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第3話 とある勇者の1日・午前


生きるということは、ただ息をすることではない。

『生きている』と『死んでいない』ことの間には大きな隔たりがある。

この世界に来て何度それを実感しただろう。

この異世界に召喚されて早1年近く。

ニノマエ・ハジメ、当年とって21歳はそう悟っていた。


「……空気が美味い」


長く、深い呼吸を繰り返す。

その度に約2000mLの呼気が肺腑の中から入れ替えられていく。

通常の呼吸では1回につき約500mLと言われるが、今の体は「それじゃあまったく足りん! 大盛りで持って来い!」とばかりに貪欲に酸素を求めている。

今なら排出する呼気の中の酸素も1割引きと言わず5割、7割引き余り前!で出せそうだ。

もっとも、そんな人体の超越の仕方は『勇者』と言えどしていないし、過酸化状態(いわゆる過呼吸)で倒れそうだ。


何度か深呼吸を繰り返し、次第に呼吸を浅く整える。

別に「空気が美味い」と言っても別に登山に来ているわけではない。

軽く首を回せば短い草や所々に灌木の群生するまさしく平原という光景が映る。

叫んだところで木霊は返ってこないだろう。

そもそも山に登らずとも化石燃料の大量消費による大気汚染もないため、都市部でも空気は極めて清浄である。

それでも空気を特別に感じるのは、数分前まで『缶詰』にされていたからに他ならない。


それは ―――


「おーい、ハジメ! いつまで黄昏ているの!? さっさとそれをしまって来なさい!」


「……紋章機を『それ』呼ばわり。 いいのか?」


届いてきた声に思索をいったん終える。

視線を下へ転じると栗色の髪が見えた。

あとは細かい表情や服装までは見えないが、服装はいつものように麻の服の上に革鎧と、同じく革の膝当て・肘当てのはずだ。

そして恐らくは表情もいつものように目を吊り上げ、頬を膨らませているのだろう。

それにしても教会からは神聖視されているはずの勇者と紋章機に対してのぞんざいな態度は恐れ入る。


「こっちは腹減ってるのよー!」


じゃあ、一人で食事に行けばいいじゃないかという野暮は口にしない。

好意からそう言ってくれることは分かっていたし、何より女性に口で挑む者は勇者ではなく無謀な愚者と言う。

無難に了解の意を示すために手を振ると、再び『缶詰』になるべく身をひるがえす。

今、彼がいるのは巨大な手のひらの上。

彼専用の人型兵器、紋章機と呼ばれるそれが胸の前面で上向けに掲げたのを足場として利用していた。

岩から生まれた猿が自分の矮小さを思い知らされているシチュエーションと比べるとスケールは小さいが、

8mの巨人の手のひらは一人くらいなら十分に立てるスペースがある。


そこから振り返ると見えるのは胸部装甲を解放した愛機の姿。

その奥に覗くのは狭い風穴にも似た空間。

適当な出っ張りに足をかけるとそこにねじ込むようにして体を押し込める。

その際に手足や脇腹などをぶつけて涙目になるのもいつものことだった。


紋章機に限らずこの世界の人型兵器 ――― アーマード・ギア、一般的にはAGと略称されるそれの操縦席は狭い。

もうひたすらに狭い。 これに比べれば旅客機のエコノミーでも高級スイートルームに思えるほどに。

そもそも旅客機と違い居住性など端から考慮に入れていないから仕方ないのだが、

ほとんど身じろぎできず、動かせるのは腕は肘から先、足も膝から下を僅かにという状態で

閉塞感のある真っ暗な空間に閉じ込められるというのはかなりの苦痛である。

どんなに頑張っても1時間が限度で、最初の頃は10分も持たなかった。


機体の移動だけなら正面装甲を開け放った状態で動かしたいくらいなのだが、残念ながらそうすると足元が見えない。

仕方なしに通常操作によって装甲を閉じることにする。

右手を僅かに伸ばし、機体操作用の水晶球に置いた。

左手は魔術行使用の水晶球に。

今は移動だけだから左手は添えるだけ。


右手に魔力を込め……この感覚は何とも言い難い。

体の芯というか心臓のあたりから気合を入れて手のひらへ血液を注ぎこむような感覚とでも言えばいいのだろうか。

一緒に血流以外の何かがじんわりと体を温めて行く感覚。

そこから手を置いた水晶球へ指先から手のひら全体を使って染み込ませるイメージ。


……成功した。


