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第九百九十六話 死よりもずっと恐ろしいもの(一)

「シーラはどこにいってしもうたのかのう」

「それがわからないから探しまわってるんだろ」

 セツナは、目の前の虚空を飛行する飛龍の後ろ姿を一瞥して、いった。

 セツナはいま、シーゼル・アバード軍駐屯地本部施設内の通路をラグナとともに走っている。ナーレスとエインのいた部屋を出てからずっとだった。ずっと、ほとんど休むことなく走っている。走り続けている。そうしなければ、シーラに追いつけないという想いがある。無論、彼女の居場所がわからなければ、どれだけ走り回ったところで追いつけるはずもないのだが、かといって急がないわけにはいかないのだ。

 見ず知らずの建物の中を宛もなく走り回るという行為がいかに不毛なものなのかはよくわかっているつもりではあったが、かといって、歩いて探したところで同じことだ。ならば、体力が続く限り走り回るほうがいいのではないか。そういった安易な考えが、セツナを走らせ、ラグナを羽ばたかせた。ラグナが飛んでいるのは、セツナがそう命じたからではない。彼は飛びたいから飛んでいるだけだ。

 飛膜による羽ばたきではなく、おそらく魔法の力による飛行。

 シーラを騎士の光の矢から守ったように、彼は魔法を使うことができるのだ。その最盛期は、地形を激変させるほどの破壊を起こすほどの魔法を使ったものだが、セツナによって打倒された際、すべての魔力を失ったという。いまは、なにもない状態から少しずつ蓄積しているという状況であり、シーラを守る魔法壁を何度も発生させたことで枯渇気味だという。

 魔力を蓄積させる方法は、いくつかあるらしい。ひとつは、自然回復。魔力とは生命力、精神力の一種であり、生きている限り、体内から発生してくるものなのだという。それを蓄積していくことが基本であり、何百年、何千年もかけて蓄積すれば、水龍湖で見せたような大魔法を使うことも容易くなるというのだが、自然回復だけでは時間がかかりすぎるともいう。

 もうひとつは、魔力摂取。これは他者から魔力を摂取することで、自分の魔力を蓄積させるというものであり、これを頻繁に行うことで急激に魔力を増幅させることも不可能ではない、というのだが、これにも欠点はある。魔力を摂取することができるのは波長の合う相手のみであり、ラグナの場合、いまのところセツナだけということのようだった。故にセツナから少しずつ魔力を摂取しているということだったが、セツナにはラグナから魔力を吸い取られているという実感はない。つまり、それほど微々たる量しか摂取していないということであり、彼なりに気を使ってくれているということに他ならなかった。

「それにしても、おまえ、ずっと黙ってたな」

 セツナがいったのは、シーゼルに到着してからのことだ。シーゼルに到着してからというもの、ラグナはセツナの頭の上で沈黙を続けていた。まるで置物と化したようであり、セツナは彼が寝ているのではないかと疑ったものだが、急な動きにも対応できていた辺り、起きていたのは間違いない。起きて、話を聞いていたのだ。それでも口を挟んでこなかったのが不思議でならなかった。特にファリアたちとの再会でもなにも言葉を発さなかったのは、奇妙という他ない。

「うむ。わしほどのドラゴンともなれば、場を弁える術を心得ておるのじゃ」

「それ、胸を張っていうことかよ。しかし、なんだな」

「む?」

「やっぱりおまえの姿を見ると、だれもが驚くな」

 施設内を移動中、セツナたちとすれ違う軍人は皆一様にラグナの姿を見て驚愕したり腰を抜かしたり悲鳴を上げたり叫んだりした。そのたびに大騒ぎになるのだが、セツナは黙殺して走り抜け、悲鳴を上げたひとたちになにも説明しなかった。説明している暇がない。

「そこがひとの子の幼さよな」

「いや、おまえの姿が奇異なだけだよ」

「奇異とはなんじゃ、奇異とは」

「奇妙で普通とは異なる様?」

「そういうことを聞いておるのではないわ!」

 ラグナが声を上げて飛びかかってきたときだった。

「あー! セツナ様じゃないっすか!」

 そういって声をかけてきたのは、ドルカ=フォームであり、セツナは足を止めざるを得なかった。ドルカは前方にいて、彼のすぐ後ろにはニナ=セントールが控えていた。ログナー方面軍第四軍団のいつものふたりであり、ふたりとも青を基調とするログナー方面軍の軍服を身に着けている。ドルカの軍服に輝く軍団長を示す記章がどこか誇らしげだ。

「ドルカさん? あれ、なんで?」

 セツナが疑問に感じたのは、ここがアバードだからであり、彼がログナー方面軍の軍団長だからだ。アバードに派兵するとなれば、ザルワーン方面軍が動員されるはずであり、アバードとの間にザルワーンを挟むログナー方面軍が差し向けられるのは、考えにくいことだった。もちろん、全軍が動員されるとなれば話は別だが、現状、ガンディアには全戦力を投入できるほどの余裕はない。

