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第九十四話 戦場混沌(前)

 状況は悪くない。

 四方から送られてくる情報は、ログナーにとって有利なものが多い。戦力差は言わずもがな、個々の実力差もこちらに分があった。例外的に傭兵集団の能力は飛び抜けているが、所詮は一部隊に過ぎない。憂慮するまでもないだろう。

 ログナーは勝っている。

 ザルワーンとの戦いに水を差されたものの、戦後の情勢を考えるに、ガンディアの横槍には感謝すべきかもしれない。なぜかはわからないが、ザルワーンが撤退したのだ。脅威が失せた。

 ガンディアの侵攻とザルワーンの撤退に因果関係があるとも思わないが。

 ともかくもアスタル=ラナディースは、戦いの激しさが増す予感に眉を潜めた。多少の犠牲はやむを得ない。なんの犠牲も払わずに勝てるほどの戦力差もない。

 しかし、ただ勝つだけでは物足りないのも事実だ。ガンディアに徹底的な痛撃を叩き込み、もう二度とログナー領への侵攻など企てないように恐怖を植え付けるのだ。ガンディアにとって恐るべき天敵となるのだ。

 そのためには絶対的な勝利が必要だ。完勝程度では物足りない。圧倒的な勝利。ガンディア軍を完膚無きまでに叩き潰し、一人残らず生かしては置かないという固い決意が必要だろう。ログナー領に足を踏み入れたことを後悔させてやらなければならない。

(後悔しても遅い)

 今更だ。

 機を見計らっての侵攻だったのだろうが、たかだか二千人程度でなにができるというのか。マルスールの制圧が限界だろう。それも、戦力が出払い、もぬけの殻となった都市を通過しただけだ。それを制圧という言葉で表現するのもおこがましい。しかも、マルスールに篭もり、こちらの迎撃に対応するものかと思われたが、それもなかった。恐らくこの二千人が総力ではあるまいが、後詰の部隊との合流を待たずして挑んできたところを見ると、連携がうまくいっていないか、なにか事情でもあるのか。

 このログナーの大地の何処かに潜ませている可能性も捨てきれない。いくら戦力差で押しており、別働隊との合流によってその差はさらに膨れ上がるとはいえ、背後を突かれれば一溜りもない。

 無論、周囲の警戒は怠っていないし、四方に飛ばした斥候が敵影を捉えたという報告もない以上、杞憂に終わりそうではあった。

 つまるところ、ログナー軍の勝利は約束されている。負ける要素は今のところ見えない。最も恐るべきガンディアの黒き矛はその姿を見せてはいないし、なにより、ルシオンの王子妃の帰国に付き従ったという情報もある。それは、こちらを欺くための偽報である可能性も高い。あれほどの戦果を上げた武装召喚師をこの戦に投入しない手はないのだ。

 が、現状、あの武装召喚師の存在は確認されていない。ガンディアの別働隊に配属されているとすれば、それも納得だが。

 彼女は、遥前方で繰り広げられているであろう激戦に意識を移した。見えぬ影に怯えていても仕方あるまい。こちらには精強な騎士たちがいて、アスタル=ラナディーズの下知一つで縦横無尽に飛び回るのだ。どのような状況になっても即座に対応し、不利を有利に覆すことができる。

 負ける要素などないのだから。


 嫌な予感がする。

 王都を発ってからこの方感じ続けてきた違和感が、悪い予感となって膨れ上がってきているのがわかる。きっと気のせいだと言い聞かせても、心はそれを理解してくれようともしない。どうしようもなく理不尽で不可解な感覚。胃がひきつるようで不愉快なのだが、どうすることもできない。

 ここは戦場。そんなことを考えている余裕さえないはずなのだが。

 カノン草原とマルテア丘陵のちょうど境界たる主戦場からは大きく外れている。闘争の音は遠く、森閑とした丘の麓を慎重に進んでいると本当に戦端が開かれたのか疑わしくなることもあった。できるだけ物音を立てず、声を出すことさえ躊躇われた。部下への命令さえ、最大限に注意を払った上でようやく口にすることができた。

