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第九百四十五話 運用術(二)

「それで、参謀局の第一作戦室長さんが、《獅子の尾》の事務室になにか御用でも?」

 ファリアが尋ねたのは、エインを事務室に招き入れてからのことだ。応接用の一角に案内し、対面の席に腰を下ろす。

「もちろん、用事がなければ事務室に顔を出したりしませんよ。広間ならともかく、ね」

「お茶、用意しましょうか?」

「ファリアさん直々のお茶なんて、ドルカさんが聞いたら怒られそうだなあ」

「軍団長が? どうして?」

「いやあ、ドルカさん、ファリアさん応援隊長ですし」

「応援隊?」

 エインがふと漏らした言葉を反芻して、怪訝な顔になる。ファリアにはまったくもって意味がわからなかったし、わかりたくもなかった。

「さすがに知りませんか。ガンディアの軍部で暗躍する集団ですよ」

「暗躍……」

「はい。ザルワーン戦争でのファリアさんの活躍に魅せられた方々の集まりでして、ドルカさん、いつの間にかその頂点に君臨してたんですよねー」

「わたしの活躍に魅せられたって、意味がわからないわ」

「ミリュウさんが用意した鎧が功を奏したということです」

 エインは平然といってきたが、ファリアにとっては溜まったものではなかった。ミリュウの用意した鎧といえば、あの派手で露出部分の多い鎧のことだ。セツナのためにと言い含められて身につけたものの、よくよく考えれば、あんなものを着る必要性は皆無だった。むしろ、露出が多いということは、負傷する可能性も高くなるということであり、戦闘には不向きとしかいえないのだ。

 あのときはきっとどうかしていたのだ。

 ファリアはそう思い、記憶の中から抹消していたのだが、エインの一言で思い出してしまい、憮然とした。

「それ、喜ぶべきことなのかしら」

「喜んでいいんじゃないですかね」

「喜べないわよ」

 つい口調が荒くなるが、そればかりは仕方のないことではあった。


「それで、要件は?」

 ファリアが改めて尋ねたのは、菓子とお茶を用意してからのことだ。

 応接用の机の上には、ザルワーンで広く食べられている焼き菓子と南方産のお茶が置いてある。お茶といえば南方産のお茶、という風潮になったのは、ナージュ王妃からセツナ宛に大量のお茶が届けられるからであり、それらを消費していかなければもったいないからでもあった。

 ナージュからの贈り物であるお茶は、ガンディオンの《獅子の尾》隊舎にも、エンジュールの屋敷にも大量に貯蔵されているらしい。

「そうそう、本題に入らないと、ですね」

 彼はお茶を一口啜うと、居住まいを正した。

「武装召喚師の運用法について考えたので、武装召喚師のファリアさんから意見をうかがいたかったのです」

「運用法……ですか」

「クルセルク戦争以来、ガンディアのみならず、周辺諸国――いえ、小国家群の各国で武装召喚師の登用が本格化しているのは、ご存じですか?」

「はい。あまりの事態に《協会》が悲鳴を上げていますよ」

 ファリアの返答に、エインが怪訝な顔をした。

「悲鳴?」

「嬉しい悲鳴ですよ。もちろん」

 ファリアが告げると、彼は納得したようにうなずいた。

《大陸召喚師協会》は、武装召喚術を大陸全土に広めるために作られた組織だ。当初は、武装召喚術の流布だけを目的としたものの、それだけではやっていけないという現実に直面してからは、傭兵業のようなことも行うようになった。やがて、武装召喚師の生活互助会としての側面が主題となり、いまとなっては武装召喚師の仕官を積極的に応援する組織となっている。

 それもこれも、十年前のアズマリアによるリョハン侵攻がきっかけだった。《協会》の設立理念にはアズマリアの意向が大きく関与しており、大陸全土に武装召喚術を流布するという当初の目標は、アズマリアの願いといってもよかった。アズマリアが《協会》の総本山であるリョハンに攻撃を仕掛け、多数の武装召喚師を亡き者にしたこともあり、リョハン及び《協会》は、アズマリアが掲げた武装召喚術の流布という目標を下ろした。

 それから、大陸各地で細々と暮らす武装召喚師たちの生活を向上させることこそ新たな目標とした。各国との結びつきを強くし始めたのも、リョハン侵攻後のことだ。アズマリアの所在地を突き止めるには、各国の協力がいる。幸い、そのころには大陸小国家群の各地に《協会》の支局が出来上がっており、各国と連携を取ることは、難しいことではなかった。

 もっとも、武装召喚師を重要視する国は、当時はまだまだ少なかった。リョハンにも懐疑的な国は少なくなかったし、《協会》に非協力的な国も多かった。ザルワーンなどは、武装召喚術の有用性を知りながら、《協会》の支局を置くことを許さなかった。内部では魔龍窟なる武装召喚師育成機関を設けていたにも関わらずだ。

 ともかく、武装召喚師の有用性が改めて認められるようになったのは、つい最近のことといってもいい。ガンディアの黒き矛の活躍が大きく、ガンディアの躍進に武装召喚師が強く影響を及ぼしているということが知れ渡っているということもまた、大きいだろう。王立親衛隊《獅子の尾》は武装召喚師のみの部隊でもある。《獅子の尾》が戦果を挙げれば挙げるほど、武装召喚師の有用性を喧伝するようなものだった。

