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第九百八十二話 砦にて(一)

 厳つい傭兵たちによるセンサールの砦内部の大掃除が終わり、荷物の搬入が終わったのは、その日の午後のことだった。砦内部がどれほど荒れていたのか、内部を覗いていなくとも、大掃除の完了までに要した時間を考えれば想像に難くない。大の大人五十人ほどが走り回って数時間かかったのだ。エスクのいっていたように森の動物が住処に使っていた痕跡を取り除いたり、壁を這い回る蔦を取り除いたり、埃を払ったり――傭兵たちは、それでも陽気に歌を歌いながら砦の中を綺麗にしてみせたのだ。

 昼には傭兵たちによる炊き出しが行われ、セツナもシーラも久々の食事にありつくことができている。食事などドラゴンであるラグナには不要のものだったが、彼はいつものように味見をして、人間の食べ物についての感想を述べていた。それによれば、傭兵の炊き出しはそこそこの味らしい。龍府天輪宮で食べたゲイン=リジュール手製の料理が一番だという彼の意見には、反論の余地もない。

 荷物の搬入が終わり、ようやく砦内に入れるようになるころには、シーラも多少は落ち着きを取り戻していたようだった。数時間あまり眠ることができたのと、昼食で空腹を満たせたことが大きいのかもしれない。とはいえ、無理をさせる必要もないため、セツナは荷物の中から取り出した毛布で彼女の寝床を作ると、有無をいわさずに寝かせた。シーラはなにも反論してはこなかったが、セツナに側にいることだけは要求してきた。セツナは当然のようにうなずき、彼女が寝入るまで側にいた。

 シーラが深い眠りに入ったあとは、彼女のことをラグナに任せた。ラグナには、ロウファの光の矢を防いだ実績がある。彼ならば、シーラの身を守ってくれるだろう。あの防壁は魔法によるものだという。竜語魔法。ドラゴンだけが行使することができる代物であり、ドラゴンが生まれながらに持つ力であるという。ドラゴンが万物の霊長たる所以でもあるらしい。彼があのとき魔法を使えたのは、多少なりとも力が回復していたからだといい、常にセツナから力を摂取しているからでもあるというのだが。セツナには、ラグナから力を吸われているという感覚はなかった。摂取する力の量など、微々たるものなのだろう。その微々たるものが積み重なって、あれだけの防壁を生み出した。

『しかし、あの弓はなんじゃ?』

 ラグナが首を傾げていたものだ。

『わしの魔法壁を破る勢いじゃったぞ?』

 ラグナのその言葉にセツナが肝を冷やしたのは当然のことだ。ロウファの光の矢がもう少し高威力なら、ラグナの魔法壁が破壊され、シーラが攻撃を受けていた可能性があるからだ。

 もっとも、それもラグナが力を出し惜しみしていたからだということがすぐに判明し、安堵している。出し惜しみをしたのは、一度の魔法壁で力を使い切ることはできないと彼なりに考えていてくれだからだ。実際、一度目の魔法壁の展開に全力をつぎ込んでいれば、後はなかった。そのときにはセツナが対応していたとはいえ、その場合、あれほど上手く切り抜けられていたとは思いがたい。

『ラグナさまさまだな』

 セツナがラグナを撫で尽くすと、彼は心地よさそうに目を閉じた。

『セツナは優しいのう』

 ラグナのそんな一言が耳に残っている。

 ラグナにいわせてみれば、ドラゴンである自分に対しそこまで優しく振る舞う人間など遭ったこともないというのだ。数万年に渡る命の時間。その長きに渡る時間において、彼が人間と接触を始めたのは、たかが数百年前のことだという。この砦ができたかどうかという時代に人間との交流を始めた彼は、様々な種類の人間と知り合い、そのほとんどすべてがドラゴンである彼に気圧され、恐怖し、平伏したものらしい。しかし、セツナはラグナに圧倒されるどころか、恐怖することも平伏することもなかった。ましてやラグナを万物の霊長たるドラゴンとして仰ぎ見ることさえなかったことには、不満そうな顔をしていたが。

 ともかく、ラグナには、セツナのような人間がめずらしく、故にセツナの側にいることは決して気分の悪いものではないということだった。

(そういうもんかね)

 セツナは、シーラの枕元で丸くなったラグナのことを思い出しながら、砦内の探索を続けていた。センサールの森の奥地にひっそりと佇む砦。ウィンドウ一族が何百年も前に放棄したという砦は、いまや完全に森の風景に溶け込んでおり、砦の外壁などを伝う蔦や木の根を排除しないかぎり、遠目にはそこに砦があるとは思えないだろう。

