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第八百五十四話 五月五日・シーラの場合(三)

「これじゃあ追いつけねえなあ」

 シーラは、嘆息とともに空を仰いだ。

 龍府東門の門前。

 警備兵たちが怪訝な顔で、シーラ率いる奇妙な一団を見ている。奇妙なのはその格好だ。使用人が着るような衣服を着た女達が、物騒なものを担いでいるのだから、不審に思うのも当然だった。それでもなにもいってこないのは、レムのおかげかもしれない。

 レム=マーロウは領伯の従者であり、彼女の特異な存在感は、既に龍府でも知れ渡っているらしい。ここまでの移動中も、レムに声援を送る龍府住人が何人もいた。そういった出来事だけで、セツナ周辺への注目度の高さが伺えるというものであり、そのセツナ周辺の人物として数えられるであろう自分もまた、ある程度の注目を浴びるのかもしれない。懸念はあるが、いまは目の前のことに集中するべきだ。問題が起きれば、そのときに対処すればいい。

 セツナを乗せた飛龍は、城壁の遥か彼方を飛び去っていった。龍府の外へ出て行ったのは戦う上では好都合だったが、あの速度で移動されれば、追いつくこともかなわない。

「あちらは空中を飛んでいましたからね!」

「さすがに走って追いつくには無理があるよ」

「龍府内に降りてくれればなんとかなったのですが」

「さすがにこの街で戦闘するわけにはいかねえだろ」

 シーラは苦笑しながらも、セツナの援護ができないことに口惜しさを覚えた。久々の実戦。戦って、鬱憤を晴らしたかったというのもある。かといって、もはや影も見えなくなったものを追いかけることなどできるはずもない。龍府の外に出ても、どこへいったのかさえわからなければ、あてどなく探しだすしかなく、そんなことをしている間にセツナがすべてを終わらせるだろう。

 レムも至極残念そうな顔をしていた。彼女のセツナの役に立ちたいという想いは、本物なのかもしれない。レムの言動の端々にそのようなものを感じる。そして、そういった認識が、レムへの疑念を消し去っていくのかもしれない。

「しゃあない。天輪宮に戻るか」

「戻って稽古、ですね!」

「そうだねえ」

 門に背を向けたそのときだった。

「あれー、皆さんお揃いで、なにしてるんですーって!?」

 上空から聞き知った声が降ってきたかと思うと、その声がなぜか驚愕に裏返った。シーラこそ驚きながら空を仰ぎ見ると、純白の翼を広げた天使が舞い降りてきていた。もちろん、天使などではない。召喚武装シルフィードフェザーを纏うルウファ・ゼノン=バルガザールであり、彼の足にはファリア・ゼノン・ベルファリア=アスラリアが掴まっていた。ファリアも召喚武装を手にしている。巨大な弓型兵器オーロラストームは、片手で持つには重そうではあった。

「ルウファ様にファリア様?」

 レムが首を傾げるのも黙殺して、ルウファが叫び声を上げてくる。

「あれ、黒獣隊って使用人部隊でしたっけ!」

「い、いや、これはだな……」

 ルウファの言葉によって、自分の格好がどんなものなのかを自覚して、気恥ずかしさが膨れ上がる。さっきまでなんともなかったのは、自覚しないようにしていたからなのだ。自覚すると、途端に恥ずかしくなる。人間とはそんなものだろう。

「御主人様に強要されたのでございます。これを着ないと、天輪宮に住まわせないぞ、などと仰られ、皆様方は泣く泣く……」

 レムが、しれっとした顔でいった。シーラは彼女を横目で睨んだが、地上に降り立ったルウファは、顎に手を当て、なにやら感慨深そうにつぶやく。

「隊長の趣味か……悪くないな……」

「セツナがそんなことを強要するわけ無いでしょ」

 ファリアはルウファにいうと、すぐさまレムを半眼で睨んだ。

「大方、あなたが言い出したんでしょうね」

「ファリア様、そこは御主人様を追及するという大義名分でもって迫るところでございましょう?」

「なんでそうなるのよ!」

「せっかくの好機を逃すとは、もったいのうございます」

「いらないわよ、そんな好機」

 憤然とするファリアの様子に、シーラは多少の違和感を覚えた。ファリアについて詳しく知っているわけではないが、ここまで怒りやすい人物ではなかった気がするのだ。これが普段のファリアなのかもしれないし、単純になんらかの理由で気が立っているだけなのかもしれない。

