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第八百六十八話 五月五日・レオンガンドの場合(二)

 ナーレス=ラグナホルンは、ガンディアの軍師として名を馳せている。

 軍師とは、なにも戦闘面における采配のみがその役割ではない。

 ガンディアの取るべき戦略、戦術も、彼一人の頭から出ているといっても過言ではなかった。政治手腕も皆無ではない。むしろ、政治家としての実力は、並の貴族などでは太刀打ち出来ないくらいに鋭く、強烈だ。ザルワ―ン戦争によって彼という得難い人材を失わずに済んだのは、レオンガンドにとっては嬉しい誤算であり、ガンディアにとっても喜ぶべきことであった。

 ナーレスはガンディアへの復帰後から軍師としての腕を見せ続けている。ベレルを血を流すことなく支配したのも、ナーレスの手腕によるところが大きく、その直前のジベルとの停戦交渉がなにごともなく終わったのも、ナーレスの実力故といってもいい。婚儀の裏でラインス=アンスリウス率いる反レオンガンド派を一掃したのも、ナーレスであり、それによって、ガンディアの国政はレオンガンド派が完全に掌握することになった。(反レオンガンド派が足を引っ張ることは少なかったものの)状況によっては停滞しがちだった政治は流動的なものとなり、ガンディアの政情は大いに改善された。

 参謀局が設立され、ふたりの軍団長が彼の後継者に暗に指名された。エイン=ラジャールとアレグリア=シーンである。ナーレスいわく、ふたりは、ナーレス以上の人材になる可能性を秘めているということだったが、いまのところ、ナーレスの足元にも及ばないように想える、というのは贔屓目に見過ぎだろうか。

 もちろん、そのナーレスが見込んだ才能である。期待しないわけにはいかないし、ザルワーン戦争、クルセルク戦争でも、その片鱗を見せつけている。

 ともかく、ナーレスは自分の死後の事も考えている、ということだ。

 参謀局は、軍師ナーレスの死後も軍事的停滞を起こさないために設立された。ナーレスの知識、知恵、戦術、戦略、策謀――軍師がこれまで得たもののすべてを資料として残すことが、参謀局の設立目的のひとつであり、エインやアレグリアたちは、それら資料を用いて日々研鑽し、戦術家、戦略家としての腕を磨いているという。

 クルセルク戦争が終わり、ガンディオンに帰り着いてからも、ナーレスは忙しく動き回っていた。ナージュの懐妊騒動やそれに関連した御前試合で盛り上がる王都の中で、ナーレスの周囲だけは別のことで盛り上がっていたのだ。

 ナーレス率いる参謀局が軍部を巻き込んで盛り上がっていたのは、ガンディア軍の大再編に関連することだった。方面軍の纏め役であるところの大軍団長の創設や、各方面軍の穴埋め、クルセルク方面軍の新設などの人事は、軍師ひとりでできるものでもなかった。参謀局と軍部を巻き込んでの大騒ぎとなったのは、当然のことともいえたし、王妃の懐妊を祝うための御前試合というお祭り騒ぎの中での大騒動は、王宮や群臣街をひっくり返すようなものになっていた。その騒ぎには、論功行賞も関連しており、御前試合の終了後、アルベイル=ケルナーという問題に直面しながらも、粛々と論功行賞を発表できたのも、ナーレスたちが大騒ぎを起こしながら考えぬいてくれたからでもあった。レオンガンドは、ほとんど頭を悩ませる必要がなかった、ということだ。

 やはり、ナーレスは得難い人材なのだ。

 ナーレスが発案し、実行に移された施策の中で特筆するべきもののひとつは、傭兵局の設立だろう。クルセルク戦争において多数の傭兵団と契約を結び、戦場に投入したガンディア軍だったが、ひとつの問題に直面したのだ。傭兵団というのは腕ひとつ、身ひとつで渡り歩いているというだけあって、手段としての我が強く、傭兵団同士で功を競い合うところがあるのだ。功を競い合うだけならばまだしも、そのためならば命令無視も平然と行い、軍師の頭さえも悩ませることが何度かあったらしい。そこでナーレスが考えたのは、複数の傭兵団、個人傭兵を雇い入れた場合の所属先であり、管理方法だった。

