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第八百八十五話 五月五日・ニーウェの冒険(五)

 やがて、馬車が止まった。

 ランスロットの警告による停車だった。あと少しでも前進すれば、そこから先は皇魔の支配地域となるという話だった。

 ニーウェは、シャルロット、ミーティアとともに馬車の荷台から抜けだすと、いつの間にか馬車から飛び降りていたランスロットの傍に駆け寄った。

 彼は、前方を見ていた。

 エンシエルから遥か南西に広がる荒野の真っ只中だ。荒れ果てた地は、ここが帝国領の中で辺境と呼ばれる所以といってもいい。見渡すかぎりの荒野であり、吹き抜ける風は砂を運んで黄色く見えた。地平の果てまで続くような荒野の中に皇魔の群れが蠢いている。二十体どころではない数のウォスブレフが、ニーウェたちの接近を警戒していた。逃げ去った皇魔たちが警告を発したに違いない。

 皇魔の巣と呼ばれる地域とそうでない地域の差は、一目瞭然だ。

 皇魔の“巣”には、支配者がいることは既に述べた。その支配者が作り出した領域が“巣”だということも、触れた。そして、“巣”とは、目に見えてわかるものだ。

 まず、風景が歪んで見えた。

 皇魔が“巣”と定めた領域の空間はなにかがねじ曲がっているのか、風景そのものが歪曲しているように見えるのだ。実際、歪曲しているのかはわからない。凄まじい密度の瘴気によって空間が歪んでいるように見えるだけだという説もあれば、支配領域とそれ以外を区別するため、皇魔の支配者によって捻じ曲げられているのだという話もある。

 いずれにせよ、空間がねじ曲がっているように見える場所こそ、皇魔の“巣”であるということに違いはない。

 また、そのわかりやすさは、人間に対する警告であるといってもいいのかもしれない。“巣”に足を踏み入れたが最後、皇魔の集団に襲いかかられ、殺戮されるのだ。もっとも、殺戮される以前に、“巣”に満ちた高濃度の瘴気によって気を失うことも少なくはないという。皇魔の“巣”に満ちた瘴気は人体にとって有害なのだ。

 巣を潰すということは、毒の中で戦うのと同じということだ。

「ウォスブレフが四十……五十かな。“巣”にしては少ないほうだ」

「いったでしょ。まだ小規模だって」

「だから確認しただけじゃん」

 なにやら言い合いを始めたミーティアとランスロットを横目に見ながら、ニーウェは皇魔の出方を見ていた。巣の中の皇魔たちは、ニーウェたちと戦闘になることを予期しているのか、殺意をむき出しにしてこちらを睨んでいる。その数、五十二体。しかも雄ばかりであり、雌の姿はなかった。ランスロットのいう通り、巣を作ったばかりで雌がいないのかもしれない。しかし、巣があるということは、支配者たる王がいるのは間違いない。

(あれだな)

 ウォスブレフの集団の中に一際体躯の大きな個体がいた。他のウォスブレフに比べると二倍程度の巨躯を誇る人狼には、右目に大きな傷痕が有る。人間と戦った結果なのか、それとも、別種の皇魔と交戦した跡なのか。どちらにせよ、その傷痕がウォスブレフにとって不利に働くとは考えにくい。皇魔の感知範囲は、人間のそれとは比較にならない。

「どうします?」

「もちろん、潰す。さっさとね」

「では、いつものように俺から行きますよー」

「ああ」

 ニーウェがうなずくが早いか、ランスロットがライトメアの引き金を引いた。ライトメアは、弓というよりは大型の弓銃といったほうが正しい。その上、召喚武装であるライトメアは、通常の弓銃のように矢を必要とせず、ランスロットの精神力を矢として撃ち出すことができた。もっとも、矢などと呼べるようなものではない。

 ライトメアの発した閃光が視界を灼いたかと思えば、爆音が轟き、衝撃波がニーウェの頬を撫でた。皇魔の悲鳴や怒号が聞こえる中、ニーウェは巣の中に踏み込んでいる。前方、皇魔の群れにも動きがあった。ライトメアの初撃によって十数体が蒸発し、残り三十程度が散開した。さらに数体が続けて爆散する。ライトメアの“砲撃”は、狙撃よりも制圧射撃に向いている。

