表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
875/3726

第八百七十四話 五月五日・セツナの場合(十)

「セツナ様、誕生日おめでとうございます! 誕生日祝いです、受け取ってください!」

「エイン、おまえさあ、何考えてんだ?」

「この際、受け取るという展開もありだと想いますが」

「ねえよ、馬鹿」

 セツナは、レムの発言を一蹴しながら、目の前の少年の有様に憮然とした。セツナの眼前には、着飾ったエイン=ラジャールがいた。礼服を身に着けているだけならばまだしも、その上にリボンなどを括りつけており、自分自身が誕生日プレゼントだとでもいわんばかりであり、実際、そういうことなのは、彼の言動からも明らかだったが、周囲の視線もあり、セツナは頭を抱えざるを得なかった。

「やだなあ、冗談ですよ、冗談」

 エインが満面の笑みを浮かべたままリボンを解き、部下に渡す。彼の三人の部下は、エインの言葉に心底ホッとしたような表情を浮かべており、セツナにはその反応も解せなかった。セツナがエインを受け取るとでも思っていのだろうか。だとすれば心外も甚だしい。

 エイン=ラジャールは、ガンディアの将来にとって重要な人物だ。そんな人間を側に置いておくことはできない。

「あんたがいうと冗談に聞こえないからやめてほしいわ」

「そうですか?」

「あんたほどのセツナ馬鹿、あたし以外にいないし」

 ミリュウが自嘲気味につぶやくと、エインはなぜか目を輝かせた。

「光栄です!」

「喜ぶのかよ」

「待ってください。ここにもひとり!」

「名乗りを上げるなよ」

 セツナはいちいち突っ込むのだが、だれも耳を傾けてくれないという現実を前にすれば、無力感を覚えるしかない。エインの三人の部下だけが、セツナのことを気遣ってくれていた。表情だけで、だが。それだけで救われる想いがする。

「セツナ馬鹿三人衆ということで、ここはひとつ」

「まあ、いいわ、それで」

「ええ、素敵です」

 厳かに提案するエインに対し、しかたがないといった風に同意するミリュウと喝采をあげるレム。それぞれの温度差を横目に見遣りながら、告げる。

「よくねえし、素敵でもなんでもねえ。ってか、なんでおまえがここにいるんだよ?」

「え? それは、セツナ様の誕生日を祝うために決まってるじゃないですか」

 エイン=ラジャールが当然のようにいうと、彼の三人の部下も首を縦に振って肯定した。セツナは愕然とした。

「はあ? いいのかよ、参謀局の室長がそれで」

「局長が自由気ままな方ですから」

「……納得」

「納得するんですか」

「するしかねえだろ」

 セツナは半ば茫然と言い返した。ナーレス=ラグナホルンが自由人となったのはここ最近の話であり、クルセルク戦争まではもっと厳粛な人間だと思っていたし、実際、そういう部分のほうが目立っていたはずだ。やわらかな物腰の奥底に秘められた刃のような鋭さこそ、ナーレス=ラグナホルンという名軍師の人物像だった。それが、ここのところ完全に崩壊しているといっても過言ではない。

 彼は妻とともに風の様に吹き抜け、通ったあとには目を覆いたくなるような惨状があるという。もちろん、血を見るようなものではなく、彼の傍若無人さに打ちのめされた人々の姿があまりにも酷いという意味で、だ。

「ええ、まあ。それはともかく、俺だけじゃないですよ。セツナ様の誕生日を祝うために龍府を訪れているのは」

 エインがセツナの視線を広間中に促すようにした。

 場所は、天輪宮紫龍殿の食堂である。

 食堂そのものを貸しきりにして、その宴は催されていた。宴。つまり、セツナの誕生日を祝うための宴であり、そのためだけに龍府に滞在中のガンディア軍関係者が大挙押し寄せてきていて、食堂だけでは収まりがつかないため、急遽、別の部屋も開放する運びになっている。もちろん、食堂以外の部屋は特別な飾り付けなどはされていないのだが、天輪宮紫龍殿そのものが元来豪華な建物なのだ。新たに装飾するまでもないといえば、それまでだった。

 しかし、セツナのためだけに飾り付けられた食堂もまた、いいものだった。掲げられた横断幕には共通語と古代語でセツナの誕生日を祝っており、それ以外にも様々な飾り付けがセツナの目を楽しませ、心を震わせた。つい、目頭が熱くなり、視界が滲んだ。

 ファリアやレムたちがセツナを泰霊殿に隔離していたのは、この準備をするためだったのは明白だったが、わかっていたことであったとしても、嬉しくないはずがなかった。

(俺のために)

 と想わずにはいられない。

 自分のようなもののために、と、つい卑下してしまう。昔からの悪い癖だ。卑下は、自分を認める人々の想いまで卑しめるものだということも知っている。知っていても、つい、そう考えてしまう。もちろん、すぐに思い返しもするのだが。


 食堂にひとが押し寄せてきたのは、セツナが食堂に案内された直後のことであり、セツナが感動に浸っている暇もなかったのは、残念極まりなかった。レムたちでさえ抑えきれなかったというのだから仕方がないし、死神と黒獣隊を押し退けるような客人の勢いの凄まじさを想像すれば、笑い話になった。

