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第八百七話 龍府道中記(前)

 褒賞授与式と銘打たれた式典が王宮大広間で行われたのは、四月十七日のことだ。

 授与式によって、セツナの領地に新たに龍府が加わったことが大々的に発表され、セツナの周囲だけでなく王都中が湧いたのはいうまでもない。王都市民の関心事は、クルセルク戦争で勝利を決定づけたと喧伝されているセツナにどのような褒賞が与えられるのか、というものであり、将軍に任命されるのではないか、とか、獅騎称号が与えられるのではないか、といった憶測が、四月の頭から市街や群臣街、王宮区画に至るまで飛び交っていた。

 結果として、将軍位や称号の授与こそなかったものの、ザルワーンのかつての中心にして、最大の都市である龍府とその周囲一帯を領地として与えられたことは、大きな衝撃と興奮を王都市民に与えたようだった。

「“竜殺し”のセツナ、ついに龍府の主となる……だってさ」

「ついにってなんだよ」

 ミリュウから手渡されたのは、ガンディア最大の発行部数を誇る新聞社であるところの獅都新報の新聞だった。授与式に関する記事は、一面にでかでかと掲載されており、セツナの名前が一番大きく載っているらしかった。写真がないのは当然のことであり、紙面を埋め尽くすのは、共通語の羅列と少しばかりの挿絵だった。

 授与式の記事には、レオンガンドの前で傅くセツナの図が挿絵として載せられている。ミリュウにもファリアにもレムにも、マリアにまでも似ていないと不評の挿絵は、確かに似ても似つかないものだったが、新聞という媒体を考えると、しかたのないことではないのかと思わないではなかった。

「“竜殺し”が龍の都をようやく手に入れたってことでしょー。いいんじゃないの?」

 ミリュウはセツナの手から新聞紙を取り返すと、あっけらかんとした調子でいった。龍府は、彼女の生まれ故郷だ。ザルワーン人としての意識の低い彼女にとっても、特別な都市であることは確かなはずなのだが、セツナの領地になったことで特に衝撃などは受けていないようだった。

「龍府がセツナの領地として歴史を刻んでいけば、征竜野の意味が変わったように、龍府の意味も変わるのかもしれないわね」

 ファリアが窓の外の風景を眺めながらいった。彼女の横顔は、ただそれだけで絵になった。つい見惚れてしまうのだが、見惚れると隣のミリュウに耳を引っ張られて、意識を現実に引き戻された。

 セツナたちはいま、馬車の中にいる。授与式の翌日、《獅子の尾》には、外征後恒例の長期休暇が言い渡されたのだ。

 長期休暇は、もちろん、、《獅子の尾》だけの特権ではないが、戦争でもっとも貢献した《獅子の尾》が特に休暇を与えられるのは、当然の権利といえるのかもしれない。

《獅子の尾》は、隊の特性上、過酷な任務を与えられることが多い。《獅子の尾》が特別扱いを受けることに不満や不服をもらすのは、実際の戦場を知らない文官や貴族ばかりであり、ともに激戦を潜り抜けたガンディア軍の将兵からは、セツナたちを労る声こそ聞こえてきても、不平や不服の声はついぞ聞こえてこなかった。

 長期休暇は、戦いに次ぐ戦いで疲れ果てた心身を癒やすには必要不可欠といっていい期間であり、ファリアを始めとする《獅子の尾》の隊士一同は、待ってましたとばかりにエンジュールへの慰安旅行計画を実行に移したのだ。慰安旅行計画の立案者はルウファであり、彼は隊長であるセツナの領地で長期休暇を過ごしきることになんの躊躇いもなかったようだ。ファリアたちも賛同した計画は、セツナの預かり知らぬところで着実に形になっていったらしい。馬車の手配も、エンジュールの司政官ゴードン=フェネックへの連絡も済ませていた。後は国から長期休暇が言い渡されるのを待つだけだったのだ。彼らの行動が迅速だったのも頷けるというものだ。

