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第八十七話 戦渦逆巻く

「ガンディアのものと思しき軍勢がログナー領内に侵入、マルスールを抑えたとの報あり!」

 本陣に飛び込んできた報告に目を細めながら、グレイ=バルゼルグは背後の総大将を見遣った。アーレス・レウス=ログナーは、驚きのあまり頭が真っ白にでもなったのだろう。目を見開いたまま固まっていた。

「なお、ガンディア軍はマルスールより北進する勢いを見せており、一両日中にはカノン草原に到達する模様!」

「兵数は?」

「二千程度という情報が入ってきております」

「ふむ……」

 グレイは顎に手を当てながら、黙考するふりをした。二千。全軍ではあるまい。恐らく先遣部隊であり、本隊は後から合流する予定なのだろう。とはいえ、合流したとしてもログナーの総兵力を上回ることは考えにくい。ルシオン、ミオンとの同盟三国による共同戦線の可能性は、先のバルサー平原戦後の情勢を鑑みれば、皆無といっていい。ミオンもルシオンも本国へ引き上げたのだ。そうなれば、ガンディアが全兵力を放出するということも考えられない。ガンディアにとって後顧の憂いはないだろうが、かといって国土防衛のための戦力さえも吐き出すんだという暴挙はできまい。

 たとえ、ログナーとの戦いにガンディアの将来を賭けているのだとしても。

 それはあまりに博打に過ぎる。

 視線は前方――カノン草原に展開する部隊を見ていた。兵力差は歴然としているが、旗色は必ずしも悪くはない。むしろ痛撃を与えているといってもいいくらいだ。もっとも、戦意の点では大いに負けている。それも当然だろう。相手には大義があり、軍を率いる将軍は人望も厚い。対してこちらには、一応の正義こそあるものの、グレイの意思を汲み取った兵士たちの士気が必要以上に高まるはずもなかった。

 グレイ=バルゼルグ率いるザルワーンの部隊と、アスタル=ラナディース率いるログナー正規軍が衝突したのは、カノン草原である。ザルワーン軍が占領したレコンダールと王都マイラムのちょうど中間に位置する広大な草原だ。そこで両軍が激突するのは、当然の成り行きだった。

 戦闘は十七日早朝に始まった。緊迫する空気に耐えかねたログナーの一部隊がけしかけてきたことで戦端が開かれ、両軍入り乱れる激闘となった。ザルワーン最強の名を欲しいままにするバルゼルグ将軍旗下の精兵と、ログナーの精鋭たち。激しい闘争になるのは戦前より明らかだったし、それに関しては手を抜くつもりもなかった。必要な犠牲も払うつもりでいた。

 だが、勝てないだろう。

 諦観ではなく、事実として認めていた。

 練度、精度においては並ぶべくもなくこちらの方が上だ。質では、だ。しかし、量は相手が大きく上回る。こちらは三千。ログナーはその倍に値する兵力を有している。戦場には四千程度しか見受けられないが、目に映るものだけが戦力ではない。これは戦闘だ。こちらに致命の一撃を加えるため、どこかに潜ませているに違いない。

 戦い続ければ、負ける。それはわかっている。最初から理解していたことだ。だから適当なところで切り上げ、こちらの損害を最小限に抑えなければならない。此度の戦闘は、属国の廃王子に対するポーズに過ぎない。

 それはアスタル=ラナディースとて理解しているだろう。が、手は抜くまい。ザルワーンの最強部隊にわずかでも痛撃を与えたいと思っているに違いないのだ。ログナーが独立した暁には、いずれザルワーンと戦わなければならないのだから。

「どおするのだっ! バルゼルグ将軍っ!」

 アーレスが若干裏返ったような声で迫ってきたが、彼は黙殺した。ガンディア軍による横槍はまったく考慮の外にあった、というわけではない。考えうる事態だ。最悪とは言えないが、良い状況とも言えない。

 グレイは、片膝をついた姿勢のままこちらを仰ぐ兵士に目を落とした。バルゼルグ配下の兵士であり、彼の課した厳しい訓練をくぐり抜けてきた精兵でもある。その目の輝きは、歴戦の強者を思わせた。

