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第九百七十七話 烙印(十)

「まだこんなところにいたのか」

 セツナがそういったのは、エスク率いるシドニア傭兵団の最後尾に追いついてからのことだった。シドを撒いてからここに至るまで、多少、時間を要している。地下通路の各所を破壊し、シドたち騎士団の追跡を食い止める必要があったからだ。あの一箇所だけでは、すぐさま瓦礫を破壊され、追いつかれる可能性が高い。地下通路そのものを瓦礫で埋め尽くしてしまうほどの勢いで、セツナは黒き矛の力を使った。精神的な消耗が激しいものの、そうしなければ騎士団の追撃を止められないのだから仕方がない。もちろん、余力は残してあるし、いざとなればすべての力を使いきってでも騎士団を食い止める覚悟はある。

 もっとも、騎士団を食い止めるよりも、シーラの身の安全の確保を優先するべきであり、セツナはそのために傭兵たちの後を追いかけて地下通路を疾駆した。

 迷宮のような地下空間も、黒き矛の補助を得たセツナにはなんの障害にもならなかった。傭兵たちの気配を追えばよかったからだ。通過した部分の天井や壁を破壊してきており、ここに至るまで無数の障害物を作り上げている。騎士団が追撃してこようと、追いつくまで時間がかかるはずだ。

 傭兵たちが構えを解くのがわかる。構えたのは、騎士団のだれかに追いつかれたと思ったからかもしれない。

「セツナ!」

 シーラが駆け寄ってきたかと思うと、勢い余って抱きつかれるような格好になった。混じりけのない白髪が傭兵たちの魔晶灯に照らされ、輝いている。正体が明らかになった以上、隠す必要もないと判断したのだろう。視界を確保する上でも、頭巾は邪魔にしかならない。

 セツナは、それよりも彼女の表情が気になった。淡い光が照らしだした彼女の顔は、不安と苦悩に揺れていたように見えたからだ。そして、セツナに抱きつくほどの勢いで駆け寄ってきたということ。不安だった、とでもいうのだろうか。

「どうした?」

「い、いや、なんでも、ない」

「変な娘じゃの」

 ラグナがシーラの右肩で頭を振った。小さなドラゴンは淡く発光しており、シーラの表情の変化を明らかにしてくれている。彼女は、さっきとは違って、少しばかり恥ずかしそうに顔を赤くしていた。

「お取り込み中のところ申し訳ございませんがねえ」

 エスクの皮肉たっぷりな物言いに、セツナは憮然とした顔を向けた。エスク、ドーリン、レミルの三人がこちらを見ている。エスクの手には、この地下通路の地図があり、彼はそれと睨み合いながらここまで進んできたのだろう。やはり、一度出入りしただけでは、この迷宮のような地下通路を把握することは不可能なのだ。

「旦那、あいつは?」

 エスクのいうあいつとは、十中八九シドのことだろう。ベインがシドと呼んだ騎士。そういえば、ベノアガルドの十三騎士のひとりがシド・ザン=ルーファウスという名前だということを聞いた記憶があった。まず間違いなく、シドがシド・ザン=ルーファウスなのだろう。それとロウファ。彼は、ロウファ・ザン=セイヴァスという名の騎士に違いない。ベイン・ベルバイル・ザン=ラナコートは、ロウファの発言から確定している。

 ベノアガルドの騎士についての情報は、アルベイル=ケルナーがベノアガルドの諜者ということが判明し、ベノアガルドの目的のひとつがどうやらセツナの実態を探るためだとわかったこともあって、セツナの耳にももたらされていた。

 シド、ベイン、ロウファの三人は、ベノアガルドの騎士団――通称、神卓騎士団の幹部であり、十三騎士と呼ばれる騎士たちだ。神卓騎士団は、騎士団長フェイルリング・ザン=クリュースを頂点とし、革命以来、ベノアガルドを支配しているということくらいしかガンディアまでは伝わってきてはいない。ベノアガルドは、小国家群北端の国だ。いまから調べあげるには時間がかかるということだったが。

