表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
807/3726

第八百六話 大再編(二)

 盛大な授与式の後は、新たな人事が発表された。

 クルセルク戦争において、ガンディア軍が多大な出血を強いられた。いくつかの軍団が壊滅的な被害を出し、三名もの軍団長が戦死している。ガンディア方面軍から二名、ザルワーン方面軍から一名だ。欠員を埋めるためにも新たな軍団長を任命する運びになり、ガンディアの将兵が新人事に注目したのは当然ともいえる。

 さらに注目を集めたのが、新たにガンディアの支配地域となったクルセルク、ノックス、そしてミオンへの方面軍の配置だ。これまでの通例通り、各方面軍には現地の人員を用いることになっており、クルセルク方面軍にはクルセルク人が数多く採用され、ミオン方面軍には、ミオンの遺臣が採用された。クルセルク方面軍は、クルセルクのみならずノックスも管轄することになり、ガンディア軍の中でも最大規模の方面軍となった。逆に、ミオンは最小規模の方面軍ということで話題を集めた。どちらも、政治的な意図がある。

 ノックスをクルセルク方面軍の管轄にしたのは、ノックスの名を残さないための処置であり、ミオンに方面軍を置いたのも、ミオンの名を残すためだ。ノックスの名を残せば、ノックスの主権を主張するものたちに希望を与えるかもしれず、ミオンの名を消せば、ミオンの遺臣たちの反発を買うかもしれない。

 そういった平衡感覚は、レオンガンド独自のものであり、ナーレスにはないものだった。


 これにより、ガンディア軍は五つの方面軍を持つことになり、それぞれの方面軍を統括する役職の新設に迫られた。当初、左眼将軍と右眼将軍がその役割を担っていたのだが、方面軍の増大に伴い、二名だけでは手に余ると判断したのだ。

 かといって、安易に将軍を増やしたくはない。将軍という位を特別なものとするのが、ガンディアの方針だったからだ。将軍が増えれば、それだけ将軍の地位が下がるということにほかならない。

 そこで、軍団長の上に大軍団長を設けることにした。

 これは、各方面軍を統括する立場ということもあり、軍団長を経験したものから選ばれることになっていた。が、専任となると、後任の軍団長を選出しなければならなくなり、軍団長との兼任が望ましいとされた。

 それらを踏まえた新人事は、以下となる。


 ガンディア方面軍。

 大軍団長マーシェス=デイドロ(第一軍団長兼任)。

 第二軍団領シャリア=ユーリーン(新)。

 第三軍団長ザックス=ラングウェイ(新)。

 第四軍団長ミルヴィ=エクリッド。

 第五軍団長ケイト=エリグリッサ。

 ガンディア方面軍は、消去法の結果、マーシェス=デイドロが大軍団長に選定された。シャリア=ユーリーンとザックス=ラングウェイは新任であり、ミルヴィ=エクリッドはザルワーン戦争後、アレグリア=シーンの後を継いだばかり、ケイト=エリグリッサも性格的に不向きだと判断されたのだ。無論、マーシェス本人には消去法で選ばれた、などといってはいないが。


 ログナー方面軍。

 大軍団長 グラード=クライド(第一軍団長兼任)。

 第二軍団長 レノ=ギルバース。

 第三軍団長 アラン=ディフォン。

 第四軍団長 ドルカ=フォーム。

 ログナー方面軍の大軍団長は、アスタル=ラナディースの強い後押しとエイン=ラジャールの推薦などもあって、グラード=クライドが任命された。レノ=ギルバース、ドルカ=フォームも実績的には申し分ないといってもよかったが、グラードのほうが適任だと判断された。そして、グラードならばログナー方面軍のログナー人も納得するというものだろう。


 ザルワーン方面軍。

 大軍団長 ユーラ=リバイエン(第二軍団長兼任)。

 第一軍団長 ミルディ=ハボック。

 第三軍団長 ネクス=フェール。

 第四軍団長 カリム=ラジル。

 第五軍団長 ザーク=カザーン。

 第六軍団長 ゴート=フォース。

 第七軍団長 フォウ=ヴリディア(新)。

 ザルワーン方面軍は、大軍団長の選定にもっとも難航した。クルセルク戦争時、新設の方面軍であったザルワーン方面軍は、クルセルク戦争における戦功を元に判断するしかなく、そうなるとミルディ=ハボックが適任に思われたのだが、彼が大軍団長への任命を拒否した。