「そろそろ、ログナー側も知った頃合か」

 そして、大いに慌てている頃合でもある。飛翔将軍と呼ばれた女傑が動揺することもあるまいが、予期せぬ事態ではあったかもしれない。情報の流出は徹底して遮断されていたのだ。政権奪取直後の混乱に付け入られぬように。国境は封鎖し、わずかな情報が漏れることさえ恐れた。さらにいえばグレイたちの登場により、彼女は兵力を王都に集中させざるを得なくなった。

 結果、マルスールは呆気なく陥落した。

 ログナー第三の都市が、大きな戦闘もなく落ちたのだ。ガンディア軍の規模が二〇〇〇程とはいえ、防衛戦力も配備されていない都市にとっては抵抗のしようもなかっただろう。小競り合いさえ起きなかったのかもしれない。

 グレイにはその様がありありと思い浮かんだ。彼らの部隊がレコンダールを占拠したのと同じような経緯だ。レコンダールにも対した兵力はなかったし、その大半がアーレス派だったということもあってほとんどの兵士がこちらの軍に合流した。もちろん、ザルワーンに属したわけではない。アーレス王子の親衛隊として、だ。

「どおするのかと聞いているのだっ!」

「どうもこうもありませんな。ここはログナー側に一時休戦を申し入れましょう。ガンディア撃退の方が先決です」

「馬鹿な! にっくきアスタル=ラナディースが目の前にいるというのに一時休戦だと!」

「目の前? 殿下の目にはログナーの布陣が目に入りませんかな」

「あんなもの、貴様たちならば容易く突破できよう!」

「それは買いかぶりというものです。かの陣容を突破し、飛翔将軍に肉迫するにはこちらも相応の出血を覚悟しなければなりません」

 その価値もない――言い捨てかけて、彼は口を閉ざした。相手にもはや王子としての身分がないとはいえ、さすがに無礼極まりないだろう。アーレスの取り巻きたちの視線に気づき、グレイは胸中で苦笑した。権力に取り入るしか能のない連中がどれだけ凄んだところで、彼は涼しい顔をするだけだったが。

「ガンディア軍こそ眼前の敵です。賊軍を打ち払ったあと、疲弊したところを突かれれば我々とてひとたまりもありません」

「それはガンディアを退けたところで同じではないか!」

 それも一理あるのだが。

 グレイはアーレスの言葉を否定こそしなかったが、取り合おうともしなかった。お飾りの総大将に全軍を指揮する権限などあるはずもない。兵士を呼び、軍使として敵本陣に向かわせる。相手とて状況は理解していよう。こちらの申し出を受け入れざるを得まい。バルゼルグ部隊のみならいざ知らず、ガンディア軍とも同時に相手にするような体力はログナーも持ち合わせてはいまい。

 ザルワーンならば、ログナー、ガンディアの二国を相手にすることもできるが。二国の総兵力を上回る戦力でもって叩き潰すことも可能だろう。ただし、ザルワーンの現状がそれを許しはしない。

 ここ数年の内紛に次ぐ内紛が、ザルワーンという大国の体力を奪っている。内乱を鎮圧するために駆り出され、国内を飛び回る兵士たちの負担は極めて大きく、グレイ旗下の部隊内にさえ不満が吹き出し始めているのだ。外敵を打ち払うのではなく、いわば身内を倒すために力を振るうことに虚しさを感じるものもいないではなかった。

「ガンディアよりも眼前の奸賊を討伐せずしてなにが――」

「バルゼルグ将軍!」

 本陣に飛び込んできた人物のおかげでアーレスの叫び声を黙殺する口実ができたことを内心喜びながら、彼は、その人物の顔を視界に入れた瞬間目を丸くした。どこにでもいそうな若い男だ。しかし、ザルワーンの将官ならば知らぬものはいない人物でもある。

「お久しぶりです」

 彼は笑った。あいもかわらぬ不敵な笑みは、グレイに妙な胸騒ぎを覚えさせた。

 ヒース=レルガ。国主ミレルバスが重用する軍師ナーレス=ラグナホルンの片腕である。


 ガンディア軍による国土侵攻及びマルスール陥落の報は、アスタル=ラナディース陣営を動揺させるくらい衝撃だった。

 いくら徹底的に封鎖したとはいえ、情報が多少漏れるくらいは覚悟していたし、それによって周辺諸国が何らかの動きを見せることも考慮してはいた。ザルワーンの動きがそれだ。支配者が属国の内政に干渉してくるのは当然だったし、支配者面する彼らがログナーの内情に敏感なのは当たり前でもあった。なんらかの理由をつけて軍を差し向けてくるだろう。それが外交的なポーズであれ、必要に差し迫られての行動であれ、ザルワーンとの軍事的衝突は避けられないものとして考えていた。