 先の戦争の傷が残りに残っているし、厭戦気分も蔓延しているというのだ。戦争に踏み切ることさえ、難しい状況であるはずだった。

「いやあ、今回の派兵、基本的にはザルワーン方面軍の戦力に頼っているんですが、ログナー方面軍からは我が軍団だけ参加してるんですよねー。なんででしょう?」

「エインの意向とか?」

「きっとそんな感じです」

 ドルカは臆面もなく認めた。そして、大袈裟に笑いながら言ってくる。

「いやしかし、いいんですかね、完全な癒着ですよ、癒着」

「癒着って」

 セツナは、ドルカの言葉を反芻して、軽く吹き出した。確かにそう取られてもおかしくないことなのかもしれない。アバードへの派兵となれば、真っ先に動員されるのはザルワーンかクルセルク方面の戦力だ。ログナー方面の戦力は二の次であり、第一陣に入っていることなど、通常ならばありえないことのように思えた。もちろん、二陣、三陣ならば話は別だ。であればこそ、癒着という発想が出てきてもおかしくはない。参謀局の第一作戦室長を務めるエイン=ラジャールはログナー出身であり、ログナー方面軍の軍団長としてドルカとともにザルワーン戦争を経験した人物だ。エインが同国人であり元同僚であるドルカに便宜を図ったとしても、不思議ではなかったし、そう取られてもおかしくはないのかもしれなかった。

「そんなこと、大声で言っていいんですか?」

「いやはや、こういうことこそ大声で言って笑っておかないと、影でなにを言われるかわかったもんじゃないでしょ」

 今度は、囁くような小声だった。

「なるほど……」

 うなずくも、別にどうでもいいこととも思えたのは、セツナが政治や権力闘争に興味がないからだろう。興味がなくとも、ある程度の興味を持たなくてはならないということもわかっている。セツナは、ガンディアの双璧をなす権力者のひとりだ。たったふたりしかいない領伯のひとりに任じられている。存在そのものが政治に関わっているのだ。権力闘争に巻き込まれないためにも、政治に関心を持っておく必要はあるのだろう。

 気乗りがしないのもまた、事実ではあるが。

 ドルカが不意ににやりとした。

「ま、セツナ様が合流されたとあらば、百人力、いえ、千人力、いやいや、万人力ですから、俺としてもなんの不安もありませんよ」

「万人力はいいすぎですよ」

「言い過ぎじゃありませんって。万魔不当の力の持ち主がご謙遜なさらずともよろしいじゃあございませんか。そんなのは謙遜ではなく、嫌味にしかなりませんぞ」

 おもむろに人差し指を立てて顔を近づけてきたドルカに、セツナは少し後ずさりした。

「そうですかね」

「軍団長の仰る通りかと」

 ニナが、相変わらずの仏頂面で肯定してきた。

「それと、軍団長に対してへりくだる必要はありませんよ、領伯様」

「ニナちゃん、どういう意図があってそんなことをいうのかな?」

「軍団長とセツナ様の間柄を知らないものが、おふたりの会話を見れば、奇異に思うはずですし、セツナ様の沽券に関わるのではないかと」

「そうかな?」

 セツナが首を傾げると、ニナは鉄面皮を微塵も変化させずにうなずいてくる。

「はい。セツナ様は、あのころとは立場も肩書もなにもかもが変わられたのです。我々に対し、お気遣いなど無用にございます」

「ま、ニナちゃんのいうとおりではありますな」

「とはいっても、ね」

「エインくんと同じように扱ってくれても構わないんですよ」

「それは無理ですよ」

 セツナは笑っていった。

 エインとは最初からああいう風だったから、いまでも同じような態度で接しているのだ。立場、肩書が変わったからといって、すぐさま態度を変えるということは、セツナには難しい。無論、そうしろというのなら努力するが、即座には慣れないだろう。

「ふふ」

「どうした? ニナちゃん」

「いえ、セツナ様のそういうところが、皆様に慕われるところなのだと思いまして」

「ああ、それはそうかも」

 なにやら納得するふたりを眺めながら、彼らの仲の良さを改めて理解した。ドルカがニナを信頼し、ニナがドルカを敬愛しているということが、ふたりの言動からよくわかるのだ。それでもドルカは女性と見れば声をかけずにはいられないらしいのだから、困ったものだ。

「俺にはよくわからないけど……」

「まあ、本人はわからないことかもしれないですな」

 ドルカの笑顔には、男のセツナでも引き込まれるような魅力がある。彼は美丈夫だ。口さえ開かなければ正統派の二枚目であり、なにもせずとも女性のほうから寄ってくるような容貌の持ち主だった。そんな彼が何の気なしに浮かべる笑顔ほど魅力的なものはなかった。

