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第八百八話 龍府道中記(後)

 龍府は、ガンディア領ザルワーン地方北部に位置する大都市だ。

 王都ガンディオンから龍府に向かうのは、ただそれだけで長旅になった。

 セツナたちが二台の馬車に分乗して王都を出発したのが四月十九日。

 ガンディア本土最北に位置するバルサー要塞に辿り着いたのが、翌々日の二十一日。ガンディアの英雄が《獅子の尾》の面々とともに訪れたということで、バルサー要塞は大騒ぎになったものの、セツナたちは旅路を急ぐという理由で、バルサー要塞での歓待を受けなかった。ルウファは残念がったが、セツナたちの最初の目的は、龍府で領伯としての仕事をこなすことにあり、まずはそれを片付けなければ休暇を満喫することもできないのだ。バルサー要塞で時間を費やしている場合ではなかった。

 二十二日にはログナー地方に入り、最初の都市マルスールに入った。マルスールでも出迎えを受けたが、マルスールでは休むことさえしなかった。馬車の馬だけを替え、道を急いだ。

 マルスールからはいくつかの経路が考えられた。マルスールから北西に進路を取れば、レコンダールに至り、レコンダールからは、セツナにとって想い出の地といってもいいザルワーン地方バハンダールに向かうことができる。もっとも、バハンダール周辺の地形は、旅に適しているとは言い難いため、これは却下された。

 もうひとつは、大きく北東に迂回する進路であり、それはセツナの領地であるエンジュールを通過する道筋となっていた。エンジュールを通りぬけ、バッハリアからザルワーン地方ナグラシアに至る経路ということだったが、これも却下されている。エンジュールはこの旅の最終目的地であり、いま目指すべきところではない。

 最後は、まっすぐ北に向かう経路。こちらは、ログナーの旧都マイラムを通過する道筋であり、マイラムからナグラシア、ナグラシアからゼオルかスルークを経由して龍府に向かうというものだ。結局、この経路が採用された。

 マルスールからマイラムに至るには、馬車でまる二日かかった。二十五日。

 マイラムでも馬を替えた。馬車馬を休ませている時間が勿体無いという理由であり、乗り潰しているわけではない。

 当然のようにマイラムでも盛大な出迎えを受けている。マイラムは、ログナー方面軍第一軍団の駐屯する都市であり、第一軍団といえばログナー方面軍の大軍団長に就任したグラード=クライドが軍団長を兼任する軍団だ。グラードは、セツナたちの旅行計画を耳に挟んだらしく、歓待の準備を整えていた。

 セツナは、グラードの誘いばかりは無碍に断ることもできず、マイラムで一日ばかり滞在した。セツナの望みならば《獅子の尾》の面々も従わざるをえない。もっとも、ファリアたちがマイラムでの滞在を喜ばなかったかというと、必ずしもそうではない。十九日からずっと馬車に揺られていたのだ。たまには馬車から解放されたいと思うこともある。

 マイラムでの宴では、ログナー方面軍の軍団長が勢揃いしていた。どうやらグラードは、龍府を目指すセツナたちが必ずマイラムを通過するであろうことを察知し、軍団長らに集まるよう命じていたらしい。

「大軍団長権限というやつですよ。あのひと、すんごい調子に乗ってるんです」

 ドルカ=フォームがセツナに告げ口すると、グラードは腹を抱えて笑った。やはりセツナはログナーの軍団長たちが好きだった。

 セツナたちを歓待する宴は夜を徹して行われ、マイラムの宮殿は朝まで大騒ぎだった。

 翌日の二十六日、セツナたちはほろ酔い気分のまま、マイラムを発った。マイラムからナグラシアへ。ザルワーン戦争を思い出したのは、セツナだけではないようだった。ファリアはナグラシア攻略戦のことを思い出し、ミリュウはセツナとの出会いについて馬車の中で語った。ふたりの話を、レムが興味深そうに聞いていたのが印象的だった。