 ミルディは、自分のようなものが一癖も二癖もあるザルワーン方面軍の軍団長たちを纏め上げるのは無理があるといい、人望のあるユーラ=リバイエンかザーク=カザーン辺りにするべきだと進言。会議に会議を重ねた末、ユーラ=リバイエンが大軍団長となった。ユーラ=リバイエン自身は困惑していたが、選ばれた以上は期待に答えてみせると言い切った彼の表情は晴れやかだった。

 ユーラ=リバイエンに決定した最大の理由は、ザルワーンにおける五竜氏族の影響力の強さだった。ザルワーン方面では、いまだに五竜氏族を敬う人々が多く、軍人ほどその傾向が強かった。ザルワーン方面軍を纏めるには、それを利用しない手はなかったということだ。


 ミオン方面軍。

 大軍団長 アスタル=ラナディース(右眼将軍兼任)。

 第一軍団長 ティナ=ミオン(新)。

 第二軍団長 ヒルベルト=アンテノー(新)。

 第三軍団長 ユベイル=ウェーザー(新)。

 ミオン方面軍は、新設の方面軍ということもあり、大軍団長は右眼将軍アスタル=ラナディースが兼任することとなった。これは大軍団長の新設時に決められていたことでもあり、人事の中でも特にあっさりと決まったことだった。左右将軍は元々、ガンディア方面軍とログナー方面軍を統括する役割を持っていたため、両将軍も当然のように受け入れている。

 各軍団長は、当然、新任ということになる。ヒルベルト=アンテノーとユベイル=ウェーザーは、ミオン征討において征討軍に降伏し、ある意味では征討軍の勝利に貢献した人物でもある。

 ティナ=ミオンは、その名の通り、ミオン王家に連なる女性であり、ミオン最後の王イシウス・レイ=ミオンが王位継承権を争ったシウス=ミオンの婚約者だったという。シウスがイシウスに敗れ、イシウスが王位を継承したため、王宮から離れざるを得なくなった彼女は、イシウス一派への反逆の機会を窺っていたのだが、彼女が反乱を起こすまでもなくイシウスらは倒れた。同時にミオンそのものもこの世から消え去ったが、彼女は、ミオン王家の名誉を回復するため、レオンガンドに直訴し、軍団長となった。もちろん、ティナ=ミオンの能力が軍団長に見合うものだと判断できたからだが。

 ティナ=ミオンは、イシウスへの復讐のため、武術や用兵を学び、並の武将程度には戦えるまでに自分を鍛えあげていたのだ。女傑といってもいい。


 クルセルク方面軍。

 大軍団長 デイオン=ホークロウ(左眼将軍兼任)。

 第一軍団長 シルヴァ=サード(新)。

 第二軍団長 ヘルガ=メイン(新)。

 第三軍団長 セラス=ベアトリクス(新)。

 第四軍団長 ファルクス=ファランクス(新)。

 第五軍団長 バナン=トーカー(新)。

 第六軍団長 ヴィゲット=ビスケー(新)。

 第七軍団長 ムーク=バート(新)。

 第八軍団長 ガイ=ジュード(新)。

 クルセルク方面軍の大軍団長は、ミオンと同じく、左右将軍のひとり、左眼将軍デイオン=ホークオウが兼任する。アスタル=ラナディースがミオン方面軍の大軍団長で、デイオン=ホークロウがクルセルク方面軍の大軍団長に選ばれたのは、実力の差、実績の差などではなく、もっと単純な理由だった。

 デイオン=ホークロウは、クルセルク戦争終結後からクルセールに留まり、クルセルク東部とノックスの平定と人心の慰撫に当っていたからであり、クルセルク方面軍の軍団長に任命されたクルセルク軍人とも交流があったからに他ならない。アスタル=ラナディースがその任についていれば、彼女がクルセルク方面軍という大所帯の大軍団長に任命されたということだ。

 クルセルク方面軍の軍団長は、ミオン同様全員が全員、新任だった。クルセルク方面軍そのものが新設なのだから当然だろうが、それも、ガンディア軍の方針によるところが大きいというべきだ。ガンディアは、方面軍の軍団長にはできるだけ現地の軍人を任命するという方針を取っていた。軍団長だけではない。軍団の部隊長、兵員に至るまで、現地の人間を使いたがった。そうすることで、支配地とガンディアの融和を図ろうという思惑があった。

