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第九百七十話 烙印(三)

 男の説明はすぐに理解できた。

 シーラを誘き出すにはこれ以上ない策ばかりといってよかった。シーラがどういった人間なのかよく把握しているというべきか。シーラがいかに自分に関わる人間を大切に想っているのかを理解しているのだ。だから、シーラに関係した人間を片っ端から排除していく、などという考えに至ったのだろう。それが剣の男の独自研究によるものなのか、王宮の入れ知恵によるものなのかはわからない。おそらく前者だろうが、それにしたってシーラのことをわかりすぎているのではないか。

「そう。すべてはそれだ。それだけなのだ。あなたを殺さなければならない。我々は、そのためだけにここにいるといっても過言ではない」

 剣の男が処刑人の被り物を脱ぐと、大剣の男と弓の男もまた、被り物を取った。それぞれの素顔が明らかになったものの、それらの顔をじっくりと見ている暇はなかった。大剣の男が、大剣を担ぐとともに地を蹴ったからだ。

「そういうことだ。さっさと殺されな!」

 あっという間もなく、大剣の男がシーラの眼前まで飛来した。大剣の男の顔がよく見えた。獰猛な獣を思わせる厳つい顔つき。眼光に射抜かれた瞬間、闇が視界を遮った。激突音。セツナの闇人形が大剣の一撃を防いだらしい。さらに打撃音が聞こえた。どちらの攻撃かはわからない。

「させるかよ!」

「良い反応だ! だがな!」

「がら空きだ」

 声は頭上から降ってきた。見上げる。常人では到底辿りつけない高さに弓の男。構えた弓に光が灯る。召喚武装。閃光。

「シーラ!」

 セツナの悲鳴染みた叫び声が響く中、光の奔流が視界を埋め尽くした。直後、爆音が聞こえた。だが、それだけだ。気が付くと、視界を塗り潰した光は消え、代わりに淡い光の模様が浮かんでいた。不思議な光の紋様は、妙な暖かさを感じるものだった。

「なに?」

 光の模様の遥か向こう側で、弓の男が宙返りして落下を始めるのが見えた。

「これは……」

(任せておけ。今日まで蓄えた力を大盤振る舞いしてやろうぞ)

 ラグナの囁きは、シーラの耳にしか届いていないはずだ。小さな声だった。召喚武装を手にしたシーラの耳だから聞き取れたのだ。彼の言葉を信じれば、彼がシーラを守ってくれたということだ。そして、それ以外考えられない。セツナは、大剣の男と戦っている最中。闇人形をこちらに差し向ける余裕はなかった。

 前方に視線を戻すと、セツナが大剣の男と一進一退の攻防を繰り広げているところだった。いや、一進一退とはいえない。明らかにセツナが押されていた。セツナは、一線級の戦士といってもいいほどに強くなっている。その上、黒仮面の補助を得ているのだ。その戦闘力は、常人では辿り着くのも困難な領域に至っているはずだった。にもかかわらず、大剣の男のほうが圧倒的だった。体格に似合わぬ速度を持ち、その速度で繰り出される斬撃は、闇人形を一撃で破壊し、セツナに防戦を強いていた。が、弓の男が着地した瞬間、大剣の男が隙を見せた。

「てめえ、もっとまじめにやりやがれ!」

 大剣の男が弓の男に向かって吼えた一瞬の隙をセツナは見逃さなかった。大剣を振りかぶった男の懐に潜り込み、ガラ空きの腹に闇人形とともに拳を叩きつける。「おまえにだけはいわれたくない」

「けっ」

 しかし、大剣の男は動じるどこるか、獰猛な笑みさえ浮かべて、そのまま大剣を振り下ろしてみせる。猛烈な一閃。セツナは闇人形に自分をかばわせると、自身は右手に飛んで避けた。

「余所見のしすぎだ」

 セツナは、避けた勢いのままシーラに近寄ってくると、シーラをあっという間に抱え上げた。さらに飛び離れる。爆音。弓の男が構えた弓から光の矢が放たれていたらしい。

 シーラは、まったく気づいていなかった。思考が追いつかない。

「真面目にやれ」

「てめえ!」

 大剣の男が弓の男に食って掛かったことで攻勢が止んだ。だからといって、状況が改善したわけではないのは、一目瞭然だ。相手は三人。そのうち、大剣の男の戦闘力は異常であり、弓の男の射撃も恐ろしい威力を秘めている。しかも召喚武装らしいということが明らかになった以上、一瞬の油断も命取りになりかねない。

 セツナがシーラを地面に下ろした。シーラはセツナに寄り掛かりそうになる自分の足を叱咤した。こんな状況でもセツナに頼り切るのは、あまりにも情けない。そんな人間になった覚えはなかった。