 そして、クルセルク戦争。

 何万もの皇魔の軍勢を率いた魔王に対し、反クルセルク連合軍もまた、何万もの兵を投入した。数の上では拮抗したといってもいい。しかし、質の点では、大きく劣るというのが、開戦直前の大方の予想であり、それは正しいものの見方といってもよかった。実際問題、数万の皇魔を同じだけの数の人間で撃退することなど、不可能に近い。人間と皇魔はまったく別の生き物だ。同じような姿をしたものもいないではないが、それらは人間と比べ物にならない力を持っている。膂力だけではない。魔法を使うものもいるし、特異な能力を持つものも少なくはない。そして、そういった力を思う存分に発揮するのが、皇魔という生き物だった。勝てるはずがない。だれもがそう思ったし、クルセルク戦争に従軍した将兵の多くも、破滅と対峙する感覚を味わったはずだ。

 だが、結果を見れば、連合軍が勝ったのだ。

 最終的には、魔王ユベルが軍を引いたから勝利したのだが、そこに至れたのは、連合軍が動員した武装召喚師たちが死に物狂いで闘いぬいたからこそであり、武装召喚師の数が揃わなければ、連合軍が勝利することはなかったのだ。

 戦後、連合軍参加国はこぞって武装召喚師の登用を始めた。ガンディアも他国に負けてはいられないということで武装召喚師たちと交渉を始めており、そのうち何人かは《獅子の尾》に配属される可能性がある。

 優秀な武装召喚師の登用こそが戦乱の小国家群を生き抜く術だという論調があり、浸透し始めている。

 その結果、《協会》は大騒ぎになっているらしい。

 ファリアは、もはや《大陸召喚師協会》の人間ではない。ガンディアに所属すると決めたとき、《協会》の局員を辞めている上、エンジュールでの出来事がきっかけとなって《協会》そのものに関与する資格さえ失っていた。クルセルク戦争に際し、《協会》に関するファリアの人脈を使えなかったのは、そのためでもある。

 ファリアは、リョハンの護山会議の命令を破ったのだ。《協会》はリョハンの外部機関といっても過言ではないし、《協会》の最高幹部とは護山会議と同義といってもいい。護山会議に楯突いたものが、《協会》に関わることができるはずもない。

 しかし、人脈そのものが失われるわけではない。

《協会》の友人は変わらぬ関係を続けてくれていたし、ガンディオンの支局長などは、彼女のことをいまでも案じてくれていた。そういったひとたちから、《協会》の現状について小耳に挟むことがある。もちろん、秘匿するべき情報が漏れ聞こえるようなことはないが。

「嬉しい悲鳴……ね。まあ、悲鳴を上げたくなる気持ちもわかりますよ。クルセルク戦争という大舞台で、武装召喚師の有用性が明らかになりましたし。同盟国のルシオン、ベレルは言うに及ばず、連合軍参加各国は国内の《協会》支局に問い合わせ、武装召喚師の登用に躍起になっているという話ですしね」

 それはつまり、武装召喚師の仕官先が見つかるということであり、武装召喚師の仕官先の斡旋に尽力している《協会》としては、嬉しくないはずがなかった。武装召喚師が仕官先で戦果を挙げれば武装召喚師の有用性はますます高まり、武装召喚師の必要性が増大すれば、武装召喚師を目指す人間もまた、増えていくのではないか。淡い期待だが、なにもしないよりは効果があるのは間違いない。

 武装召喚術の流布こそ止めているものの、武装召喚師が増えること自体は歓迎しているのが、リョハンであり《協会》なのだ。武装召喚術の有用性を世界に認識させるには、武装召喚師を増やすことが手っ取り早い。もっとも、そのために質の悪い武装召喚師が増えては意味がなく、そういう武装召喚師が増えないよう監視の目を光らせるのも、《協会》の役割だった。

「ガンディアも武装召喚師を登用するために動いているんですよね?」

「もちろんですよ。武装召喚師を揃えることができれば、戦術の幅が格段に広がりますからね」

「運用法がどうとかいってましたね?」

「はい。ガンディアは、今後、武装召喚師を戦力の中心に据えていくことになります」

「そんなこと、言い切ってだいじょうぶなんですか?」

「明日明後日の話ではなく、もっと遠い将来の話です。戦力の中心に据えられるほどの人数がすぐにでも集まるのなら話は別ですが、いまのところ、その様子はありませんし」

「集まっても十数人、といったところでしょうね」

「ですが、将来的には何十人、何百人という武装召喚師がガンディア軍の中心戦力となることは疑いようがない。ガンディアの英雄が武装召喚師なのです。ガンディアといえば、黒き矛のセツナ。黒き矛のセツナといえば、武装召喚師。武装召喚師がガンディアに仕官したくなるのも、当然でしょう?」

「当然かどうかはともかく、武装召喚師が頂点に君臨する国なら、仕官先に選びやすいでしょうね」

「ええ。つまりそういうことです」

 彼は静かにうなずいた。

「将来、武装召喚師が増大してから戦術を練っていたのでは遅い。ですので、いまのうちから考えておく必要があるんですよ」

 エイン=ラジャールのまなざしは、いつものような愛嬌に満ちたものではない。

 



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