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黒い棒  作者: 伝次郎
4/6

その四


           (四)


「うるさいなあ……」

 こんな朝早くから、ピャーピャー騒ぐのはやめてくれ。

 重い瞼を持ち上げながら、飛鳥は頭を振ってみた。

 森の中のお寝坊さん。のんびり屋の飛鳥は、いつも動物たちの声で目を覚ましていたのである。べつに遅くたっていいじゃないか。誰にも迷惑かけるわけじゃないんだし……。と、それが飛鳥流の哲学だ。

 しかし、今日の騒ぎは、いつものそれとは違っていた。

 鳥のさえずりが、一つの塊となって巣の中に飛び込んでくる。近い場所に、鳥の集団がいるのだろうか。

「何だろうね……」

 飛鳥はそう呟いてみた。

 べつに問いかけたわけではなかったが、

「気をつけろ。様子がおかしい」

 と、本能が囁きかけた。

 滅多なことでは声をかけることはない。何かを教えるときか、もしくは危険なときだけだ。

 巣を出てみると、少し離れた大樹の枝で、大きな身体をした鳥が数羽、翼を怒らせながら騒いでいた。樹の上にも下にも、そして隣の樹木にも、今までになかったほどの大群だ。

「近づくな。行かない方がいい」

 本能が言った。

 でも、飛鳥は何かが気になっている。本能ではなく、自分の意思でもあった。

「どうして? 友達になれるかもしれないじゃないか」

 飛鳥は隣の樹に飛び移って、枝の陰から顔をのぞかせた。

「あの鳥たちは、お前の敵だ。近寄ったら殺される」

「そんなこと分からないだろ。逃げてばかりじゃ、友達なんかできるはずがない」

「誰でも友達になれると思うな。この前だって……」

 飛鳥をひき留めようと、本能は続けた。「見たか、あの動物。あれは危険な臭いがした。もっと早く逃げなきゃ」

 目の前でイノシシが倒れたときに現われた、初めて遭遇した謎の動物のことだ。

 あれから幾日か経っていたのである。

「あの動物、知ってるの?」

「いや、俺には分からない。どうやらこの森に、初めて現われた動物らしい」

 いかに本能といえども、あらゆる動物を知っているというわけではない。近寄ってから、臭いを嗅いでから、相手の反応を見てから、動物の目を見てから……。その時に判断を下すことが、本能の役目といっても過言ではない。

「いいか、俺の言うことにちゃんと従うんだぞ」

 本能は念を押すように言った。「お前の命を守るのは、俺なんだから」

 聞いているのかいないのか、飛鳥は鳥の大群に気をとられている。

 思い切って近寄ろうと思った飛鳥は、翼を開こうとしたが、

「やめろ! 早く帰れ!」

 本能が叱責した。

「分かったよ。帰ればいいんだろ」

 と、身体の向きを変えようとすると……。

 鳥の鳴き声が聞こえた。あの大群の声ではない。聞き慣れた「クーッ、クーッ」という、飛鳥と同じ声だ。

 クッ、と首の向きを変えた飛鳥の目に止まったのは、あれ以来姿を見せなかった友達が、その大群に囲まれて、小さく震えている姿だった。

 大樹の枝の付け根で、幹に身を寄せるようにしていた。飛び去ろうと思っても、四方八方から狙われているのである。ただじっとして、襲われるのを待つしかない、絶体絶命の瞬間だ。

「助けなきゃ……」

 まんじりともせず、飛鳥は見つめていたのだったが……。

「やめろ!」

 本能の声が聞こえた――ような気がした。が、飛鳥の身体は、いつの間にか森の空間を飛んでいた。

 助けなきゃ! そう、飛鳥はそれしか考えていない。

 鳥の大群が一斉に翼を広げ、爪先だけで枝にとまっていた。獲物を前にして、邪魔者なのか闖入者なのか、小鳥が一羽、飛んで来るのである。こんなに面白いことはない。

 羽ばたきながら、飛鳥の姿に視線が集中した。そして、取り囲むように四方から枝を蹴る。

 友達が、飛鳥の姿に気づいた。

「下だ!」

 飛鳥は、友達がいる枝の下に回りこんだ。

 気づいたのか、友達も、落ちるように枝から離れる。

 そして――鳥の大群が、羽音を響かせて飛び掛ろうとしたときだった。

 近い場所で、大きな音が轟いた。その樹木が振動し、しっかりとついているはずの葉が、弾けるように飛び散った。今まで友達がとまっていた枝の先だ。

 飛鳥は友達を庇いながら、上を見上げた。

 一斉に飛び散った鳥の大群。爆音と衝撃に驚き、森の奥深くへと逃げ去って行ったのだった。

 何が起こったのだろう……。飛鳥は不思議そうに、クッ、クッと首を振った。

「今の音、聞いたことある……。もっと遠くだったけど、イノシシが倒れたときに聞いた音と同じだ」

 飛鳥がそう考えていると、少し離れた大木の陰から、あのときに見た動物が姿を現した。そして――飛鳥の目に、その動物が持っている黒い棒が映っていたのである。

 一瞬、飛鳥は視線があったような気がした。しかし、その動物は、枝が砕け散った樹木の辺りを見回しただけで、麓の方へと消えて行ったのである。

 飛鳥は、こう思っていた。

「助けてくれたんだ……。あの動物が、僕たちを……」

 鳥の大群に襲われそうになっているところを、あの黒い棒を使って助けてくれたんだ。

 飛鳥は、そう信じていたのだった。

「もう一度会いたいなあ。あの黒い棒にとまれば、一緒に遊んでくれるかもしれない」

 追いかけたい気持ちで、強く飛び上がった飛鳥だったが……。

「いけね、忘れてた」

 友達が、小さくうずくまって、いつまでもガタガタと震えていたのだった。



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