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第八百十四話 シーラ(二)


 喝采を浴びるはずの王都への凱旋は、王都への門を閉ざされたことで水の泡となった。

 シーラたちは、それでも食い下がろうとした。王都近くの平原に野営し、王都の内情を探るために人数を繰り出したが、だれひとりとして王都への進入を果たせなかった。侍女団も、シーラのために一肌脱ぐと息巻いていたが、皆、門兵の番所から戻ってきては、同じようにため息を付いた。

「だめですね。あいつら、色仕掛けにも応じませんぜ」

「いくら聞いても王宮命令の一点張りで、まるでそれ以外の言葉を知らないみたいです」

「いったいどうなってんだよ……」

 シーラたちが途方に暮れていると、王都から出てきた一台の馬車がシーラたちの野営地の前で止まった。見るからに貴族が乗っているということがわかるほど豪華な馬車だ。警戒する兵士たちの目の前に降り立ったのは、ひとりの美しい女性だった。執事らしき男が付き従っており、その男が並々ならぬ身体能力の持ち主だということは一目でわかった。体格の良さ、無駄のない挙措動作、なにもかもが武術の達人であることを示している。女性の護衛も兼ねているのだ。

 女性は、兵士たちが警戒する中、シーラの目の前までやってきて、恭しくお辞儀をした。黄金色の髪に桃色の衣装がよく似合っている。その顔には見覚えがあった。

「王都の外が大騒ぎになっていると聞いたので来てみたのですが、姫様だったとは思いも寄らず……」

「レナか」

 シーラが彼女の名を呼ぶと、彼女は嬉しそうに微笑んだ。気品に満ちた美女だ。シーラとは正反対といっても過言ではなく、彼女の持つ清廉さは、戦場に生きるシーラには持ち得ない類のものに違いない。

「はい、レナ=タウラルでございます。姫様の記憶にわずかでも残っていたということは、幸福以外のなにものでもございませんわ」

「子供の頃、よく遊んだ仲じゃねえか」

「あの頃は、姫様のことを本当に王子様だと思っておりましたわ」

「俺自身、自分のことを王子だと想っていたよ」

 シーラは、子供のころの純粋さを思い出して、笑うしかなかった。しかし、レナは笑いもせず、真剣な目で、こちらを見ている。

 レナ=タウラル。その名の通り、タウラル領伯ラーンハイルの娘である。シーラと同じ年に生まれたということもあって、子供のころの遊び相手のひとりだった。彼女のいうように、子供のころのシーラは王子として育てられており、遊び相手の子供たちも、シーラを王子と呼んでいたし、シーラ自身王子として振舞っていたものだ。

「姫様が本当に王子様ならどれほど……」

 レナが伏し目がちにつぶやく言葉は、シーラにははっきりとは聞こえなかった。

「なにかいったか?」

「いえ……それよりも」

 レナは、野営地を見回した。物々しい空気はないが、だれもかれも意気消沈した表情を浮かべている。それもそのはずだ。王都への凱旋は、だれもが期待していた。王都中の人々が歓声と拍手で、アバード軍の帰還を迎え入れてくれるものだと思っていたのだ。だれもが、そう信じていた。シーラも侍女たちも親衛隊も、各戦団の団長から末端の兵に至るまで、だれひとりとして疑っていなかったのだ。

 それなのに、王都はその巨大な門を閉ざした。

 もっとも、門を閉ざしたのは、どうやらシーラに対してのみであり、シーラ以外の人間が王都に入ることはできるようなのだ。だが、兵のだれひとりとして、シーラを置いて王都に入ろうとはしなかった。シーラは、兵士たちだけでも凱旋するべきだといったのだが、将兵は聞く耳を持たなかった。それどころか、そんなことをいうシーラに対して激怒するものもいた。生死をともにした兵を見くびるな、というのだ。あの地獄を生き抜いた自分たちが、この程度のことでシーラ姫を見放すとでもいうのか、と。ここでシーラを見捨てて王都に戻れば、末代までの恥さらしとなるだろう、というものまでいた。

