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第九百九十三話 大義(五)

「シーゼルが落ち、タウラルが落ち、アバードはぼろぼろだなあ、おい」

「なに、国の興亡など、知ったことではない」

 ロウファは、窓の外から室内に視線を移した。窓の外には夕日に照らされた王都の町並みが広がっていたものの、もはや見慣れた景色になんら感慨を抱くようなこともなく、彼は嘆息さえも浮かべる。嘆息の原因はもうひとつあるのだが、その原因となる人物は、彼の気持ちなどまったく無視して長椅子を占領していた。

 ベイン・ベルバイル・ザン=ラナコート。彼とは馬が合わないこと甚だしい。

「つめてえ野郎だ」

「暑苦しいよりはましだ」

 ロウファはベインに言い返すと、再び窓の外に視線を戻した。アバード王都バンドールの町並みを視界に入れたところで、別段変わったところがあるわけではないが、椅子の上から足を投げ出している大男を見ているよりはましだろうと判断した。

 王都は、物騒な空気に包まれている。それは、ロウファたちがアバードに来たときから変わらないのだが、ここ数日でさらに物々しくなっていた。いつ戦争が始まってもおかしくはないという情勢は、王都を平穏と安寧から遠ざけてしまっている。王都の住民が心休まることは、しばらくはなさそうだった。

「俺が暑苦しいってのか?」

「よくわかっているじゃないか」

「おうよ、俺は燃え滾ってるぜ」

「そのまま燃え尽きてくれるとありがたいんだがな」

「はっはっは、てめえごと焼きつくしてやろうか」

 にこやかに物騒なことを言い放ってきたベインに、ロウファは肩を竦めて答えた。いくら暇だからといっても、彼とくだらないやりとりをするのも飽き始めていた。不意にひとつしかない部屋の扉が開く。

「まったく、君らの仲の良さには嫉妬さえ覚えるな。部屋の外まで話し声が聞こえていたよ」

 などと心にもないことを平然と言い放ってきたのは、シド・ザン=ルーファウス。ロウファとベインの同僚であり、ロウファにとっては、他の同僚とは比べ物にならないほど大切な人物といってよかった。ベインにとっても同様なのは、彼の言動からよくわかる。そして、シドが自分やベインを大切にしてくれていることも、伝わってくる。だから彼のために戦えるのだが。

「ほう」

 見ると、ベインがにやりとしていた。猛獣を思わせる容貌には獰猛な笑みがよく似合った。やはり彼は生粋の戦闘者であり、騎士には不向きだと思わざるをえないのだが、彼が騎士に相応しくないかというとそうではない。彼はベノアガルドの騎士として立派に勤めを果たしている。残念だが、そこは認めるしかなかった。

 シドが涼しい顔で告げる。

「皮肉だよ」

「わーってるって。で、どうなんだ?」

「こうなった以上、アバードはガンディアと戦うことを決めたようだ」

 シドは、ベインのよくわからない質問に答えながら扉を閉じた。

 シドの回答は、ロウファたちの予想通りといっていい。王都から目と鼻の先の都市が落ちたのだ。ここで指をくわえて見守るという判断はなかった。しかし、それにしても遅い決断といわざるをえない。

「ようやく腹をくくったか。そうじゃないとな」

 ベインが胸の前で拳を手のひらに叩きつけた。戦場こそ、彼のような戦闘者に相応しい。彼自身、戦いをなによりも好んでいる。根っからの戦闘狂といってもよく、戦闘経験もまた、騎士団随一といってよかった。センティアではろくに戦えなかったのだ。鬱憤も溜まっているだろう。

「我々も?」

 ロウファが尋ねると、シドは静かにうなずいた。

「当然、出る」

 シドの答えを聞くまでもなかった。

 アバードは、内乱によってその戦力の半数近くを失っている。クルセルク戦争に差し出した戦力のほとんどすべてがシーラ派につき、アバードに残っていた戦力の一部さえもシーラ派に与した。残る戦力を用いたシーラ派との決戦を行ったのが、エンドウィッジの戦いであり、辛くも勝利したアバード軍だったが、それによって総兵力が半減するという事態に陥っていた。ベノアガルドに救援を求めるのも当然だったし、アバードが騎士団に依存するのも無理のない話だった。

 ロウファたちは、三千人の騎士団騎士とともにこのアバードを訪れている。アバードの現有兵力は七千ほどであり、そのすべてをここ王都に結集させるというわけにもいかない。ヴァルター、センティア、タウラル、ゴードヴァン、ランシード、シーゼルといった都市の防衛にも戦力を割く必要があった。

 七千の兵力を七箇所に分割するということは、各地に千人ほどしか配置できないということであり、王都もまた、その程度の戦力しか配置できていなかった。となれば、騎士団の三千人ほど頼りがいのあるものはない。騎士団が参戦するだけで、王都の戦力は四倍に膨れ上がるのだ。その頼りがいのある戦力がシーゼルの防衛に投入されなかったのは、アバードがごたついていたからにほかならない。