 そして、その戦闘をログナー側の有利で終わらせる算段も立てた。

 ザルワーン側の総大将がアーレス元王子で、グレイ=バルゼルグ将軍率いる三〇〇○の部隊が相手だと判明したおかげで、戦術は立てやすくなっていた。ザルワーン最強と名高いバルゼルグ将軍の部隊に痛打を食らわせることができれば、ログナー全軍の士気も上がり、此度の叛乱の正当性を裏付けることができる。

 ザルワーンに屈した過去を振り切り、大国にさえ対等にやりあう強国への道を歩むのだ。

 そう、すべてが上手くいくはずもない。

 それもわかってはいたことではないのか。

 アスタル=ラナディースは衝撃こそ受けなかったものの、ガンディア軍の予期せぬ到来には歯噛みせざるを得なかった。予期せぬ自体ではない。憂慮していたこともでもある。が、ザルワーン軍に対抗するためにはほとんどの戦力をマイラムに掻き集めざるを得ず、結果、マルスールというログナー第三の都市が呆気なく突破されてしまったのだ。たった数百でもマルスール防衛に割いていれば、簡単に陥落するなどということはなかっただろうし、持ち堪えている間に救援に向かうということもできたはずだ。もちろんその場合でも、眼前のザルワーン軍をどうにかしなければならないのだが。

 それに関しては多少楽観的ではある。ザルワーン軍の目的がどうあれ、ここでのガンディア軍の介入は歓迎できないだろう。ガンディアは南東から来ている。つまりこのまま戦い続ければ、ザルワーンはログナーとガンディアに挟撃される形になりかねない。問題はそれだけではないが、なんにせよ、彼らとてガンディアの動向を見過ごせはしないのだ。

(一時休戦……か)

 それ以外の選択肢は考えにくかった。ザルワーンがガンディアと手を結んでいる可能性もないとは言い切れないが。ガンディア軍侵攻の時機を考えればなおさらだ。が、それならばバルゼルグ将軍は決戦を急がなかったはずだ。カノン草原よりも、もっとガンディア軍の介入が効果的な場所での開戦を望み、誘導したに違いない。

 そこまで考えを巡らせていると、眼前に広がる草原から聞こえていた闘争の音が次第に小さくなっていくのがわかった。

 まるで、潮が引くような速さで戦線を引き下げていくザルワーン軍の様に疑問も持ち得なかったのは、彼女の頭に右のような考えがあったからにほかならないし、ザルワーンを率いるのが猛将グレイ=バルゼルグだからというある意味での信頼があったからだ。彼ならばこの状況を理解し、こちらの意図を読んだ上で采配を振るうはずだった。つまりここは一時休戦し、事と次第によっては共同戦線を張るということだ。

 アスタル=ラナディースでなくともそう判断しただろう。しかし。

「ザルワーンの全部隊、カノン草原より撤退していきます!」

「なんだと……?」

 部下からの報告に飛翔将軍が怪訝な表情になったのも無理はなかった。後退ではなく撤退。休戦のために戦線を引き下げたのではなく、撤退のために戦場から引き払っていったのだ。それは戦闘継続の意思はないということ。一時の休戦すら必要としないが、同時にこの戦闘の意味すら失われた。

 失われたのは戦いの意味だけではない。今朝からの戦闘でザルワーン側には二百程の、こちらにも三百近い損害が出ている。それらの犠牲が無駄となる。

 これではまるで、ガンディア軍の露払いではないか。

 アスタルは叫びたかったが、言葉にはしなかった。部下の視線がある。飛翔将軍の側近たちが、彼女の表情の変化を見守っている。冷静に対処しなければならない。いつものように悠然と。何事もなかったかのように的確な指示をくださなければならない。

