第九百話 彼女の宿命(三)
リヴァイア。
大召喚師ファリア=バルディッシュから伝え聞いた話によれば、聖皇六将のひとり、レヴィアの子孫の家名であるという。聖皇六将とは、聖皇ミエンディア・レイグナス=ワーグラーンの大陸統一事業に多大な貢献をなした六名の武将のことだといい、また、聖皇の野望を終わらせた六人のことでもあるという。つまりは、聖皇の大陸統一に力を貸しながら、大分断とも呼ばれる統一国家の崩壊を招いた連中のひとりだということだ。
聖皇六将は、聖皇を裏切ったがために呪われたのだという。
レヴィアにかけられた呪いは、不老不死。
リヴァイアは、その呪いを受け継ぐ一族だというのだが。
「ミリュウ=リヴァイア……」
セツナが反芻すると、闇の中で彼女が震えたのがわかった。本当は名乗りたくはなかったのかもしれない。そう思えるほどに、彼女の震えは大きかった。だからわかったのだが。
ミリュウが、口を開いた。
「今朝ね、リバイエンの家に行ってみたのよ。父が自分の研究のために買い取った屋敷。そして、あたしが生まれ、十年前まで楽園と信じて疑わなかった場所」
彼女が家を覗いてくることに許可を求めてきたことは、セツナの記憶に焼き付いている。わざわざ許可を求めてきたのは、勝手な行動をしてセツナたちに警戒されたくなかったからというのもあるだろうが、別の想いもあったのかもしれない。たとえば、セツナが認めなければ。家に帰らなくていいという免罪符ができるからだ。
魔龍窟に落とされた彼女は、ザルワーン人を毛嫌いしているが、中でも自分の生まれ育ったリバイエン家を極端に嫌っていた。直接関係があるわけではないユーラ=リバイエンにさえ敵意を隠さないのだから、相当なものだ。それは、魔龍窟での十年間があまりにも凄惨であり、だれかを憎まずにはいられなかったことが起因するらしい。
憎悪は醸成され、強烈なものとなった。
故に、彼女はリバイエン家に顔を出したくなかったのだ。状況次第では、リバイエン家の人間を手にかけてしまうかもしれない、という恐れもあったのだろう。
しかし、彼女は実家に向かった。
己と向き合うために、だ。
「兄とね、会ったのよ。会って、想ったわ。来なきゃ良かった、って。来なければ、兄に対してこれ以上感情を拗らせることもなかったのに、って」
「なにかあったのか?」
「……兄は、家の再興しか考えていなかった。リバイエン家の当主として相応しい権力を得ることしか、考えてなかったのよ。そのためにあたしやセツナを利用しようとさえしていた」
ミリュウの声が、怒りに震えていた。影に身を潜めたのは、いまの表情を見られないようにするためかもしれない。だから、こちらに背を向けているのだ。セツナまでも影の中に足を踏み入れてきたから、顔を背ける必要さえ出てしまった。セツナは、彼女の心情を察して、後ずさりした。いま、歩み寄るのは、彼女の心を踏みにじることになりかねない。
「許せなかったわ」
ミリュウの声に含まれた怒りと殺意の凄まじさに、セツナは慄然とした。セツナの目の前で、彼女がこれほどまでに強烈な敵意を発したことがあるだろうか。しかも、その殺意が身内に向けられたものなのだ。
「なにもして……ないよな?」
「あたしがセツナの部下じゃなければ、殺していたかもね」
「……ミリュウ」
「でも、なにもしなかったから、安心して。あたし、まだまだセツナと一緒にいたいもの」
彼女はそんな風に告げてきた。セツナと一緒にいたいから、問題は起こせないということだろう。いかに恨みつらみがあるとはいえ、殺人に手を染めれば、王立親衛隊になどいられるわけもない。たとえ、ガンディアがその罪をもみ消したとしても、彼女自身が納得出来ないだろう。
しばらく、沈黙があった。
夜の闇の中、ふたりの間に横たわる沈黙はあまりに重い。
セツナは、いうべき言葉を見つけられなかったし、彼女もまた、なにをいうべきか迷っているようだった。
時間だけが過ぎていった。
「……ううん。違うな。行って、良かったのよ。兄と再会して、兄が家のことしか考えていない人間だということがわかって、良かったのよ、きっと。じゃなきゃ、ずっと期待していたかもしれない。兄弟たちがあたしのことを心配してくれていて、暖かく出迎えてくれるって、心の何処かで思い続けていたかもしれないもの。良かったのよ。兄の本心を理解することができて」
