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第八百七十九話 五月五日・騎士団(三)

「ケイルーン卿からの報告書に目を通したが……」

 フェイルリング・ザン=クリュースの第一声が、それだった。挨拶もなければ、前置きもない。いきなり本題に入るのがフェイルリングらしいといえばらしいのだが、フェイルリングがそのらしさを発揮するのは、オズフェルトとふたりきりのときくらいのものだった。

 フェイルリングは、神卓騎士団の頂点に立つ人物であり、ベノアガルドにおいて革命をなした英雄といっても過言ではない。そんな偉大な人物を前にして臆面もなく応答できるのは、オズフェルトくらいのものなのだ。彼を前にすれば、だれもが緊張を禁じ得ない。緊張するだけならばまだしも、魂までも硬直し、まともに会話することもままならないというのが実情だった。フェイルリングが革命をなした英雄だから、ではない。もっと本質的なことだ。通常人では、フェイルリングと一対一で対面しただけで気を失ってしまうに違いない。

 フェイルリングは、そのことを知っているから、彼が人前に出ることはほとんどなかった。副団長であるオズフェルトが騎士団の代表として出張るのは必然であり、オズフェルトは、常にフェイルリングの代理人としての覚悟をもって行動していた。

「はい」

「卿はどう想うか?」

「どう、とは?」

「ケイルーン卿の報告書は理路整然としていて実に読みやすく、理解のし易いものだ。難解な言葉を用いることもなければ、理解のしがたいたとえが入っていることもない。簡潔に、ありのままに、見たもの、合ったことを述べている。そこに自分なりの解釈や意見も添えているところが、ケイルーン卿らしいというべきか」

(難解な言葉に理解のしがたいたとえ……エーテリア卿とフィンライト卿か)

 胸中で苦笑する。確かに、ドレイク・ザン=エーテリアの報告書には難解な言葉や表現による記述が目立ったし、ルヴェリス・ザン=フィンライトの報告書は芸術作品といったほうが通じるような仕上がりになっている。どちらも、優秀な人材ではあるのだが。

 だから、フェイルリングは文書による報告ではなく、会議による報告を好んだ。難解な言葉を用いたがるドレイクも、ひとつの報告書を芸術作品に仕立てあげるルヴェリスも、フェイルリングを目の前にすれば、普通の言葉で報告せざるを得ない。

 だからといって、騎士団長の執務室に呼びつけることなど、おいそれとできるわけもない。いや、騎士団長の権限を用いれば、十三騎士ひとり呼ぶことになんの問題もない。しかし、フェイルリングと一対一になった途端、ルヴェリスもドレイクも口を閉ざすしかないのだ。

 彼らも、人間なのだ。

「だが、一点、その理路整然とした記述に乱れが生じている部分があることに気づいてはいるかね?」

「はい。御前試合以降のところですね」

「そうだ」

 フェイルリングが厳かに頷く。

 騎士団長の肯定によって、オズフェルトは自分の考えが間違いではなかったことを確認した。騎士団長も考えていることは同じだということだ。同様に、テリウスの中にあるしこりとでもいうべきものを感じ取っている。そして、その感覚の同期には、オズフェルトは歓喜を覚えざるを得ない。フェイルリングと同じ世界を見ているということにほかならないからだ。

「ケイルーン卿は、セツナ=カミヤ本人ではなく、セツナ=カミヤの従者レム=マーロウに特に拘っている。これがどういうことなのか、卿にはわかるかね?」

 フェイルリングのいうように、テリウスの報告書の後半には、レム=マーロウに対する記述が頻出した。そして、先ほど言及したように、レム=マーロウの記述は、理路整然としたたの文章に比べると、いかにも感情的で、彼らしくないといってもいいような部分が散見された。

 レム=マーロウが一体どういう人物なのかも克明に記されている。ジベルの暗躍機関・死神部隊に所属していた死神壱号レム・ワウ=マーロウのことであり、クルセルク戦争後、どういうわけかジベルを抜け出し、ガンディアの所属となっているようだった。レム・ワウ=マーロウが死神部隊の一員としてセツナの護衛を務めていたことは、騎士団でも掴んでいる。それがどうやら、死神部隊長クレイグ・ゼム=ミドナスの策略によるものであり、セツナを殺すための手段に過ぎなかったというところまで判明しており、レム=マーロウがセツナ殺害の一助を担うところだったということも、わかっていた。

