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第八百九十一話 五月五日・ルシオン(三)

「武装召喚術を学びたい?」

 クロード・ゼノン=マイスが上擦った声を発したことに、彼は、不満を抱かざるを得なかった。

「そうだけど、なにか問題でもあるのかな?」

「いえ、そういうわけではないんですが……」

「じゃあどういうわけなんだ?」

「いや、それは、その、なんていいますか、その……」

 彼が追求すると、クロードは、とても有能そうには見えない冴えない顔を余計に曇らせ、しどろもどろになった。

 建設中の術法研究棟の前で、彼はクロードと対峙していた。術法研究棟とは、文字通り術法を研究するための施設であり、ルシオンが今後発展していくために必要不可欠なものとして、王子ハルベルク・レウス=ルシオンが先頭に立って作られることになった武装召喚師のための建物である。

 基礎工事は既に終わっており、日々、少しずつ完成に向かっていることは、王都セイラーンの住人の話題ともなっていた。ハルベルクが打ち出す政策の多くは、王都住民の生活に直結するようなものではない。白聖騎士隊の充実、武装召喚師部隊の新設などと軍事的なものが多く、ルシオンがますます軍事国家の色合いを強めていくことに不安を抱く国民も少なくないようだ。しかし一方で、同盟国であるガンディアが加速度的に膨張しているということもあり、ガンディアと歩調を合わせるには、ハルベルクのように国を強くしていかなければならないのも事実だとして、ハルベルクの政策を応援する声も聞かれる。

 また、広くなった国土を維持するには、相応の戦力がいるというのも、事実である。

 ルシオンは、ミオン征討後ミオン領土の半分を得、クルセルク戦争後にはニウェールを得た。ニウェールは飛び地となるため、その扱いは難しいものの、支配地が増えたことは確かであり、それもこれもガンディアと歩調を合わせている恩恵だということは、ルシオン国民ならだれもが知っていることだ。

 国土が広がれば、国そのものが豊かになる。資源が増え、財源が増える。もちろん、喜ばしいことばかりではないのも確かだが、恩恵もまた、少なくはない。

 今後、ガンディアとともに歩み続けていけば、ルシオンはさらに国土を拡大していくことになるのは明らかであり、そのためにも戦力を充実させるのは、決して悪い判断ではなかった。

 クロードは、前述の通り冴えない顔の男だ。二十七歳だということだが、年齢よりは若く見えた。茶色がかった頭髪と碧眼が彼の外見的特徴といえるだろう。ほかに特徴というと、いつも身に纏っている灰色の外套以外にはないと断言してもよかった。そんなことを本人にいえば落胆し、しばらく口を利いてもらえなくなるだろうが、事実は事実として述べるほかない。

 とはいえ、武装召喚師として相当な実力の持ち主だということは、彼の肩書が示している。ルシオン王宮召喚師。それが彼の身分だった。元は《大陸召喚師協会》に所属する一介の武装召喚師だった彼は、ミオン征討のおりルシオンに仕官したという。ミオン征討で活躍したことによって重用され、クルセルク戦争を生き抜いた彼は、戦後、ルシオン初の王宮召喚師を拝命、クロード・ゼノン=マイスと名乗ることになった。

 王宮召喚師という役職、ゼノンという称号は、ガンディアを倣ったものであり、ガンディアの同盟国であるルシオンらしいものといっていいのかもしれない。そもそも、ルシオンが武装召喚師の登用を始めたのも、ガンディアの影響によるところが大きい。ガンディアの武装召喚師の活躍が、武装召喚師の有用性を思い知らせたということだ。

 ガンディアの近隣諸国は、慌てたように武装召喚師の登用を始めている。その結果、武装召喚師の熾烈な獲得競争へと発展し、武装召喚師の価値が急激に高騰を始めているという。

 もっとも、彼が武装召喚師を目指した理由は、仕官目的ではないし、武装召喚師の将来性を見込んだからではない。

 もっと単純で、しかし強烈な理由だった。

「問題がないのなら、弟子にしてくれたって構わないんじゃないか?」

「お義父上ちちうえ――団長閣下の了承は得られておられるのですか?」

「それは……これからだけど、たぶん、わかってくださると想う」

「たぶん、では駄目です。勝手なことをして怒られるのはわたしなんですから、勘弁して下さいよ」

 クロードは、ほとほと困り果てたようにいって、術法研究棟の図案に視線を戻した。彼は王宮召喚師である。術法研究棟が完成した暁には、そこの支配者となるのだ。毎日のように建設現場に訪れ、職人たちと言葉を交わしているのは、自分の仕事場の完成度が低くてはかなわないからだろう。しかも、王子の肝煎りで建設されることになったのだ、どこかに齟齬でもあれば、ハルベルクまで恥をかくことになりかねない。ハルベルクによってルシオンという仕官先を得、王宮召喚師にまで取り立てられたクロードにしてみれば、気が気でないのは当然のことかもしれない。

