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第八百十話 ある夢の終わりについて(二)

 アバードの情勢が悪化したのは、クルセルク戦争が終結し、反クルセルク連合軍の解散が発表されたあとのことだ。

 それまで連合軍に対しても、ガンディアに対しても友好的で協力的だったアバードだったが、戦争が終わり、シーラ・レーウェ=アバード率いるアバード軍が、メレド、イシカの軍勢を連れ立ってアバードに帰国してからというもの、唐突にその態度を硬化させた。

 シーラがメレド、イシカの軍勢とともにアバード国内に入ったことが原因ではないらしい。イシカとメレドは、無事に自国領に辿り着けており、両国がアバード領を渡り切るまではなんの問題も起きなかったと、サリウス・レイ=メレドからレオンガンドに届けられた書簡には明記されている。

 アバードを二分する大事件は、イシカとメレドの軍勢がアバード王都バンドール手前でシーラたちと別れたあと、シーラたちに対して起こっている。

 三月二十八日、シーラ率いるアバード軍は、クルセルク戦争の戦勝報告を携え、アバードの王都バンドールに入ろうとした。凱旋だった。しかも国民的人気を誇る獣姫の凱旋なのだ。シーラたちは、王都中が歓声に包まれるような盛大な出迎えを期待しただろう。しかし、彼女たちを待ち構えていたのは、王都による拒絶だった。シーラたちの受け入れを拒否したのだ。

 シーラたちはわけもわからぬまま王都の手前で立ち往生していたが、数日後には王都前を離れ、タウラル要塞に入ったという。タウラル一帯を領地とする領伯ラーンハイル・ラーズ=タウラルが、シーラたちに手を差し伸べたという話だった。

 シーラたちは、タウラル要塞に入ると、軍勢を募ったという。シーラは、国民的な人気を誇る人物だ。そんな人物がクルセルクの戦勝を引っさげて帰って来たというのに、王都で門前払いを食らったのだ。国民に同情されるのは当然のことであり、彼女の元に集う人々がいるのもまた、必然といってよかったのだろう。ともかく、タウラル要塞には人が集まった。王都を脱出してまでタウラルに参集するものまでいたといい、その一事だけでも、シーラの人望の厚さがわかるというものだ。

 タウラル要塞は、シーラ派の牙城となった。

 これに対して、アバード王宮が危機感を抱くのは、当たり前のことだ。アバードが二分されたといってもおかしくはなかったのだ。

 王宮は、シーラに矛を収めるよう伝えたが、彼女は受け入れなかった。そもそも、彼女は王都へ帰りたいだけだと言い返したというが、王宮は、それもまた受け入れがたいものだった。シーラが、クルセルクの戦勝報告をもって王位継承権を復活させるつもりだったからだ。アバードに多大な貢献をしている彼女が王位継承権の復活を望めば、国王といえど拒絶はできない。シーラが王位継承権を手にすれば、アバードの次期国王は、まず間違いなくシーラになるだろう。実力も人気も信望も、シーラは圧倒的だった。

 王宮が彼女を王都に入れなかったのには、そういう背景がある。


 シーラ・レーウェ=アバードは、その名からもわかる通り、アバードの王女だ。第一王位継承者であったシーラは、子宝に恵まれなかった国王夫妻の意向によって男として、王子として育てられた。ゆくゆくはアバードの国王になるシーラには、男らしく育って欲しかった、ということらしい。果たして、シーラは男らしく、勇猛果敢な人物へと成長していった。

 そんな彼女の人生を揺るがせたのは、王子の誕生という慶事だった。国王夫妻は子宝に恵まれず、第二子の誕生は絶望的なものだと思われていたのだが、八年前、つまりシーラが十四歳のとき、第二子として男児が生まれている。男児はセイルと名付けられ、大切に育てられることになったが、そうなるとシーラが男として育てられる必要はまるでなくなった。

 彼女の存在そのものが、宙に浮いた。

 困ったのは、アバード王宮だった。

 本来王女として人生を謳歌するはずの彼女を王子として育成していたのは、彼女に王位を継承させたいという国王夫婦の想いがあったからだ。王女から女王にするという発想に至らなかったのは、隣国のジュワインが女王が治める国であり、ジュワインの政治の酷さが、アバード中に知れ渡っていたからだという。