 そんなレム=マーロウが、なぜセツナの従者に身をやつしているのかについても、テリウスの報告書は触れている。

 テリウスは、ガンディア潜伏時、ケルンノール領伯ジゼルコートを頼っている。ジゼルコートとは偶然知り合えたといい、彼を通してガンディアの内情を知ることができたのは、ベノアガルドにとっても重畳だといえた。ともかく、テリウスはジゼルコートから、レム=マーロウとセツナ=カミヤの関係について聞き出したようであり、それによれば、レム=マーロウがセツナの従者となったのは、セツナ本人の望みによるものだということだった。

 ガンディア王レオンガンドは、セツナの望みを叶えるため、ジベルに働きかけた。ジベルは、なぜかそれを受け入れ、レム=マーロウはジベルからガンディアにその所属を移した。レム=マーロウは、果たして、セツナ・ラーズ=エンジュールの従者となったのだ。

 そのことも、テリウスは気に食わないようだった。文章に攻撃的な言葉が用いられている。

 だが、彼が真に気に入らないのは、レム=マーロウの言葉の数々のようだった。レム=マーロウのセツナ=カミヤを想う言葉の数々が、テリウスの神経を逆撫でにしたのは、疑いようもない。そして、オズフェルトには、テリウスがなぜそう感じたのか、理解できた。

「おそらく、ケイルーン卿は、レム=マーロウに自分を見たのでしょう」

 断言する。

「ほう」

「記述によれば、レム=マーロウは、セツナ=カミヤに盲目的に従い、セツナ=カミヤを悪しざまにいわれることで怒り狂ったとあります。それこそ、テリウス・ザン=ケイルーン卿そのものといっても過言ではありません」

 テリウスにとってのセツナ=カミヤは、オズフェルトだった。彼は、自分を下層民から拾い上げたオズフェルトに対し、神に近い感情を抱いているようなのだ。そのことは、彼の言動の端々からも伝わってくる。オズフェルトが命令すれば、一も二もなく従い、どのような過酷な任務であっても不満ひとつ漏らさない。オズフェルトが悪しざまにいわれれば怒り狂ったものであり、オズフェルトが宥めなければ、だれの手にも負えなくなるほどだった。激情家なのだ。その激情を普段は胸のうちに秘めている。

「つまり、彼はレム=マーロウの中に己を見たために、固執している、と」

「鏡に写る自分を許容できなかった、ということでしょう」

「やはり、彼はまだ不完全だということか」

 フェイルリングはいったが、別段、気落ちしているという風でもなかった。いや、そんなことで落胆するようなら、それこそ不完全な人間である証明だろう。フェイルリングが不完全に堕ちるということなど、ありえないのだ。

「それはケイルーン卿に限った話ではないがな」

「はい」

 戦果ばかりを求めるゼクシス・ザン=アームフォート、芸術家の道を諦めきれないルヴェリス・ザン=フィンライト、己と同じ立場のものしか見えないフィエンネル・ザン=クローナ、私憤を拭い切れないシド・ザン=ルーファウス、闘争本能に身を焦がすベイン・ベルバイル・ザン=ラナコート、執着心の塊ロウファ・ザン=セイヴァス、不安定極まるハルベルト・ザン=ベノアガルド――。

 フェイルリングの領域に近いといえるのは、シヴュラ・ザン=スオール、カーライン・ザン=ローディス、ドレイク・ザン=エーテリアの三名くらいのものであり、それ以外のだれもがなんらかの問題を抱えている。だが、それを危ぶむひつようもなければ、蔑む理由にもならない。ただの人間が真に力を得ようと思えば、乗り越えなければならない壁はいくらでもある。

 オズフェルトも、そういった数多の壁を乗り越えて、ここに辿り着いた。

(己を克服することだ)

 オズフェルトは、テリウスの顔を思い浮かべながら、胸中でつぶやいた。

 彼や多くの十三騎士が真に騎士となるとき、そのときこそ、騎士団による救済は新たな段階に進むに違いない。

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