 それが、傭兵局と呼ばれる組織であり、ガンディアと契約を結んだ傭兵はすべて、傭兵局によって管理、掌握されることに決まった。そして、傭兵局の初代局長には、ガンディアと長い付き合いがあり、ガンディアが弱小国のころから見離さなかった傭兵団《蒼き風》の団長シグルド=フォリアーが任命された。

 傭兵には傭兵を、ということであり、荒くれ者揃いの《蒼き風》を見事に纏め上げているシグルドを局長に任命するのは、正しい判断だといえた。

『謹んで、拝命させて頂きますよ、陛下』

 ガンディア出身の傭兵団長は、任命式の場では平静を保っていたものの、式典が終わると、部下を集めて大騒ぎに騒いだという。シグルド=フォリアーとは長い付き合いであり、彼のそういうところは好意に値した。

 ガンディアを見離さずにいてくれた彼には、常に感謝してもいた。《蒼き風》は、弱小国であったころのガンディアには、必要不可欠な戦力だったからだ。もちろん、ガンディアの国土が拡大し、線力が充実してきたいまでも、《蒼き風》が不要になることはない。シグルドにジン=クレール、それにルクス=ヴェインほどの戦闘者は、ガンディア国内を探し回っても、数えるほどしかいない。

 特に“剣鬼”ルクス=ヴェインは、セツナの剣術の師、召喚武装使いの師として、今後も必要だった。セツナはまだまだルクスを必要とし、ルクスも当初とは打って変わって、セツナに教えを請われることをまんざらでもなく思っているようだった。

 また、傭兵局の設立に伴い、《紅き羽》、《銅竜騎兵団》との契約を延長している。《紅き羽》、《銅竜騎兵団》は、ともにクルセルクとの戦いに備えてガンディアが契約を結んだ傭兵集団であり、どちらも《蒼き風》に並ぶ実力を持っていた。特に《銅竜騎兵団》の機動力は、ガンディア軍の今後の戦いで活躍してくれるに違いない。

 つぎに、武装召喚師部隊の設立が上げられる。

 ガンディアにおいて武装召喚師の有用性が明らかなものとなったのは、バルサー要塞がログナー軍によって陥落せしめられた戦いである。その後《白き盾》の団長として名を馳せることになるクオン=カミヤが世間に初めて出現したこの戦いは、彼の召喚武装シールドオブメサイアの無敵の力を終始見せつけるものとなった。

 それから半年後の六月。レオンガンドは、満を持して武装召喚師の戦場への投入を試みている。それも、バルサー要塞の奪還のための戦いであり、ログナーへの意趣返し的な意味も含めていたのは、おそらく間違いない。レオンガンドとしても無意識的なものではあるのだが。

 そして、その戦いに投入した武装召喚師こそ、セツナだった。

 セツナの圧倒的な活躍は、ガンディア軍に衝撃を与えた。たったひとりでログナー軍を壊滅に追いやったのだ。だれもが驚愕し、恐れ慄いた。全身に返り血を浴びて佇む少年の有様に鬼神を見、戦慄の中で畏怖した。

 それがセツナの初陣であり、ガンディアの中で、武装召喚師の重要性が説かれ始めるきっかけとなった戦いだった。

 ログナー戦争後、セツナの功績に報いるべく、彼の部隊として《獅子の尾》を設立した。《獅子の尾》は武装召喚師だけの部隊という側面も持っていたが、本質としては王立親衛隊、つまりレオンガンドの近衛部隊であり、厳密にいえば武装召喚師でなくとも所属することは可能だった。そして、今後は武装召喚師以外の人材を《獅子の尾》に加入させることも視野に入れておく必要がある。最強部隊にして遊撃部隊である《獅子の尾》の戦力が充実することは、ガンディア軍の戦力そのものを大いに引き上げるものだ。