「火力だけはさすが!」

「だけっていうな!」

 ミーティアが茶化すと、ランスロットが憤然と言い返しながら、今度は人狼の眉間を撃ち貫いてみせた。精確な射撃もできるというところを見せつけたのだろうが、皇魔との戦闘に勤しむミーティアが彼の精密射撃を見ているはずもなかった。

「だけ!」

「だから!」

 ランスロットは愕然としたが、ニーウェは、彼の実力の素晴らしさに感嘆していた。ランスロット=ガーランド。ザイオン帝国ラディウス魔導院出身の秀才にして、帝国最高峰の武装召喚師イェルカイム=カーラヴィーアの高弟のひとりに上げられる彼は、ニーウェにとっても尊敬するべき人物のひとりだった。軽薄そうなところが玉に瑕といった感じがあるが、そうなだけであって軽薄なわけではない。むしろ重厚すぎるくらいだ。

「黙って戦えないのか? まったく」

 シャルロットは、刀身がわずかに発光する長剣でウォスブレフの胴体を両断すると、ため息混じりにつぶやいた。その背後に人狼が殺到したが、シャルロットに触れることもなく断末魔を上げた。腹をなにかに貫かれたのだ。シャルロットは、人狼の死体を確認することもなく、つぎの敵を求めて動いた。斬撃が走れば、悲鳴が上がる。

 メビアス剣帝教団随一の剣術家シャルロット=モルガーナの面目躍如といってもいい。

「黙って戦ったってつまんないじゃん」

 ミーティアは悪びれもせずに言い切ると、人狼の猛烈な蹴撃を華麗に飛んでかわしてみせた。皇魔の足の甲に右手を叩きつけ、その反動で宙に舞う。皇魔が唖然とするほどの身の軽さは、彼女が超人的な身体能力を持っているということを示している。ミーティアは人狼の背後に着地すると、左手に握っていた短剣でウォスブレフの首を斬りつけた。動脈を切られれば、皇魔といえどもひとたまりもない。

 皇魔は、この世ならざる怪物とはいえ生物だ。

 人間や他の動物と同じように生き、同じように死ぬ。

 奇怪な“巣”を作るという行為も、人間が街や都市を作るのと同じようなものなのかもしれない。

 ミーティアは、皇魔が絶命するのを確認することもなくその場を飛び離れると、怒り狂って突進してきた人狼を翻弄しながら、ウォスブレフの集団の中に飛び込んでいった。ウォスブレフたちがミーティアを迎え撃つが、人狼たちは、彼女に触れることさえできないまま切り刻まれて死んだ。彼女は、最後に追従してきた皇魔の首を刎ねると、いつの間にか手にしていた湾曲刀を腰に吊り下げた鞘に収めた。

 ミーティア・アルマァル=ラナシエラ。月の子孫アルマァルを名乗る少女は、ザイオン帝国の暗殺者養成機関《月ヶ城つきがしろ》で育て上げられた生粋の暗殺者であり、その超人的な身体能力も《月ヶ城》で培われたものだという。《月ヶ城》最高権力者である城主のみが許されたアルマァルという名を名乗っているということは、そういうことなのだ。

 彼女は、史上最年少の《月ヶ城》城主だった。

 ニーウェの三臣は、いずれもが帝国有数の実力者といっても言い過ぎではなく、ニーナだけでなく、皇帝さえも手元においておきたくなるような人材ばかりだった。

「さすがだ」

 ニーウェは、三者三様の活躍ぶりに感嘆の声を上げると、笑みを浮かべた。吐き気を催すほどの高密度の瘴気が漂う領域で、よくもまあ自由自在に戦えるものだと感心せざるを得ない。特に召喚武装の補助を受けていないミーティアの凄まじさは、武装召喚師であるニーウェだからこそよくわかるというものだ。

 一流の武装召喚師であるランスロット、召喚武装の使い手であるシャルロットはともかく、ミーティアはただの人間なのだ。《月ヶ城》において最高級の暗殺者ではあるが、常人であることに変わりはない。皇魔を手玉に取って戦うなど、普通では考えられなかった。

 そんな三人が付き従ってくれているという幸福を噛み締めながら、ニーウェは、この“巣”の主催者と対面していた。

「つぎは俺の番だ」

 彼は、自分の身長の三倍ほどの体躯を誇る化け物と対峙しながら、震えるような感覚の中にいた。

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