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記憶の羽  作者: ゆきがさね
第一章
7/10

【焔の町4】

 東の空が僅かに白滲んでくると、傍でクォーツが羽を震わせる物音で、アウインは軽く閉じていた目を開けた。

一晩中、寝ずに火の番をしていたせいで強張った身体を伸ばす。


「クオーツ。水を汲んでくるから、ここで見ててくれる?」

「クゥ」


傍らに眠るベリルを起こさないように立ち上がると、アウインは村に向かって歩き出す。

 ツン、と鼻に付く焦げた匂いと、陽の光に晒された凄惨な焼け跡に、彼の鼓動は僅かに激しくなる。

焼け跡から目を逸らしながら歩くと、すぐに目的だった井戸に着いた。

町の外れだったからか、綺麗なまま水を湛える井戸から水をくみ上げると、顔を洗う。

煤やら何やらで汚れているのが、多少でも綺麗になった気がした。

 そうして一心地付くと、足元に置いた鞄から鍋を取り出す。

見た目は小さな鞄なのだが、特殊な魔法が掛けられていて見た目以上に物が入るのだ。

 鍋に汲み上げた水を入れると、ついでに水袋にも入れる。

水袋だけ鞄に戻すと、鞄を背負い鍋を持ったまま、ベリルの元へと戻って行く。

 戻ってみれば、その場を離れた時のまま、ベリルは寝息を立てていた。


「ただいま。……少し、薬が多かったかな?」


火が付いたままの焚き火に、アウインは石を寄せ簡単に台にすると、その上に鍋を置く。

コポコポと音を立て始めると、目覚めを促すハーブを千切ってカップに入れ、そのままお湯を注ぐ。


「ベリル、起きて? ベリルッ」


アウインがベリルの肩を揺すりながら、大きめな声で呼び掛けると、ベリルが目を開けた。

しかし本当に開けただけで、ぼんやりと焦点の合わないまま、宙を彷徨う瞳に意思は感じられない。


「ベリル、これ飲んで」


アウインはその様子に、水を足して温めにしてから、ベリルにカップを手渡す。

言われるがままベリルは一口飲み、そして何度か飲み込んでいると、彷徨っていた焦点が定まってくる。


「起きた?」

「うん。やっぱり、夢じゃなかったんだ……」


ベリルの言葉に、アウインは黙って頷き、自分のカップに口をつけた。


「これからどうするの?」


こちらを向くベリルの顔は疲れた様子はあるが、それでも昨日よりは落ち着いたようだ。


「そうだな。追うにしても手がかりが何もない状態では動けないし、まずはロッサムにいこうかと思っている」

「ロッサムって、あの?」

「うん。とりあえず村のことを伝えないとならないし、ベリルのこともある」

「俺?」

「羽落ち前のエルフをうろうろさせる訳にはいかないからな」


焼いた村に早々戻ることはないとは思うが、他の村に助けを求めてもそこが襲われては意味がない。

そうなれば、エルフの首都であり、最大の町であるロッサムに向かうのが最善だと思う。


「そうと決まれば移動したいところだが、どうしたものか」


足とも言える馬は、火に怯えたのか焼け死んだのか、村にその姿はなかった。

クォーツが居るとはいえ、近場ならまだしも、さすがにロッサムまで二人を乗せて飛ぶことはできない。


「最悪、クォーツに近くの村まで運んでもらうか」


 そう呟いた時、遠くから響く蹄の音にアウインは振り返る。

朝日を背にした馬影が砂煙を上げるのが見えた。

近づいて来る馬を見れば、そのうちの一頭に見覚えがあった。

 指笛を鳴らせば一頭の馬がこちらに首を向けた。

速度を上げて走り出したのに釣られて、他の馬たちも後に続くように走り出した。


「お前たち、無事だったのか」


先頭を走っていた馬が速度を落としアウインの前まで来るとその鼻面を押し当てる。

汗に濡れた鬣をなでてやれば、ぶるり、と体を震わせた。

火事に驚いたのか、誰かが逃がしたのかはわからないが、馬たちは夜の砂漠を走り続けることでその身を守っていたのだろう。

 アウインは、側に転がっていたバケツを持つと、馬達を井戸まで連れて行き水をやり、燃え残った厩から飼葉をやる。


「こいつ、長の馬だ」


アウインの後ろを付いて来ていたベリルが、一頭の馬を撫でながら呟くように言った。

茶色い毛に理知的な瞳を湛えたその馬は、ベリルに鼻面を押し当てている。

飼い主ではないが、よく知る顔に安心したのだろう。


「そうかフライトの……お前がベリルを乗せてやってくれないか?」


アウインが撫でながらそう声をかけると、フライトの馬は鼻を鳴らし、任せろと言わんばかりにベリルに顔を付け、前足で地面を掻いた。

どこか警戒をしていた他の馬たちも、落ち着いたように見えた。


「さすが、アウイン兄ちゃんだね」


感心した様子のベリルの頭も撫でると、『俺は馬じゃない』とベリルが膨れた。


「昔から撫で易いんだよ、お前の頭は。さてベリル、馬は乗れるな?」

「大丈夫だよ」

ベリルは得意気にそう言った。


「それじゃあ、行こうか? さすがにここで夜は越せないからな」


焼けてしまったせいで、鞍も着いてない裸馬だったが、エルフの民には余り問題が無い。

 馬に乗ったまま弓を射るエルフ達は、自分の足で歩くよりも前に馬に乗ると言うぐらい、馬の扱いは慣れている。

背中に飛び乗るベリルを確認して、アウインも自分の馬に乗り軽く馬の腹を蹴った。

馬首を返しながら二頭が走り出すと、他の馬たちも二人の馬を追って走り出す。

 

 繋いだわけでもないのに、馬たちは隊列を組みながら、昇る太陽に向かうように走っていった。


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