「って、こんなことを言い合っている場合じゃないでしょ」

「そうだ。隊長を追いかけないと」

「なるほど、ルウファ様なら空を飛べますし、追いつけるかもしれませんね」

「追いつくのよ」

「厳命っすか?」

「当たり前でしょ」

「は、はは、そうですよね、はい」

 ファリアの剣幕に、ルウファも辟易といった様子だった。いつも通りではないのは確かなようだ。だからといってなにがあったか問いただす気にもなれないが。

「そうだな。そうと決まれば、俺達も行くぜ」

「いや、さすがにこの全員を連れて行くのは無理ですよ。いくらなんでも」

「まあ、そうなるとは思っておりましたが。もちろん、わたくしは同行させていただきます」

「俺も行くぜ。ってことは、クロナたちはお留守番ってことだな」

 シーラは、半ば命令口調でクロナたちを見回した。

「せっかくやる気を出したってのに、ついてないねえ」

「仕方がないです! つぎの機会を待ちましょう!」

「あんたって本当、切り替えが早いわね」

「いいことだと思う……」

 クロナたちは皆口惜しそうな反応を示したものの、だれひとりとしてシーラの判断を覆そうとはしなかった。シーラは、彼女たちの聞き分けの良さに感謝した。

「すまねえな。この埋め合わせは必ずしてもらうからよ」

「だれにですか!」

「もちろん、我らが御主人様にさ」

 シーラが片目を閉じて茶目っ気たっぷりに告げると、クロナたちは面食らったようだった。

「シルフィードフェザー・オーバードライブ」

 ルウファが呪文のようなものを口走ると、彼の翼の表面に光の紋様が走った。つぎの瞬間、翼が爆発的な勢いで膨張する。翼の巨大化。いや、違う。翼が肥大したのではなかった。二枚一対の翼が三対六枚の翼へと増えたのだ。羽根の一枚一枚が純白に輝いているように見える美しい翼だった。六枚の翼を生やしたルウファは、天使そのものといってもいい。きっと、なにもしらない人間が彼のことを見れば、天の使いが舞い降りたと思い込むに違いなかった。それほどまでに神々しく、美しい。

 シーラたちを遠巻きに見ていた一般市民や門兵が、シルフィードフェザーのあまりの美しさに感嘆の声を漏らすのも無理はなかった。

「どこにでも掴まってください」

 そういうルウファは既に空中に浮かび上がっていた。シーラは、六枚の翼のうち、下側の翼に掴まった。すると、翼が彼女の体を包み込む。これなら落下の心配はない。レムも同様に翼に包み込まれており、ファリアはここまで飛んできたときと同様に足に掴まっていた。

「じゃあ行きますよ」

 ルウファが告げた瞬間、ごうっ、と大気が唸った。一瞬にして龍府の上空に到達し、巨大な城壁を飛び越えている。

 龍府周辺の地形が丸見えだった。楕円形の平原。その外周を囲うように広がる森。森の中を走る五つの街道は、やがて五つの湖へと至る。かつて龍府の防衛機構として存在した五つの砦群、五方防護陣はもはや跡形もなくなり、巨大な湖だけがそこにある。五龍湖と呼称される五つの湖。龍府の新たな観光名所でもある。その五つの湖のひとつ、北東の湖にセツナたちは降り立ったようだった。

 緑柱玉のような外皮に覆われた飛龍が、湖の中心に浮かんでいる。

「水龍湖だな」

「ええ、見えていますよ。皆さん、戦闘の準備はいいですが?」

「もちろんでございます」

「ああ、いいぜ」

「いつでもいいわよ」

 シーラたちが告げると、ルウファはさらに速度を上げたようだった。まさに全速前進だった。猛烈な加速により、凄まじい重圧がかかるのだが、振り落とされる心配はない。ルウファの翼がシーラを包み込んでくれている。ファリアも無事なようだった。どういう原理かはわからないが、ルウファが加速したところで微動だにしていないところを見ると、なんの影響もないらしい。

