【迷宮2】
ベリルは、アウインの幼馴染であり、妹のシトリンの村で決められた許婚でもあった。
エルフの村全体に言える事だが、べリル達の村、ランカ村にも子供が少ない。
出生率も良くはない上に、成人を待たずに命を落とす者も多かったからだ。
それにはエルフ独特の、生態ともいえるものが関係している。
エルフの中心都市、ロッサムにある巨大な塔をメモリアルタワーと呼ぶ。
ここには、エルフとして生まれ、死んだ者達の膨大な記憶が収められていた。
祖先のエルフたちが、どういう目的で作ったのかは分からないが、代々それは叡智としてフィリアの村長に受け継がれていた。
その媒体となるのが記憶の羽と呼ばれるもので、これは一五歳に成長したエルフの背に、メリュジーヌ祭と共に生える物だ。
年に一度開かれるメリュジーヌ祭は、エルフたちにとって子孫を残すための大事な祭りで、外に出ていた全てのエルフたちが、この日故郷の村に帰ってくる。
中でも【羽落ち】と呼ばれる一五歳のエルフたちにとって、成人の儀式を行うという大事な日だった。
一五歳のエルフの背に祭りの三日ほど前から生え始める羽は、この日抜け落ち、まるでルビーのような結晶となる。
それは持ち主の生まれてからの記憶であり、すべてのエルフに共通する記憶の媒体となるものだった。
そうして結晶化したものを口にすることで、塔と繋がりを持ち、記憶を共有する事が出来る。
もし、この結晶を口に出来ないと、持っていた記憶を失い、更には記憶の上書きも出来ず、意思も自我も無い亡霊と化し、長寿の種のはずが数年で命が尽きてしまう。
いつからか、僅かでも子供を増やすようにと、エルフの村では幼い頃より許婚が決まっていた。
とは言っても、アウイン達が居た集落に居た子供は四人だけだったので、必然的に年の近かったシトリンとベリルは幼馴染み兼許婚、として育ってきた。
────しかし、この二人。
傍目にはとてもお似合いなのに、寄ると触ると喧嘩をする。
内容自体は他愛の無い事ばかりなのだが、その多さは数知れず。
婚約者同士というよりは、お互いをライバルとして認識していると言った方がいい。
そうして喧嘩が始めると、大体喧嘩に巻き込まれて、仲裁役をする羽目になるのがアウインだったのだが……
アウインの羽が抜け落ち、村を出るようになると、会う機会もおのずと減っていった。
依頼を受けて各地を飛び回っているアウインだったが、昨日ようやく村に戻ってきた所だった。
久しぶりに会ったはずなのに、彼は物凄く大人しく、帰還の挨拶を短く告げただけだった。
以前なら、シトリンと同じように、飛びついてきたものだが、さすがに成長したと思った矢先に、今回の出来事である。
足早に歩いていると、アウインの思考を遮るように、洞窟内に悲鳴が轟き、一瞬足を止めかける。
再度上がった確かな悲鳴に、アウインは走り出した。
アウインが悲鳴を頼りにかけつけると、そこにあったのは見慣れた少年の姿だった。
「う、うわっうわ!」
手にした弓で《大こうもり》を払っている小柄な少年が居た。
払うたびに金色の長めの髪が揺れ、若葉色の瞳が翡翠のように輝く。
慌てているからか、少年――ベリルは姿を消す魔法も忘れているようだ。
「ベリル! 消えながらさがれっ!」
アウインはクロスにボルトを番えなら、焦点を引き絞り叫ぶ。
すると小柄な頭がこちらに向けられて、一瞬遅れてベリルの姿が消える。
敵を見失ったモンスターが、右往左往する中で、じゃりと砂を踏む音が小さく聞こえ、ベリルの姿がアウインのすぐ近くに現れた。
「大丈夫か?」
目はモンスターに向けられたままそう問えば、「大丈夫」といくらか普段の声よりも掠れた声が聞こえた。
「もうしばらくそのままで居られるか?」
ベリルが頷いたのを認め、アウインは足音を殺しながら姿を消し、ベリルとは少し離れた位置に出ると、クロスを構えた。
アウインに気が付いたモンスターが近寄るよりも早く、番えられたボルトが薄闇の中を鈍い光を放ちながら、敵の肉へと吸い込まれた。
甲高い耳障りな悲鳴をあげ、宙を舞っていたこうもりが、突き刺さったボルトごと、地面に落下した。
アウインは、カチャ、と小さな音を立てクロスを降ろし、装填していたボルトを入れ物に戻すと、ベリルに近づき、その頭をぽんと軽く叩いた。
「姿を消す魔法は最初に習うんだから、忘れないように」
自身の魔力で風を起こし、その隙間に身をおくことで、消えたように見せる魔法。
これもまた、僅かな音で風の隙間を探すために、長い耳を持つように進化したエルフの特性の一つだった。
戦闘技術としては初歩の初歩で、最初に教えられる。
効率よく戦線を離れるためや、強敵から逃げる際に良く使われていた。
ただ難点は、連続で姿を消すには一定の待機時間が必要な事と、風を起こし続ける魔力を僅かずつながら、継続して消費するというものだ。
その為、長時間の使用は出来ず、使いどころを考えなければならない。
アウインは、そうして注意を与えた後、もう一つの重大な事を聞く為に、ベリルの正面に立ち直した。
拙い話を読んでくださってありがとうございます。
テンポよくあげていきたいと思いますので、これからもよろしくお願いします。