【空に響く音】
いらっしゃいませ。
誤字脱字は発見しだい訂正しております。
見渡す限り目に映るのは、目に沁みる程の空の蒼さと、光を受けて金に輝く砂の大地。
揺らめく蜃気楼には、近くにあるオアシスが浮かび上がっている。
グロシュラー大陸の北東、約四割を占めるガルダ砂漠。
その北に位置するエルフの最大の町はロッサムという。
過去に起きた巨人種族との大陸の覇権を争う戦から、双方ともその数は激減し、ここ数年は小競り合いはあるものの、しばしの小康状態を保っている。
首都ロッサム以外のエルフ達は、小さな集団に分かれガルダ砂漠に点在するオアシスを拠点に、小さな集落を作っていた。
「ん。やっぱり一日弾かないと、音が濁るなぁ」
眼前に砂漠を見下ろす小高い丘の崖っぷちで、リュートを片手にのんびりと笑う、エルフの特徴である尖った耳に、桜色の髪と若葉のような瞳を持った一人の青年。エルフ族は長寿の種族であり、二十歳までは人間の子供と同じように成長するが、【記憶の羽】とも呼ばれる成人の儀を迎える十五歳からは、成長がゆっくりとなり、見た目は二十歳ぐらいのまま数十年を過ごすので、見た目=年令とはいかない。
それは、エルフ族固有の特徴の一つとも言えるだろう。とはいえ、幾ら姿は老えずとも、齢を重ねた深みは増していき、その瞳には深い英知を湛えるのが普通である。しかしまだ青年には活気があり、落ち着くというにはまだまだま早い雰囲気があった。
事実彼は一九歳という、エルフにしてはまだまだひよっこ扱いされても仕方が無いほどの年令だったが、彼の村での扱いは、一人前のエルフの男であり、それは弓の扱いに秀でているという武術の才能と、人当たりのいい彼の人柄によるものが大きい所だった。
大事そうに抱えられた暗赤色のリュートは幼い頃、彼の母親から譲られたもので、ずっと彼と共に育ってきたものだった。
気を取り直して構え直した時、彼の頭上に僅かな影と共に、白いふくろうが横切り……落とされる小さな包み。
足元に転がった包みを目にしながら「ごくろうさま」とふくろうに微笑むと、ふくろうは彼の頭上を一度旋回してから、彼の故郷である村の方角に飛び去って行った。
霞んでいく小さな影を少しだけ目で追ってから、屈みこんで包みを手に取る。
かさりと立てた音に、書簡だと思いながら、訝しげにそれを開けた。
――アウインへ
ベリルがガルダ砂漠に入ったのを見たものが居る
すぐに連れ戻さないと危険だが砂漠は広いため、お前にも頼みたい
ベリルを見つけて連れ帰ってくれ
近隣はすでに村人達が探しているが、お前には砂漠の中央を空から探してもらいたい
追伸、妹は私が預かるので、心配はいらん
フライト――
開いてみれば、アウインの友人でもある集落の長、フライトからの手紙だった。
「ベリルのやつ。何をしているんだか……この砂漠に一人で入るなんて……」
彼はリュートを背負い唇に指を当てると、指笛の甲高い音が、乾いた風に乗って辺りに響いていく。
すぐに、黒い大きな影が太陽の光を遮り、形容しがたい鳴き声と共に強い風と共に舞い降りてくる。
彼の目の前に降りた大きな鳥は、虹色に輝きながらアウインに近づくと、軽く頭を寄せてきた。
羽を広げると成鳥で四メートル程になるこの鳥は、砂漠の岩山を生息地としていて、瑠璃色の羽が珍しい為に、乱獲されてその固体数を減らしていた。
密猟の罠に掛かっていたこの鳥を、アウインが助けて以来彼にとても懐き、時折アウインを乗せて砂漠の空を飛ぶ事もあった。
「ごめんね、クォーツ。食事途中だったんじゃない? でも、緊急事態なんだよ。僕を乗せてくれる?」
手の平よりも断然大きな頭を撫でながら、優しく声を掛けると、巨鳥――クォーツは地べたに這うようにして頭を垂れた。
「ありがとう、クォーツ」
アウインは持っていた鞄に包みを入れると、風に飛ばされないように、ローブの内にしまう。
体重を感じさせない軽やかな動きで、クォーツの背に飛び乗るとその背を撫でた。
彼の意図を感じたのか、クォーツは頭を上げるとその場で二、三度羽ばたき、その身体を空へと押し出した。
一定の高度でそのまま旋回する彼に、下を眺めながら、アウインは指示を出す。
「なるべく低めに、南を目指してくれる?」
アウインがそう言うと、クォーツは風に乗るようにするりと高度を落とし、一路南へと飛んでいく。
その姿は、青い空に輝く虹色の光として軌跡を残していった。