報を持たないのならば、情報が集まる所に行くのが当然だ。
羽落ち前のエルフは、タワーと繋がっていないので、シトリンからの直接の情報は得られないが、アウインたちは僅かな情報でも欲しかった。
「うわぁ。ここがロッサムかぁ」
砂を遮るように建てられた外壁に沿うようにして、外門へと馬を進める。
村にはないそれを見上げて、感心するベリルにアウインは苦笑を浮かべた。
「ベリル、とりあえず村長に会うから、失礼の無いように。いい?」
「うん」
ベリルはアウインの言葉に、些か緊張の面持ちで頷くと、先程とは打って変わって、大人しくアウインに並ぶ。
「待て!」
ようやくたどり着いた外門。
一人の警備兵が走り寄ると、警戒するように剣に手を置きながら往く手を塞ぐ。
「私は、ランカ村のアウインと申します。こっちはベリルです……実は、私の村が何者かに焼け落とされ、妹が連れ去られました。至急モルガナイト様に面会を求めたいのですが」
「何? それは本当か! しばしここで待たれよ」
一人の兵士が門の内へと走っていくのを横目に、アウインは目の前に居る警備兵に一枚のカードを渡す。
「確かに、身元は確認した。しばし待たれよ」
「はい。それと、馬たちに水を与えたいのですが」
「それならば、こちらで預かろう。おい!」
警備兵の言葉に、見るからに若そうな警備兵が走ってくる。
「お願いします」
「お預かりします」
警備兵に乗っていた馬の手綱を手渡すと、他の馬たちも大人しく付いていった。
馬たちを見送っていると、先程走っていった警備兵が戻ってきた。
「お会いになるそうです。どうぞこちらへ」
村長の家がある小高い場所からは、町が一望出来る。
立ち並ぶ家や店、水を並々と湛えた大きなオアシスと、その中央の水面から空へと伸びるメモリアルタワー。
ここはエルフ種族にとって拠点であり、記憶の場所……いや故郷そのものと言ってもいいほどの重要な場所だった。
その為か、他の村では見られないほど、警備のエルフたちが見回っていた。、
さすがに武器を向けては来ないものの、その視線はアウインやベリルの服の染みに注がれていて、警戒の色を強めていた。
「お連れいたしました」
そう声を掛けながら警備兵はドアを開け二人を招き入れると、持ち場へと戻って行った。
中に居た女性は、アウインたちの姿に一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに歩き出した。
そうして通されたのは居間で、座って待つように言うとすぐに部屋を出て行った。
「大丈夫、かなぁ?」
火事場を駆け回り、そのまま旅をしてきた二人の格好は酷いものだ。
村の状況を伝えるにはそのままの方がいいと判断したのはアウインだ。
けれど、整然と整えられた部屋に抵抗感を持つのはアウインも同じだった。
そんな所に、カツカツと足早な音と共に、一人の女性が入ってきた。
夜に見る桜のような色の髪を伝統的に編み上げ、まるで漆黒を帯びた煙水晶のように、輝く瞳には知性の輝きがあり、見た目は若くとも、その存在は威厳に溢れたものだった。
その姿に、アウインはその場で膝を付き、頭を下げる。
ベリルもアウインを見習い、慌てて膝を付くと、同じく頭を下げた。
「そのような挨拶は良い。由々しき事態が起きたと聞いた。はよう、わらわに聞かせるがよい……」
「はい」
村長の言葉にアウインは立ち上がり、目で進められた椅子にベリルを促し、自分も座ると、昨日の出来事を淡々と語っていった。
アウインの説明が終わると、それまで黙って耳を傾けていたモルガナイトが口を開いた。
「そうか。そのような事が……ただ、そなたらだけでも無事だったことは幸いじゃ。妹御のことはわらわも調べてみよう。しばしの時間が必要じゃ。ひとまず、休むが良い。……誰か、在るか? この者たちを客間に……」
すぐに現れた使用人に促されると、アウインとベリルは礼を言い居間を出て行った。
「胸騒ぎがするのう。わらわの杞憂であれば良いが……」
二人が去った後、夜の窓辺に立つとモルガナイトは葡萄色のローブの胸元をそっと握り締めた。
この辺りから、ブログの物と変わっていく予定です。