 平原上空を突っ切り、森へ差し掛かる。緑の木々を飛び越え、水龍湖の直上へ。水飛沫に包まれた飛龍の背中が見えた。不意に光が拡散し、無数の水柱がシーラたちを出迎える。水柱はすぐさま大量の水飛沫となり、水飛沫はどういうわけが飛龍の元へ引き寄せられ、防壁のように展開する。まるで水の障壁だった。

「《獅子の尾》隊長補佐ファリア・ゼノン・ベルファリア=アスラリア、行くわよ」

 ファリアの口上とともにオーロラストームが轟音を発した。シーラの視界が紫の光に塗り潰され、電流が頬を撫でる。余波を生じるほどの凄まじい雷撃が水龍湖を包み込む。荒れ狂う雷光の渦の中で、ルウファが告げるのが聞こえた。

「《獅子の尾》副長ルウファ・ゼノン=バルガザールが続くぞ!」

 シルフィードフェザーが光を発したかに見えた瞬間、暴風が湖上に殺到した。暴風は一方的な暴力ではなかった。ファリアが放った荒れ狂う雷光を一点に収束させ、凝縮する。拡散していた雷光が球状に纏まり、破壊の力を一点に集める。龍の悲鳴が聞こえた。いや、怒号なのかもしれない。殺意の籠もった叫び声た。雷光球の中で外皮が灼かれ、焦がされていくのがわかる。

(なんちゅー連携だよ、まったく)

 シーラは、ファリアとルウファの息のあった連携攻撃に舌を巻いた。おそらく、打ち合わせなどまったくしていないのだ。それにもかかわらず、寸分の狂いもない連携を決めてみせるのだから、恐ろしいとしかいいようがない。

「では、エンジュールおよび龍府領伯従者筆頭レム=マーロウ、参ります」

 レムが告げると、彼女の体が翼から解放された。自由落下の最中、レムは自分の体に生み出した影の中に腕を突っ込むと、シーラが唖然としている間に巨大な鎌を取り出してみせた。そして、その鎌を大きく振りかぶったまま、雷球の中へと突っ込む。電熱の渦がレムを灼く。

「レム!?」

「おいおい!」

 ファリアとルウファが驚きの声を上げる中、レムは平然とした様子で飛龍の背に降り立ち、大鎌をその背に叩きつけていた。だが、飛龍に致命傷を与えることはできないまま、吹き飛ばされる。湖上に投げ出されたレムだったが、着水の寸前、どこからともなく出現したセツナが彼女を抱え、そのままシーラの視界から消えた。

 そして、雷球が消滅する。ずたずたに破壊された飛龍の背が見えた。

「そろそろ限界だな」

 ルウファの嘆きに、シーラは力強くうなずいた。

「おう、龍府領伯近衛・黒獣隊長シーラ、行くぜ」

 シーラは自由落下に入った。手にはハートオブビースト。能力を使う条件は満たせていないものの、一体の敵と戦う分には能力は不要だった。飛龍がこちらを仰いだ。宝石のような双眸がシーラを睨む。大きく突き出た顎を開く。無数の牙が覗き、口腔内に炎が灯る瞬間を目撃した。が、もう遅い。飛龍の口は、既にシーラの攻撃範囲に入っている。

「おおおおおっ!」

 ハートオブビーストの切っ先が飛龍の口の中へ入り、そのまま喉奥に突き刺さる。絶叫の中、熱気を感じた。シーラは龍の頭部を顎を蹴りつけると、その勢いで斧槍を引き抜きながら飛び離れた。湖上、落下するしかないが、問題はない。シーラは、泳ぎが得意だ。着水の瞬間、彼女は、飛龍が悲鳴とともに炎を吐き出すのを目の当たりにして、自分の判断が間違いではなかったことを確認できて、ほっとした。

 そして、飛龍にとってはこれら一連の攻撃さえ、致命的なものではないということを把握した。

 ファリア、ルウファ、レム、シーラの攻撃がつけた傷が瞬く間に再生されてしまったのだ。


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