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第九百五十八話 センティア(二)

 センティアは、アバード南東の都市だ。

 クルセルク戦争後、クルセルクの半分ほどの領土を得たこともあり、明確には南東とはいえなくなったものの、多くのアバード人にとって、アバード南東の都市といえばセンティアであろう。ゴードヴァンがアバードの領土となって二月ほど。その間、アバードは内乱状態にあったといってもいいのだ。ゴードヴァンがアバード支配下の都市になったという感覚をアバード国民が抱くのは難しいところであり、アバード南東の都市といわれてゴードヴァンという答えが返ってくるようになるまで、いましばらくの時間を要するのは仕方のないことだった。

 ともかく、センティアである。

 王都バンドールのちょうど真東に位置する都市は、ウィンドウ一族によって支配されていた都市として知られる。ウィンドウ一族の歴史は古く、アバード王家とも並び立つほどの名門といっても過言ではなかった。故にアバードにおいて一定の発言力を持ち、国政にも参加していた。そんなウィンドウ一族の影響下にあるセンティアは、都市全体がシーラ派といってもよかった。シーラが国外への逃亡中に立ち寄った際、シーラへの同情の声が多く聞かれたのがセンティアだった。

 ウィンドウ一族の頭領を務めていたキーン=ウィンドウは、生粋のシーラ派であり、私兵を引き連れてタウラル要塞に篭もり、また、エンドウィッジの戦いに参加した。センティアの住人の多くがキーン=ウィンドウの行動を支持しており、そういった人々の言葉はシーラの耳に突き刺さったものだ。

 ウィンドウ一族は、エンドウィッジの戦いでシーラ派が敗北したことで、その発言力を弱めたといっていい。シーラが処刑されたこと、シーラという(一方的な)後ろ盾を失ったこともあれば、キーン=ウィンドウというウィンドウ一族きっての政治家を失ったことが大きいらしい。

 そして、センティアは、アバード王国軍に占拠された。シーラ派一色だった街は、セイル派、王宮派の色に塗り潰され、シーラへの同情の声や王宮への非難も聞かれなくなった。シーラを少しでも擁護しようものなら、アバード兵に連行され、投獄されるというのだ。だれもが息を潜めるように暮らしていたらしい。

 そんな最中、ラーンハイル・ラーズ=タウラルとその一族郎党の公開処刑が告知された。処刑会場にセンティアの闘技場が選ばれたことは、センティアの住人を色めき立たせたという。タウラルは、センティアの北に位置する要塞都市だ。ラーンハイルはいわずもがなのシーラ派貴族の筆頭であり、キーン=ウィンドウを始めとするウィンドウ一族とも親交の深い人物だった。センティアとタウラルの交流も深く、センティア住人にとってラーンハイルは、ウィンドウ一族について尊敬する人物といっても不思議ではなかった。

 そんなラーンハイルの処刑が行われる。しかも、公開処刑ともなれば、センティアの住人も黙ってはいられないのだ。闘技場に人だかりができていたのは、抗議の意味もあったのかもしれない。

 闘技場。

 センティア唯一の名物といってもいい。

 古くは、センティアがウィンドウ一族の領土であったころ、ウィンドウ一族の戦士長を決めるために使われていた戦闘場であったといい、そこでは命を賭した戦いが日夜繰り広げられていたという。時代が下ると、血なまぐさい戦闘によって戦士長を選出することに疑問を抱くものが現れる。その方法では血が流れ過ぎるからだ。勝者はひとり。それ以外の敗者の多くは死ぬか、死なずとも重傷を負う。たったひとりの戦士長を選出するために多くの血を流すなど、非効率的であり、意味が無いと断じたその人物がウィンドウ一族の頭目となると、戦士長の選出方法そのものを変えた。戦闘場だけが残り、時が流れた。戦闘場が闘技場として利用されるようになったのは、センティアがアバード領土となって以降のことだという。

