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第九百十一話 シーラの決断(四)

「どこから話せばいいのかしらね」

 ミリュウは、食堂に集った一同の表情を見回しながら口を開いた。

 ガンディア王立親衛隊《獅子の尾》の面々を筆頭に、関係者が集まっている。黒獣隊の隊士たちに、参謀局の第一作戦室長とその部下たちまでもが、食堂の円卓を囲んでいた。無論、セツナの従者であるところのレムもいる。もう一匹の従者とは違って、彼女は残された。

「どこからもなにも、最初からよ」

《獅子の尾》隊長補佐ファリア・ゼノン・ベルファリア=アスラリアが告げると、《獅子の尾》副長ルウファ・ゼノン=バルガザールも厳しい表情で続けてきた。

「知っていることを全部、です」

 ふたりの剣幕に、ミリュウは表情を緩めた。皆、セツナのことが心配なのだ。

「おー、怖い怖い」

「ミリュウ」

「あ、はい、わかってます。全部、話します」

(本当に怖いわね)

 だが、ファリアのその反応は予想通りのものであり、彼女にとっても喜ばしいものでもあった。それはつまり、セツナが突如として消失したことを限りなく心配しているということにほかならないからだ。ファリアの中でも、セツナが特別な位置づけにあるということなのだ。隊長だから、上官だから心配しているのではなく、大切なひとだから心配しているということが、彼女の表情、剣幕からも見て取れる。それは、セツナの想いを知っているミリュウには、歓喜というほかない、

 ミリュウにとってファリアはセツナを巡る恋敵であると同時に、セツナの命の恩人であり、またセツナの想い人である彼女は特別な存在だった。

 セツナにとっての女神であるファリアは、ミリュウにとっても女神だった。だから、セツナに甘えられないときは、彼女に甘えてしまう。ファリアもまた、受け入れてくれるのがいけない。ファリアがミリュウの行動を拒絶しないから、ミリュウもついつい調子に乗ってしまうのだ。それこそ、セツナがファリアに女神を見出した優しさであり、包容力なのだろう。

 そんな慈愛に満ちた女性が、いまはもの凄まじい表情でミリュウを睨んでいた。ミリュウを睨んでいるのは、一同の中で、彼女くらいのものだ。黒獣隊に所属するシーラの元侍女たちでさえ、ミリュウを睨みつけてはいない。

 それだけで、ファリアがどれほど心配し、不安にかられていたのかがわかるというものだ。

(ファリアにくらい、伝えておけばよかったのにね)

 そうする時間さえ惜しかった、というのもわからないではないが。

 ミリュウは、ファリアの心情を考えながら、とりあえず、彼女を安心させるために説明を始めた。

「昨夜のことよ」


 その夜、ミリュウは、彼女にしてはめずらしく自室にいた。

 めずらしいというのも、五月五日の夜以来、就寝時刻が近づくと、彼女は寝間着に着替えてファリアの部屋に向かうのが日課になっていたからだ。五月五日といえば、ミリュウがリヴァイアの知を継承してしまった日であり、セツナの誕生日であり、セツナに頼み事をした日であった。

 セツナへの頼み事が、尾を引いていた。

 ひとりではとても眠る気になれなかった。だから、五月五日の夜からファリアの寝床に忍び込むようになったのだ。無論、最初は怒られたが、ミリュウが泣きつくと、しょうがないとでもいうように受け入れてくれた。ファリアの優しさには、ミリュウでさえ女神を見出すしかない。

 それはともかく、ミリュウは昨夜、自室にいたのだ。

 妙な胸騒ぎがした。

 きっと、なにかがあるだろう。

 ミリュウだけではなく、だれもがそう想っていた、

 事件があった。

 いや、事件というほどのことではないのかもしれない。

 だが、重大な出来事があったのは確かだ、

 黒獣隊長を務めるシーラの元にアバードの人間が訪ねてきて、彼女が世話になり、彼女が生き延びるために尽力した領伯が処刑されるということを告げてきたのだ。領伯のみならず、領伯の一族郎党が皆殺しにされるという報せに、シーラのみならず、その場にいた皆が騒然となったのは記憶に新しい。アバード政府の暴挙に憤りを隠せないものも少なくはなかったし、怒りを感じなかったものでも唖然としたのは間違いない。

