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第八百二話 正義についての話をしよう・序(一)


 ベノア。

 ベノアガルド領のほぼ中心に栄える都市は、かつては王の都として知られていた。ベノアガルド王家が君臨する都であり、王城が聳える都市をほかに形容する言葉がなかったともいえるが、王都ほどベノアの実情を端的に表している言葉もなかった。しかし、王都ベノアという通称が用いられることは、いまやなくなっている。むしろ王都と呼ばれることは禁忌とさえされていた。

 ベノアガルド王家は、革命によって滅び去った。

 ベノアガルドに革命を起こした騎士団は、政治を国民の手に委ねるとともに、王都を首都と呼ぶように触れ回った。王政の崩壊は、ベノアガルドに混乱を呼んだものの、腐敗しきった体制が崩れ去るのは時間の問題でしかなく、騎士団主導の革命は、起こるべくして起こった事象として捉えられている。

 革命前夜、だれもが王家の統治によるベノアガルドの存続を危ぶんでいたし、騎士団が行動を起こさなかったとしても、いずれ、ベノアガルドの統治体制が変わっていたことは疑いようがなかった。内部から崩壊するか、外圧によって攻め滅ぼされるかの違いしかない。しかし、その違いはあまりに大きく、故に騎士団の革命は支持され、国民は、騎士団こそ新たな国の政治を司るべきだと主張した。

 端的にいえば、政治に携わったことのない国民には、国家を運営することなど難しすぎたのだ。革命に至るまでの数百年、王家主導の政治によって運営されてきたのがベノアガルドであり、受け入れてきたのがベノアガルドの国民なのだ。突然、国家の運営を任されたところで、右も左もわからないに決まっていた。

 騎士団は、政には関わらない、と決めていた。革命を起こしたのは、国民の困窮や救済を願う声に突き動かされたからであり、王家への憎悪や私的な野心からではなかった。だからこそ、数多の血が流れた革命によって王家が倒れたあと、すぐさま、政治を国民の手に委ねたのだ。

 騎士団は、ベノアガルドの守護でありさえすればいい。

 それが、騎士団の総意であり、国民の支持を集めた最大の理由だった。

 しかし、国民は騎士団による統治を望んだ。騎士団による国家運営を望んだ。政治的初心者である国民に政治を任せるのは、赤子に国の将来を託すようなものだ、というような訴えに対し、騎士団は重い腰を上げざるを得なかった。

 騎士団は、王家崩壊によるベノアガルドの混乱を望んだわけではない。

 果たして、ベノアガルドの国政は、騎士団によって運営され始めた。崇高な理念を掲げる騎士団の政治は、少なくとも、ベノアガルド王家主導の政よりは、国民の支持を得られているようであった。騎士団の政治への評価は、そのまま、騎士団への入団希望者の数に反映された。騎士団は、革命後、その団員数を大幅に増加させることになる。そもそも、ベノアガルドの国軍が騎士団に統一されたのだ。これまで、国軍と騎士団は別物としてベノアガルドの中にあり、ベノアガルドの両輪として機能していた。しかし、革命の際、王家側に付いた国軍は、国民からの突き上げによって存続さえできなくなってしまったのだ。騎士団は国軍を解体、人員のほとんどを騎士団に吸収した。

 かくして、ベノアガルドは騎士団の国となり、騎士団長フェイルリング・ザン=クリュースは、北の騎士王と呼ばれるようになった。

 当然のことだが、みずから王を名乗っているわけではない。彼は徹底して騎士団長であり、それ以上でもそれ以下でもないと常にいっている。しかし、国を運営する騎士団の頂点に立つものが王と呼ばれるのは仕方のないことでもあり、北の騎士王という呼び名も否定しているわけではなかった。

 騎士団は、フェイルリング・ザン=クリュースを頂点とする組織だ。騎士団長たる彼を含めて十三人の幹部がおり、それら十三人の騎士を十三騎士と呼んだ。十三騎士は、度々、騎士団長の招集を受け、ベノア城の中枢に足を運ばなければならなかった。しかし、十三騎士が勢揃いすることは年に一度あるかないかといったところだった。騎士団は忙しい。特に十三騎士は、それぞれ、ベノアガルドの各地を領地として治めている。領主としての役目も果たさなければならない。さらにいえば、十三騎士は国外に赴かなければならないことがあり、その場合、長期間、幹部会議の席に空白が生まれた。そのことを快く思わないものがいるのは、ある種の勘違いからだが。