水晶球に揺らめきながら淡い光を放つ紋章が浮かび上がる。

見ることはかなわないが、これと同じものが胸部装甲に埋め込まれた巨大な精霊水晶にも浮かび上がっているはずだ。

同時に足元からは低い呻り声のような音と振動も伝わってくる。

主機関は無事に起動してくれたようだ。 AGではマナ・ジェネレータ・ポンプと呼ばれるそれは、

車で言うところのエンジンというより、人間で言うところの胃と心臓を合わせた機関と表現した方がしっくりくる。

その役割は燃料となる魔石を反応させ、触媒たる水に大量の魔力を注ぎこませる反応炉と、

魔力の溶け込んだ霊水を各所に循環させるポンプの役割が一緒になっている。

このジェネレータによって生み出された魔力をエネルギーとしてAGは人工筋肉を駆動させる。

まさしく心臓部と言うやつだが、人間と違い胸部ではなく腹部に在るので心臓の役割も兼ねた胃の方が近いのだろうか。


ともかく魔力が機体各所に行き渡り起動完了。

次は胸部装甲を閉じるイメージを送り込む。

これもまた人間には本来備わっていない機能なので説明が難しい。

例えとしては微妙だが、訓練すればボディビルダがやるように胸の筋肉をピクピク動かせるというから、それに近いのだろうか。

そのイメージに応じて金属の歯車同士がこすれ合い、軋む音と共に胸部装甲が閉じる。


視界は一転して青空から暗闇へ。

気密性が低いため換気装置なしでも呼吸はできるが、やはり息苦しい。

閉塞感と相まってかなりのものだ。

胸部装甲内面に貼られた鏡に外部の映像が投影されてようやく閉塞感が和らいだ。

暗い中にそこだけ魔法陣によって投影され、円形にくりぬかれた青い空の光景はむしろ造り物じみて見える。

それでも空は空、光は光だった。

この世界の神様はどうだか知らないが、キリスト教の創造主が最初に『光あれ』と言ったのも納得できる。


気密性は低いために呼吸をするに不足はないが、閉塞感からペースは自然と上がっている。

それを自覚し、落ち着けるために一呼吸を意図的に長くとった。


……前へ


呼吸が落ち着いたのを自覚すると今度はそう念じる。

一瞬体が何とも言えない浮遊感につつまれ ――― 同時に右足にむず痒いような感触。

一拍置いて今度は痺れた足を突かれたような衝撃。

それが交互に左足にも来る。


紋章機から水晶球を通じて歩いているという感覚がフィードバックされているためだ。

それを確かめながら操作を続ける。

その間にも両足は拘束の許す範囲で動かし続ける。


別に動かさなくてもいいのだが、こうしないとうまく機体と自身の感覚を一致させられず無様にずっこける羽目になる。


ロボットもののパターンで言えば、戦闘に巻き込まれた主人公は成り行きでロボットに乗り込み、

機体の性能もあって初陣で敵を撃破するのが王道なのだろうが、ことAGに関して言えばそれは絶対にない。

訓練しなければまともに起き上がることさえできないのだから。


実際、立てるようになるまで2週間。 歩けるようになるまでさらに2週間。

走る、飛び跳ねるといった動作ができるまでにも2ヶ月を要した。

つまり、ほぼ3ヶ月間かけて基本動作を習得したということになる。

ちなみに飛び跳ねる動作は『地面をけって跳び上がる』という動作よりも『空中から無事着地する』という動作の方が何倍も難しかった事を記しておく。

最初は自前の紋章機ではなく、装甲の代わりにクッション材でモコモコになった練習機に押し込められた時は何事かと思ったが、

半日とたたずにそのモコモコ具合の意味を実地で学ぶことになった。


紋章機に限らず、AGという兵器はとにかくバランスを取るのが難しい。

日本のロボットが歩くだけで驚嘆された理由が実によくわかった。

最初に8m級の2足歩行ロボットという代物を目にしたときは「ここはファンタジーじゃなくてSFなのか!?」と思ったりもしたが、

やはりSFではなくファンタジーだったらしい。


人型ロボットは大型になるほど現実味が低い。

全高2~3mの精々が歩兵サイズのパワードスーツが現実的と言われている。

理由はいろいろあるが、要約するなら『大きな人型兵器作るくらいなら、その技術でもっと使える兵器が作れる』ということになる。


例えば戦車。

召喚前の世界では陸戦の王者だったその性能は国・時代によってややまちまちではあるが、

日本の戦後第3世代に分類される90式戦車の場合、120mm滑降砲で徹甲弾を用いた場合、500mmの均質圧延鋼 ―――