「現時刻を以て対ザルワーンの戦闘は終了とする。一刻の休憩の後、マルスールを占領するガンディア軍へ向けて出発する。全軍へ伝えよ」

 アスタルは、戦場から撤退するザルワーン軍の背に痛撃を与えたいであろう兵士たちの気持ちも理解してはいたが、いまは目先の戦果よりも優先すべきものがある。マルスールを占領中のガンディア軍を叩くのだ。規模から言えば全戦力ではあるまい。後続の部隊と合流する前に壊乱させることができれば、大きな戦争に発展する前に戦いそのものを終わらせることができる。そのうえ、ガンディアに痛手を負わせるということは、今後の政策・戦略にも良い影響が出てくるだろう。

 これはむしろ好機だ。

 バルサー平原での敗北を帳消しにするまたとない機会。失態を演じた将軍はもはやこの世にはいないが、飛翔将軍の翼たる騎士たちが汚名を雪ぐには絶好の舞台ともいえるのだ。

 グラード=クライドとウェイン・ベルセイン=テウロス。

 彼らがいなければ、アスタル=ラナディースも自由に羽ばたけない。


 マルスールを目指せ。

 とは、ヒース=レルガの言葉だ。

 リューグを伴ってレコンダールへ向かうつもりの彼だったが、道中で馬車の進路を変更していた。レコンダールではなく、レコンダールと王都マイラムのちょうど中間地点へ。ザルワーン、ログナー両軍がぶつかるとすれば、双方の拠点としていた都市の中間に位置するカノン草原であろうというのが、進路を変更した理由である。その予測についてはラクサスもランカインも口を挟まなかったし、ウェインとの戦闘を終えたばかりのセツナにはどちらでも良いことだった。

 もちろん、カノン草原に直行したわけではない。両軍の警戒網に引っかからないように大きく迂回し、ザルワーン軍が布陣するであろう草原の南西でヒースたちと別れた。リューグは終始不安そうな顔をしていたが、ラクサスから命じられると渋々といった様子でヒースに付き従っていった。

 そうして、セツナたちを乗せた馬車がガンディアの先遣部隊と合流したのは、夜も深まった時間帯だった。マルスールで、ではない。ガンディア軍は、マルスール北部の丘陵地帯で夜営していたのだ。マルスールで本隊との合流を待っていればよさそうなものだが、レオンガンドたちにはセツナにはわからない考えがあるのかもしれない。

 夜空には大きな月と無数の星々が輝いていたが、それでも夜の闇を遠ざけるために大量の火が焚かれていた。敵に夜営地を顕示しているようなものだが、それも致し方ないという。野生の動物もそうだが、それ以上に厄介な存在がこの世界には存在する。

 皇魔である。

 皇魔はどこにでも現れ、人間に襲い掛かり、血祭りにあげようとするが、人間側の数が多く、容易く殺せないことがわかると容易に手出しはしてこないという。そのために火を炊くのだ。できるだけ大人数に見せるために、煌々と。それはなにもガンディア軍だけではない。夜闇が迫りだした頃から北の方でも赤々と火が灯り、ログナーの軍勢がこちらに向かっているということを見せつけるかのようでもあった。

 夜襲には十二分に気をつけなければいけないが、これだけの明かりが周囲の闇を照らし出している以上、おいそれと近づくことはできないだろうが。

 セツナたちを乗せた馬車も、夜営地に近づききる手前で止められた。闇の中、一目散に向かってくる馬車の様子を不審に思わないはずもない。が、ラクサスが顔を見せるまでもなく、夜営地へと通された。馬車を引く二頭の馬――エメリオンとロクサリアの姿を目の当たりにしたからだろう、とはラクサスの弁。バルガザール家所有の名馬は、ガンディア軍の中で知らぬものはいないらしい。

 夜営地に入り、馬車を降りたセツナたちを出迎えてくれたのは、誰あろうレオンガンド・レイ=ガンディアそのひとだった。青年王は、轟然たる篝火に照らされながら気さくな笑みを浮かべていた。

「ご苦労だったな」

 そういってひとりひとりをねぎらうと、レオンガンドは、セツナたちに今夜はしっかり休むように告げて幕営に戻っていったのだった。

 かけられた言葉はたった一言だったが、それだけで、セツナは今回の任務の苦労がすべて報われたような気がした。見つめ合い、手を握ってくれた。レオンガンドの透き通った瞳に見つめられるだけで、満たされるような気さえする。たとえそれが勘違いであったとしても構わないと思った。