 だが、ミリュウには別段、めずらしいこととは思えなかった。かつて、ザルワーンに君臨した狂王がいる。五竜氏族ヴリディア家出身の国主マーシアス=ヴリディアは、己の支配を絶対的なものにするべく、反抗的なものは容赦なく殺した。一族郎党を皆殺しにすることくらい、平然とやってのけたのが、マーシアスという暴君であり、マーシアスの世が続けばザルワーンは遠からず滅んでいたことは疑いようがない。もっとも、マーシアスの後を継いだミレルバス=ライバーンは、ザルワーンの寿命をわずかばかり延命しただけだが。

 力を持ったものが愚かであれば、その力の振るい方も愚かなものとならざるを得ない。

 シーラは、自分には無関係だといった。自分はアバードと捨て、セツナの配下になったのだ、と。いまさらアバードの内情を知らされたところでどうすることもできない、と。

 それは彼女の本音だろうが、建前でもあっただろう。

 シーラは、アバードの王女だった。つい数カ月前まで、アバードの代表としてガンディアと交流していた彼女は、アバードの国益だけを考えて行動していたように思える。国が第一であり、それ以外は余事であるとでもいうかのような彼女の言動を鑑みる限りは、そう考えられる。

 そんな彼女が、アバードの事情を知って、黙っていられるだろうか。

 きっと、行動を起こす。起こさないはずがない。

 それも、自分たちを巻き込まないよう、ひっそりと、だ。そのとき、自分にはなにができるだろうか。なにもできない。できるわけがない。自分はガンディアの人間であり、王立親衛隊の隊士に過ぎない、王宮召喚師という肩書もあるが、だからなにができるというものでもない。それに、他国のことだ。気にすることではない。

 そもそも、シーラはただの恋敵だ。

 そんな風に考えている時だった。

 彼女の部屋の扉が、軽く叩かれた。本当に軽く、小さく。なにか物があたったのではないかというくらいに些細な音だったが、圧倒的な静寂の中では、そんな小さな音でさえもミリュウの耳にはっきりと聞こえた。どきりとした。真夜中だ。こんな時間に、ミリュウの部屋を訪れるものなどいるはずもなかった。

「ミリュウ、起きてるか?」

 セツナの声に鼓動が高鳴ったのは、必然といってもよかった。胸騒ぎの原因が、まさかセツナが夜中に寝室に訪れるからだとは、さすがのミリュウも思わなかった。想像できるはずもない。奥手も奥手のセツナが夜這いなどするはずがないからだ。もちろん、これは夜這いではない。彼は、正面から訪れている。

「寝てる……か」

「い、いや、起きてるわよ! 起きてる!」

 ミリュウは慌てて寝台から飛び降りると、扉に駆け寄った。戸を開くと、やはりセツナの顔があった。

「大声をだすなよ」

「そ、そうよね、聞かれたら、まずいわよね」

 ミリュウは、部屋の外に顔を出して、周囲を見回した。ファリアの部屋が隣りにある。大声を出すと、彼女を叩き起こす可能性があった。一度寝入ればそう簡単には起きないのがファリアだったが、いくらそんなファリアでも、ミリュウの部屋で異変があれば目を覚ましかねない。

「ああ、まずいな」

 セツナの一言一言が、ミリュウの胸を高鳴らせる。ミリュウは、期待した。期待して、セツナの手を引こうとしたが、引かれたのはミリュウの手だった。

「場所を移そう」

 ミリュウは、セツナらしくない行動力にどう反応すればいいのかわからないまま、頭の中が真っ白になるのを自覚した。そして、このままどうなってもいいとさえ想った。


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