わかりやすい表現をすれば厚さ50cmの鋼鉄の板(というかもはや塊というべきそれ)を容易くぶち抜くことができる。

某赤い人の言うように当たらなければ意味がないので、当然ながら砲の命中精度も高く、移動しながらであっても3km先の標的に命中させることができるという。


さらに恐ろしいことにその装甲は(一番防御力の高い正面ならという但し書きはつくが)自前の砲に耐える。

それも一撃ならと言うレベルではなく、同一個所へ2発までならゼロ距離射撃でも耐えると言う。

(ちなみにゼロ距離射撃は目標との距離ゼロという意味ではなく、仰角がゼロ度、つまり砲身が水平な状態で射撃できる距離のこと。

 空気抵抗や重力による砲弾の初速低下・落下が無視できるほどの至近距離と言う意味)


加えて言うなら機動力も高く、最高速度は時速70km。

さすがにこれは舗装された道路上での値なので参考値以上の意味はないが、それでも50tの重量を持つ戦車を時速70kmである。

戦車の機動力は路外走破能力という、いわゆるでこぼこの荒れた道なき道、タイヤならスリップしてしまうような泥濘・雪・砂漠。

そういった場所も走り抜けることができる点に価値がある。 この場合は最高時速40kmと言われている。

泥や雪・砂漠なら重い戦車は埋まるんじゃないかという疑問もあるかもしれないが、程度の差こそあれ戦車が埋まるくらいならその他の車両だって埋まる。

なぜなら、戦車は無限軌道を持っている。(俗にキャタピラなどと言われる。 ちなみにこの呼称は米国キャタピラ社の登録商標)

無限軌道はタイヤに比較して地面に対して触れている面積(接地面積という)が大きく、重量を分散できるメリットがある。

つまり雪国で履くかんじきと同じように、接地面積を大きくとることで重量を分散し、単位面積当たりの接地圧を低くしているために埋まらないということだ。

また、接地面積が大きいために地面との摩擦も大きく、スリップすることも少ない。


戦車とはおおよそ現存するあらゆる陸上兵器を正面から撃破できる火力を持ち、同時にそれに耐えうる防御力を備え、

かつ荒れ地でも泥濘の中だろうと平気で時速40kmで突っ走れるという、まさに陸の王者。


これを同サイズでの人型兵器とするならどうなるだろうか。

90式戦車は全高2.3m、全長が9.8mなのだが、これは車体から突き出している砲身も含めての長さなので車体は7.5m。

全幅は3.4なので、これを直立させればまあ、AGに近いサイズかもしれない。

この前提で置き換えてみたらどうなるか。


まず、大口径砲が積めない。

人型では重心が上にあるため不安定で120mm砲の反動を吸収しきれないし、無理に撃てばひっくり返る。

たぶん積めて40mm~57mm砲程度ではなかろうか。 なお、この数値は第2次世界大戦の戦車としてもしょぼい。

有名なドイツのタイガー戦車は88mm。 アメリカのM4シャーマン戦車で75mmである。

既に大戦初期でさえ時代遅れとされた日本の九七式中戦車(通称:チハ)で57mm。

まあ、戦車相手に役立つかは推して知るべし。


次に装甲。

火力以上にもっと残念な結果になる予感。

人型は前方投影面積 ――― つまりは正面から見たときの広さが大きい。

戦車に限らず陸戦兵器はこの前方投影面積を極力少なくするように設計されるのに、だ。


理由は簡単。

前方投影面積が大きいということは、つまり正面から見たときにでかいため、敵からすれば発見が容易で、かつ弾を当てやすいからだ。

そして前面は、当たり前だが一番被弾しやすいので装甲も一番厚くする必要がある。

人型の場合、一番装甲を厚くしなければならない面が一番広いという非常に残念極まりないことになる。

そこに戦車と同じ装甲を施そうと思ったら、重量は間違いなく戦車以上になる。

なにせ面積が広いのだから。


したがって、装甲はおのずと戦車以下にするしかない。

陸戦装甲兵器の設計の基本として『自分の攻撃力に想定される交戦距離で耐えうること』があるので

40mm砲か57mm砲に耐えればいいということになるかもしれないが、それも施せるか怪しい。

何しろ装甲を施すべき面積が広い。 広すぎる。

 

最後に機動力。

ここに至ってはもうさじを投げるしかない。

仮に飛んだり跳ねたりができたとして、戦闘でそれがどれほど意味があるのか。

ジャンプして無防備な空中や着地点を狙われたら?

