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第九百九十八話 至る過程(一)

「セツナ、おそーい」

 ミリュウが口先を尖らせたのは、時計の針が六時を示す頃合いだった。

 ファリアたちが基地内でセツナと遭遇という名の再会を果たし、すぐさま別れてから一時間以上が経過している。気の短いミリュウが不満を漏らすのも当然といってよかったし、待つことに疲れるのもわからないではなかった。

 ファリアも同感だったからだ。

 セツナとは、一ヶ月以上逢えていない。約一時間前、ようやく再会できた瞬間、ファリアは狂喜したものだ。もちろん表情にも態度にも表さなかったが、内心ではどうしようもなく慌てた。セツナがシーゼルに辿り着いたと聞いたときからそわそわしていたし、なにから話すべきかと頭の中で整理していたのだが、彼の姿を見た瞬間、吹き飛んだ。頭の中が真っ白になって、まともな言葉も出てこなかったのだ。冷静さを見失わずに済んだのは、頭の中で考えてきたことが消え去ってくれたおかげかもしれない。そのおかげで、無事に対処することができた。

 しかし、一ヶ月以上ぶりに再会したのにも関わらず、まともに言葉を交わすことさえ許されなかったのには、不満が溜まった。餌を目の前にしてお預けを食らった気分だった。セツナを餌というのはどうかと思うが、ともかく似たような感情だ。

 五月十日から今日に至るまで、セツナのことを考えない日はなかったといってもいい。心配もあった。そのせいで仕事が手につかないということはなかったにしても、彼のことばかりを考えすぎてどうにかなりそうだったことは、ある。

 それもこれもセツナが誕生日の贈り物を用意していたことに起因するのだ。

 そんなことを一瞬のうちに考えて、ファリアはミリュウを一瞥した。

「室長に案内されていたということは、軍師様のところでしょうし、もっと時間がかかったとしても驚かないわ」

「なんでよ、驚くでしょ。あきれるでしょ。あたしのセツナを独占するなんて許せないーって」

 長椅子の上にだらしなく寝転がりながら、ミリュウがいってくる。ファリアは、むしろ彼女の様子にあきれるしかない。

「独占って、あなたねえ」

「……わかってるわよ。大事な話よね」

 シーゼル・アバード軍駐屯地本部施設内二階の一室に、彼女たちはいる。王立親衛隊《獅子の尾》の面々に加え、レム=マーロウに宛てがわれた一室であり、六人が過ごすには少し手狭な印象を拭い切れない部屋だった。とはいえ、これでも優遇されている方らしく、ドルカ=フォームなどは羨ましがってきたりもした。相変わらず女性と見れば声をかけずにはいられないログナー人は、ファリアだけに飽きたらず、ミリュウ、メリル、マリア、レムにまで話しかけ、ことごとく振られていた。

「ミリュウ様、さきほどからおとなしゅうございますね」

 ふと気がついたように、レムが口を開いた。彼女は相も変わらぬ使用人の格好である。ファリアたちには見慣れた格好であり、もはや違和感ひとつないのだが、陣中では浮いているとしかいいようがない。そして、その姿のまま戦場に立つのだから、目立って仕方がなかった。自分が目立ち活躍すれば、主であるセツナの評価も上がるというレムの意見を否定することはできないが。

「あたしだって、状況を見て行動することくらいはできるわよ」

「嘘ばっかり。いつだってセツナセツナセツナセツナ、じゃない」

「そりゃそうだけど」

「あ、認めた」

「はは、あんた大物だわ」

 マリアが書類を眺めながら大笑いした。《獅子の尾》の専属医師は、今回のシーゼル攻略戦でも鬼のような活躍をしている。極端な話、武装召喚師部隊である《獅子の尾》は、武装召喚師が敵にいないかぎり負傷することは稀といっていい。セツナのように敵陣深くまで切り込んだりしない限り、攻撃を受けるということがない。矢を射られたとしても超感覚で察知し、身体能力で回避することができる。ある程度の人数なら同時に相手にすることだってできるのだ。傷を負うとしてもかすり傷程度であり、マリアやエミルに頼る必要さえないことが多かった。そうなると、マリアとエミルは、《獅子の尾》以外の負傷者の手当に赴かざるを得ない。《獅子の尾》専属とはいっても、他の部隊の傷病兵を無視しなければならないわけではない。マリアはエミルとともに自陣を駆け巡り、負傷兵の手当に奔走したという。ようやく落ち着いたのが今日の午後だった。