 シーラは、将兵たちの想いに感動し、なんとしても皆で王都の地を踏もうと思い直した。が、思い直したところで事態が好転するわけもない。このまま、野営地に滞在し続けることもできない。糧食もすぐに尽き果てるだろう。保って三日、といったところだった。

「なにやら大変お困りのようですね」

「ああ、困っている」

「王都に入れない、と」

「王都でなにが起こっているのか、おまえなら知っているよな?」

 レナは王都から出てきたのだ。そして、彼女は貴族である。王宮に立ち入ることもできたし、王家とも親しい。内部事情について詳しく知っているはずだ。

「ええ」

「じゃあ、教えてくれ。頼む」

「わかりました。ですが、これだけはわかってください」

「なんだ?」

「姫様がいくらここで粘られたところで、王都の門が姫様に開くことはない、ということです」

 レナの発言には、さすがのシーラも衝撃を受けた。いや、ある程度は覚悟していたことだ。昨日からずっと、門が開く様子さえなかったのだ。シーラがこの場を去るまで門を開くつもりはないという意志の現れのようであり、そのためにシーラ以外の人間の進入さえも拒否していた。もちろん、王都内から外へ出ることさえ禁じているようなのだ。

 レナが王都の外に出ることが許されたのは、彼女の家名の力によるところが大きいのだろう。タウラル領伯家は、アバードでも最高峰の権勢を誇る名家中の名家だ。

「……どういうことなんだよ」

 シーラの問いに対して、レナは明快な答えを発してくれはしなかった。

「ですので、場所を移しましょう。ここでは、ゆっくりと会話することもできません」

「どこへ行くっていうんだ?」

「わたくしがどこのだれか、思い出してください」

「……タウラルに向かうってのか?」

 王都バンドールからタウラル要塞まで向かうとなると、数日はかかる。それでも、ヴァルターを経由しなければ、少しは早く着くだろうが。クルセルクからの帰国時はタウラルから直接王都に向かわず、ヴァルターを経由したために余計に時間がかかったものだ。

 帰国時、タウラルから王都に向かわず、ヴァルターに立ち寄ったのは、凱旋の気分もあったからだ。クルセルクを討ち倒し、勝利を掴んだという喜びをアバード全体で共有したかったのだ。そのために、シーラはアバード各地を回った。各地を回って、国民が素直に喜び、シーラの姿に感涙さえする様子を目の当たりにしたからこそ、王都の門を閉ざされたことへの衝撃が大きかった。

 王都もまた、シーラたちを喜んで迎え入れてくれるはずのものだと、想っていた。思い込み、信じていたのだ。

 裏切られた。

「父上ならば、姫様を受け入れることに躊躇はございませぬ。それに、タウラルは鉄壁の要塞。姫様のお心を安んじるには、うってつけかと想うのですが……」

「レナ……すまない」

 シーラは、彼女の心遣いに感謝して、頭を下げた。王都に拒絶されたいま、彼女の心遣いほど嬉しいものはなかった。そして、半身のように育った彼女だからこそ、シーラは気兼ねなく、自分の弱さを見せることができた。

「どうか、お顔を上げてください。姫様は前を向いておられる時が、一番素敵ですわ」

「ありがとう」

「感謝は、タウラルに入れたときにでも。父上が門を閉ざしている可能性も、皆無ではございません」

「そうか……そうだな」

「もちろん、そんなことは万にひとつもございませんが」

 レナは優雅に微笑むと、シーラを馬車に案内しようとした。しかし、シーラにはまだやるべきことがあった。各軍団の将に命令し、野営地をたたませると、軍勢を整え、タウラルまで移動することを告げた。兵士たちは、シーラのためならばどこへでもついていく、というようなことを口々にいった。シーラは、彼らをこれほどまで頼もしく思ったことはなかった。ひとりならば、どれほど心細かっただろうか。

 シーラは、侍女のひとりとともにレナの馬車に乗り、一路、タウラルを目指した。タウラルはバンドールの遥か北東にあるが、ヴァルターを経由しない最短路ならば、三日もあれば辿り着くだろう。

 馬車での移動中、レナはずっとシーラの手を握っていた。まるで弱りかけていたシーラの心を守ってくれるかのようだった。

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