 武装召喚師のみの部隊の必要性が明確になったのが、此度のクルセルク戦争だった。圧倒的な物量と絶望的な戦力を誇る皇魔の軍勢に対して、通常戦力で戦い抜くのは至難の業だということが明らかになったのだ。魔王軍と対等以上に戦えたのは、《大陸召喚師協会》から大量に武装召喚師を雇い入れていたからこそであり、リョハンの戦女神と四大天侍、《獅子の尾》を始めとする強力無比な武装召喚師たちが死に物狂いで戦ってくれたからだ。

 武装召喚師を投入していなければ、クルセルクの魔王率いる皇魔の軍勢に蹂躙され、敗北していたのは火を見るより明らかだ。超人的な実力を持つ戦力など、数が知れている。それだけでは、どうすることもできないくらいに人間と皇魔の力の差は大きい。そして、クルセルク戦争では、魔王軍の兵力も圧倒的だった。力と数で負けていたのだ。

 それを、武装召喚師という力で強引にねじ伏せたのが、クルセルク戦争のあらましである。

 武装召喚師なくては、連合軍の勝利はなかった。

 もちろん、魔王軍が再興するという可能性は限りなく低い。ユベルが立ち上がることはないだろうし、ユベルと同じ異能を持つものもいないだろう。可能性は皆無と言い切ることはできないにせよ、ないに等しいはずだ。

 しかし、今後のことも考えると、武装召喚師部隊の設立は急務であり、ナーレスはそのためにも凱旋以前から動いていたようだった。

 武装召喚師部隊を設立するには、ある程度の人数の武装召喚師が必要だ。最低でも五人は欲しい、とはナーレスの弁であり、その最低人数を集めるために彼は奔走しなければならなかった。レオンガンドも動いたし、リョハンの戦女神に直接働きかけてみたりもした。無論、ファリア=バルディッシュがガンディア軍に所属するなどありえないし、四大天侍がリョハンを抜けるなどということもなかった。その上、リョハンがガンディアに協力することなどありえない、と断言されもした。今回は特例であり、しかも、ガンディアだけの戦いではないからこそ参戦したのであり、これがもしガンディアの領土を広げるためだけの戦いならば、いかな事情があったとしても参加することはなかった、ということだった。

 リョハンの立場は明確だ。

 ヴァシュタリア共同体の勢力圏で独立不羈を貫く以上、ヴァシュタリアだけでなく、その他のあらゆる国に対して協力することはないのだ。自由を得るには、相応の代償が必要だ。リョハンは、ヴァシュタリア領内で自由を得るために、他のあらゆる国、地域との交渉を失った。リョハンは、リョハンとして存在し続けるためだけに、自由を得たといってもいい。そして、それでいいとリョハンは考えている。その考えを否定することは、なにものにもできない。

 ただし、それはリョハンの話であって、リョハンを総本山とする《大陸召喚師協会》は別物である。《大陸召喚師協会》は、武装召喚術を大陸全土に広めるという使命の元設立された組織であり、小国家群のみならず、ザイオン帝国や神聖ディール王国、果てはヴァシュタリア勢力圏内でもほそぼそと活動を続けている。

 リョハンと《協会》は別物だという認識がヴァシュタリアにはあるということらしい。おそらく、リョハンが自由を勝ち取った際の交渉の中に、《協会》の行動に関するなんらかの条項が結ばれているに違いない。でなければ、ヴァシュタリアが《協会》というリョハンと同一の存在を認めるはずがなかった。

 ともかく、《協会》は、リョハンの立場とは関係なく動くことができるということは、《協会》の武装召喚師ならばいくらでも雇い入れることができるということでもあった。《協会》は元々、武装召喚師たちの仕官先を斡旋する組織でもあったのだ。武装召喚師の互助会とでもいうべき側面がある。ガンディアが《協会》に所属する武装召喚師を雇用することは、《協会》にとっては願ったりかなったりでもあったのだ。当該武装召喚師がガンディアとの契約を望むかどうかは別問題であり、人数を集められるかどうかもまた、まったく別の話ではあったのだが。

 いずれにせよ、武装召喚師部隊の新設に関しては順調に進んでいるようだ。

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