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第八百五十八話 五月五日・片鱗(二)

 彼女は、水龍湖の森で起こった戦闘の一部始終を見ていた。ワイバーンと黒き矛のセツナの戦いのすべてを見届けたのだ。

 なにもかもを見ていた。

 予期せぬ援軍は不要としか言いようがなかったが、あのワイバーンに並大抵の攻撃が通用するはずがなかった。彼女ですら多少の苦労を禁じ得なかった相手だ。通常の召喚武装でどうにかなるような存在ではない。黒き矛でさえ、倒しきることは理論上、不可能なのだ。

(セツナ)

 彼女は、うっとりと、黒き矛の使い手を見つめている。黒き矛の召喚者にして、この世界で最高峰の戦闘力を有した存在のひとり。名はセツナといった。セツナ=カミヤ。異世界から彼女が召喚した少年は、彼女の思惑以上の速度で成長し、その成果を見事に披露してみせた。

(おまえのいっていた通りだな)

 彼は、あのときよりも強くなったという風なことをいっていた。あのときとはつまり、クルセルクのリネンダール跡地で逢ったときのことだろう。あれから三ヶ月近くが経過した。彼が成長するには十分過ぎるだけの期間が空いていたとはいえ、彼女はその言葉を半信半疑に聞いていた。信じたくもあったが、疑わしくもあったのだ。たった三ヶ月でどれほど強くなれるものなのか。

 セツナが実戦を経験して一年に満たない。戦いの基礎も知らなかった少年は、黒き矛とともに数多の戦場を経験し、激戦を乗り越え、死線を潜り抜けることで、通常では考えられないような速度で成長を続けている。多くの人間を育成してきた彼女だからこそわかることだ。通常人の十年がこの約一年の期間に凝縮されているといっても過言ではなかった。それほどまでに濃密な一年を過ごし、乗り越えた少年は、彼女の想像を凌駕した実力を身につけていたのだ。

(素晴らしい)

 水龍湖を抱く広大な森を上空から見下ろすと、彼のしでかしたことの凄まじさがよくわかるのだ。

 水龍湖の南部の森が大きく破壊されていた。セツナを中心とする巨大な真円は、彼が飛龍を撃破するために振るった力がなにもかもを消し飛ばした結果だ。圧倒的な力の爆発。魔人さえも興奮させるほどの力の拡散は、近接戦闘をしかけたワイバーンを一瞬にして消滅させ、周囲の地形をも激変させた。木々を根こそぎ吹き飛ばし、草花も焼きつくした。大地をえぐり、巨大な半球状の破壊痕を刻みつけた。森全体がその余波を受けている。

 まるで天災の起きた後だ。

(これがおまえと黒き矛の力)

 それも、まだ成長途上なのだから末恐ろしく、頼もしい。

(さすがはわたしのセツナだ)

 彼女は、黒髪の少年の紅い目を惚れ惚れと見つめていた。遥か上空。彼の感知範囲外から、彼女は彼を見ていた。

(さて、誕生日の贈り物は気に入ってくれるかな?)

 彼だけを見て、満足気に笑った。


 

 心地よい疲労の中にいる。

 戦闘経過も、戦闘結果も、ある程度満足のいくものに収まったといってよかった。まず、消耗し尽くさずにワイバーンを撃破出来たということが、彼の中で大きな自信に繋がった。人智を凌駕した生命力を誇る怪物を消滅させるだけの力を発揮させることができたという事実も大きいのだが、それ以上に、それだけの力を行使するための消費が思った以上に少なかったということは嬉しい誤算といえた。もっとも、連発できるほどの消費ではないし、どのような戦場であれ、常人を相手に駆使するような能力ではないことは明らかだ。そもそも、敵味方が入り乱れる戦場では使いようがない。敵のみならず、味方にまで被害が及ぶこと間違いないのだ。

 自分を中心とした広範囲への同時攻撃。

 黒き矛の力を解放した結果がこれだ。

 セツナは、自分を中心とする半球状の破壊痕を見回しながら、我ながら唖然とする想いがした。圧倒的な破壊の力の痕。半径百メートルは下らない巨大な穴が生まれている。範囲内の木々は根こそぎ消滅し、草花も焼き尽くされてしまった。逃げ遅れた動物も同様だ。

 通常、人間が持つべきような代物ではないのではないか、と思う一方、これだけの力があれば、エッジオブサーストなる黒き矛の眷属が相手でも十二分以上に勝機があるに違いないとも思った。

「さすが御主人様でございますね」

「おせえ」

 セツナが半眼をレムに向けたのは、彼女がセツナの前に辿り着いてから口を開くまで、たっぷり数分の時間があったからだ。きっと、破壊痕の凄まじさに呆気に取られていたに違いないのだが、それは彼女だけのことではない。ファリアもシーラもルウファも、黒き矛を掲げて佇むセツナを呆然と見つめているだけだった。