 押し寄せてきたのは、龍府に滞在中のガンディア軍関係者がほとんどだ。

 元々龍府に駐屯しているザルワーン方面軍第一軍団長ミルディ=ハボック、同軍団副長ケイオン=オードに加え、ザルワーン方面軍大軍団長のユーラ=リバイエンなどのザルワーン方面軍の面々だけでなく、ログナー方面軍からも知った顔が多数、食堂に集まってきていた。

 ログナー方面軍の大軍団長に任命されたばかりのグラード=クライド、相も変わらず一緒にいる第四軍団長ドルカ=フォーム、同軍団副長ニナ=セントール、そして、参謀局に転属したエイン=ラジャールの後任の第三軍団長アラン=ディフォン。アラン=ディフォンはその家名からわかるとおり、エレニア=ディフォンの実の弟であり、彼はセツナに対し並々ならぬ関心があるようだった。とはいえ、彼は歴とした軍人であり、公私を分けて考えられる人物であり、義理の兄になるかもしれなかったウェイン・ベルセイン=テウロスの戦死もしかたのないことだと割り切っていたし、エレニアの事件については、愚行だと断じていた。そして、姉の愚行によってセツナが死にかけたことについては、ディフォン家の代表として、一生をかけて償っていく所存だと告げてきた。セツナは気にしなくていいといったのだが。

『領伯様はそう仰られる。ですが、世間はそうは想ってはくれますまい。世間がディフォン家を許すことがあるとすれば、それは、領伯様のために尽くし抜いた先にこそあると思えるのです』

 それは思い込みではないのか、と考えないではなかったが、アランの決意と覚悟を否定することは、セツナにはできなかった。

 ガンディア方面軍からは大軍団長兼第一軍団長マーシェス=デイドロと第四軍団長ミルヴィ=エクリッドが、セツナを祝うために訪れていた。ミルヴィ=エクリッドは、参謀局第二室長アレグリア=シーンに誘われたからきたようであったが。つまるところ、参謀局は幹部が総出でこの龍府に来ているということだ。参謀局長ナーレス=ラグナホルンも、妻メリルとともに会場に姿を見せており、軍団長たちと談笑していた。

 ミオン方面軍やクルセルク方面軍からも何名かの軍団長が会場を訪れている。ミオン方面軍第一軍団長ティナ=ミオンなどは、この場が顔見せとなるといっていいくらいの人物だった。ティナは、ミオン王家の血筋であり、征討によって制圧したミオンを治めるには、ミオン王家の血を引く人物を立てる必要があったために軍団長を任された人物である。立ち居振る舞いは元王族というだけあって実に優雅なものであり、黒き矛のセツナの前でも物怖じしないというのも、元王族らしいといっていいのかもしれない。

 王立親衛隊《獅子の牙》の隊長であるラクサス・ザナフ=バルガザールも、部下のシェリファ・ザン=ユーリーン、リューグ・ザン=ローディンとともにこの場に現れていた。

「セツナ様の誕生日とあらば、ログナー潜入に同行したわたしが出向かないわけにはいかないでしょう?」

 ラクサスのよくわからない理由に、シェリファが困ったように笑ったことが記憶に残っている。それに。

「またまた~。セツナ様のことが心配で心配でしょうがないっていってたじゃないですか~」

「わたしがいつ、そんなことをいったのだ」

「え、あれ、いってませんでしたっけ」

「リューグ」

「ちょ、あ、ま、待って……」

 リューグを食堂の外へ引きずっていくラクサスの迫力には、セツナは言葉を失わざるを得なかったものだったし、そうなるのはセツナだけではなかったということは、食堂に集まった人々の反応からも見て取れた。だれもが、ラクサスの様子に気圧されていた。

「リューグの発言はまったくのでたらめですから、忘れてくださいね」

 シェリファがにこりと微笑んだ。

「ああ、知ってるよ」

「知ってる?」

「リューグの言葉ほどあてにならないものはないってね」

「ええ、そのとおりでございますわ」

「でも、剣の腕は信用できる」

「はい」

「リューグ、本気で戦えばよかったのにね」

「セツナ様?」

「なんでもないよ」

 シェリファとは、そんな会話を交わした。《獅子の尾》と《獅子の牙》は同じ王立親衛隊ではあるものの、その交流は決して深いものではない。王宮であえば軽く会釈を交わすくらいの間柄であり、それは、《獅子の尾》と《獅子の爪》の関係も同様だった。対して、《獅子の牙》と《獅子の爪》の親密さは、《獅子の尾》のそれとは比べ物にならない。隊長同士が仲がいいということも大いに関係有るのだろうが、《獅子の尾》自体が浮いた存在だということのほうが問題なのだろう。

《獅子の尾》は、王立親衛隊とは名ばかりの遊撃部隊であり、戦場を縦横無尽に駆け回るのが部隊としての役回りだった。王の傍に控え、本陣の防備を固めるのが役目の《獅子の牙》や《獅子の爪》とは相容れない存在といってもいい。自然、疎遠になる。

 それでも気にしてくれているラクサスには、感謝しかなかった。

 ラクサスとも、長い付き合いだ。ガンディア軍の関係者では一番最初に知り合った人物といえるのかもしれない。

 ちなみに、《獅子の爪》隊長ミシェル・ザナフ=クロウも龍府に来たかったというのだが、《獅子の牙》幹部が王宮を空けるということもあり、《獅子の爪》隊長までが龍府に向かうのはさすがにどうか、ということもあって王都から離れられなかったらしい。

 そういう話を、《獅子の爪》の隊士から聞かされもした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