 そして、そんなクロードのことが嫌いになれないのは、自分もまた、ハルベルクのためにならば命をなげうつ覚悟があるからだ。だから、彼は納得した。

「……わかったよ。ただし、義父上の了承を得たら、そのときはわかってるよね?」

「え、ええ。団長閣下が認められたのなら、そのときは」

 クロードは、そういって力強くうなずいた。さっきまでの不安定さからは考えられないようなはっきりとした言葉は、彼の義父が認めるはずはないと思っているからかもしれなかった。

 実際問題、認められないかもしれない。

 彼の義父バルベリド=ウォースーンは、ルシオン軍白天戦団の団長を務めるほどの人物だ。白天戦団は、騎馬兵で構成された白馬と歩兵で構成された白盾からなる軍団であり、ルシオンの主力といっても過言ではなかった。ミオン征討、クルセルク戦争に投入され、それぞれに戦果を上げている。

 バルベリドは厳格な人物だ。ミオン征討後、子に恵まれないバルベリドの養子としてウォースーン家に迎え入れられた彼は、バルベリドの厳しい言いつけを守りながら、日々を送っている。

 彼は当初、白天戦団への入団を希望した。

 ハルベルク・レウス=ルシオン殿下への恩義に報いるためには、ウォースーン家の屋敷で義理の母セリア=ウォースーンと穏やかな時間を過ごしている場合ではないと、彼は想った。強烈で凄絶な想いがある。

 この生命のすべてをかけてでも、王子殿下の助けになりたい。

 彼にあるのは、それだけだった。

 しかし、バルベリドは、難色を示した。白天戦団は、ルシオンの主力ともいえる精鋭軍団だ。そんなところに素人同然の彼が加入することは難しい。それは最初からわかっていたことだ。それでも、彼はなんとかして、ハルベルクの力になりたかったのだ。でなければ、生きている意味がない。

 焦がれるような想いで告げると、バルベリドは呆れたようにいってきたものだ。

『お気持ちはわかります。しかし、あなたはいま動き回るべきではない。あなたが動き回ることで、殿下に迷惑がかかるかもしれないのです』

 バルベリドの考えも、必ずしも間違いではないのが、彼にとって心苦しいところだった。

 ハルベルクの力になりたい。かといって、この状況下で動き回るのは、ハルベルクの立場を悪くすることになりかねない。自分の正体を知られる危険性もある。もちろん、正体を知っているものなどごくわずかだ。ハルベルク、バルベリド、それに、白聖騎士隊のごく一部。王子妃リノンクレアはおろか、国王ハルワール・レイ=ルシオンさえ知らなかった。

 バルベリドが養子を得たということは知っていても、だ。

 彼は、術法研究棟の建設地から離れると、従者を連れてバルベリドの私邸に戻った。従者は、バルベリドが王都に不案内な彼のためにとつけてくれたのだ。聞き分けのいい従者は、彼のためにクロードの居場所を探しだしてくれている。従者がいなければ、彼はクロードを探しだすために数日を費やしたかもしれない。

 ルシオンの王都セイラーンは、不案内な人間にとって迷宮以外のなにものでもない。

 しかし、美しい都市であり、迷い歩くのも悪くはないかもしれない・

 セイラーンは、湖上都市とも呼ばれる。

 セイル湖のやや西寄りに浮かぶ小島に砦を築き上げたのが、この都市の始まりだといわれている。周囲を水に囲まれた小島の砦は難攻不落であり、黎明期のルシオンは、その砦を拠点として領土を拡大していったという。砦は要塞となり、要塞の内部には城郭が作られていった。セイル湖上城塞の誕生である。ルシオンの領土が広がり、大陸小国家群が安定期に入る頃には、セイル湖上城塞は大きく形を変えていた。小島の城塞を中心とする巨大都市へと変貌していたのだ。やがて、湖上城塞はその周囲に浮かぶ都市群とともに、王都セイラーンと呼ばれるようになったという。

 そんな都市で息を潜めて暮らし始めて、半年ほどが経過している。

 ハルレイン=ウォースーンという人生を生き始めて、だ。

『ハルレイン?』

『ハルレイン=ウォースーン。それがこれからのあなたの名前です。わたしと妻で決めました』

『まあ、悪くはないかな』

『でしょう』

 巌のように厳しいバルベリドの顔が一瞬崩れたのは、彼が妻セリアを溺愛しているからだろう。彼のそういう側面は、一般には知られていない。常に厳粛で、誰に対してもそのように振る舞うのが、バルベリド=ウォースーンという人物だった。

 そんなバルベリドが、彼の提案を受け入れてくれるかは不透明だ。

 武装召喚師を目指し、クロード・ゼノン=マイスに弟子入りする。武装召喚師の道は、厳しく、遠い。一朝一夕で習得できるものではないし、途中で音を上げる人間も少なくはないという。五年で半人前、十年学んでようやく一人前だといわれている。だが、自分のような非力な人間が、ハルベルクの力になろうとすれば、ほかに選択肢はなかった。

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