「今回も、ケイルーン卿の姿が見られませんな」

 席上、カーライン・ザン=ローディスが囁くようにいった。金髪碧眼の貴族然とした男だ。冷ややかなまなざしは、会議場の空席を見やっている。騎士団に貴族出身者が多いのは、当然のことだった。騎士団は、ベノアガルドの王侯貴族の中で家督を継げない二男三男が入ることになっていた。カーラインもそんなひとりであるが、彼の場合、慣例として騎士団に入ったわけではない。彼の意思によるところが大きかった。

「けっ……さすがは副団長のお気に入りだけのことはあるな」

「神聖な場でそのような言葉は慎みたまえ、ラナコート卿」

「あー、はいはい……てめえにゃいってねえっての」

「聞こえているぞ」

 睨み合っているのは、ベイン・ベルバイル・ザン=ラナコートとロウファ・ザン=セイヴァスのふたりだ。騎士団随一の剛力の持ち主であるベインは、言動だけでなく風貌そのものが荒々しい。一方、ロウファは存在そのものが落ち着いているように見えるのだが、彼のベインを睨む目は、複雑な感情が入り混じっているようだった。

「ケイルーン卿が離れている理由は前回団長閣下が話されたはずだが、卿は聞いていなかったのか? それとも、卿の頭には入りきらなかったのか?」

「俺様の頭は常に未来を憂えているからなあ。過去のことなんざあ、覚えていられんのよ」

「よくいうものだ」

 ロウファとベインの口論はいつものことだが、それは、ふたりの席が隣り合っていることにも原因が在るのだろうし、彼らの所属する派閥にも原因があるのかもしれない。

 人間、三人集まれば派閥が生まれるという。たった十三人の幹部の間ですら、いくつかの派閥が生まれるのは仕方のないことなのかもしれなかった。そして、派閥が競い合い始めれば、ひとり孤高をいくということも許されなくなる。

「まったく、あなたたちには困ったものねえ。ここが神卓の間だということを忘れてもらっては、困るわ」

 ルヴェリス・ザン=フィンライトが、対面の席からふたりを睨めつけた。騎士団幹部の中で一際異彩を放つのが、彼だ。“極彩”のルヴェリスとはよくいったもので、彼の華麗な化粧は、ルヴェリス・ザン=フィンライトという人物を端的に表現している。彼は、騎士団唯一の芸術家であった。

「フィンライト卿のいう通りだ」

 ルヴェリスの言葉を肯定したのは、シド・ザン=ルーファウスだ。長い白髪が特徴的な男は、ルーファウス家という貴族の当主であるが、貴族の当主が騎士団に入るのはめずらしいことだった。だが、彼の目的を知れば、騎士団に入るのも納得であり、彼とロウファ、ベインが同じ派閥に属しているのも、彼の目的のためだった。もっとも、彼の目的は既に潰え、いまの彼は騎士団に忠誠を誓う一騎士に過ぎない。

「ここは神卓の間。言い争いならば、外で行うといい」

 シドが告げると、ベインとロウファは睨み合ったまま席に座り直し、顔を背けあった。

 神卓の間は、ベノア城の中枢といっていい広間だった。十三騎士のみが立ち入ることを許された空間であり、騎士団が、神卓騎士団と通称される由来となった場所でもあった。

 無数の石柱によって囲われた広間は、常に独特な空気に包まれている。常に磨き抜かれているかのような光沢を帯びた床、石柱に備えられた特殊な魔晶石は淡い緑の光を発し、遥か彼方の天井にはベノアガルドの全体図が描かれている。中心には、歪で巨大な卓が置かれている。六芒星に近くも遠い形状をした卓は、騎士団長フェイルリングによって発見され、彼によって神卓と命名された。

「話し合いは終わったようだな」

 フェイルリング・ザン=クリュースが、オズフェルト・ザン=ウォードを伴い神卓の間に現れると、十三騎士の間に緊張が走った。

 緊張を覚えるのは、シヴュラも同じであり、隣の席のハルベルト・ザン=ベノアガルドなども緊張のあまり、蒼白の顔をしていた。それだけ、フェイルリングの発する威が凄まじいということなのだが、フェイルリング自身が威圧しているというわけではなかった。

 騎士団長そのひとは、物腰の穏やかな紳士であり、威圧感とは無縁といってもいいような人物だった。

「では、会議を始めよう」

 しかし、彼が一言言葉を発すれば、十三騎士のだれもが魂の震えを感じずにはいられないのだ。


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