 マリアは書類の確認をしていて、エミルはその傍らでいつも持ち歩いている医療道具の手入れをしている。エミルの隣では、仕事熱心な彼女の横顔を頼もしそうに見ているルウファの姿がある。もちろん、彼もシーゼル攻略戦では大活躍だったし、戦後、連絡係として扱き使われたりもしていた。《獅子の尾》でなにもしていない人間などいないのだ。

「でも、こういう状況でセツナにべったりくっついたりなんかしたら、セツナに嫌われるだけでしょー。ほかの連中にどう想われたってなんともないけどさ、セツナにだけは嫌われたくないわけよ」

「確かに、御主人様に嫌われるのだけはなんとしても避けたいものでございますね」

 ミリュウの発言に透かさずレムが同意したのを見て、ファリアは嘆息した。確かに、ふたりともセツナ第一主義者であり、セツナ以外の他者などどうでもいいとでもいいたげな言動を行うことが多い。ミリュウはセツナに依存しているからであり、レムもまた、別の意味でセツナに依存しているからなのだろう。

 ミリュウは、逆流現象によってセツナと半ば一体化している。もちろん、当時のセツナの記憶であり、現在のそれとは多少なりとも違うものなのだろうが、いずれにしても、彼女はセツナの記憶を見、そこになにかを見出したらしい。それ以来、彼女はセツナに魅了されてしまったかのようにべったりだった。

 レムは、死者だ。死んだはずの命を召喚武装の力によって繋ぎ止めているのだという。そして、その生命を供給しているのがセツナであり、セツナの命との同期が彼女をセツナ第一主義に変えてしまったのかもしれない。少なくとも、以前のレムといまのレムでは、セツナに対する愛情の度合いが違っている。

 そういう意味では、ファリアはふたりとは違うといってもいいではないか。

「ま、それなら、普段からべったりくっつくのを控えることね。セツナだって迷惑に思ってるかもしれないわよ」

「ええーっ!? 本気で……いってるの?」

 勢い余って長椅子から転げ落ちたミリュウの反応に、ファリアは唖然とするほかなかった。

「どれだけ衝撃受けてるのよ」

「まあ、御主人様は、嫌なら嫌とはっきり仰られますし」

「そうだっけ?」

「どうだったかねえ。隊長、結構、気遣いばかりしてそうな印象があるんだけど」

 ファリアは、マリアのいうとおりだと思った。彼には他人に気を使い過ぎなところがあるのだ。それが悪いとはいわないし、その気遣いが彼の周囲で波風を立たせない一因になっているのは間違いなさそうなのだが。

「でも、あの仮面男に対しては辛辣だったわよ」

 ミリュウがいうと、ちょうど道具の整理を終えたらしいエミルが会話に加わってきた。

「カインさん、でしたっけ」

「そうそう、かいん=びーぶるっていう奴よ」

「なんであなたまで嫌ってるのよ」

「だってあいつ、セツナに馴れ馴れしいんだもん」

 ミリュウは長椅子に座り直しながら頬を膨らませた。そういう仕種を見ていると、彼女が自分より年上とはとても思えない。同年代や自分より年上の武装召喚師とは、もっとしっかりした人間だという印象がファリアの中にあるからだ。彼女を年下のように扱ってしまうのは、そのせいもあった。

 カイン=ヴィーヴルの正体については、この室内ではファリアとミリュウしかしらないはずだった。ガンディア人のルウファやマリアは、彼の正体を知れば激怒してもおかしくはなかった。だから、教えることはできない。ファリアでさえ、怒りに震えたほどだ。あれから一年ほど経過したいまでも、カランの街のことは思い出した。焼き尽くされ、なにもかもが失われた街。何百人もの人命が失われた。ファリアの知人も、何人も死んでいる。許せるはずがなかった。

 それが戦争の結果ならば、話は別だったのかもしれないが。

 カイン=ヴィーヴルことランカイン=ビューネルが行ったのはただの殺戮であり、虐殺に等しい行為だったのだ。無関係なセツナの怒りを買うほどの行いは、一年近くが経過したいまでも、ガンディア本土の人々の記憶に焼き付いているはずだった。もっとも、もしいまカインの正体が判明し、暴露されたとしても、そのことの影響はガンディア本国の人々のみにあるものであり、ガンディア全体を揺るがすほどのものにはならないだろう。とはいえ、彼の正体は隠しておくべきであろう。いまや大国となったガンディアではあるが、結束力を失えば瞬く間に崩れ去る可能性も皆無ではなかった。

