探すなと告げたのでこうなった
前国王は旅が趣味で、身分を隠して最小限の供のみである時は東に。または西に、帰ってきたと思ったらまたすぐに出ていく。
『お爺さま。また、サイアスを連れていったのですかっ!! サイアスはわたくしの婚約者ですよっ!!』
『よいではないか。こやつが居ると助かるからな』
『だからって!!』
わたくしの文句も軽く流して、帰るとわたくしと従弟にお土産を大量にサイアスに持って来させて、旅の話を聞かせてくれたものだ。それの旅の話に従弟が目をキラキラと輝かせて聞いているのをお爺さまは嬉しそうに目を細めていた。
『僕も旅に出たい!!』
『ははっ。行きたいと思うのは勝手だが、旅の前にすることがあるぞ』
従弟が羨ましそうに告げると毎回そう窘めた。
『準備もきちんと済ませて、旅に出るとしたら……』
その次の言葉に従弟は頬を膨らませて、わたくしは首を傾げたものだった。
「シンディアさま大変ですっ!!」
王族の姫。王弟の娘と言う立ち位置。数少ない王族なので出来る範囲の公務を受け持っているシンディアの屋敷に帰ってくると信頼できる侍女が珍しく慌てたように声を掛けてくる。
「どうかしたの?」
「か、火急の用事で、陛下と妃殿下。旦那さまと奥さま。後………メイローン公爵令嬢が応接室でお待ちです」
メイローン公爵令嬢と言えば、従弟の婚約者。彼女が見えているのにこの面々で従弟がいないのはおかしい。いや、そもそも用事があるのなら王城に呼び出せばいいのに我が家に来るなんてどういうことだろうかと。
慌てて、応接室に向かうと、
「シンディア。急な話だが、ハーミットが家を出た」
従弟の名前が出てきて、一枚の紙を渡される。
――旅に出ます。探さないでください。
ハーミット
と書かれている。
「いつ帰るか分からない。公務もすべて丸投げ。どこに行ったかもわからない」
「関所に行けば分かるのでは……、後、誰にも見つからないで城を脱出などできるとは……」
「あの馬鹿。隠し通路を使って出ていった」
王族のみ使える隠し通路。それは王城に住む王族のみ知らされている場所だ。わたくしも、王弟である父も知らない。
いや、父は多少は知っていてもその多少は父が自分の屋敷を持つ時に使えないようにされたと聞いている。
「メイローン公爵令嬢がお茶会の時間になっても来ないので従者に様子を見に行ってほしいと伝えて部屋に向かったらこのありさまだ。すぐにかん口令を敷いたが……」
このまま放置することはできない。
「なので、ハーミットは病気で療養していると発表をする。いつ発見されるか分からない奴に国を任せられない。シンディアが次の王になるとその時同時に報告する」
「了解しました。メイローン公爵令嬢はどうなりますか?」
「病気療養をする息子に付き合わせるわけにはいかないので婚約は解消する」
傍で聞いていたメイローン公爵令嬢が頭を下げる。
「それの贖罪なるかと言えば難しいが、公爵令嬢の婿候補が立場的に難しいのなら手を回すが」
「ありがとうございます。――ですが」
一度言葉を区切り、まっすぐこの場にいる全員を見つめ、迷いなく。
「わたくし。王太子妃教育を受けている時にさまざまな方たちに助けられているのを実感しました。王太子妃教育のための資料も準備もすべていろんな方が支えてくれた。そして、今度はその手助けする立場になりたいと思ったのです」
「と言うと」
「官吏になりたいと思います。もちろん。まだ学生の身、試験を受けて、合格して卒業をしてからになると思いますが」
「まあ、それは素晴らしいわ。――その時はわたくしとこの国を支えてください」
手を差し出すと嬉しそうに微笑み。
「はい。その時は絶対」
と強く答える。
と、いうことで、王位継承が決まった。
「いきなりですね……」