「当然じゃのう。これだけの力を見せつけられれば、だれしも、沈黙せざるを得まいて」

「そりゃあそうだろうけどさ」

「まったく、末恐ろしい子供よな。これでまだ成長途上とでもいうのじゃろう?」

「ああ。俺も黒き矛もまだまだ強くなる」

 セツナ自身、ようやく一級品といっていいような水準に達したばかりだ。御前試合での優勝など、あてにはならない。政治力がセツナを優勝させたという可能性も皆無ではなかったし、むしろ、そう考えるのが順当ではないかと思い始めている。実力だけでは、きっと優勝など不可能だったはずだ。それでも、木剣を交えた限りでは、いまならリューグともある程度は戦えるくらいには成長しているのは間違いない。一瞬の隙を衝かれ、為す術もなかったころとは違うのだ。

 黒き矛もさらなる可能性を秘めている。ランスオブデザイアに続き、マスクオブディスペアを吸収したことで得た力が、いま目の当たりにしているものだ。いままで以上に膨大な力は、膨大でありながら、扱いやすさも増していた。マスクオブディスペアを吸収したことによって、黒き矛が完全な状態に近づいているからかもしれない。

 そこにエッジオブサーストが加わると、一体どうなってしまうのか。

 カオスブリンガーに秘められた力には、恐怖すら感じる。

 そんなものを自分が手にして、振り回しているのだ。

「それだけの力を得て、なんとする?」

「なんもしねえよ」

「ほう?」

「この力は、俺がなにかをするためにあるんじゃない。陛下が大陸小国家群を統一するために使うのさ」

「まるで自分自身が武器であるかのいいようじゃの」

「そうだな。ガンディアの黒き矛だからな――って、だれだよ?」

『いま!?』

 セツナの一言に、異口同音に声を荒げたのはファリアたち四人であり、レムでさえも我を忘れて驚愕した表情を浮かべていた。が、セツナは四人がなぜそんな反応をするのかわからず、憮然としながらも周囲を見回した。セツナが探したのは、さっきから彼の言葉に相槌を打ったり、疑問を投げかけてきた人物だ。妙に馴れ馴れしい態度のせいで普通に接してしまっていたが、よくよく考えれば、聞き知らぬ声だった。

「ここじゃよ」

 声は、背後、頭上からだった。

「ん?」

 振り返り、それを認識した瞬間、セツナは驚きのあまり目を見開いた。龍がいたのだ。エメラルドグリーンの鱗に覆われた飛龍。長い首に一対の翼、長い尾を持つワイバーン。つまり、ついさっき撃破したドラゴンとまったく同じ外見をしたドラゴンだった。だが、驚いたのは、それだけにではない。

 そのワイバーンは、極めて小さかった。しかも妙にまるまるとしていた。頭部が少し大きく、首が細い。胴体が丸みを帯びて球状に近く、翼は小さい。尾も細く、足も小さいうえ、爪もなかった。全長十センチほどだろうか。戦ったワイバーンの体積はこの数十倍はあったはずであり、威厳も、圧迫感も比べ物にならなかった。比較するのもおこがましい。

「なんだ……? これ?」

「さっきはよくもやってくれたものじゃのう」

 小型飛龍は、宝石のようなくりくりとした目でセツナを睨んでくるのだが、威圧感もなにもあったものではなかった。

 ふと、ファリアたちが呆然としていたのは、これのせいなのかもしれないとも思った。だとすれば、自分の破壊痕に見惚れていたというのは盛大な勘違いであり、セツナは憮然とした。

「さっきは……?」

「なんじゃ? まだわからんのか?」

「まさか、おまえがいま戦ったワイバーンだっていうのか?」

 セツナは、唖然としながら、その可愛らしいといっていいような飛龍を見つめた。手乗り飛龍といってもいいような大きさのドラゴンからは、先ほどのワイバーンの持っていた力強さや威厳、恐怖感もなにも感じ取ることができない。発する声は、低く、知性を感じさせるものではあるのだが。

「嘘でしょ?」

「冗談だよ、な?」

「まさか、そんなことあるわけないじゃないですか」

「冗談でございますよね?」

 四者四様の反応は、セツナと似たようなものだった。ドラゴンという存在ですら驚愕に値するというのに、それが小さくなり、なおかつ人語を解するなど、悪い冗談といいたくなるのもわかる。

「そうじゃ、そのまさかなのじゃ!」

 手乗りワイバーンは、翼を広げ、威嚇するようにいってきたのだった。


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