 エレニア=ディフォンは、マルテア丘陵に築かれたガンディア軍本陣へ奇襲を仕掛けるため、昨夜のうちに本隊から抜け出していた。率いるのは、アスタル=ラナディース将軍が手ずから鍛え上げた精兵中の精兵である。風貌からしてほかの連中とはひと味もふた味も違うようだったが、騎士である彼女の命令には素直に従ってくれていた。さすがは将軍直属の配下というべきか。教育が行き届いている。

 この奇襲作戦は、ガンディア軍に圧倒的な敗北を味わわせるために策のひとつであり、本陣にいるであろう主だった将官を血祭りに上げることが最大の目的であった。が、成功しようと失敗しようと、速やかに引き上げろというのが将軍からの厳命であり、エレニアたちの生還こそが重要だとでも言わんがばかりだった。

 本陣への奇襲。成功すれば、敵に与える衝撃は大きいだろう。動揺は全軍に広がり、ログナーの勝利は決定的となる。失敗したとしても、警戒させることはできるだろう。つまり、本陣を防衛するために余分な兵力を回さなければなくなる。それは前線の崩壊を促し、やがて全軍の壊滅へと至るのだ。

 ログナーに勝利を。

 ガンディアなどという小うるさい存在が消え去れば、目下の敵はザルワーンだけとなる。ベレルにせよ、アザークにせよ、侵略戦争には二の足を踏んでいるし、なによりザルワーンという国の存在そのものが他国への牽制となっている。強大な軍事力を誇るザルワーンに隣接する国々は、そう簡単に大規模な戦争を起こすことはできない。その隙を突かれればひとたまりもないからだ。

 いまでこそおとなしいザルワーンだが、数年前までは酷いものだった。ログナーも何度となく侵攻され、その度にアスタル=ラナディース将軍が撃退してきたものの、ついには降伏せざるを得なくなり、属国と化した。極端な内政干渉によってログナーはぼろぼろになり、ついには将軍みずからが王に対して反旗を翻さなければならなくなったのだ。

 そして、現在がある。

 新王の擁立には成功したものの、政権が安定するまでには時間がかかるだろう。将軍の威光と人望が国民の信任を勝ち取ったとはいえ、安心はできない。王の弟アーレス=ログナーがなにをしでかすかわかったものではないのだ。

(……それもこれも、ガンディアを叩き潰してからね)

 エレニアは、馬の轡を引きながら、全周囲に意識を張り巡らせていた。奇襲に用いられるのは二百騎もの騎兵だ。それだけで目立つのに、馬に乗っていては隠れようがない。丘陵地帯に差し掛かったときに下馬し、身を低くして草木などの遮蔽物の陰に隠れるように移動してはいるものの、それもどの程度効果的なのか疑わしいものだ。それでも最善を尽くさなければならない。敵に露見しては奇襲作戦など水泡に帰す。

 生き残ることもできなくなる。

 それだけはできない。

 アスタル=ラナディース将軍の厳命ということもあるが、エレニア自身、こんなところで死ぬわけにはいかないと想っている。苛烈なほど強く、だ。

 彼女には想い人がいる。ウェイン・ベルセイン=テウロス。青騎士呼ばれた彼も、先の失態で騎士の称号を剥奪されてしまった。いまや一兵士。無論、部隊長を任される程度ではあるものの、騎士とは立場が違う。そのうえ、あろうことか今回の戦争では、斥候の役目を与えられていた。

 今回の、とはいうが、ガンディアとの戦いではない。昨日の内に開戦し、勝敗もないままに終わってしまったザルワーンとの戦いにおける斥候である。しかも極秘任務であり、ウェインはリャーマ鉱山へ行った後、秘密裏にカノン草原へ向かう予定だった。

 リャーマ鉱山には、鉱山を悪用されないように派遣された監視員たちがいる。彼らに食料を運ぶのが表向きの任務だったのだ。かつて青騎士、飛翔将軍の双翼などと謳われた男の末路などと陰口を叩くものもいないではなかったが、それもこれもラナディース将軍が彼を騎士の座に返り咲かせるための一手段に過ぎず、故にウェインも黙して命令に従ったのだろう。

 ザルワーンとの戦闘でウェインに手柄を上げさせ、無理やりにでも汚名を返上させようとしたのだ。そもそも、騎士号剥奪自体が反将軍派の強行である。ウェインが多大な線香をあげたという結果さえ残れば、どうとでもなりうる――はずだった。

(ウェイン……いまあなたはどこにいるの?)