 ガンディア軍による国境突破の報告とともに、シャルルムが国境を超え、タウラル要塞に進軍中という報せが入ったのだ。シーゼルの防衛に戦力を当てるのは当然だが、タウラル要塞の防衛にも戦力をあてがう必要があるのではないか。情報が錯綜する間、騎士団が勝手に動くことなどできるわけもなく、シーゼルは落ちた。タウラル要塞が落ちるのも時間の問題だろう。

 つまり、アバードは、南と北東とか同時に攻撃を受けているということだ。早急にシーゼルのガンディア軍を退け、タウラル要塞を制圧するであろうシャルルム軍を撃退しなければならない。

「ガンディア軍にゃあ強い武装召喚師がいるって話じゃねえか」

 ベインが嬉しそうにほくそ笑んだ。内心の滾りを抑えられないといった態度であり、頼もしくもあるが、暑苦しくもある。

「その強い武装召喚師の部隊がシーゼルを落とした主力だ」

「《獅子の尾》……でしたか」

《獅子の尾》とは、ガンディア王レオンガンド・レイ=ガンディアの親衛隊のひとつである。国王の親衛隊でありながら、ガンディアの最高戦力というのだから不思議な立ち位置というほかなかった。武装召喚師のみで構成された少数精鋭の部隊であり、それがガンディアのこれまでの戦いを調べてみれば、《獅子の尾》が群を抜く戦果を上げていることがすぐにわかる。そして、《獅子の尾》がシーゼル制圧に一役買ったのもまた、アバード軍の報告から明らかだ。

「ああ。黒き矛のセツナ率いる部隊だ」

 シドが苦い顔をした。

 シドがそんな表情を見せるのはきわめてめずらしかった。それもこれも、センティアにて黒き矛のセツナに一杯食わされたことが、シドの記憶に焼き付いているからだろう。ロウファたちは、センティアにおいて目的の人物に接触することができたのだ。シーラ・レーウェ=アバードを視界に捉えていた。いや、視界に捉えるどころではない。ロウファは弓で以って彼女を射抜こうとし、ベインはシーラを叩き切ろうとした。だが、できなかった。ロウファの矢は見えざる壁――おそらく召喚武装であろう――に阻まれ、ベインはシーラを仕留め損ねた。

 そして、逃げられた。

 追撃し、追い詰めかけたものの、黒き矛のセツナが逃走経路を破壊して回ったため、諦めざるを得なかった。苦い記憶だ。目標を目の前に捉えながら取り逃がすなど、騎士団にあるまじき失態といっていい。弁明の余地もない。

 ロウファたちの頭の中に黒き矛のセツナが強く印象づいているのは、そのせいもあった。

「セツナともやりあえるかねえ」

「どうかな。彼が出てくるということは、シーラ姫もいるということになる」

 シドが目を細めた。

 ロウファたちは、センティアの闘技場から逃亡したセツナたち一行がどこに逃げ去ったのか、あの日から血眼になって探していた。まず、センティア市内をくまなく探し回った。センティアの広大な地下通路の出入り口を探して回り、その周辺に潜んでいないものかと捜索を続けたのだが、ついぞ見つからなかった。見つからないまま日数が経過し、センティアから抜けだしたのだろうという結論に至る。

 そして、センティアから抜けだしたとあらば、アバード領内にはもはやいないのではないか、とロウファたちは考えていた。シーラの目的がラーンハイルとその一族郎党の処刑を止めるためならば、シーラ派への弾圧をやめさせるためならば、それがシーラを炙り出すためのものだと判明した以上、アバードに留まり続ける理由はない。ガンディアの関与も明らかになっているのだ。ガンディアに戻ったとして、なんらおかしくはなかった。

 アバード政府がガンディアにシーラ姫の引き渡しを要求したのも、ロウファたちの推測に基づく報告を聞いたからだ。シーラ姫の生存を公表し、彼女が売国奴の汚名を被った以上、なにも恐れる必要はない。シーラの立場や境遇に同情的だった国民も、彼女がガンディアに通じていたとなれば、アバード政府によって刑殺されたとしても仕方がないと思うだろう。

 それまでは、秘密裏に殺すつもりでいた。

 いや、そもそも、偽物のシーラ姫を処刑した時点で終わっていたことなのだ。

 話を蒸し返したのは、セリス王妃殿下であり、シーラ姫の母親である彼女の願いが、騎士団を動かしている。

「目的、忘れるなよ?」

「忘れるかよ。俺様ほど任務に忠実な騎士はいねえって有名だろ」

「どこでだ」

 ロウファは軽く肩を竦めて、ベインの笑みに応えた。

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