行軍に関しては泥濘や雪にはタイヤ式の車両より弱いことだろう。

二足歩行は元より不安定なもの。

滑って転ぶことも十分に考えられるし、歩行時には片足でバランスをとる必要がある。

全重量が足の裏と言う狭い面に集中するため、雪や泥に埋まることもあるだろう。

生身の人間だってそうなのに、重い装甲を纏った兵器が埋まらないということはあり得ない。


上記の諸々に妥協し、様々な困難も克服、そこまでして人型兵器を開発したとする。

では、どこでそんな代物を使うのか。


平地……論外。 戦車の的にされるだけだ。


市街地……無理。 8mの物が歩けば電線に引っかかったり、高架に引っかかったり、ろくでもないことになるのは目に見えている。


山岳部……うん、まあ、なんとか? 戦車は基本、上に向かって砲を撃てないし、人型ならその点で俯仰角は広く取れるからまだマシか。

     それなら対歩兵用に戦車の車体に機関砲でもつけて仰角取れるようにした代物を準備 ――― アレ? それって自走対空機関砲? もうあるし。


そんな具合に使い道がない。

某宇宙世紀のように謎の粒子によって電子機器が使用できなくなるとか、某超時空要塞のように敵が巨人だから制圧には歩兵的な役割として要るよねとか

某囁かれた人たちのオーバーテクノロジーでそこだけ技術発達しすぎだとかがあれば話は別だが、同程度の技術水準では人型兵器と言うのはあまりにも非効率に過ぎる。

ではこの世界でAGが存在し、兵器として使用されている理由はなにか。


それは……「ファンタジーだから」。

この一言に尽きる。


この異世界はいわゆる「剣と魔術の世界」だが、まずまっとうな火砲がない。

野戦で用いられるのは精々が投石機か弩。

大砲もあるが、大型で重く、馬で運搬はできても戦場での運用はできない。

しかも発射に時間がかかるために野戦ではまず使用されない。

攻城戦で使用するか、魔族領との境界に位置する城塞群に固定式で設置されているに留まっていた。

(攻城戦の場合、大砲は材料を運んできてその場で鋳造する。 終わった後はまた鋳潰して材料に戻して運ぶ)