 エレニアの胸が苦しいのは、ウェインの動向もあっただろう。

 彼は、ザルワーンとの戦闘で活躍するどころか、カノン草原での合流さえ果たさぬまま姿を消した。連絡さえもないまま戦端が開かれ、ついでガンディア軍侵攻の報が飛び込んできた。草原でウェインの姿を探す間もないまま、彼女は奇襲部隊に駆り出された。

 ウェインが将軍の意に反するなど考えられないことだ。アスタル=ラナディース将軍ほど、ウェインのことを買っている人間もいないのだ。将軍が彼を評価し、信頼すること著しい。その熱い眼差しは、時としてエレニアが嫉妬しそうになるほどだった。当然、彼にとっても将軍ほど尊敬し、信頼している上司もいなかったはずだ。信仰してさえいたかもしれない。彼は常に将軍の傍らにあったし、グラード=クライドとともに飛翔将軍の双翼であることを誇りとしていたのだ。

 だからこそ、この命令無視にはなにか理由があると考えるべきだろう。

 なにかがあったのだ。

 将軍の命令よりも優先すべき事態に遭遇したのだ。

(ウェイン……)

 悪い予感が鎌首をもたげるように、エレニアの背筋がぞっとした。悪寒は、思い込みの強さ故に違いないと決め付けるのだが、気分は晴れない。晴れ渡った空の下、降り注ぐ陽光の眩しさは素晴らしいとさえ言えるのだが、彼女の視界は暗くどんよりとしていた。

 背後の部下たちに気づかれない程度にはしっかりした足取りではあるのだが、それでも心労は、彼女の意識を蝕んでいた。悪い考えばかりが脳裏をちらつく。規律や命令を順守することこそが騎士の勤めであるということを誰よりも理解していた彼が命に背くということは、余程のことなのだ。

 ジオ=ギルバース将軍を見限ったときでさえ、そうだ。あのまま戦い続ければ、もっと多くの兵士たちが犠牲となってバルサー平原を赤く染めたというのだ。それは多くの兵士の証言から明らかだったし、だれもが赤騎士と青騎士の判断を支持していた。それほどの状況にならなければ、ウェインが独断で動くようなことはないのだ。

 なにがあったのだろう。

 考えたところで答えなど出るわけがない。彼の身に起こったことを判断する材料さえないのだ。考えるだけ無駄だ。心配するだけ、時間を無為に消費している。思考するたびに、精神を摩耗している。無駄なことだ。

(わかっている。わかっているけど……!)

 意識を奇襲作戦に集中させても、不意に浮かんでくるのはウェインのことだった。何処か遠くを見つめる目。碧い瞳。ただ見つめているだけで心の奥底まで見透かされそうな。でも、いつまでも見つめていたいと想う、そんな目だった。

 ざわめきが彼女の頬をなぶったのは、そんなときだった。

「なに?」

 強烈な力に吸い寄せられるような感覚は一瞬にして消え失せたが、薄気味悪い余韻が残った。振り返ると、列をなした兵士たちも一様に後方に目を向けていた。二百頭に及ぶ馬たちも同様だった。ただの気のせいなどではないことの証明だろう。が、だからなんだというのか。

 確かに強い違和感ではあった。強風が通り抜けたというよりも、なにか見えない手で引っ張られたような奇妙な感覚だった。それがただの思い過ごしなどではないということは、周囲の反応からも明らかだ。

 なにかが起きたのだ。

 胸の奥が震える。嫌な予感がする。予兆ではないのか。なにか悪いことが起こる前触れではないのか。頭の中をいくつもの考えが錯綜する。声となって反響し、散乱しては混乱が生まれていく。悪いイメージばかりが脳裏を埋めていく。消息を絶ったウェインの後ろ姿が瞼の裏に浮かんで、消えた。

(違う!)