「そうですね。御主人様があれほどまであからさまに嫌っている態度を見せるのは、カイン様くらいで、ほかの方々には、あのような態度を取ることはございませんね」

「ま、出会いが出会いだから、仕方がないんじゃない?」

「出会い、ですか?」

「ログナー戦争でね、長い間行動をともにしていたのよ。それでそのさい、いろいろいわれたらしいわ」

「ああ、そういえば、そうでしたね」

 ルウファが相槌を打つ。ログナー戦争前夜のことを思い出したのだろう。当時、ログナー戦争が始まる予兆さえなかったころのこと。セツナはルウファの兄ラクサス、そして謎の武装召喚師カイン=ヴィーヴルとともにログナーへの潜入任務に赴いている。その道中でセツナがカインに色々いわれたというのは本当のことだ。ファリアは、戦後、セツナから様々な話を聞いている。

「あのとき、俺は隊長の振りをするため、髪を染めて、それで……」

「ランスオブデザイア?」

「そう、そのランスオブデザイアって召喚武装を使って、戦ったりもしたっけ」

 ルウファが懐かしそうな顔をしたが、きっとファリアも似たような表情をしているはずだ。たった一年前のことだが、ずい分昔のことに感じるのは、なぜだろうか。それからの一年ほどがあまりに濃密だったからなのか。確かに、濃密過ぎる一年ではあった。ランスオブデザイアの存在など記憶の片隅に追いやられるほどに様々な出来事があった。

(ランスオブデザイア……か)

 ルウファがセツナを演じるにあたって、セツナの黒き矛に似た召喚武装が必要だろうということでファリアが即興で編み出した術式が、ランスオブデザイアの召喚に繋がっている。巨大な穂先が螺旋を描く漆黒の槍は、黒き矛に負けずとも劣らない破壊力を見せつけ、ルウファをしてそれの召喚は危険だと感じさせた代物だった。また、召喚の最中、セツナを幻視するという現象に遭遇してもいた。

 そして、奇妙なことに、ランスオブデザイアは契約者であるはずのルウファの手を離れ、ログナーの青騎士ウェイン・ベルセイン=テウロスに召喚され、セツナと黒き矛との間で死闘を繰り広げたという。さらに驚くべきことに、漆黒の槍は黒き矛の力の一部であり、黒き矛に吸収されたという話だった。

 同じような現象がクレイグ・ゼム=ミドナスの闇黒の仮面マスクオブディスペアと黒き矛の間でも起きている。

 セツナの話によれば、黒き矛の力の一部はあとひとつ、エッジオブサーストという召喚武装となってこの世に召喚されているらしい。エッジオブサーストを破壊し、吸収することさえできれば、黒き矛は完全に力を取り戻すというのだが、いまでさえ凶悪極まりない黒き矛がこれ以上強くなることになんの意味があるのか、ファリアにはわかりかねた。

 セツナが苦しむだけではないのか、などと思わないではない。

「髪を染めたルウファさん、見たかったかも」

 惚けたようにいったのは、もちろんエミルだ。

「なかなか似合ってたわよ」

「そうですか? じゃああのころ俺がファリアさんを誘っていたら――」

「ないわよ」

 ファリアが即答すると、ルウファが唖然とした顔をしたのち、ぽつりといった。

「残念……」

「残念ってどういうことですか!」

「え、いや、それは……」

 しどろもどろになるルウファを横目に見ながら、ミリュウが微妙な顔をした。

「あーあ、やっちゃったわねえ」

「ルウファって自分から墓穴を掘りに行くわよね」

「案外、隊長補佐に気が有ったんじゃないのかね?」

「まさか。あったとしても、わたしにはありませんから」

 マリアがいってきたことには、ファリアは笑って返すしかなかった。考えられないことだ。

「セツナ一筋だもんねー」

「そうそう――って、なにいわせるのよ」

「自分でうなずいておいて、なんで顔真っ赤になってるのよ」

「でも、ファリア様のそういうところ、とても可愛らしいと想いますよ。御主人様の前でも、そうしていらっしゃればよろしいのに」

「ねー」

「レム! ミリュウ!」

 ファリアは、全身に熱量を感じながら、ふたりの名を呼び、席を立った。書類仕事をしている場合ではない。なんとしても、この話題から切り抜ける必要があった。

「なによお。別にそこまで恥ずかしがる事ないでしょー」

「そうです。ファリア様が御主人様一筋なのは、わたくしどもの目にも明らかなのですから、隠す必要もございませんよ?」

「だから!」

 全身が焼き尽くされるほどの熱量の中で、ファリアはどうしていいからわからず、ただ叫んだのだった。

 そのときだ。

 部屋の扉が強く、何度も叩かれた。


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