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私の婚約者はこのイートゥモ王国の第二王子であらせられるゲッコーク・ジョウ・イートゥモ殿下。
聡明で気配りも出来、それでいて向上心も野心もある素晴らしい方。私はこの方こそ次期王に相応しいと思っているのですけれど彼は第二王子──そう、お兄様である第一王子イッシン・ジョウ・イートゥモ殿下がその野望を阻んでいますの。
これでイッシン第一王子殿下が愚者であれば何の憂いもありませんでしたが、私の婚約者と同等にあの方も優秀な王子様でした。現国王陛下は王妃陛下一筋で側妃はおりませんからどちらも正妃の子。であればイッシン第一王子殿下が立太子されるのが既定路線となります。しかしそんなイッシン第一王子殿下には唯一まだ立太子されない玉瑕がございました。それが、
「私は、私をあの日救ってくれた彼女としか婚約したくない」
……というもの。
イッシン第一王子殿下は幼い頃に旅行先で誘拐された事がございました。実行犯は当初、まさか攫ってきた子供が第一王子殿下と気付いてなかった人身売買組織だったのですが、その時にイッシン第一王子殿下を逃してくれた少女がいたと言うのです。
助け出されたイッシン第一王子殿下はすぐさま「あの子を助けてくれ! あの子のお陰で僕は助かる事ができたんだ!」と叫び、人身売買組織はすぐに雪崩れ込んできた王国騎士団によって御用となったのですが、助け出された人々の中に件の少女が見つからなかったのです。
イッシン第一王子殿下が少女に助けられた時、ちょうど何処かへ売られる所だったそうなので自分の代わりに少女が犯罪者に売られてしまったのでは……と真っ青になった幼い彼を慮って、国王陛下厳命の元、国中で大規模な摘発が為されて多くの者が捕らえられ、また救われました。
それでも、少女は見つかりませんでした。
続いて、もしかしたら少女も同じ様に逃亡に成功したのではないかという希望のもと、イッシン第一王子殿下に改めて少女の特徴を聞き取りしたところ、とても珍しい風貌だったのでこれならすぐに見つかるだろうと国中にお触れが出されました。
──黒髪に菫色の瞳の、第一王子殿下と同じ年頃の少女は王宮に来られたし。また当該少女の情報があれば報告するべし。報奨あり。
この国の七割ほどが金髪もしくは茶髪で、銀髪が二割、残り一割が黒髪になります。また、瞳においても菫色というのはとても珍しく、これならばすぐに見つかるのではと誰もが思いました。
程なく、その色を持つ少女は数人見つかったのですが、どの方も「あの子じゃない」とイッシン第一王子殿下自ら確認しての言葉に関係者一同真っ青になったそうです。だって、それはつまり──
しかしイッシン第一王子殿下は諦めませんでした。もしかしたら他国にいるのかもしれないと隣接する国にも掛け合ってそれからずっと少女を探し続けているのです。
時が経ちすっかり背も伸びて年頃となられてもまだその調子でしたから国王陛下としてはそろそろ婚約者を定めるべきと思いはあれど、その少女がいたからこそイッシン第一王子殿下の命が救われ今ここにいらっしゃるのだと考えれば、無下にする訳にもいきません。されどいつまでもいつまでも我儘を通すのは、王族の務めにも反します。
ですから国王陛下は最近になってその少女の捜索には期限を付ける事をイッシン第一王子殿下に約束させました。また婚約者候補として何人かの令嬢にお願いして待って頂いたりしていた為、少女が見つからなければこの候補の中から婚約者を選ぶことを追加条件としました。
婚約者候補の方達には大分辛抱してもらっている事になり選定された当初から国としてもかなり便宜を計らっていて、各家への支援は勿論、令嬢の将来の保障、それからもし途中で辞退したい場合は出来る限り認める旨を約束して待ってもらっていました。
件の少女も見つからないまま、期限が定められる前から候補者達も一人また一人と抜けていて、期限の設立以後も抜けてしまったので今では当初から筆頭候補と目されていたトゥアマラン侯爵令嬢のみが残っている状態となっております。
このまま期限が来ればイッシン第一王子殿下は少女を諦め、候補として残ってくれていたトゥアマラン侯爵令嬢を婚約者として立太子するのはほぼ確実。本当に、その少女に関する事だけは困った方ですがそれ以外では優秀な方なのです。
しかしそれではゲッコーク第二王子殿下をこそ王にと望む私には不都合でございます。
では、どうすれば良いのか。
こちらで件の少女を作り上げ、絶対に王にはなれなくさせれば良いのですわ。