 ナグラシアに入ったのは、二十七日夜半だ。ナグラシアといえば、エンジュールの司政官であるゴードン=フェネックが長年治めていた街であり、セツナとは少なからぬ縁のある街といってもよかった。ナグラシアでも歓待されかけたが、馬だけを替えて、ゼオルに向かった。

 ゼオルの印象は、まるでなかった。それもそのはずだ。セツナたち《獅子の尾》は、ナグラシア制圧後、ゼオルやスルークに向かうのではなく、西に進路を取った。ザルワーン南西の難攻不落の都市バハンダールを落とすことが、《獅子の尾》に与えられた使命であり、セツナたちは使命を果たすため、バハンダールに向かったのだ。

 ゼオルを落としたのは、レオンガンドら中央軍であるが、レオンガンドたちもゼオルを巡る戦闘を経験したわけではなかったという。ゼオルとスルークの戦力は、ジナーヴィ=ライバーンを大将とする聖龍軍のものとなり、ゼオル南東のロンギ川でレオンガンドたちと接触、激戦の末、レオンガンドたちはこれに勝利したことにより、ゼオルを手に入れたも同然だった。

 ちなみに、ロンギ川の戦いでガンディア軍に甚大な被害をもたらしたのが、ゴードン=フェネック率いる部隊だというのは、有名な話として知られている。ゴードンが用兵について多少の自信があるのは、ロンギ川の戦いが頭にあるからだろう。

 ナグラシアからゼオルまでは一日ほどで辿り着いた。とはいえ、二十九日である。四月ももう終わりが見えてきていた。

 ゼオルから龍府までは、間になにもなかった。本来ならば五方防護陣と呼ばれていた五つの砦のうち、南に位置するヴリディア砦辺りがゼオル・龍府間にあったのだが、五方防護陣はザルワーン戦争の末期、オリアン=リバイエンの擬似召喚魔法によって消滅してしまっていた。擬似召喚魔法の触媒として利用されたらしい。

 五つの砦が同時に消滅し、砦があった場所には巨大な穴が生まれた。穴には雨水が貯まり、いつ頃からか巨大な湖として知られるようになっていた。

 龍府を取り囲む五つの湖は、五龍湖と総称されており、ヴリディア砦の跡地にできた湖は風龍湖という名称で知られている。残る四つは、天龍湖、火龍湖、水龍湖、地龍湖というらしい。

 いまでは龍府の新たな観光名所として、観光客が訪れることも多いらしい。最近では五龍湖をすべて廻ることで御利益があるという話にまで発展しているのだから不思議なものだ。

「もうすぐ、龍府ね」

 ミリュウが風龍湖の莫大な水量を見やりながら、妙に感傷的につぶやいたのは、四月三十日のことだった。馬車に乗り続けて十日以上が経過している。顔には、流石に疲れが見え始めていた。疲労が見え始めているのは彼女だけではない。ファリアの表情にも疲労が混じり始め、口数も少なくなっていた。平然としているのはレムくらいのもので、ニーウェもしんどそうだ。

「ああ、じきに着く」

 御者の話では、明日中に到着するということだった。

 ミリュウが、セツナの目を覗き込んできた。大きな目にセツナの顔が映り込んでいる。

「龍府についたら、家にいってもいい?」

「駄目なわけないだろ」

「うん。でも、聞いてみたかったんだ」

 彼女はそんなふうにいって、セツナを覗き込んでいた頭を元の位置に引っ込めた。彼女の生まれ故郷である龍府には、当然、彼女が生まれ育った家がある。五竜氏族リバイエン家の屋敷だ。セツナには、その家構えが想像もできなかったし、想像したところでどうしようもないくらいの差がありそうだった。

「家には、もうなにも残っていないと思うけど、さ」

 彼女の消え入りそうな声は、馬車の狭い空間の中では、聞き逃すことなどできなかった。

 翌日、つまり五月一日、セツナたち一行は龍府入りを果たした。

 龍府は、まるで旧都そのものが領伯御一行の到着を待ち構えていたかのような歓待ぶりで、セツナたちを迎え入れ、龍府全体が大騒動となった。

 セツナの心配は杞憂に終わったのだ。

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