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第八百三十六話 五月四日(二)


「まさかこうして皆に誕生日を祝ってもらえるなんて……夢のようよ」

 ファリアは、天輪宮双龍殿の広間に集った面々を見回しながら、感激を表現するための言葉を探した。

 だが、あいにく、ファリアの貧相な語彙では、この感動を皆に伝えるだけの台詞も思いつかず、ただ、皆を見つめることでしか表すことができなかった。無念なことだと思う反面、それでいいのではないか、と考えないでもなかった。自分は、詩人ではない。ただの(しかし当代最高峰の)武装召喚師に過ぎない。心の中に湧き上がる感情を美しい言葉に並べ替えるのは、詩人や詩人的才能を持ちあわせた人間に任せてしまえばいいのだ。

 広間は、きらびやかに飾り立てられており、まるでお祭り騒ぎのような状態になっているとでもいうべきだろうか。ゲイン=リジュールが腕によりをかけた料理の数々が所狭しと並べられており、食欲をそそるにおいが室内を満たしていた。

 集まった面々といっても、そのほとんどが《獅子の尾》の隊士である。隊長のセツナ、副長のルウファ、隊士のミリュウ、専属軍医のマリアに助手のエミル、そして隊犬のニーウェ。そこにセツナの従者レムと、黒獣隊なる新部隊の面々が加わり、混沌とした雰囲気を醸し出している。黒獣隊とは、シーラとその侍女たちのことであり、セツナがまたしてもだれかの居場所となったということだ。

 皆、着飾っていた。色とりどりの衣装は、仮面舞踏会の時よりも幾分派手に見えたが、それもそのはずだ。仮面舞踏会では派手さや優雅さを競うという晩餐会にありがちな展開にはならなかった。王妃の懐妊を祝うという趣旨の下、だれもが控えめにならざるを得なかったのだ。その点、ファリアの誕生日を祝うという趣旨ならば、どれだけ派手な衣装を来ていてもなんの問題もない。

 ミリュウは髪の色と同じ真っ赤な衣装を着込んでいたし、マリアもエミルもそれぞれに思う通りの格好をしていた。シーラは男装のくせが抜けないのか、男物の礼服を身に着けていたが。

「なにいってんのよ。《獅子の尾》には必要不可欠で、あたしたちにとっても必要不可欠なファリアの誕生日を祝わないなんて、ありえないわ」

「ミリュウ……そういうあなただって、いまの《獅子の尾》には必要不可欠なのに、あなたの誕生日は祝ってないわ」

 ファリアは、ミリュウの何気ない言葉に込められた想いの深さに感謝した。

 ミリュウの誕生日は、二月二十七日だ。

 クルセルク戦争の最終盤であり、ファリアたちはクルセールで討伐軍の勝報を待つだけの日々を送っていた時期だ。やろうと思えば、彼女の誕生日を祝うことも不可能ではなかった。が、戦争中ということもあり、ミリュウの想いもあり、結局、彼女の誕生を盛大に祝うということはなかった。それぞれが軽く祝ったくらいだ。そしてミリュウは、セツナから直接祝福されただけで嬉しかったとでもいうに違いない。

 ファリアだって、きっと、同じだ。

「いいのよ、あたしは。誕生日を祝うなんていう歳じゃないし」

「なにいってるんだか」

 ファリアは、ミリュウの口ぶりにあきれる想いがした。ミリュウはファリアより年上だったが、そこまで歳が離れているわけでもないし、むしろ年齢よりもかなり若くみえるのがミリュウだった。

「歳がなんだって? 聞き捨てならないねえ」

 不意にマリアが話に割り込んできた。ミリュウがごく自然に問い返す。

「先生って何歳だっけ?」

「ミリュウ……あんたねえ!」

「ご、ごめんなさーい!」

 ミリュウは、マリアの剣幕に危機感を覚えたのだろう。悲鳴のような声で謝りながら退散すると、セツナの背後に隠れた。セツナは困ったような顔で、怒気を発するマリアと縮こまったミリュウを交互に見て、肩を竦めた。

 そんなセツナを見ていると、色々なことがファリアの脳裏を過ぎった。


 五月四日。

 大陸暦四百七十九年の今日、彼女はこの世に生を受けた。

 父はメリクス=アスラリアといい、母はミリア=アスラリアといった。ふたりとも空中都市リョハンが誇る最高峰の武装召喚師であり、また、ミリアに関していえば、最強の武装召喚師と謳われたファリア=バルディッシュの娘であった。優れた血筋だと、だれもがいった。持て囃し、期待した。

 ファリアと名づけられたのは、両親の期待の証明であり、彼女の人生を決定づけるものだった。

 ファリアは祖母の名だ。リョハンの独立に尽力し、戦女神とまで讃えられた人物と同じ名を与えられるということは、彼女の将来は約束されたようなものだった。

 次代のファリアにならなければならない。

 名を、ファリア・ベルファリア=アスラリアという。

 アスラリア家のファリアの孫のファリアという程度の意味だ。

 生まれながらにして将来を決定づけられた赤子は、物心ついたときには古代言語に親しんでいた。両親が武装召喚術の教室を開いていたということも大きいし、家に古代言語の書物が数えきれないほどに存在していたこともあるだろう。ともかく、彼女は武装召喚師としての人生を歩む以外に、道はなかったのだ。