彼女は、自分を納得させるようにいっていた。そして、こちらを振り返る。闇に慣れた目は、彼女のぎこちない微笑みを捉えていた。怒りに震える表情を見せたくないから、笑ったのだろうが、その強引な笑みが、彼女の感情を如実に表している。
「これで、家と決別することができるもの。セナには悪いけどね」
「セナ?」
「家の執事でさ、彼だけがあたしのことを暖かく出迎えてくれたのよ」
「そうか……」
相槌を打って、すこしばかりほっとした。家に帰ったミリュウが辛い目にばかり遭っていたわけではないということがわかったからだ。ひとりでも彼女の身を案じてくれているひとがいたということは、ミリュウの心をどれほど支えたのかわからない。そのセナという執事がいなければ、それこそ暴れまわっていたのではないか。
それほどまでの激情が、ミリュウの中に渦巻いている。
「あたしは、ミリュウ=リバイエンじゃなくて、ミリュウ=リヴァイア。そう名乗ることに決めたわ」
「悪くないな」
「そうかな」
「うん」
うなずくと、彼女は微笑みを浮かべた。
「ふふ。セツナは優しいね」
「そうか?」
「そうよ。きっと、そう。だって、なにも聞かずに受け入れてくれるんだもの」
ミリュウが、嬉しそうでいてどこか儚げな調子でいった。
「あたしは、そんなセツナが好きよ。好きだから、セツナじゃなきゃだめなんだと想う。セツナだから、託せるのよ」
「なにを……」
「あたしがリヴァイアを名乗るのは、リバイエンの家が嫌になったからってだけじゃないの。もうひとつ、大事な理由があるのよ」
影の中で、彼女はいった。それは、なんとはなしにわかっていたことだ。彼女が、ミリュウ=リヴァイアの運命といったことが引っかかっている。それは、彼女にレヴィアの血統であることに起因するなにかがあったということではないのか。漠然とした不安が、セツナの心をざわめかせた。それが、さきほどの結論に繋がるのだとすれば、不安を覚えずにはいられないものだ。
ミリュウは、散々迷った末に口を開いたようだった。
「……父に逢ったわ」
彼女のその一言にセツナが驚きを覚えたのは、まったくもって想像していなかったからだ。
彼女がいう父とは、オリアス=リヴァイアのことにほかならない。オリアン=リバイエンとも名乗った男は、アズマリア=アルテマックスの弟子である現代最高峰の武装召喚師であり、外法に精通し、擬似的なものながら召喚魔法をも行使した。ガンディアにとって彼こそが最大の障害とでもいうべきものであり、彼の召喚したドラゴンと巨鬼は、状況次第ではガンディア軍を壊滅させたかもしれなかった。
そんな彼だが、クルセルク戦争の末期から消息不明であり、ガンディア軍は全力を上げて所在を捜索していた。オリアス=リヴァイアほどの強敵はいない。生存していれば、三度ガンディアの敵となる可能性も高く、対抗策を考えるためにも、生死を明らかにする必要があった。
もっとも、どんな状況にあっても生きているだろうことは、彼の血統から考えれば当然の帰結だった。レヴィアの血を受け継ぐ男は、同じ血を受け継ぐミリュウにしか殺せないというのだ。
不老不死の呪縛が、オリアス=リヴァイアをガンディアにとって最強の敵として認識させた。
それでも、彼の居場所を明らかにすることは、ガンディアの今後にとって重要なことだ。敵に回るにせよ、無関係な存在となるにせよ、どこにいるかを把握しておくことは、行動の指針ともなりうる。
「龍府にいたのか」
「ううん。そうじゃないのよ」
「え?」
「父は、とっくに死んでいたのよ。どこのだれに殺されたのかはわからないけれど、死んだのは事実。父が死んだから、あたしは父に逢うことができたから」
セツナには、ミリュウが発した言葉の意味を理解することができなかった。しかし、彼女はそれがわかっていたのだろう。構わず続けてくる。
「あたしが逢ったのは、父の記憶。父が魔方陣によって召喚した、父の記憶なの」
「記憶を召喚?」
「そして、それが重要なのよ」
闇の中で、彼女の目がわずかにきらめいたように見えた。月光を反射したわけでもあるまい。どこかの魔晶灯の光でも拾ったのかもしれない。
「あたしは、父の記憶に触れ、受け継いでしまった。父の記憶。リヴァイアの記憶。レヴィアから連綿と受け継がれてきた記憶をね」
ミリュウの告白にセツナは驚くよりほかなかった。