ある昼休み
「君は嘘をついている」
彼は、確信をもってそう言った。
学校の屋上のさらに上、給水塔の位置であぐらを組んでフェンスに邪魔されない景色を眺める。当然、相手の顔は見ていない。
「どうして? だって君とは会ってないよ?」
ややくぐもった声で彼に返答する声。なにかを試しているような、そんな声。
少しだけにやついている様子がよくわかる。
彼はお気楽な声の裏事情を知りつつも、少しいらついてしまった。
「……だけど、僕には確信があるからね」
「へえ?」
どこか挑戦的な、それでいて期待に満ちた声。
相手は完全にこの状況を楽しんでいるのだろう。
彼は頭を真左から真右に傾け、手を指先だけ合わせて一本ずつ回していく。
状況を整理して見解を述べるときの、いつもの癖だ。
「さて、整理すると」
指を回すのをやめた。もう大半の状況は飲み込めている。あとはいかに思った通りのことを口に出せるか、だ。
右手を右耳のそばへと持っていく。
「昨日、君はある女の子から告白されたと言った。そして、君も前から好きだったので、もちろん付き合おうと答えを出した」
「うんうん」
満足そうに感嘆をもらすのが聞こえた。
さらに彼は言われたことを反芻していく。
「告白された場所は学校の体育館裏だっけ? またベタな所を選んだよね」
「ほっとけ」
拗ねる声。しかし、告白で真っ先に思い浮かぶような場所ということに、彼は口元が緩むのを抑えきれなかった。
「その子は同級生で趣味もよく合う、と」
大体まとめるとこんな内容だ。さて、ここから矛盾している箇所を指摘していこう。
「まず、体育館裏という場所だけど」
彼はその場所の情景を思い出す。
「あそこは廃材置き場で汚くて、とてもじゃないが女の子がわざわざ呼び出して告白する場所じゃない」
痛いところを突かれたのか、相手は黙っている。スー、という息を薄くはくような音だけが聞こえた。
「そして、その前に君はその体験ができないわけがある」
学校の屋上のさらに上、給水塔のへりにきちんと座りなおす。今までだらけるような格好で喋っていたが、もう終わりにしなくてはならない。
「足を骨折して昨日は学校を休んだろ。それともまさか、君は放課後に松葉杖をわざわざついて学校にやってきたとでも言うのかい?」
「その通りだよ。大変だったんだから」
相手はまだ粘ろうとしているので、彼は決定的な事実を突き付けることにした。
「だから、君には無理だろう?」
「なにが?」
まだとぼける気なのか。いい加減痺れをきらした彼は矢継ぎ早に告げた。
「だって君、女の子なんだから」
「……はは、そうだったね」
と、諦めるような声が聞こえた。
「まったく、いくら入院してるからって公衆電話を使ってまで暇つぶしをするのはどうかと思うね」
「だってー、暇なんだもん」
「それはわかるけどさ。こんなゲームを僕に持ちかけないでくれ」
おかげで昼休み後の授業はさぼって屋上で話す羽目になってしまった。
「でも、ちょうどいい頭の体操にはなったかな」
彼は学校で一番高い場所から降りて、校舎の中へとつながっている扉に手をかけた。
「それじゃ、また。明日は見舞いに行くよ」
「はーい」
彼は携帯の通話を切るボタンを押した。
ちょっとくどかったかもしれませんが、少しでも暇つぶしになれたのなら幸いです。