 このアバードで、少しは騎士団の実態に迫れるのかもしれない。

「そう簡単には追いつけないはずだ。ここに来るまで全部ぶっ壊してきてやったからな」

「なるほど、さっきまでの物音は旦那が破壊活動に勤しんでた音だったんだな」

 エスクの声音が呆れているように聞こえるのは、気のせいなどではあるまい。彼はセツナと黒き矛のやりたい放題っぷりに呆れているに違いなかった。

「そういうことだ」

「俺はてっきり、あいつとの戦闘によるものだとばかり」

「あいつと戦うことに意味がねえよ」

 セツナがぶっきらぼうに告げると、エスクは目だけで笑った。セツナが戦闘狂ではないことが判明して、喜んでいるかのような反応だった。

「あいつらの狙いは、シーラの命だ。俺があいつに拘って、あとのふたりがシーラに追いついたら笑えねえだろ」

 一瞬、シーラの肩が震えたように見えた。が、気のせいだったのか、彼女の表情に変化は見えない。

「そりゃそうだ。旦那、案外よく考えてんだな」

「馬鹿にしてんのかよ」

「いやいや、ガンディアの英雄ともあろうお方が、姫様とアバードに潜り込むなんて、馬鹿でもやらないことだと思ったまでっすよ」

 エスクはずけずけといってきたが、セツナは否定も反論もしなかった。

「……そうかもな」

 素直に認め、受け入れる。

 彼のいいたいことはわかるし、もっともだと思っている。確かにその通りだ。セツナには、立場がある。役割がある。ガンディアの黒き矛としてしられる武装召喚師。それがセツナだ。エンジュールと龍府の領伯であり、親衛隊《獅子の尾》の隊長。ガンディアの重臣も重臣といっていい。それほどの立場にある人間が、シーラとともにアバードの事情に干渉しようというのだ。判明すれば、外交問題に発展するのは疑いようがない。

 そして、判明してしまった。

 シーラの正体はおろか、セツナの正体までも、騎士団に伝わってしまった。

 明らかな失策。

 明白な失態。

 どう取り繕っても、もはや取り返しようのない失敗。

 だが、いまはそのことで悔やんでいる場合でも、足を止めて悩んでいる場合でもない。いますぐこの場から抜け出し、逃げ出さなければならないのだ。考えるのは、それからでいい。

「それで、なんで上に上がらないんだ?」

「セツナを待ってたんだ」

 シーラが囁くようにいってきた。彼女は、右手に斧槍を手にし、左手でセツナの服の袖を握っていた。彼女らしくないといえば彼女らしくないのだが、いまはそこを気にしている状況でもない。セツナは、シーラが心細かったのだろうと解釈した。シーラの精神状態を察すれば、不安を心配や心細さを感じるのは当然のことだ。だからセツナは彼女の手を握った。

「俺を? どうして?」

 シーラが無言で握り返してくるのを感じながら、セツナの目はエスクに注がれていた。この地下通路逃避行の指揮官はシーラではなく、エスクであるはずだ。セツナは、エスクにシーラを任せた。エスクも同意してくれていたのだ。

「旦那だけこの迷宮に置いていく訳にはいかないでしょ。それに、そんなことしたら、俺が姫様とこのドラゴンに殺される」

「あのなあ……」

「それと、来た道とは違う場所から出ようとしていたんでね」

「なんでまた?」

「ウィンドウ家に面倒をかけたくないし、ウィンドウ家は、センティアの真っ只中。いくら旦那が強くとも、センティアの駐屯軍や騎士団すべてと戦う訳にはいかないでしょ?」

「さきもいったけど、戦う意味が無いからな……」

「意味があったら?」

「俺ひとりなら切り抜けられる」

 セツナが断言すると、エスク以下、歴戦の強者揃いであるはずの傭兵たちが息を呑むのがわかった。

「さすがは我が主じゃの。大言壮語もここまでくれば清々しいもの」

「おまえにそっくりだろ」

「わしがいつそのようなことを豪語したというのじゃ!」

「それで、どこから出るんだ?」

「さすがに都市の外に通じるような出入り口はないようなので、宿場街に出ますよ。あの宿に戻りますぜ」

 エスクは、そう告げてくると、セツナに背を向けた。

「話は、とりあえずそれからってことで」

 こちらを一瞥したエスクが片目を閉じて笑いかけて来たのが印象的だった。

 この状況で笑っていられる肝の据わりようは、さすがは歴戦の猛者というべきなのかもしれない。


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