 そして、センティアの闘技場で開かれる闘技というのは、木剣や木槍を用いた競技試合であり、血で血を洗うような命を賭けた戦闘が行われることはなかった。もちろん、木剣であっても木槍であっても、怪我はするし、場合によっては死者もでる。しかし、真剣同士の戦いよりは、死傷者の数は少ないだろう。それに競技試合だ。相手を殺すことは、勝利に繋がらない。

 野蛮な殺し合いから、洗練された戦闘競技へ。闘技場で血が流れなくなって久しい。それは、センティアの人々にとって、誇りといっても良かったのだ。

 その誇らしい闘技場が処刑会場に選ばれたとなれば、センティアの住人がいきり立つのも無理はなかった。もっとも、今回の処刑そのものがシーラ派への見せしめと考えれば、センティアの闘技場が会場として選ばれるのもわからなくはない。センティアの住人のほとんどがシーラ派であり、シーラを処刑した王宮に反抗的だということはよく知られた話だからだ。

「シーラ派の都市でシーラ派の重鎮を処刑する……か。よくそんなえげつないことが思い浮かぶもんだ」

 エスク=ソーマは、机の上に広げられた地図を睨みながらつぶやいた。地図には、センティアの全体図が描かれている。闘技場は街の西側にあり、シーラたちがいる宿場街は、街の中心からやや東に外れた通りに位置する。街の中心にはウィンドウ一族の広大な敷地があるのだが、いま現在、アバード軍の駐屯拠点として利用されていることが、敷地内にはためく軍旗によって確認されている。ウィンドウ一族は、キーン=ウィンドウを失ったことで、アバード政府と交渉する力さえも失ってしまったということらしい。

「しかし、シーラ派を完全に沈黙させるには、これ以上効果的な方法はありませんよ」

 レミル=フォークレイが、机の上にお茶を並べながら告げた。

 シーラたちが宿泊することになった《星のきらめき》亭は、センティア東宿場街の中ではそこそこ大きな宿だった。約五十人の傭兵とシーラたちを抱え込めるのだから、十分といってもいい。その宿の中でも、当然、シーラとセツナは傭兵たちとは別の部屋を宛てがわれている。傭兵たちのほとんどが大部屋に詰め込まれ、団長代理のエスクと、ふたりの部隊長だけが個室を得たらしい。当然といえば当然のことではあるのだろうが。

 現在、シーラとセツナは、エスクの呼びかけの下、彼の部屋にいた。広い部屋だ。少なくとも、五人の大人が同じ空間にいても息苦しさを感じずに済むほどには、空間に余裕があった。五人。シーラ、セツナ、エスクにレミル、ドーリンがいる。レミルとドーリンがいるということで、シーラは頭巾を目深に被っていた。

 屋内にもかかわらずシーラが頭巾を取らないことについては、彼女の生まれ育ったタウラルの田舎にはそういう風習があるということにしていた。結婚してから半年は、夫にしか素顔を見せてはならないという風習であり、その風習を考えついたのは、エスクだった。そして、タウラルをシーナの生まれ故郷としたのは、今回の処刑会場襲撃計画が、タウラル生まれのシーナの発案ということにしたからだ。

 領伯想いの領民による突発的な行動、ということにしたのだ。それにエスクたちシドニア傭兵団の残党が一枚噛むのにも理由がいった。納得のいく理由がなければ、団長代理を軽んじる団員たちが従う道理がない。エスクは、ラーンハイルとその一族郎党の公開処刑を台無しにすることで、ラングリード・ザン=シドニアの敵討ちとする、と団員たちにいったらしい。ラングリードを慕う団員たちにしてみれば、ラングリードの敵討ちとなれば、参加しないわけにはいかない。シーゼルを出る時から傭兵たちが乗り気だったり、シーラたちに優しかったのも、それが理由らしい。