従って、射撃兵装相手では致命的なはずの前方投影面積の大きさがさして問題にならなかった。

敵を目視して至近距離で殴り合うような戦い方では見つかりやすいとか、的がでかいだとかは些細な違い。


次に装甲だが、これも火力の低さに救われている。

想定されるのは弩に対する防御程度で済むのならまだそれほどの装甲は要らなかった。

また、主要な射撃兵装……弓矢、弩、大砲の命中精度の低さ(動いている標的にはほとんど当らない)から装甲より機動力を求めた結果、

弩に耐えられるが、運動性能を阻害しない程度という妥協点に落ち着いている。


最後に機動力だが……これは人型二足歩行故の不安定さはどうしようもない。

どうしようもないが、他に選択肢がない。


まず無限軌道がまだ発明されていない。

車輪はあるが、ゴムタイヤはない。 つまり木枠の車輪が一般的。

移動は馬にまたがるか、馬車に乗るかが主な手段であり、当たり前だが自動車はない。 鉄道もない。

舗装された道路がほとんどない上に、馬車にも揺れを緩和するサスペンションもないので『揺られる』度合いがとんでもなく大きい。

走破性能ではこの時代の車輪も二足歩行もどっこいどっこいか、二足の方が勝る。


そう言った事情でこの世界においては二足歩行の兵器にも存在意義はある。

しかしながら二足歩行の最大の難点はその制御の難しさにある。

某自動車メーカーのア○モが歩いたり階段を上ったりするだけで世界を驚愕させたのは伊達ではない。

電卓さえないような世界でそれをどうしたのか。


その答えが「魔術です」だった。

内心で『それで大概の理不尽が片付く便利ワードかよ』と思ったことはさておき、ともかく魔術だった。

細かい原理や理屈はちんぷんかんぷんだったが、通信系魔術の一種で搭乗者の感覚と機体のそれをリンクさせ、機体の制御を搭乗者の神経系を利用して行う。

早い話が機体を着ぐるみのようにして操れるようにしたということだ。

これの恩恵があり搭乗者はAGを操作できるのだが、同時にこれは「人型でないと感覚的に操作できない」という制約を生み、

人型より幾分安定性があるはずの4足や車輪を装備する機体の登場を妨げていた。


その他にも欠点はある。

まず先にもあったが、慣れるまでは立ち上がるだけでも一苦労。

ガ○ダムなら第一話から大地に立てずに完結まっしぐらである。

種の方なら「こんなOSで……」どころの騒ぎじゃない。

何もかも乗り手任せ。

また、AGは魔力を注ぎこんで制御するため乗り手特有の癖がつく。

他人の機体は動かせないし、新品がなじむまで時間もかかる。

練習機でさえ1人の訓練課程が終わったら分解して使えるものは再利用。

AGの神経系に相当する魔力回路は材料へ還元させるという非効率的なことをやっている。


それでも実用化されるのは兵器にとって一番重要な使いどころがあるからだ。 これはまったく不足しない。

敵はドラゴンだのダイナソアだのギガントだの、8mのAGと同サイズどころか数倍の体躯を持つものまで。


そうした現状の重なり合いが人型兵器と言う存在を許容している。

AGとは時代が望みながら未来を閉ざされている徒花。

未来、AGは火砲の発達によって王者の座を追われる。

かつて金属の鎧に身を包み、凱歌に送りだされていった騎士達が銃の発達の前に姿を消したように。

戦場にて名を馳せる英雄たちを主役とした時代は幕を下ろし、無貌の兵士たちを主役とする時代へ移る。


だが、それは今日明日のことではない。

この世界の技術にそこまで精通しているわけではないが、使われる武器の他に街の雰囲気や見かける装飾品、食器、衣類、家具などの

質から推測するに、技術レベルは中世から産業革命前の近世くらいの間か。

それにしても400年~500年程度の幅があるのだが、色々とちぐはぐなのでそう判断するしかない。


AGのようなある種の精密機械を組み上げることができる冶金技術の高さは驚嘆に値する。

しかし、反面でなぜか大砲は分厚い鉄を用いるために、重量がかさんでほとんど固定用という代物。

なぜか大砲はあるのに銃は影も形もない。(魔術で事足りるからだろうか)

火砲に関してはナポレオン戦争以前、十字軍とかそのあたりで止まっているように思える。

さらに日用品レベルでいうと、AGにも使われているように透明なガラスを製造する技術はあるらしい。(ひどく高価ではあるが)

