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第九百六十九話 烙印(二)

 吹き飛ばされる破片が雨のように降り注ぎ、処刑予定者になりすましていた男たちを粉塵が包み込む。その真っ只中をセツナが飛んで来るのが見えた。空中、彼がこちらを一瞥する。そして、瞬時に状況を理解したらしく、中空に闇人形を浮かばせると、その人形を足場にして蹴りつけ、軌道を変えてこちらに飛んできた。

 セツナが着地し、立ち上がるのを見計らって声をかける。

「罠だったようだ」

「だろうな」

 セツナは、思った通りだとでもいうかのような反応を示した。

「どういうことだ?」

「奴ら、ただの処刑人じゃねえ」

「ただの処刑人じゃない?」

「黒き矛を使わないと、やばいぜ」

「そんなにか」

 シーラは、セツナの発言に驚きを覚えるとともに、ハートオブビーストを構え直した。セツナがこの公開処刑が罠だと判断してしまうほどの実力を処刑人たちが持っているということは、処刑予定者に化けていたものたちもただの兵士ではない可能性がある。剣や槍、斧などそれぞれに得意とする武器を手にした鎧の男たち。鋭いまなざしは、戦闘者として一線級のものである証明。それらの戦士たちがシーラたちと向き合うように隊列を組み始めると、処刑場のほうから処刑人が降りてくる。

「罠。そう、罠だ」

 剣を手にした処刑人が、戦士たちの前に進み出てきながら、いった。冷ややかな声音は、シーラに緊張を覚えさせた。セツナに黒き矛を用いなければならないと判断させるほどの実力者たち。少なくとも、エスク=ソーマより強いということだ。そんな処刑人がアバード国内にいるはずもない。そもそも、セツナと黒仮面の猛攻を耐え抜き、あまつさえ壁ごとセツナを吹き飛ばすだけの力を持っていれば、処刑人などやっているはずもない。そして、そんな常人が存在するとは思えない。

(武装召喚師か……あるいは)

 彼らが手にしている武器が召喚武装だという可能性に思い至る。

「これは、罠なのだ」

 剣の男が告げてくる中、大剣の男が妙に嬉しそうにいった。

「中々、つええぞ、あいつ」

「見ればわかる。一々うるさい」

 弓の男が冷ややかに対応すると、大剣の男が食って掛かる。

「うるさいとはなんだ、うるさいとは」

「うるさいからうるさいといったまでだ」

「君らは話を腰をおるのが好きだな」

「おう、すまん」

「失礼」

 大剣の男と弓の男が軽い口調で謝ると、剣の男はやれやれとでもいうように首を横に振った。どうやら、剣の男が三人の頭目格らしいのだが、あまりいうことを聞いてもらえないようだ。だが、三人の結束が弱いというわけではないのは、彼らの隙の無さを見れば明らかだ。互いに互いの死角を補いあうように注意を払っている。剣を交えてもいないシーラが見ても、

「さて、話の続きだ。これは、あなたのいう通り、罠だ。それも反王宮勢力やシーラ派を誘き出すためだけのものではない。そんなものはもはやどうでもいいのだ。問題は、あなただけだ」

 剣の男は、シーラを見据えていたようだった。白い被り物には、目元だけ穴が開けられている。大剣の男のぎらついた目や弓の男の妙に覚めた目、そして剣の男の超然とした目も、それによって認識できた。それも、召喚武装による超感覚のおかげだ。

「シーラ・レーウェ=アバード」

 シーラは、はっとした。外套で全身を覆い隠し、頭巾を目深に被っている以上、剣の男たちにもその後方で隊列を組んだ戦士たちにも、シーラの正体などわかるはずもない。だが、剣の男は、彼女の正体がシーラであると決めてかかっている。

 否定するにも、言葉が出なかった。

「どこぞへと逃れたあなたをアバード国内に誘き出し、誅殺する――そのためだけにこの大掛かりな罠が仕組まれた。ラーンハイル・ラーズ=タウラルとその一族郎党の公開処刑。大々的に発表したのも、リセルグ陛下が処刑会場であるセンティアに下向なされると公表したのも、すべては、あなたを炙り出すため。ただそれだけが、この偽りの公開処刑の目的」