「……まったく、仲が良すぎるのも困りものだな」

 剣の男が頭を振るのを見遣りながら、シーラは、我知らず片手で自分の胸に触れた。胸の間、心臓の上に手を当て、叫ぶ。

「どういうことだ? どうして、俺を殺す必要があるんだ? いったいだれが、どういう理由でそれを望んでいるんだ?」

 シーラの叫びに対して、剣の男の反応は冷ややかだ。冷ややかな目でこちらを見ている。白皙の若い男。そういえば、弓の男も大剣の男も、肌が白い。雪のように白い肌は、北方人特有といってもいいらしい。つまり、彼らは北方人である可能性が高い。アバードには現在、北方人が関与していることはロズ=メランの報告からもわかっている。

 ベノアガルドの騎士団。

 シーラはその可能性に思い至ったものの、そこを問おうとはしなかった。問うべきは、そこではない。知りたいことは、そこにはない。彼らがなにものであろうと、どうだっていいことだ。この問題の本質とは無縁のことだ。彼らがベノアガルドの騎士団員であれ、別の国からの協力者であれ、シーラの知りたいこととはまったく関係がなかった。

 知りたいのは、自分を殺す意味と理由だ。

「答える義務はまったくない。が、なにも知らずに死ぬよりは、せめて理由を抱いて死ぬほうが救われるか」

「慈悲深いのかね、それって」

「さあ?」

 大剣の男と弓の男の会話は、耳に残らなかった。

 剣の男が紡ぐ言葉のほうが記憶に残ったからだ。

「王宮は、あなたが生きていることをむしろ喜んでいるといってもいい。あなたは、王宮派、セイル王子殿下派にとっては政敵以外のなにものでもないが、アバードにとっては必要不可欠な存在だった。あなたのことを嫌うもののほうが少ないといった有様。どんな理由があれ、あなたを殺したくはないというのが、王宮の考えなのだ。だから、エンドウィッジで捕らえたシーラ姫の正体がレナ=タウラルであると知りながら、シーラ・レーウェ=アバードとして処刑した。レナ=タウラルの高潔な意思を尊重しながら。彼女の魂が救われることを祈りながら」

 彼がレナの名を発した瞬間、シーラは自身の心音を聞いた気がした。決して気のせいではあるまい。レナ=タウラルは、シーラの半身といってもいい女性だった。彼女の死がシーラの生となった。彼女がシーラとして死んだから、シーラは今日まで生きてこられたといってもいい。彼女はシーラのために死んだ。そして、王宮もまた、レナの意思を汲んだということには、シーラも感謝するしかなかった。レナの想いを尊重し、その魂の安息まで祈ったというのだ。

 それはつまるところ、彼女の死が政治だったということにほかならない。

 レナを殺すことで、シーラを生かすという政治的判断が働いた、ということだ。

「本物のシーラ姫がどこかで生きているということは、王子殿下派の人間にとっても喜ばしいことではあったのだ。だれも、シーラ姫を恨んでなどいないのだから。だれも、シーラ姫を亡き者にしたいとは想ってもいなかったのだから」

 だが、それでも、シーラ派の存在を許すことはできなかった。シーラ派の拡大と増長が、セイル派を刺激した。セイル派に制圧された王宮がシーラ派に対し攻撃的な態度を取るのは当然であり、また、シーラ派がそんな王宮に対して敵意をむき出しにするのも必然だった。軋轢が対立を生み、対立が激化して内乱へと発展する。内乱は、もはやただの派閥争いなどではなくなっていた。戦の一字で決するよりほかはなく、結果、エンドウィッジにおいて多くの将兵が散華した。

 よくある話だ。

 ジュワインの女王戦争やミオンの王位継承者を巡る争いがそうであるように、王位継承権を掲げるものがふたり以上いることは、争いの火種となりやすいのだ。シーラは、王位継承権を放棄した。しかし、そんなシーラこそ王に相応しいというものが現れ、その運動がアバード全体を加熱させてしまった。

 セイル派や王宮がシーラ派を放置できなかったのは、当たり前といっていい。あのまま放置しておけば、アバードは真っ二つに割れ、そのままふたつの国になっていたかもしれない。アバードをひとつの国として成立させるには、あのとき、シーラ派を解体するよりほかなかったのだ。

「だったら!」

 叫んだのは、セツナだ。黙っていられなかったのだろうが、剣の男は、セツナの叫びを黙殺した。

「しかし、あなたを殺さなければならないと仰られる方もおられるのです」

 剣の男の目は、超然としていた。

「セリス王妃殿下ですよ」


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