 もっとも、領伯であるセツナには、長期休暇とは名ばかりの領地巡行が待っていたのであり、領伯らしく振る舞わなければならないという緊張感が、彼の頭を悩ませてもいた。エンジュールはまだいい。小さな街だ。温泉街として発展を続けているものの、大都市に変貌するようなことはない、そんな街だった。しかも、エンジュールの有力者たちとは面識があり、話しやすいひとたちだということもわかっている。だから安心できるのだが、龍府は、そうもいかないだろう。

 ザルワーン全土がガンディアの支配下に入って久しい。しかし、五竜氏族の影響力は未だに強く、ザルワーンの統治運営に関しては、五竜氏族の有力者たちを利用しなければならないほどだった。セツナが龍府の主となったことを龍府の住民や有力者が受け入れてくれるかどうか。そればかりは、龍府にいってみないとわからないことだった。

 そして、今回の長期休暇の最初の目的地は、龍府だった。エンジュールで温泉に浸かるのは、セツナが龍府の領伯となったことを龍府の人々にお披露目したあとにしよう、というのがルウファたちの計画だった。先にエンジュールで休暇を満喫してから龍府に赴くというのは、せっかく温泉などで癒やした心身をすぐさま消耗させにいくようなものだからだ。

 まずは龍府で面倒事を済ませてからエンジュールで身も心も休めたい。それが皆の考えであり、セツナが緊張しているのも、最初に龍府が待っているからだった。

「とはいいましても、名前が長すぎるのは考えものでございますね」

 レムが苦笑しながらいった。

 遥か北を目指す馬車には、セツナとミリュウ、ファリア、レムの四人が乗っていた。ルウファ、エミル、マリアの三人に加え、《獅子の尾》専属の調理人ゲイン=リジュールは、別の馬車で移動している。

 馬車は決して狭くはないのだが、さすがに八人もひとつの馬車に乗り込めるほどの空間的余裕はなかったということだ。

 ちなみに、小犬のニーウェはミリュウの膝の上で丸くなっている。そうなると、本当に黒い毛玉のようだった。

 レムがいったのは、セツナの公的な名前のことだろう。正式名称といっていい。セツナ・ゼノン・ラーズ=エンジュール・ディヴガルド。エンジュールおよび龍府の領伯にして王宮召喚師のセツナという程度の意味であり、セツナの立場がはっきりとわかる名前だった。

 ディヴガルドが龍府のことだ。龍府では格好がつかないというのがその理由であるらしい。

「別に名前が長くなってもいいだろ。だれに迷惑かけるわけじゃないんだ」

「そうでもないわよ。公文書を作成するのはだれの仕事なのかしら?」

「あー……」

「わたしと副長への負担が、ほんのわずかばかり増えたわ」

 ファリアは、そういってから笑った。本心でそんなことを思っているわけではないということだろうが、セツナは、ふたりの仕事をまったく考慮していない自分を恥じた。いつもふたりに任せきりだったことがここにきて浮き彫りになってしまった。

「ごめん」

「ただの冗談よ」

「そうそう。文書作成なんて隊長補佐と副長にまかせておけばいいのよ。セツナにはもっと重要な役割があるんだから」

 ミリュウが口を挟むと、ファリアが半眼を彼女に向ける。

「たとえば?」

「あたしの疲れきった心を癒やしてくれる、とか。あたしの目の保養になってくれる、とか!」

「なるほどね。って、納得できるわけ無いでしょ」

「えーなんでー?」

 ファリアのあきれたようなツッコミに対してミリュウが抗議すると、レムがくすりとわらった。すると、ミリュウが彼女を睨んだ。ミリュウとレムの間には、未だにしこりが残っている。こればかりはすぐさま解消されるということはなさそうだった。

「なにがおかしいのよ」

「いえ、なにもおかしくはございませんわ」

「じゃあなんで笑ったの」

「ミリュウ様が本当に御主人様を愛していらっしゃられるというのが伝わってきたからでございます」

「そういうことね……って、なに恥ずかしいこといってるのよ!」

 ミリュウが顔を真赤にして叫び、ニーウェが主の悲鳴に飛び起き、馬車の中を跳ね回った。ちょっとした騒動になり、それは、御者が注意してくるまで続いた。

 そんな風にして、セツナたちがガンディオンを出発したのは、四月十九日、快晴の日のことだった。

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