【焔の町3】
火の手が上がる村を目にして、クォーツが着地するのを待たずに二人は飛び降りると、村の中心に向かって走って行った。
火の粉が乱舞し熱気が迫る中、途中の井戸で水を被り、また走り出す。
人影を見るたびに近寄り、その身体に触れて声をかけるが、どの身体も生命の欠片は残されていなかった。
「誰か居ないかっ!」
喉が嗄れるほどに叫ぶアウインの声に応える者はなく、業火が巻き起こす風の音ばかりが耳に痛い。
火柱に何度も行く手を遮られ、迂回を余儀なくされながら、フライトの家を目指した。
そして、見慣れた家を目にした、二人は一気に駆け込んだ。
村の奥にあったからか、幸いにも長の家に火の手は上がっていなかった。
「長ッ! しっかりしてくれ、フライトッ!!」
中に入って見えたのは、いつもと変わらない部屋と、入り口近くに倒れている二人の姿。
慌てた声を上げながら、アウインは長に駆け寄ると、クォーツにかけたときのように回復呪文を唱えた。
光がフライトの身体に当たっては、弾ける。
慌しく回復呪文を唱えては手を振っていたアウインの横に、フローを抱き起こしていたはずのベリルが膝を付いた。
「フローは?」
アウインが短く問えば、ベリルは今にも泣きそうな顔で、小さく首を振った。
唇を噛み締め、涙を堪えていたベリルが立ち上がる。
「シトリンを探してくるっ!」
走り出そうとしたベリルを、弱々しいフライトの声が引き止めた。
「ベリ、る……お前まで、捕ま……る」
「おっちゃん!」
「長!」
薄っすらと開けたフライトの瞳に、アウインとベリルの姿が映りこんだ。
「アウイン、すまな……い。突然……村が炎に……シトリンだけでも逃がそう……した、が……やつらに……人買いどもに……ほんと、に……すまん」
「謝らないで下さい。シトリンは僕が助けます。それよりも気をしっかり持って!!」
「おっちゃん、しっかりしてくれ!」
二人の声が届いたのか、最後に微かに微笑むと、フライトの瞳から急速に光が消えていき、その瞳が閉じられた。
アウインはやり場の無い怒りに拳を握ると、床に思い切り叩きつけた。
フライトの身体を抱き上げると、フローの隣にそっと降ろす。
「ベリル、行こう。直に、ここも火に飲まれる……」
二人で外に出ると、フライトの家の屋根にも火の粉がかかり始めていた。
一度だけ振り返り、その場で頭を下げた。
アウインは友人への餞に、ベリルは今まで面倒を見てもらった感謝の意を込めて……
そうして二人は火の手を避けながら、村の外へと踵を返した。
火を避けるながら、村の外れにあるオアシスまでやってくると、二人は後ろを振り返る。
それは、どこか非現実的な光景だった。
昨日まで、平穏な、どこにでもあるような村が、業火に飲み込まれていく。
生まれ育った故郷が、灰燼になろうとしていた。
「ダメだ」
今にも走り出そうとするベリルを、アウインが押しとめる。
「誰が、何で!!」
「…………」
ベリルの叫びは、アウインにも痛いほど分かった。
もし、ベリルが居なかったら自分こそが叫びたいほどに。
どれぐらいたったのか、舐めるように広がっていた炎は、いつしか燻るようになり、あちこちから、白い煙をあげていた。
村には僅かに焼け残った家の残骸が点在していたが、生き残った者は居ないようだった。
「ちくしょうっ!!」
焦りが見て取れるベリルに対して、アウインの表情は無く、彼のトレードマークとも言えるほど、普段浮かんでいる笑みも消えていた。
普段の彼を良く知る者からみれば、別人のようだと思われるだろう。
「アウイン兄ちゃん……」
アウインの纏ういつもと違う雰囲気に、ベリルは掛ける言葉を失う。
しょんぼりとしたベリルの様子に、アウインの表情が僅かに緩むと、その小さな肩に手を当てた。
「幾ら小さいとはいえ、村一つを焼いたんだ。もうこの近くには居ないよ」
「そんなの判らないじゃないかっ」
ベリルは、八つ当たり気味に肩に置かれたアウインの手を振り払った。
すると、その手が上がって、叩かれるのかと思ったベリルは身を竦ませる。
「ほら、あれが見えるだろう?」
その言葉に瞑っていた目を開け、アウインの指先を追いかけて見ると、地面に何かが描かれた後が見えた。
「なにあれ?」
近づこうとしたベリルを、アウインは抱きとめるように押さえ込むと、『魔方陣』と呟いた。
きょとんとした表情のベリルに苦笑を浮かべると、ゆっくりとした口調で語りだす。
「あれは移動用のものだ。あの大きさなら許容量は十人ぐらいかな? 円を描き特殊な術式を書き込むことで、指定の場所に飛べるようになっている。あれを使って、襲撃したやつらはシトリンを連れて逃げたんだろう……」
妹の名前だけ微かに揺れたアウインの声音に、ベリルは魔方陣からアウインへと視線を移した。
「じゃあアレを使えば、追いかけれるじゃないかっ」
今にも駆け出しそうなベリルがそう言うと、アウインは首を振る。
「もし、アレに細工がしてあって、出たところが火山や海の真ん中だったらどうする? それにもうあれは消えかかっているから、無事に出られるかどうかも判らない」
「そんな……でも、シトリンは……」
「大丈夫。シトリンは無事だよ。羽が生えるまではまだ一年あるし、すぐに僕が助け出すから。だから、今は身体を休めないと」
今にも崩れてしまいそうなベリルを支えると、アウインもまた心の中で『大丈夫』と呟いた。
灰の舞う故郷の村を、砂漠の夜が漆黒に染めていくのを二人は見ていた。