 別の道、別の可能性など、考えている暇もない。

 それがすべてだった。

 そして、それでいいと想っていたし、疑う理由も、必要性も感じなかった。

 リョハンだけが彼女の天地であり、リョハンで生きることだけを考えていればよかったのだ。

 それはある意味で幸福であり、そのまま一生を終えることがあったとしても、不幸だとは思いもしなかっただろう。多くの人間がそうであるように、視野を広げ、価値観が変わりでもしなければ、現状こそが至上の幸福なのだ。

 だが、彼女の価値観は変わった。変わってしまった。なにもかも、変わらざるを得なかった。多くのものが失われ、同時に多くのものを得た。

 失ったのは家族であり、故郷であり、所属であり、使命であり、自分を成立させていた根本。

 得たものは仲間であり、居場所であり、所属であり、役割であり、自分を成立させる根本。

 ファリア・ゼノン・ベルファリア=アスラリアは、考える。

 仲間たちが集まり、彼女の誕生日を祝ってくれているというどうしようもないほどに心を震わせる現実を前にして、彼女は考えるのだ。考えて、考えて、泣きそうになるのをなんとか堪らえようとする。

 なにもかもを失っただけだと想っていた。

 十年前、両親を失い、絶対幸福の道が奪われた。人生の岐路。運命は変わった。彼女は、魔人を追う旅に出た。やがてガンディアに辿り着く。ガンディアの小さな街で生活しながら、魔人の目撃情報を集めた。目撃情報はガンディア周辺に集中していた。いずれ遭える。遭って、父の仇を討ち、母を解放するのだ。ただそれだけを考えていた。だが、魔人と遭遇することもできずに日々が過ぎた。ガンディアを離れ、もっと捜索範囲を広げるべきかもしれない。そんなことを考え始めていた矢先だった。彼が現れた。

 カラン大火の犯人であり、大量殺戮者ランス=ビレインことランカイン=ビューネルを倒し、カランからすべての炎を取り除いた少年。彼は、全身を炎で焼き尽くされ、死に瀕していた。彼女は、彼の命を救った。救わなければならなかった。まだ、若い。それなのに、自分の死も顧みず、見ず知らずの人々のために命を捨てることのできる彼に対して、最初から好感を抱いていたのは当然だった。

 そこに危うさを感じたのも確かだが、誰かのために戦える人間は尊敬に値した。それに、彼女の友人知人がカランから炎が消え去ったことを心から喜んでいる姿を見れば、少年のやったことを非難することなどできない。自分の命を大事にするべきだ、などとは、口が裂けてもいえなかった。

 彼が目を覚まして、話し合った。

 名前を知り、彼が魔人の関係者であることがわかった。

 それが始まり。

 それからは、彼についていった。彼についていけば、いつか魔人に出遭えると信じた。が、それだけではない。危なっかしくも勇敢で人々の心に残る少年のことを放っておけなかったからだ。魔人に遭える可能性と少年を見守ってあげなくてはならないという義務感。ふたつの想いが、彼女を突き動かした。

 いくつかの戦いを経て、少年は、救国の英雄となった。

 彼女は、すべてを失った。

 待ちに待った魔人との対峙は、彼女からすべてを奪ったのだ。魔人への攻撃そのものがリョハンの決定に背くものであり、裏切り行為以外のなにものでもなかった。しかし、彼女にはほかに手の打ちようがなかったのだ。

 感情の激発。

 復讐と解放。

 だが、結局、彼女の攻撃が魔人に届くことはなかった。届くことはないままに、彼女のすべてが失われた。

 喪失感の中で手を差し伸べてくれたのが、彼だった。

 約一年前、彼女が救い、手助けしてきた少年が、今度は彼女に救いの手を差し伸べ、あろうことか居場所を与えてくれたのだ。

 居場所。

 ファリアは、考える。

 自分がここにいるのは、どういう運命のめぐり合わせなのか、と。

 ひとつしかないと想っていた道はいつの間にか閉ざされ、道を取り戻すために進んだ道もまた、途中で失われてしまった。そんなとき、架けられた橋を越えた先には、まったく別の道が通じていた。この道を進む限り、元の道に戻ることはないだろう。それは、生まれ落ちたときに約束された幸福を失うということだ。だが、この道にはこの道の幸福がある。

 ファリアは、セツナがこちらを一瞥したとき、満面の笑みを浮かべて応えた。少年は照れたのか、頬を赤くした。ミリュウが彼の右耳を引っ張ると、レムが左耳を引っ張った。セツナは憮然とするしかないといった様子であり、実際、そうする以外にはなかったはずだ。。

 そんな様子を見ている限り、この道には、限りない幸福が待っていそうだと彼女は思った。

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