 彼女はかぶりを振った。脳内に氾濫する数多の悪意を振り払う。いまは目の前の任務に集中すべきなのだ。奇襲作戦を成功させ、ログナーに完全なる勝利をもたらすことこそ先決だ。

 冷静にならなければならない。

「行くぞ」

 部下たちに小さく声をかけ、前進を再開する。が、数歩進んだところで、彼女たちは再び奇妙な違和感に囚われた。今度は、引き寄せるのではなく弾き飛ばすような力が彼女たちをなぶった。木々が揺れ、馬たちが悲鳴を上げた。さっきよりも強い力だった。しっかりと大地を踏みしめていなければ転倒させられていただろう。実際、何名かの兵士たちが理解しがたい現象に押し倒されていた。そして、彼らが悪態をつく暇はなかった。

 死臭が鼻を衝き、入り乱れる無数の気配とともに雄叫びと断末魔が織り成す喧騒が、彼女の耳朶を叩いた。


 不意に鼻腔を満たしたのは、障気のような血の臭いだった。胸がむかつき、胃液が逆流しそうになる。実戦経験の少ない彼は、血の臭いなど嗅ぎなれてはいなかったのだ。が、部下の手前、気丈に振る舞わなければならない。

「なんだ? なにがあった?」

 顔色ひとつ変えず、彼は、周囲に問いかけた。青年王の側近たちも彼と同様に困惑しているように見えたが。

「わかりません。ですが、気をつけてください。皇魔です」

 レオンガンドの問いに答えたのは、側近のひとりスレイン=ストールだった。彼は突然の異変にも冷静さを失ってはいない。剣帯に吊り下げたサーベルを抜き、主君を庇うように剣を構えて見せる。それはほかの側近たちも同様である。ケリウス=マグナートは剣を抜いていたし、ゼフィル=マルディーンはレイピアの切っ先を前方に向けていた。バレット=ワイズムーンさえも曲刀を構え、スレインの言動の正当性を主張していた。

「皇魔?」

「はい」

 言うが早いか、化け物染みた怒号がレオンガンドの鼓膜を叩いた。背筋が凍るような殺気が、大気を震わせる。

 見ると、ガンディア軍本陣中央に漆黒の巨獣が現れていた。いつからそこに居たのか、どうやってそこに現れたのか、なぜ全身から血を流し、怒り狂っているのか。疑問は無数に浮かんだが、レオンガンドには、なによりその皇魔の姿が気にくわなかった。初めて見る種類の皇魔ではあったが、故にこそ強い拒否反応を示すのかもしれない。

「不愉快だな」

 怒りのままに吼え猛るそれは、獅子に似ていた。漆黒の外殻に鎧われ、黄金に輝く鬣を持つ巨大な獅子。ともすれば神々しくもある。が、それから感じるのは嫌悪感であり、敵意だ。

 それが、この世界にあってはならない存在である証明なのだという。このイルス・ヴァレの生き物が抱く本能的な拒絶。異世界の化け物が抱く本質への否定。

 では、セツナはどうだ。彼は異世界から現れた少年だ。皇魔のように、異世界から召喚された。

 レオンガンドが彼に抱くのは憐憫の情である。皇魔とは違う。決定的に違うのだ。あの少年は居場所を求めさまよう孤独な魂だ。ただ破壊と殺戮を撒き散らす化け物とは違うのだ。

 獅子がこちらを見た。紅く濁った双眸には殺気がみなぎっている。剣の柄に触れた手が震えた。恐れだ。本能が囁いている。あれとは争ってはならない、あれとは戦ってはならない、あれに剣を向けてはならない、あれに眼をつけられてはならない。