元の世界では無色透明で厚手のガラスが製造されるようになったのは16世紀後半、つまり近世に入ってから。


よくわからないとはそういうことだ。

元の世界とは違うとはいえ、時代考証がめちゃくちゃじゃないかと言いたい。

そして極めつけは魔術やドラゴンに代表される幻想の生物たち。


ファンタジーだ。

まさに元の世界で見たマンガやゲームのようなファンタジー以外の何物でもないと思う。


そんな世界で幻想の生物たちに立ち向かうべく開発されたもの。

それがArmored Gear ――― 直訳すれば『装甲化された歯車』だろうか。

ほとんどが人工筋肉と神経系を模した魔術回路で構成される代物にGearの名を冠した理由は不明だが、

AGはこの世界において魔族へ対抗できる希望の剣であることに違いはない。


その中でも別格とされるのが彼のような勇者が使う紋章機である。

通常のAGとの差は一点 ――― 『魔術が使えること』。


紋章機の胸には巨大な宝玉が埋め込まれており、表面にはうっすらと幾何学模様とその中心には文字にも見える紋章が浮かび上がっている。

神霊玉と呼ばれているそれは原理・製造法は不明ながら、AGに魔術の行使を可能とする代物だった。

そしてこれもなぜかは知らないが、勇者一人につき一つという制限があるらしい。

神霊玉一つにつき使える魔術も一つ。

つまり、勇者が紋章機で使える魔術は一つだけ。

ちなみに生身では魔術は使えないので勇者と言っても剣を携え魔物を斬り倒していくというのは無理だ。

逆に魔物たちの胃袋へ一直線にフィードインすることになるだろう。


この世界における一般的な魔術士は(属性による得手不得手はあれども)複数の魔術を使えるのに、

勇者は一つとかなぜと思わなくもないが、

その代わりと言うべきか紋章機の使える魔術は桁違いに強力だったりする。

それに魔術士がAGに乗ってもAGが魔術を使えるようになるわけではない。

AGで魔術を使えるのは紋章機だけというわけだ。


――― もっとも、何事にも例外はあるのだが。


「……着いた」


そんな益体もないことを考えているうちに目的の場所に到着する。

AGを管理維持していくための設備である魔導技術工房の一角にある格納庫。

8m級のAGがくぐれるように扉は広い ――― というか無い。

簡単に言うと建屋がコの字形になるように壁が一方向だけ撤去されており、そこから出入りできるようになっている。

内部へ踏み入れると薄暗い室内には立体駐車場のように柱が立ち並び、その隙間に敷き詰めるようにして人型のシルエットが鎮座している。

この倉庫とて風雨をしのぐ程度であり、設備も採光用の窓と魔術を用いた照明がある程度だった。

本格的な整備や修理を行うとしたら工房へ移動して行うしかない。

戦闘で破損してバラして修理するような状況でもなければこれで十分ということらしい。


その倉庫の中の仕切られた一角に愛機を寄せ、座らせる。

転倒防止のハンガーやのようなものは無いため、直立させておくことはできない。

また、スペースの問題で寝かせておくこともできないので格納時は座らせておく。

それも正座の形に。

なぜかと言うと足を前面で立てて揃えるいわゆる『体育座り』だと前面の胸部装甲が開けられない、すなわち乗り降りができないからだ。

故に正座。


倉庫内には同じような姿勢をとったAGが100機以上。

魔族との最前線に位置する境界の城塞都市<ボルダール>、その防衛戦力の主力たるAGの大半がここにはある。

中々に壮観と言える。


「 ――― おい、ハジメ」


愛機から降りて革製の兜の汗を拭っていると、同じように革製の鎧に身を包んだ男が話しかけてくる。


「あっ ――― フェンネル教官?」


薄暗がりに居たこともあって誰か特定するのが遅れた。

慌てて姿勢を正す。

相手はつい先刻まで自分を絞っていたAGの操縦教官だった。

元は国の騎士団にも所属し、同じくAG乗りだったという歴戦の猛者だ。

正直、まっとうに紋章機を動かせるようになった今でも勝てる気がしない。

例え紋章機の魔術を使ったとしても。


従ってこの教官の前に来ると緊張する。

頭が上がらないと言ってもいい。


「ああ、いいって。 勇者様が訓練以外で畏まる必要はない」


金髪に白髪の交じり始めている壮年の男はそう言っていかつい笑みを浮かべた。

50に差し掛かろうかという年齢ではあるが、筋肉質の体はマッチョと言うほどではないにせよ、引きしまっていて中年太りの兆候すらない。


「……はあ、そうは言われましても、習慣なので」


「習慣ねえ。 『前の奴』もそんなこと言ってたが、お前らんとこの世界は変わってるな。

 ああ、本題を忘れる前に言っておく。 今日は午後からは休みだ」


「また急ですね」


「ライン城塞の方から連絡があった。 風龍か飛竜か……もしかしたら魔鳥の類か知れんが、高速で飛んでくる奴を発見したらしい」


「それは ――― 」


「単独だ。 心配しなくてもいい。 いつもの定期便だろうな」


「定期的に飛んでくる偵察?」


「そうだ。 わざわざそいつにお前の存在を教えてやる必要はない。

 他も一部を除いて臨時休暇だ」