 もっとも、感動している場合ではない。報告よりも休息が先ということは、恐らく明日始まるであろう戦闘にセツナたちを投入するということだ。疲労は蓄積し、全身どこもかしこも悲鳴を上げていたが、命令をくだされれば従うよりほかない。

「戦いは君の本分だろう」

 こちらの内心を察したかのようなランカインの囁きが癇に触ったが、セツナは黙殺することでやり過ごした。というより、言い返すような気力さえなかったのだが。

 夜営地には二千百名に及ぶ兵士たちがそこかしこで寝息を立てていたり、警戒に当たったりしており、セツナたちの寝場所などそうそう作れるはずもなく、一行は仕方がないので馬車の中で睡眠を取ることにしたのだった。

 明日は大きな戦いになる。

 いつもなら興奮とも恐れともつかぬ感情に揺さぶられるような状況にありながら、セツナは闇に誘われるように眠りに落ちた。余程疲れがたまっていたのだろう。夢さえ見なかった。

 翌朝、セツナが寝ぼけ眼を擦りながら甘ったるい眠気と格闘していると、馬車の荷台に日が差し込んできた。誰かが中を覗いてきたのだろう。何やら外の様子が慌ただしいのだが、馬車の中からは窺い知れなかった。

「セツナ、カイン起きろ」

 いつにもまして厳しい口調で声をかけてきたのはラクサスだった。荷台の中を覗き込んできたのも彼である。逆光になって表情はわからないが、言外になにかがあったのだといっている。

「は、はい」

「とっくに起きてますよ。俺もセツナも」

「わ」

「なんだ?」

「いや、なんでもない」

 セツナが驚いたのは、ランカインの声が頭上から降ってきたからだ。彼は、セツナが目覚めるよりも前に起床し、着替えを済ませていたらしい。セツナもすぐに着替えなければならない。ランカインはこちらの顔を覗いていたが、すぐにラクサスへと視線を移した。

「なにがあったんです?」

「簡潔に言う。昨夜、国境付近に差し掛かっていた我が方の本隊が攻撃された。本隊は半壊し、将軍の安否も不明とのことだ。相手は少数らしいが、詳しいことまではわかっていない」

 ラクサスの話のおかげで馬車の外で起きている騒ぎの原因がわかったものの、それはセツナにとっても衝撃的な事実でもあった。まさかの事態に驚き、愕然とする。本隊を構成するのは三〇〇〇人からなるガンディアの兵士たちだ。その軍勢が半壊したということは、相手は相当な強敵と見ていい。武装召喚師が混じっているのは恐らく間違いないだろう。夜襲とはいえ、少数で大軍を半壊させるには召喚武装の火力が必要不可欠だ。

「報告があったのは明朝。首脳陣はログナーとの開戦を前に頭を悩ましている。本隊との合流をあてにしての戦闘だからな。それに半壊が事実なら、すぐにでも救援をださないと取り返しのつかないことになる」

「最悪、ログナーの追撃を気にしながら国に逃げ帰るか」

「おまえっ」

「セツナ、カインの言う通りだ。場合によっては、我々は陛下が無事国に帰れるよう振る舞わなければならない」

「それって……」

「殿軍ってことさ」

 ランカインが嗤っている。この最悪の状況を心底楽しんでいる。セツナは男の顔を睨みながら、しかし、その余裕こそ必要なものかもしれないとも思った。状況は最悪。活路を開くには、どのような事態にも揺るがぬ心こそ肝要なのではないか。

 が、殿軍――つまり、軍の最後尾で撤退を援護したところで、本隊を襲った強敵とログナーの本隊に挟まれてしまえば元も子もないのではないか。

 セツナが口を開こうとしたとき、ラクサスが後ろを振り返った。だれかに呼ばれたようだ。しばらくしてこちらに向き直った彼の手には、紙が一枚握られていた。報告書の類だろう。ラクサスはその紙に記された情報に目を通し、静かに告げてきた。

「追加情報だ。本隊を急襲し、半壊にまで追い込んだ相手がわかった」

 ラクサスの口から語られたそれは、セツナにとって信じがたい話だった。

「ウェイン・ベルセイン=テウロス。ログナーの青騎士だ」

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