 それにこの砦は街道から大きく外れた場所にある。簡単に見つかるものではない。アバード軍の追求を逃れ、隠れるには打って付けの場所だというのは間違いなかった。

 そんな砦の中の探索を始めたのは、内部構造を知っておく必要があると踏んだからだ。二階建ての屋敷といってもいいような小さな砦だ。構造も単純で、一度覚えてしまえば迷うこともない。しかし、一度は内部を回っておかなければ、いざというときに困るかもしれない。単純な理由。だが、必要なことだろう。

 砦内には、当然、シドニア傭兵団の傭兵たちが屯している。皆、大掃除が終わってへとへとといった様子であり、砦内部の厨房から漂ってくる夕食のにおいに鼻をひくつかせているものが何人かいた。

「なんてったって、今夜はレミル隊長の手料理ですからね」

 嬉しそうにいってきたのは、冴えない顔の傭兵だった。外見からして荒くれ者揃いのシドニア傭兵団において、エスクやレミルとともに浮いているといっても過言ではない。が、浮いているのは外見だけであるらしく、内面的には、ほかの傭兵たちと大差なさそうなのは、彼が仲間たちと一緒になって札遊びをしている様子からも伺い知れた。

「レミルってあのレミル?」

「はい! 紅一点のレミル隊長ですよ!」

「へえ」

 セツナは適当に相槌を打って、その部屋を後にした。そこは一階の角部屋で、厨房は通路を挟んだ向こう側にあった。厨房からは夕食の支度が進んでいることが、においからわかる。食欲を刺激する香ばしいにおいには、セツナもかなわない。

(紅一点か)

 いわれてはじめて気づいたのだが、確かにそうだった。

 シドニア傭兵団には、レミル=フォークレイ以外に女の傭兵はおらず、彼女は違和感なく傭兵たちに溶け込んでいた。

 セツナは、この世界に召喚されて以来、戦場に出る女性をよく見てきている。最初に知り合った武装召喚師がそうだった。アズマリアはともかく、ファリアが戦う女性であったことで、この世界では女も戦うものだと認識したのかもしれない。実際、ファリア以外にも数多の女の戦闘者を見てきている。ルシオンの王子妃リノンクレア・レーヴェ=ルシオンなどその最たる例であり、彼女が率いる白聖騎士隊は女性のみの騎士隊だったし、シーラも侍女団を率いて戦場に出ていたものだ。

 戦場で敵対した女性兵を手に掛けたことも、当然、ある。ミリュウだって殺すつもりで戦ったのだ。結果的には殺さずに済んだし、むしろ殺されかけたのだが。

 女も戦うのが当たり前の世界。

 それがイルス・ヴァレなのだ。

 だから、レミルが傭兵団の一員だということになんの疑問も抱かなかったが、よくよく考えて見れば、ほかに女性団員のいない組織にたったひとり混じっているのは、奇妙にも思えた。話によれば、レミル=フォークレイは、団長であったラングリード・ザン=シドニアの実の妹であり、レミルがシドニア傭兵団に入ったのも、ラングリードの勧めによるところが大きいのだという。

 セツナは、そんな話を聞きながら砦内を周り、傭兵たちに声をかけて行った。

 セツナが声をかけると、傭兵たちは皆、恐縮した。

 セツナは最初、なぜ彼らのような荒くれ者がセツナの前で萎縮するのか不思議でならなかったが、傭兵のひとりがセツナに握手を求めてきたことで理解した。セツナの正体が明らかになったことが、彼らを掌握する上で、良いように作用したということなのだ。

「まさか、黒き矛のセツナと行動をともにすることになろうとは……」

 厳しい面構えの傭兵が、セツナの手を握りしめながら感動していた。

「あなたが黒き矛のセツナならば、エスク団長代理を圧倒したのも納得できますぜ」

 とも、いってきた。

 黒き矛のセツナは、ガンディアの喧伝によって周辺諸国で知らぬ者のない名となっているらしい。ガンディア躍進の象徴であり、ガンディアの英雄。自分でいうにはこそばゆいが、そのようにいわれているという事実は受け止めている。

 バルサー要塞奪還から始まるガンディアの大進撃の先頭には、常に黒き矛があったのだ。それは、事実だ。そして、セツナは常に難敵と戦い、ガンディアの活路を開いてきた。もちろん、すべての勝利がセツナひとりの活躍によるものだというつもりもない。が、それはそれとして、セツナ自身の戦果を過小評価するつもりもなかった。

 やれるだけのことをやってきたのだ。

 まだ足りない。

 まだまた、できることはある。

 そう思う反面、よくやってきた、とも考えられたのは、傭兵たちの反応によるところもあるのかもしれない。


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