 愕然とせざるを得なかった。罠だと判明しただけでも驚きだったのに、その罠が、シーラだけを誘き出すためのものだと断言されたのだ。驚愕と衝撃がシーラの思考を鈍らせる。

「しかし、まさかこうも簡単に引っかかってくださるとは、思いもよりませんでしたよ。エンドウィッジの戦いに参加せず、多くの配下を見放したあなたのことだ。ラーンハイルやその一族郎党がどうなろうと知ったことではない、という顔をするのかと思っていた」

 剣の男のいうことももっともだった。そうするべきでもあった。そうすれば、このような状況に遭遇することなどなかったし、それこそがラーンハイルの望みだったのだ。ラーンハイルがシーラにアバードを捨てさせたのは、アバードのことなど気にせず、自由に生きることを望んだからだ。そのために多大な犠牲を払った。レナやセレネ、侍女たちが死んだのも、そのためだ。

 シーラは、ラーンハイルの願いを叶えるならば、ロズ=メランの言葉など聞き入れるべきではなかったのだ。

 だが、それはできなかった。

 もう十分に血を流した。犠牲を払った。これ以上、自分のためにだれかが傷つき、血を流すことなど考えたくもなかった。疲れていた。肉体的にも、精神的にも、疲れ果てていた。終わらせたかった。アバードを捨てることができたのは、それで終わりになると思ったからだ。

 王宮の望みはシーラ派の壊滅だった。レナがシーラとして死に、王宮がそれを公表すれば、シーラ派は終わる。掲げるべきものがなくなるのだから、派閥は機能しなくなる。セイル派の天下が来る。アバードが纏まるならそれでよかった。

 いやむしろ、シーラ自身、シーラ派の存在そのものを認めていなかった。許せなかったといってもいい。だから、シーラ派そのものがなくなることは、喜ぶべきことだったのだ。そのために失われた命のことを考えると、手放しで喜べることではないが、アバードの国内情勢が落ち着くのならばしかたのないことだと割り切れた。

 アバードを離れ、ガンディアを頼った。ガンディアの中でもセツナの元に身を寄せたのは、幸運にも彼が龍府の主となったからだが、彼がもし、龍府の主とならなかったとしても、結局は彼のもとに身を寄せたのかもしれない。ほかのだれかを頼っている自分は想像もできなかった。

 なんにせよ、ガンディアを頼り、ガンディアで生きていくことに決めた以上、アバードに戻ることはないと思っていた。アバードとは関わるまいと心に決めてもいた。彼女がアバードに関わりさえしなければ、アバードがシーラに対してなんらかの行動を取ることはないはずだった。シーラ派も放置するものだとばかり思っていた。掲げるべき大義を失った派閥など、自然消滅するものだ。セイル派や王宮がわざわざ手を下す必要はなかった。

 しかし、アバード政府は、シーラ派の筆頭というべきラーンハイルの処刑を決めた。それは、いい。織り込み済みのことだ。シーラも覚悟していた。しかし、ラーンハイルの家族親族郎党までもが皆殺しにされるとなれば、話は別だ。

 それはつまり、シーラ派に与した人間を一人残らず殺し尽くすという宣言に等しかったからだ。

 ここで止めなければ、ラーンハイルの一族のみならず、大量の人間が殺される。

 シーラがリセルグに直訴することを決意したのは、それが理由だ。

「もっとも、この公開処刑であなたが炙り出せないのであれば、つぎはウィンドウ一族やシドール家を皆殺しにすると吹聴したでしょう。そうして、シーラ王女に与した人間を片っ端から排除していけば、いずれ、あなたも黙ってはいられなくなると、踏んだ。それでもあなたが現れなければ、そのときはまた別の方法を考えたでしょう。あなたを殺すために」

「俺を殺すために……」

 シーラは、男の言葉を反芻して、息を止めた。

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