「それで、なにを急いでおられたんで?」

「ああ、それなんだけど、実はシーラを探してるんだ」

「シーラ様? 姫様ならさっき、階段を登っているのを見ましたよ」

「階段?」

「そこの角を曲がった先の突き当りにある階段です」

 そういって、ニナが指し示したのは、セツナたちの進行方向であり、ドルカたちが歩いてきた方向だった。確かに通路の先が曲がり角になっている。

「そうか。ありがとう。ドルカさんも!」

「ではな、ひとの子よ」

 セツナは、ふたりに礼を言うと、脇目も振らずに駈け出した。ラグナが慌ててついてくるのがわかる。

「はいはーい!」

「ド、ドラゴン!」

「いまさら驚く?」

 遠ざかる声を聞きながら、セツナは足を急がせた。

 通路を駆け抜け、角を曲がると、さらに通路が続いている。書類を持った女性兵とすれ違った。女性兵はラグナに驚いて書類を落としてしまったようだが、一緒に拾い集める時間はない。ドルカたちに時間を取られてしまっている。急ぐ必要があった。不安がある。悪い予感というべきか。

 階段に到達したとき、ラグナがセツナの肩に止まって、問いかけてきた。

「なにゆえ、そう急いておる? シーラとて、あやつの言い分を理解できないわけではなかろう」

 あやつとは、ナーレスのことだろう。つまり彼はセツナの頭の上で、じっと話に耳を傾けていたということだ。そして、話の内容も理解しているらしい。人間社会に疎いくせに物事を理解する能力には長けているということなのかもしれない。

「おまえなら、わかるか?」

「わからぬ。ひとの子の愚かな領土争いなど、毛ほども興味が持てぬのでな。しかし、ひとつわかったことはある」

「なんだよ」

「このくだらぬ戦いを終わらせねば、龍府に帰れぬということじゃ」

「それだけわかってりゃ上出来だ」

 セツナがいうと、ラグナは彼の肩の上で目を細めたようだった。セツナに褒められたことが、少し嬉しかったのかもしれない。

「おまえのいうとおり、シーラだってわかってるはずさ。でも、わかったからといって、納得できるかといったら別問題だろ」

「ふむ……理解と納得は別という話じゃな」

「そういうこと。特にシーラはこの国のためにすべてを投げ打ってきたんだ。すべてを投げ打ってでも、国に尽くそうとしてきた。尽くしてきた。だからこそ、自分の立場だって平然と捨てることができたんだ。自分が退くことで、自分が消えることでアバードが安定するなら、それでよかった。それなのに、シーラの存在がアバードに破綻をもたらすきっかけとなってしまった」

 階段を駆け上がりながら、セツナは言葉を続けた。脳裏に浮かぶのは、シーラの顔だ。闇の中、間近で見た彼女の顔。ガンディアの声明文を知って蒼白になったシーラの表情。ナーレスの言葉によって一層強張っていくシーラの顔。顔。顔――。

 ナーレスの部屋を出て行く直前、彼女の目から光が失われていた。

「やっていられないだろ」

 セツナは、シーラの心情を思って、顔をしかめた。セツナはシーラではない。彼女の気持ちが完全にわかるわけではないし、分かり合えると思っているわけでもない。しかし、それでも、自分が同じような立場になったならと考えれば、その無念さがいかばかりのものなのかは察せようものだった。他人ではなく、自分の迂闊さを憎み、呪うかもしれない。呪い尽くした挙句、すべてを諦めるかもしれない。

 だから、セツナは急ぐのだ。急いで階段を駆け上り、最上階に辿り着く。五階くらいだろうか。通過してきた階層など数えてもいないため、正確にはわからない。そして、彼女が最上階まで上り詰めたのかどうかさえも不明だった。一階一階虱潰しに探すべきなのだろうが、その時間も惜しい。そんなことを考えているうちに最上階に到達してしまったのが実情だった。

 階段を登り切った先は狭い空間になっていて、扉が一つだけあった。扉を開けば視界に飛び込んでくるのは、真っ赤に燃え上がる空模様であり、そこが施設の屋上なのだということがはっきりとわかる。赤く燃えているのは空だけではない。流れる雲も、落ちゆく太陽も、赤々と燃え上がっている。

 風は、穏やかだった。

 屋上は広かったが、見回すと周縁部に柵もなにもないことがわかり、そのことがセツナを不安にさせた。が、すぐにその不安が解消されたのは、セツナの視界に斧槍を手にした白髪の女性の後ろ姿が飛び込んできたからだ。白髪だけでも特定可能ではあるが、斧槍を手にしていることでその女性がシーラ以外のだれでもないことが確定する。

 シーラとハートオブビースト。

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