 女王の誕生は、国民の望むところではない。

 だからシーラは男児として育てられた。男言葉を使い、男性用の衣服を纏い、武術や戦術を学ぶことに時間を割いた。王女らしい暮らしとは無縁の人生を送らざるを得なかったが、シーラ自身は、それを悪いものと考えてはいなかったようだ。むしろ、物心ついた時には男として育てられていたのだから、違和感などはなかったに違いない。それが彼女にとっての常識だったのだ。

 弟が生まれたことで、彼女の常識は崩れ去った。

 国王夫妻も王宮も、王子にこそ王位を継がせるべきだと考えた。シーラの育成方針を百八十度転換し、勇猛果敢な王子から流麗華美な王女への変貌を遂げさせようとした。

 シーラは、両親や周囲の想いを知ったのだろう。彼女は王位継承権を返上し、ただの王女として生きることを選択した。彼女の選択は、決して間違いではなかった。彼女が王位継承権を放棄したことで、国王夫妻と王宮がセイルに集中できるようになったからだ。

 しかし、シーラは勇猛果敢であることをやめはしなかった。王女として、戦場に立つようになったからだ。そのころから、彼女は獣姫の二つ名で呼ばれるようになり、元から高かった国民的人気を不動のものとした。

 彼女の人気は、国民の間だけのものではなかった。アバードの軍人の多くが、ともに前線で戦い、血と汗を流す彼女こそ、王者に相応しいと考え、貴族や王宮の重臣の中にも、シーラこそがアバードの次期国王になるべきだと考えるものがいた。

 そういう連中がタウラルに集ったのは想像に難くない。

 タウラル要塞を本拠地とするシーラ軍は、シーラの王位継承権復活と王都への凱旋を掲げ、王宮に迫った。

 王宮は困惑しながらも軍を動かし、ヴァルターに布陣した。総勢六千以上の軍勢だといわれている。対するタウラル要塞のシーラ軍は、総勢五千ほど。まさにアバードを二分する勢力が形成されていたことがわかる。

 一触即発の危機に、アバードの国民は戦々恐々とした。あるいはシーラを応援し、あるいは王宮を応援した。王宮とはつまりセイル派といっても過言ではない。実際のところは現国王派なのだが、シーラ派と対立するのは、どうしたところでセイル派ということになるのだろう。

 王宮は、それでもシーラを宥め続けた。内乱を避けたかったというのもあるだろう。内乱によってアバード国内が荒れれば、他国の付け入る隙を生むことになる。いや、それだけではない。内乱が政情そのものを悪化させる可能性もあった。少なくとも、シーラ派とセイル派が明確化されたことによる政治への悪影響は計り知れないものがあった。

 シーラ軍は聞き入れず、軍を発した。ヴァルターの王宮軍を撃破し、その勢いで王都に押し入ろうというのだ。

 王宮軍は、仕方なくヴァルターを出撃。

 四月二十一日、両軍はタウラル要塞とヴァルターの間に横たわるエンドウィッジ平原で、ついに激突した。

 激しい戦いだった。

 両軍ともに五百人以上の戦死者を出すほどの熾烈な戦いを繰り広げたといい、エンドウィッジ平原は亡骸と血で埋め尽くされたという。

 エンドウィッジの戦いで勝利したのは王宮軍である。シーラ軍は、戦況が思わしくないと見るや、戦場を離脱、タウラル要塞を目指した。要塞に篭もれば、少なくとも平原よりは有利に戦うことができると判断したのだろう。しかし、その決断が裏目に出た。

 王宮軍が追撃戦を仕掛けたのだ。

 王宮軍は、要塞に撤退中のシーラ軍に襲いかかると、なんとシーラの捕縛に成功、それによってシーラ軍と王宮軍の戦いは終わったといってもよかった。

 王宮軍は、シーラを王都へ移送した。

 シーラに弁解の場を与えたが、シーラは最後まで持論を曲げなかった。要するに、頼りないセイルよりも、数多の戦果を上げ、あまつさえアバードの領土を拡大してみせた自分こそ、次期国王に相応しいと言い放ち、国王自身にも考え直すよう直訴したのだ。

 国王リセルグは、王妃とともにシーラを諌めたが、シーラは聞き入れなかった。叫び続け、ついには国王に飛びかかろうとした。

 その獰猛さはまさに獣姫といってよかった、という。

 四月二十七日、シーラ=アバードは、国家反逆罪によって処刑された。シーラ・レーウェ=アバードとしてではなく、シーラ=アバードとして、だ。彼女は王女としての名誉ある死さえ、与えられなかったのだ。

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