 シーラが敵討ちの機会を与えた、ということになるからだ。

「そりゃあそうだ。けど、やりすぎなのはだれが見ても明らかだろ」

「はい。確かに、やり過ぎですね。ラーンハイル伯様と御家族だけならばまだしも、一族郎党皆殺しというのは……どうも」

 レミルはエスクの隣の椅子に腰下ろした。ドーリンは、その反対側の椅子に腰掛け、小難しい顔をしながら、別の地図と睨み合っている。

 シーラはレミルの対面の席に座り、セツナはエスクに対座している。当たり前のように新婚夫婦を装うため、シーラはセツナと手を繋いでいたが、もはや気恥ずかしさなど感じもしなかった。シーゼルに入る前からずっと手を繋いでいるといっても過言ではないのだ。手を繋いでいないことのほうが不自然に感じてしまうくらいに慣れてしまっていた。別に夫婦を演じる必要のない状況ですら寄り添ってしまう自分がいる。といって、それを止めようとも思わない。残された時間はわずかしかない。そのわずかな時間に多少の幸せを感じることくらい、許されるはずだ。

「だからこそ、こちらのシーナさんが行動に移したってわけさ」

「そうです! こんな馬鹿げたこと、止めなきゃならないんです!」

「そういうことだ。俺たちゃ、シーナさんに協力し、この馬鹿馬鹿しい公開処刑をぶち壊す」

 そう言い切ると、エスクはエミルが注いだお茶を口に含んだ。アバード産のお茶は色が濃く、渋みが強い。エスクが苦い顔をするのも必然だったし、セツナがあまり手を付けないのも納得だった。セツナの舌はレマニフラ産のお茶に慣れすぎているのだ。

「で、なにか策でもあるのか?」

 セツナが問うと、エスクは顔を上げて彼を見つめた。鋭いまなざしは、彼が“剣魔”であることを思い出させる。まるで剣を交えているかのような緊迫感がふたりの間に生まれた。レミルとドーリンが息を呑んだのがわかる。しかし、セツナは涼しげな顔だ。こんなところでやりあう意味が無いということがよくわかっている。エスクがにやりとした。

「地図と睨み合ってなにか思いつくとでも?」

「いや……だったらなんで地図なんて開いてんだよ」

「単純に観光しようかなーって」

「てめえ」

 セツナが目を細めると、エスクの首筋に闇色の手が触れた。と思うと、彼の背後に闇人形が出現する。セツナの右手には例の黒仮面が握られているのだ。セツナは、エスクと会うときは、いつも召喚武装を手にしていた。エスクは信用出来ないと明言しているようなものだが、実際、信用出来ないのだから仕方がない。信用できずとも利用はできる、ということだ。そのための召喚武装であり、闇人形なのだ。

 エスクは、しかし、表情を皮肉げに歪めただけだ。

「冗談に決まってるじゃないですか、やだなあ、そんな怖い顔しないでくださいよ、奥さん、泣いちゃいますよ」

 軽薄な言葉だが、同時にシーラの反応を試すような声音でもあった。シーラは、瞬時に思いついた言葉を憤然と言い放った。

「こんなことで泣くわけないじゃないですか。むしろ、こういう旦那様だから、一生を捧げると決めたんですよ!」

 そして、セツナに抱きつく。

「お、おい……」

「おお、いうねえ」

「羨ましい限りですなあ」

「熱烈なのは構いませんが、そういうのは、ふたりきりのときにしてくださいませんか?」

「嫉妬ですか?」

 シーラが鼻で笑うと、レミルがいつか見せた表情を浮かべた。戦士としての顔。凶暴な獣のような眼光。シーラがそんなものに負けるはずもないのだが。

「……団長代理、この女、沈めても構いませんか?」

「駄目に決まってんだろ。俺が沈められる」

「ったく……剣呑だなあ」

 セツナがやれやれと首を横に振った。エスクが半眼を彼に注ぐ。

「あんたがいうことか」

「え?」

「え、っておい……」

「旦那様ったら……」

 シーラは、セツナの傍若無人っぷりに目を瞬かせた。やはり、セツナという少年にはよくわからないところがある。


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