表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
記憶の羽  作者: ゆきがさね
第一章
6/10

【焔の町3】

 火の手が上がる村を目にして、クォーツが着地するのを待たずに二人は飛び降りると、村の中心に向かって走って行った。


火の粉が乱舞し熱気が迫る中、途中の井戸で水を被り、また走り出す。

人影を見るたびに近寄り、その身体に触れて声をかけるが、どの身体も生命の欠片は残されていなかった。


「誰か居ないかっ!」


喉が嗄れるほどに叫ぶアウインの声に応える者はなく、業火が巻き起こす風の音ばかりが耳に痛い。

 火柱に何度も行く手を遮られ、迂回を余儀なくされながら、フライトの家を目指した。

そして、見慣れた家を目にした、二人は一気に駆け込んだ。

村の奥にあったからか、幸いにも長の家に火の手は上がっていなかった。


「長ッ! しっかりしてくれ、フライトッ!!」


 中に入って見えたのは、いつもと変わらない部屋と、入り口近くに倒れている二人の姿。

慌てた声を上げながら、アウインは長に駆け寄ると、クォーツにかけたときのように回復呪文を唱えた。

光がフライトの身体に当たっては、弾ける。

慌しく回復呪文を唱えては手を振っていたアウインの横に、フローを抱き起こしていたはずのベリルが膝を付いた。


「フローは?」


アウインが短く問えば、ベリルは今にも泣きそうな顔で、小さく首を振った。

唇を噛み締め、涙を堪えていたベリルが立ち上がる。


「シトリンを探してくるっ!」


走り出そうとしたベリルを、弱々しいフライトの声が引き止めた。


「ベリ、る……お前まで、捕ま……る」

「おっちゃん!」

「長!」


薄っすらと開けたフライトの瞳に、アウインとベリルの姿が映りこんだ。


「アウイン、すまな……い。突然……村が炎に……シトリンだけでも逃がそう……した、が……やつらに……人買いどもに……ほんと、に……すまん」

「謝らないで下さい。シトリンは僕が助けます。それよりも気をしっかり持って!!」

「おっちゃん、しっかりしてくれ!」


二人の声が届いたのか、最後に微かに微笑むと、フライトの瞳から急速に光が消えていき、その瞳が閉じられた。

アウインはやり場の無い怒りに拳を握ると、床に思い切り叩きつけた。

フライトの身体を抱き上げると、フローの隣にそっと降ろす。


「ベリル、行こう。直に、ここも火に飲まれる……」


二人で外に出ると、フライトの家の屋根にも火の粉がかかり始めていた。

 一度だけ振り返り、その場で頭を下げた。

アウインは友人へのはなむけに、ベリルは今まで面倒を見てもらった感謝の意を込めて……

 そうして二人は火の手を避けながら、村の外へと踵を返した。


火を避けるながら、村の外れにあるオアシスまでやってくると、二人は後ろを振り返る。

 それは、どこか非現実的な光景だった。

昨日まで、平穏な、どこにでもあるような村が、業火に飲み込まれていく。

生まれ育った故郷が、灰燼になろうとしていた。


「ダメだ」


今にも走り出そうとするベリルを、アウインが押しとめる。


「誰が、何で!!」

「…………」


ベリルの叫びは、アウインにも痛いほど分かった。

もし、ベリルが居なかったら自分こそが叫びたいほどに。 



どれぐらいたったのか、舐めるように広がっていた炎は、いつしか燻るようになり、あちこちから、白い煙をあげていた。

村には僅かに焼け残った家の残骸が点在していたが、生き残った者は居ないようだった。


「ちくしょうっ!!」


 焦りが見て取れるベリルに対して、アウインの表情は無く、彼のトレードマークとも言えるほど、普段浮かんでいる笑みも消えていた。

普段の彼を良く知る者からみれば、別人のようだと思われるだろう。


「アウイン兄ちゃん……」


 アウインの纏ういつもと違う雰囲気に、ベリルは掛ける言葉を失う。

しょんぼりとしたベリルの様子に、アウインの表情が僅かに緩むと、その小さな肩に手を当てた。


「幾ら小さいとはいえ、村一つを焼いたんだ。もうこの近くには居ないよ」

「そんなの判らないじゃないかっ」


ベリルは、八つ当たり気味に肩に置かれたアウインの手を振り払った。

すると、その手が上がって、叩かれるのかと思ったベリルは身を竦ませる。


「ほら、あれが見えるだろう?」


その言葉に瞑っていた目を開け、アウインの指先を追いかけて見ると、地面に何かが描かれた後が見えた。


「なにあれ?」


近づこうとしたベリルを、アウインは抱きとめるように押さえ込むと、『魔方陣』と呟いた。

きょとんとした表情のベリルに苦笑を浮かべると、ゆっくりとした口調で語りだす。


「あれは移動用のものだ。あの大きさなら許容量は十人ぐらいかな? 円を描き特殊な術式を書き込むことで、指定の場所に飛べるようになっている。あれを使って、襲撃したやつらはシトリンを連れて逃げたんだろう……」


 妹の名前だけ微かに揺れたアウインの声音に、ベリルは魔方陣からアウインへと視線を移した。


「じゃあアレを使えば、追いかけれるじゃないかっ」


今にも駆け出しそうなベリルがそう言うと、アウインは首を振る。


「もし、アレに細工がしてあって、出たところが火山や海の真ん中だったらどうする? それにもうあれは消えかかっているから、無事に出られるかどうかも判らない」

「そんな……でも、シトリンは……」

「大丈夫。シトリンは無事だよ。羽が生えるまではまだ一年あるし、すぐに僕が助け出すから。だから、今は身体を休めないと」


今にも崩れてしまいそうなベリルを支えると、アウインもまた心の中で『大丈夫』と呟いた。

 灰の舞う故郷の村を、砂漠の夜が漆黒に染めていくのを二人は見ていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