 勝てない。勝てるわけがない。殺されるだけだ。こんなところで死ぬわけにはいかないだろう。流れ矢に当たって死ぬのとはわけが違う。

「陛下、なにを……!」

「馬鹿なことはおやめください!」

「陛下!」

 彼は、側近たちを押し退けるように前進していた。制止さえも振り切り、獅子へと進む。皇魔は満身創痍だ、甲冑のような黒い外殻はでたらめに破壊され、矢や槍が突き刺さっていた。流血は止まらない。放っておけば死ぬかもしれなかったが、かといって皇魔が死ぬまでにどれほどの被害が出るものか。考えるだけでぞっとする。これ以上の犠牲はたくさんだ。必要な犠牲ならば払いすぎるくらいに払っている。

 地を駆け、翔ぶ。剣を抜いて大上段に振りかぶった。宝剣グラスオリオンの美しい刀身が陽光に煌めく。

「陛下っ!?」

 素っ頓狂な悲鳴は、ここにはいないはずの将軍の声に似ていた。しかし、レオンガンドがそれを確かめている余裕はない。矢は放たれたのだ。皇魔は眼前。殺意に満ちた双眸がこちらを捉えている。機は一度。しくじれば手痛い反撃を喰らうのは間違いない。

「はぁっ!」

 裂帛の気合とともに振り下ろした刃は、獅子の眉間に直撃し、儚い音を立てて真っ二つに割れた。

「あ」

 柄を握り締めた両手に刻まれるのは、重い反動。割れた刀身が弧を描く様を見届けることは叶わない。皇魔の反撃が来る。大気が唸りをあげ、獅子の大きな前足がレオンガンドの存在していたであろう虚空を、猛烈な勢いで薙ぎ払う様を他人事のように見届けた。黒き獅子が驚いたのがその挙動でわかる。

 彼は、攻撃が失敗に終わったのと同時に、なにものかによって背後へと投げ飛ばされていたのだ。そうなることを理解していたからこそ、レオンガンドは、凶悪な皇魔に手を出すという無謀な真似を試みることができたのだが。青空が見え、眩しい太陽光線が視界を焼いた。次に見えるのは地面。ぶつからない。さらに一回転して、着地させられる。

「御苦労」

「陛下は無茶がお好きですこと」

 耳たぶを噛むような甘い囁きは背後から聞こえたが、気配は全く感じられなかった。振り返ったときには誰もおらず、レオンガンドの側近たちさえも呆然とこちらを見ていた。この数瞬の間に何が起こったのか理解できたものなどいないに違いない。

 レオンガンドは、折れたグラスオリオンを掲げてみせた。皇魔の外殻に叩きつけたことで見事に砕けた宝剣だったが、それでも美しさは損なわれていないように思えた。

「折れたぞ!」

「へ、陛下!? 王家の御宝になんということを!?」

「伝国の宝剣が……なんということだ」

「なにをいっているのかね、君たち。伝説なんて所詮こんなものだ。瀕死の皇魔さえ倒せない。わかるかい?」

 レオンガンドは嘆く側近たちに声をかけながら、黒き獅子を振り返った。鋭い雄叫びが、皇魔が戦闘中であることを示していたからだ。

「相手は飛翔将軍などと呼ばれ畏怖されているが、実態なんてわかったものじゃない。グラスオリオンのようなものかもしれないだろう? 恐れることはない。我らは勝つ。そのためにここにいる」

 本陣の中央で、皇魔の巨躯が暴れ狂っている。全長四メートルは越えるであろう巨体が、殺意を狂気を振りまくように暴れている。太い前足が大地を叩き、まるで繋ぎ合わせれた鉄槌のような尾が地を抉るように薙ぎ払う。まるで錯乱したかのようだが、実際は違う。黒獅子の周囲を影のようななにかが飛び回っており、皇魔の神経を逆撫でているのだ。

 レオンガンドは、日頃の鬱憤を晴らすように皇魔と戯れる影に呆れはしたものの、口を挟むようなことはしなかった。任せておけばいい。そのうち飽きて殺すだろうし、そうでなくとも出血多量に死ぬかもしれない。

 それよりも、彼には気になることがあった。素っ頓狂な声を上げた人物のことだ。

「ところで、将軍がなぜここにいるのだ?」

 レオンガンドの視線の先には、本隊を率いているはずのデイオン=ホークロウ将軍が立っていた。


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