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第八百六十九話 五月五日・レオンガンドの場合(三)

 ナーレスの話題は続く。

 ナーレス=ラグナホルンという稀有な人材は、その視野の広さ、知識の豊富さ、情報の収集能力、分析能力からくる優れた戦術の立案者という以外にも、中長期的な目で物事を見ることができるという点においても得難い人物といえた。

 レオンガンドたちがいくらガンディアの将来に着目したところで、現実には目先のことを処理するだけで精一杯であり、彼のように何年、何十年もの将来を見越して行動するということは、難しい話だった。頭では考えることができたとしても、実際に行動に移すとなると様々な障害や問題が発生する。そして、そういった障害や問題の処理に時間を割くくらいならば、目の前のことに集中したほうが効率的だと判断してしまう。

 その点、ナーレスは違う。

 目先の問題を処理しながらも、同時並行的に将来のことを考え、行動に移すことができるのだ。レオンガンドが度々、彼の頭の中を覗いてみたいと思うのは、そういうところにある。ナーレスの遥か先まで見渡す視界の広さと、その広い視界に対応できる思考力、行動力は、レオンガンドには真似のできない代物であり、なればこそ、レオンガンドはナーレスを心より尊敬しうるのだ。

 ナーレスいわく、ザルワーンでの五年が、彼にそういった思考法、行動力を培わせたという。

 ザルワーンでの五年。

 彼は、先王シウスクラウドの最後の策謀を結実させるため、五年もの長きに渡ってザルワーンに潜伏していた。国主ミレルバス=ライバーンに取り入り、軍部を掌握し、政治にさえも介入するだけの信頼を得るほどの実績を積み重ねた。ザルワーンが外征を諦めざるをえないほどの相次ぐ内乱は、ナーレス主導の弱体工作であり、ザルワーンを短期間で弱体化させるというものではなく、長期的な目で見て弱体化を図るというものだった。そういった工作活動に従事していた日々が、ナーレスの視野、思考力、行動力を鍛えたというのであれば、ザルワーンでの五年間も決して無駄ではなかったということだろう。

 もちろん、ナーレスが五年もの間ザルワーンの行動を封じてくれていたおかげでガンディアは生き延び、ザルワーンを打倒することができたのであって、ナーレスの五年に渡るザルワーン潜伏が無駄だったということは絶対にありえないのだが。

 そんな中長期的な視点を持つナーレスの発案により、武装召喚師の育成機関が創設される運びになった。《大陸召喚師協会》に所属する武装召喚師を雇い入れるだけではいずれ戦力不足に陥るかもしれないし、必要としているだけの人数を集められるかどうかも不明であるのならば、ガンディアという国の中に武装召喚師の育成機関を作ってしまえばいい、という結論に至ったらしい。

 しかし、武装召喚師の育成というものは、一朝一夕にできるものではない。今日学んで、明日から武装召喚師になれる、などという都合のいいものではないし、一年、二年学んだ程度で実践に耐えうる武装召喚師となる可能性も極めて低い。

『そうですね……最低でも七年。実戦への投入を考えるのならば、十年は必要でしょう』

 ファリア・ゼノン・ベルファリア=アスラリアによれば、その十年という期間でも低く見積もっているという話であり、万全を期すならば、十二年は見たほうがいいというのだ。士官学校などより遥かに長い教育期間であり、考えるだけで意識が遠くなった。

(十二年……遠い話だ)

 しかし、現実的に考えると、十二年後に多数の武装召喚師を実戦投入できるようになるというのは、魅力的だといえた。

 十二年。遥かな未来のように思えるが、大陸小国家群の統一を目的としているのならば、あっという間に過ぎ去る時間かもしれない。そして、十二年後もガンディアは戦い続けているだろうし、そこに多数の武装召喚師が投入されるとあらば、強力な後押しとなるのは間違いない。小国家群統一の最後の一押し。ナーレスは、そう考えているのだ。

 武装召喚師の育成機関の新設には、《協会》の協力を取り付けている。武装召喚術を広めることが《協会》の設立理念であり、小国家群の中の大国として名を馳せるガンディア国内に武装召喚師の学校ができることは、《協会》としても喜ぶべきことだったようだ。そういう経緯もあり、武装召喚師学校の教員には、《協会》の局員や武装召喚師が就任する運びになった。

 学舎に関しても、《協会》からの直接的な助言を参考にして建設することになっている。どれだけの人数の武装召喚師を育成するつもりなのか、武装召喚術の教育に必要な建物の強度や広さといったことまで話し合いを始めているという。武装召喚師学校は、王都《群臣街》の一角に建設される予定だった。《群臣街》には、空き家が多い。

《協会》との提携が上手くいかなかった場合、教員もガンディアが用意しなければならず、そうなれば《獅子の尾》の武装召喚師たちにまで出張って貰う必要が出てきたかもしれない、とナーレスはいっていたが、ただの冗談だろう。戦場での過酷な遊撃任務をこなす《獅子の尾》の隊士たちに、武装召喚師の見習いですらないものたちに教鞭を振るえというのは、いくらなんでも無理が過ぎる。王宮召喚師が教鞭を取るとなれば、国中で話題になり、入学希望者が増えることは想像に難くないのだが、レオンガンドは、セツナたちの負担をこれ以上増やしたいとは思っていなかった。それに関しては、ナーレスも同じはずだ。