 ログナー、ザルワーンと上手くいってきたことだ。クルセルク、ミオンでも上手く機能するだろう。


「以上が、ガンディア軍の新たな人事だが、なにか質問はあるかな?」

 ナーレスは、読み上げていた書類を手元に戻して、一同の顔を見回した。参謀局本部会議室は、魔晶灯の冷ややかな光に照らされており、皆の顔がよく見えている。ナーレスの招集に応じたのは、参謀局の主要人員だ。第一作戦室長エイン=ラジャールと第一作戦室のセリカ=ゲイン、シーナ=サンダーラ、マリノ=アクア、第二作戦室長アレグリア=シーンに彼女の部下であるセルフィ=エクリッドの五名であり、この六名とナーレスが参謀局の幹部といっても過言ではなかった。もちろん、参謀局にはさらに数百人の局員がいるのだが、その数百人の主な役目は情報の収集と精査、戦場における伝令であり、作戦の立案や戦術の考案はこの場にいる七名の役割といってよかった。無論、作戦を立てる上でもっとも重要なのは情報であり、参謀局の根幹をなすのは、情報を収集する人員なのは疑いようがない。

「質もーん」

 エインが手を上げた。いつも以上に威勢がいいのは、彼が信奉する英雄が高評価なのが嬉しいからなのか、どうか。そういえば、アレグリア=シーンもどことなく嬉しそうではある。彼女もまた、熱烈なセツナ信者だという話だった。

 策ひとつで戦局を操るのが参謀局の役割であり、本来、策など不要といっていいセツナほど対極に位置する存在もいないのだが、だからこそ、強く憧れるものなのかもしれない。エインもアレグリアも、そしてナーレスも、個人の力は実に弱い。もちろん、軍人の端くれとして、通り一遍の武術は学び、白兵をこなすこともできるのだが、実戦に通用するものかどうかといわれると、首を傾げざるを得ない。

「はい、エイン君」

 ナーレスが名指しすると、エインは椅子から立ち上がった。

「どうして局長は軽くなったんですか?」

「軽くなった? 質問の意図がよくわからないな」

「局長の言動が、ここのところ軽くなったと思うんですよ」

 エインの言葉はかなり礼を失するものだと思われたが、参謀局幹部会議では、そのようなものは不要だった。喧々諤々の議論を交わすのが、参謀局幹部会議の醍醐味なのだ。最低限の礼儀さえ邪魔になることがある。さすがに罵倒しあうほどのことはないにせよ、それに近い言葉のぶつけあいは、参謀局の日常茶飯事だった。しかしながら、そういった議論の経過や結果でもって互いに悪感情を抱いたりしないのが参謀局のいいところであり、不思議なところだった。皆が本音をぶつけ合うから、妙なしこりが残らないのかもしれない。

「うーむ……やはり、よくわからん」

「いや、そういうのりの良さというか気軽さは、いままでなかったんですけど」

「わたしが変わったとでもいうのかな?」

「端的にいえば、そうですね」

 エインは否定しなかったが、ナーレスにはよくわからない。彼は、エインが着席するのを待ってから、アレグリアに視線を向けた。

「ふむ……アレグリアくん、君はどう思う?」

「わたくしも、第一室長と同意見です」

「そうか……」

 ナーレスは、アレグリアの返答に困惑せざるを得ない。思い当たるところがないのだ。かといって、彼らの疑問が理解できない、ということでもない。それは、自分のことをもっとも知っているであろう人物にもよく指摘されることでもあるからだ。

「君たちもそういうんだな。妻にもよくいわれるよ。最近ひとが変わったんじゃないか、とね」

「はあ」

「わたしにはよくわからないことだが、皆がそういうのなら、そうなのだろうな」

 心境になにか変化があったわけではない。いつだってガンディアの将来のことばかりを考えていることに変わりはなく、将来を思うと、そこに自分が存在しない事実を直視しなければならない。自分が存在しない未来を想像すると、震えが来る。そして、その将来は極めて近いのだ。

 明日にでも消え去るかもしれない命。

 残された時間はわずかばかり。

 そのわずかばかりに自分ができることをしなければならない。後継者の育成に関しては、もうできることはない。ふたりは、優秀な人材だ。ナーレスが惚れ惚れするほどの才能と実力の持ち主であり、人格的に問題も少ない。ふたりがセツナの信者なのも、好都合だ。セツナを上手く運用することこそ、ガンディアの勝利に繋がるのだから。

(そうだ。彼を利用することだ)

 ナーレスも、彼を利用した。

 彼を龍府に誘導したのも、ナーレスの布石だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