驚いたように話を聞いていたのはわたくしの婚約者。
「そう。いきなりよ」
参ったわとつい本音を漏らす。
「あの方はずっとご隠居に憧れていましたからね」
旅をしたい。いろんな場所に行きたいと。
「そうね。そういえばそうだったわ」
祖父の旅の話は楽しかった。知らないモノもたくさんあって、聞いているだけでわくわくしたものだ。
「でも、ご隠居の旅を真似したいと思うのは間違っていますね。――ご隠居はなんだかんだで、きな臭い噂を確認していくついでの旅なので。宰相も行き先を把握済みでしたし、状況によっては私が連絡係でご隠居の元に飛ばされましたよ」
あの時は大変でしたと笑って告げる婚約者は、宰相の次男。そして、転移魔法が使える数少ない一人。緊急時は常に祖父に連絡をしていたからこそ祖父は常に最新の情報を手に入れて、我が国も祖父の情報で動けることが多かった。
そして、祖父によくお土産を運ぶのを手伝わされた彼を祖父が笑いながら。
『シンディアの婚約者にどうだ。歳も5歳くらいの差だから問題はないだろう』
などと言って結んでくれた関係だ。
『おそらく、儂の次に旅が好きになるのはシンディアだろうしな。旅の前にすべきことをきちんと行えるだろうし』
「お爺さまのおっしゃっていた意味はこういうことだったのね………」
溜息を漏らす。
「今までわたくしの伴侶として学んでいたことに合わせて王配の公務も覚えてもらうわ。サイアス」
異論は許さない。ただでさえ、一年後にハーミットが即位する予定だったのだ。
陛下の体調はあまり良くない。表向きにはそんな様を匂わせていないが、公務を少しずつ減らしており、その分をハーミットを含む他の王族で回していたのだが、本格的に療養させるためには一刻も早くハーミットを即位させる予定だったのだ。
そこに来てのこの番狂わせ。
「皮肉と言うか本来の病人が耐えて、病人ではない者が病人と言うことで行方不明になった事実を隠すことになるなんて」
わたくしに出来ることは陛下の負担を減らすことのみ。
「心得ました」
サイアスが頷き、一年後にまでに覚えてもらう諸々のことを半年でサイアスは無事に覚えて、即位と共に結婚をするのが決まったのだが。
「シンディア。城門で自分がハーミットだと騒ぐ者がいるとか」
サイアスの言葉にやはり来たかと溜息を吐く。
「戻ってくると思ったのよね。お爺さまのように旅を楽しめる性格ではないから」
お爺さまは面白おかしく話をしていたが、身分を隠して旅をするのは贅沢に慣れ切っているハーミットには無理な話だ。
一年もしないうちに無一文になって帰ってこれるのならまだ予想よりはましな環境だったと言えるが、探さないでくださいと文を残して出奔したのだ。
死んだものとみなす。
それがあの時に決めたことだ。
「だから、俺は王太子のハーミットだ。シンディアなら分かるはずっ!! さっさと迎えをよこせ。借金取りに捕まる前にっ!!」
遠くでそんな声が聞こえる。
路銀が尽きたのか。お爺様の体験談で路銀が尽きたときは芸を披露して金を稼いでいたとあったのにそれをしなかったのか。所詮上辺だけに憧れた末路としか思えない。
(お爺さまだって、旅に出る前にすべての仕事を片付けて、自分のいない間にするべきことを任せるものを用意して、緊急の時は連絡できる手段も用意した。旅で味わった経験をすべてこれもまた一興と楽しんでいたが、そんなことしないハーミットが旅を楽しめるはずないでしょう)
とりあえず会う価値もない。牢屋に連れていくように命じようかと思ったけど、このまま借金取りに引き渡した方が世のためになるし、血税をこんなくだらないことに使うわけにはいかないと判断して、一応牢屋に入れるように命じて、借金取りが来るようだったら引き渡すように命じたのだった。
お爺さまはどこぞの越後のちりめん問屋のイメージ