 セツナを始めとする《獅子の尾》の面々には、いつも負担ばかりかけている。もっとも過酷な戦場をぶつけることも多い上、武装召喚師の相手をさせることも多々ある。武装召喚師を相手にするということは、死に直面するのと同じことだ。どれだけセツナと黒き矛が強力であっても、セツナの肉体そのものは常人と変わらない。相手の召喚武装の能力次第では、簡単に殺されるかもしれないのだ。そんなとき、日々の負担が判断力を低下させるなど、あってはならないことだ。セツナを領伯に任じることさえ悩みに悩み抜いたのは、領伯という立場が彼の戦いに悪影響を与えないかどうかが心配だったからでもある。

 ガンディアの英雄にして、最強戦力であるセツナには、戦闘に集中してもらう必要がある。

《獅子の尾》の隊士であり王宮召喚師ミリュウ=リバイエンは弟子を取ったようだが、個人的に弟子を取るのと、数多の生徒を相手に教鞭を振るうのとでは、本人への負担は大きく違うと見るべきだろう。それに、個人的に弟子を取るというのは、本人が望んでやっていることであり、それを取り上げて否定することはレオンガンドにはできない。そして、ミリュウの弟子が立派な武装召喚師になればガンディアの戦力が底上げされるのもまた、事実だ。

 なんにしても、将来、ガンディア軍が武装召喚師を中心とする組織となるのは、確定したも同然ということだった。

 もちろん、ガンディア軍の兵員を増やすための努力も怠っていない。

 ナーレスは、ガンディア国内の主要都市(ガンディオン、マイラム、龍府、クルセール、ナクサリア)以外のいくつかの大都市にも士官学校を新設する必要性を訴え、また、士官学校への入学難度の引き下げを検討するべきだと提案し、ガンディア軍の上層部もそれを認めた。ガンディア軍は、先の戦いで数えきれないほどの将兵を失っている。失った兵員を確保するには、徴兵を行うか、志願兵を募る以外にはなく、いまのところそれで賄うことができているのだが、そういったその場限りの施策が無制限に行えるはずもない。国民は無限にいるわけではない。徴兵による兵力の確保にも限度がある。だからこその士官学校であるのだが、主要都市に存在する学校だけでは数が足りないというのが、実情だった。いや、いまだけの問題ではない。ナーレスは、将来的に兵力が減少する可能性を見越しているのだ。だからこそ、いまのうちに手を打とうというのだろう。

 兵を育成するのも時間がかかるものだが、少なくとも、武装召喚師ほどの期間は必要とはしないだろう。何年か経てば、ナーレスの発案によって新設された士官学校出身の将兵がガンディア軍を賑わせるのは、想像に難くない。

 そして、ナーレスの得難さは、彼が軍事方面だけに力を発揮する人間ではないことだ。

 ナーレスは、王都の住人が増えてきているという事情を知り、将来的に王都から人があぶれてしまうのではないかという危惧を抱いた。そこで彼は王都に新たな居住区を作るべきだと提案し、都市開発の責任者とともに即座に行動に移している。

《新市街》と名付けられる予定の居住区は、《市街》の外周に作られることに決まった。王都ガンディオンは、王宮区画を中心に同心円を描く三つの城壁を持つ大都市だ。ひとつ目の城壁は王宮区画と《群臣街》を分け隔て、ふたつ目の城壁は《群臣街》と《市街》の間に聳えている。三つ目は、《市街》と外界を隔てるものであり、皇魔の脅威を退けるための防壁として機能している。もちろん、敵が攻め寄せてきた際にも、堅牢な城壁は大いに役立つだろう。

 その三つ目の城壁のさらに外周に城壁を作ることから、《新市街》の建設は始まっている。そして、この城壁の建設は想像以上に早く終わりそうだという話だった。それもそのはず、昨年末に行われたレオンガンドとナージュの婚儀の際、《新市街》の建設予定地には、その雛形とでもいうべき区画が作られていたからだ。カイン=ヴィーヴルを精根尽き果てるまで酷使した結果、第四の城壁というに相応しい岩壁が、王都の外周をぐるりと覆ったのだ。その見事さは、婚儀が終わった後も壊すのを惜しんだほどであり、実際、婚儀を見に訪れた人々のための特設区画そのものは撤去されたものの、岩壁だけは破壊せずに残していたのだ。

 特設区画の設置もナーレスの発案だったことを考えれば、彼が、カインの作り出した岩壁を第四城壁に利用することさえも見越していたのは、疑う余地もなさそうだった。

 カインの岩壁そのものも城壁として利用できそうなほどに堅固だったが、さすがに剥き出しの岩のままでは不格好であり、外側を舗装することで防御力を強化し、さらに外観を美麗なものにすることで、第四城壁の完成ということになる。

 また、第四城壁の補修作業と同時並行で、《新市街》の区画整備が始まっている。《新市街》は、《市街》よりも広くなるということであり、より多くの人々がガンディアの中心であり王都に移住むことも可能になったのだ。国の首都だ。国土が拡大すれば、人々が押し寄せるのは、当然の帰結だろう。

 そういった当たり前のことにさえ、頭を働かせるのが、当代最高峰の軍師ナーレス=ラグナホルンという人物であり、彼ほどの人材は、やはり今後も現れることはないのだ、とレオンガンドは確信せざるを得なかった。

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