『前の奴』と言うのは今の彼と同じようにこの場所で訓練を受けて行った勇者のことだろう。

面識はないが、この世界に召喚されている勇者は彼1人ではない。

先日聞いた話の中でも2機の紋章機が出てきている。

つまりその当時でさえ2人は居た。

今は分からない。

が、彼1人と言うことはないだろう。

そうであったならとっくにこの町は魔族の手に落ちているはずだ。

ハジメは訓練中であり、戦闘には参加していない。

それでも町の噂で、酒場での武勇伝として、あるいは教会の説法の中でそれは語られる。


『今日も勇者様の活躍で平和が保たれました』


この町のさらに東には『ファンタジー世界版万里の長城』とでも言うべきライン城塞群がある。

乱暴に言えば『いくつもの要塞の間を壁を作って繋ぎました』という代物で、人類と魔族の領域を分ける防波堤だ。

文字通りここを抜かれると後がないという意味でも人類の絶対防衛線と言うべきものだけに

人類側の各国家も戦力の大半を張り付けているらしい。

すべて、でないところに思うところはあるが、理解はできる。


誰だって留守の空き家を荒らされるのは避けたい。

だから鍵くらいはかける。

例えそれが危篤の親戚をの所に駆けつける時であっても。

そういうことだ。


しかしながら、それだけの戦力でも魔族を壁の向こうに押し込めるので精一杯。

もし大型の魔獣などが大挙して押し寄せてきたら守りきれるか怪しい。

最強の幻獣たるドラゴンに至っては1匹であっても倒すのにどれだけの犠牲を覚悟せねばならないか。


だからこよ勇者が必要になる。

紋章機と言う他を圧倒できる戦力を保持する勇者が。

そして長大なライン城塞群を1機ですべて守ることはできない。

しかし、現実として城塞群は未だに破られていない。

ならば他にも勇者が居ると考えるのが自然だ。


そして偵察に来ているということは訓練規模などからこちらの戦力を推測しようとしているということ。

わざわざ戦場に出る前の勇者を晒すことはない、そういう判断だろう。


「攻撃の前準備だったら城塞の上を回るだろうしな。

 そっちがあればそっちの勇者が対応するはずだ」


「教官は他の勇者とも面識があるんですか?」


「もちろん、ある。 長いからな」


長い、と言うのはAGに乗ってからのことか、戦歴か、それとも教官暦か。

もしかしたらそのすべてかもしれない。


「じゃあ、今度話を聞かせてください。 他の勇者の逸話みたいのを聞き集めてるんですよ」


「そりゃ、かまわんが……なんでそんな教会の坊主か吟遊詩人みたいな真似を?」


そう問われ、少し考える。

「さて、正直に話したものか」と。

そのまま言うとすれば「いや、戦いって恐いし、ぶっちゃけ自分が戦う理由なんてないんで、参考に」となるが、

いくらなんでも問題がある気がする。

なので彼は無難に答えた。


「これから戦いに臨む立場としては先達の教えを請う意味で、知っておきたいんですよ」


「なるほど、そんなものか。 まあ、暇な時に酒でも飲みながらな。

 その前にまずは昼飯か。 呼び止めて悪かったな」


確約はもらえなかったが、言質は取った。

今はそれで十分だ。


「いえ。 ああ、ちなみにさっき少し出た『前の奴』って言うのは?」


「お前の先に召喚された勇者だよ。 ライン城塞群はその砦のそれぞれに受け持ってる国が決まってるんだ。

 ボルダールはそれを支えるためにある。 他の砦にも同じような街がある。

 つまりこの町に来るのは ――― 」


「僕と同じ、ジルス・ラウ王国によって召喚された勇者だけ?」


「そういうこった」


それなら御同輩、と言うことになるのだろうか。

ハジメも訓練が終わればジルスの担当する砦への配備となるだろう。


「ちなみにその砦には何人勇者が居るんですか?」


それは何げなく聞いた言葉だった。

彼としては単純に「赴任するとき手土産あった方がいいのかな。 でも引っ越し蕎麦とかないし」とか考えながらの軽い気持ちだ。

だが、予想に反してフェンネルは渋い顔をする。

「余計なことを言った」とその表情が物語っていた。


1分ほどの沈黙。


そして告げられたのは、おおよそこの世界と言うものがどんなものだったのか思い出させるに十分なものだった。


「2年前までは3人いた。 1年前に2人になった。

 今は ――― 1人だ」


絶句する。

減っていった人数の意味を悟って。

ここで「元の世界に帰ったんですか?」と聞くほど空気が読めないわけではない。


そもそも、元の世界に帰りたいなどと思う者は召喚されない。

勇者召喚は『そういう風に』なっている。


つまり、死んだのだろう。

老衰以外の理由で。


「……だからお前が喚ばれたんだ」


最後にそれだけ告げてフェンネルは去った。

それでもハジメはその場に立ち尽くす。

立ち尽くすしか、なかった。


そして彼は ――― 戦争より先に『女を待たせること』の重大性をその身に刻むことになる。


ミリヲタ全開で第3話が長くなったので分割。

次の第4話まで含めて1話分だったので中途半端なり……



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