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第八百話 獅子の尾が揺れるように(二)

「でさあ、セツナは新しい領地、どこなの? 領地がもらえるって話よね?」

「そうよ、それは大事よね」

 ミリュウとファリアが、暗くなっていた広間の空気を一掃するかのように話題を変えた。少し重い話をしていたのだ。彼女たちとしても息苦しかったに違いないし、マリア自身、空気が変わってほっとしているような素振りを見せていた。

「まだ決めてないんだ」

 セツナは、広間の机の上に隊長室から持ってきていた書類を置いた。分厚い書類を見て、一同は目を丸くした。セツナはまだ、褒賞の内容について詳しく報告していなかったのだ。新たな領地を与えられるということしか話していない。

「決める?」

 ミリュウが怪訝な顔をしながら、書類の中から一枚手にとった。

「いくつかの候補地の中から自分で決めろって話らしい」

「へえ、大盤振る舞いもいいところだねえ。さすが陛下といったところかね」

「それだけのことでもしなければ、隊長の戦功に報いることができないと判断したんでしょうね」

「どれどれー……第一の候補は、龍府……龍府!?」

 ミリュウが度肝を抜かれるのも無理はない。龍府とは、あの龍府のことなのだ。かつてはザルワーンの首都として君臨していた都市であり、古都としても知られる観光名所でもある。ミリュウの故郷といってもよかった。

「龍府はないよなあ」

 セツナは、ミリュウの心情を気遣ったつもりだったが、彼女は平然としていた。

「いいんじゃないの? ザルワーン最大の都市だし」

「いや、だからこそ、ないんじゃないかって」

 小さな温泉街に過ぎなかったエンジュールとはわけが違うのだ。様々な問題が降りかかってくる可能性も皆無ではない。もちろん、領地の運営や政務に関しては、国から派遣される司政官に任せておけばいいのだろうし、セツナはこれまで通り、《獅子の尾》隊長に専念することができるのだろうが。だとしても悩みどころではあった。

「候補地に入っているっていうことは、セツナの領地になっても構わないんでしょ? なんの問題もないわよ」

「ほかには……バハンダール、マルウェール――ザルワーン方面が多いわね」

「あとはクルセール、セイドロック、ネヴィア……クルセルク方面か」

 ルウファがさらっといったが、クルセールが候補地に入っていることも、驚くべきことだった。クルセールはクルセルクの首都であった。魔王軍との戦争では、戦火に包まれることこそなかったものの、クルセルク最大の都市にして魔王の都という存在感は、戦争の最終盤になって見せつけられたといってもよかった。クルセールには、人間と皇魔が一時にも共存していた都市としての名残りが、いまでもあるという。

 現状、クルセールは、ガンディアのクルセルク統治の拠点となっており、そういう理由もあって、セツナの頭の中からは領地候補から外れているのだが。

「それにミオン・リオンかあ」

「そういえば、ミオン領土の半分も、ガンディアのものでしたね」

 ミオン征討からそのままクルセルク戦争に移行したこともあって忘れがちな事実だが、ミオン旧領の北半分がガンディアのものとなり、南半分がルシオンのものとなっている。ミオン旧領の統治運営は、いまのところなんの問題も起きていないようだ。ミオンの元国民も、戦死した国王イシウスの暴走が亡国の原因となったことを理解しているのだ。

 マルス=バールさえ差し出していれば、ミオンが滅ぶことはなかったということがわかっているから、ガンディアやルシオンを悪しざまに罵ることもできない。むしろ、国を滅ぼす原因を作ったマルス=バールとイシウス=ミオンを罵倒するもののほうが多いというのが、ミオンの実情らしい。特にマルス=バールへの怒りは強く、彼の墓は破壊されてしまったという。作り直してもそのたびに破壊されるため、壊されたまま放置されているらしい。マルス=バールの末路を考えれば、致し方のないことなのかもしれない。

 候補地のミオン・リオンに話を戻せば、ミオン・リオンもまた、首都として栄えた都市だった。ミオンのやや南東部に位置し、エンダールやラクシャ、バラクといった近隣国への牽制として、ミオン・リオンを領地とするのもありなのかもしれない。もちろん、この都市も、ミオン方面の拠点となっているのだが。

「ログナーとかガンディア本土はないんですね」

「ガンディア本土には置いておきたくないのかな?」

「陛下のお膝元よりは、前線により近い土地のほうがいいと考えておられるのではないでしょうか? 御主人様はガンディアの矛にございます故、内地に置いておくよりは、外地に置いておきたいと考えるのは、必定かと」

「なるほどねー」

「エンジュールは最初の領地だったし、湯治のためでもあったものね」

 そう考えると、最初の領地がエンジュールだったのは幸運以外のなにものでもないのかもしれない。エンジュールは、ガンディオンからもそう遠い場所にあるわけではない。四日もあれば辿り着く距離であり、早馬を飛ばせばさらに短時間で到達することができた。エンジュールにいる間、王都からの招集があったとしても、すぐに駆けつけることができたのだ。そして、休みができたら、気軽にエンジュールに足を伸ばすこともできる。

 そういう意味でも、エンジュールとガンディオンの距離感は見事というほかない。もちろん、レオンガンドたちの思惑としては、エンジュールという温泉地で身も心も休め、つぎの戦いに備えて欲しいというのもあっただろうし、その目論見通り、セツナたちは英気を養うことができたものだ。

「この書類の分厚さ、何事かと思ったけど、候補地の詳細な情報が記されているわね」

「土地柄とか名産品まで書いてるわよ」

「名産品で選ぶのはなしだろ」

「そうね」

 セツナが口を尖らせると、ファリアが吹き出した。

「で、御主人様はどうなされるおつもりなのでございますか?」

「はっきりいって、悩んでる」

「そりゃそうよね。こんなの悩むわ」

「どんな土地でも与えられたらそれで納得できるけど、自分で選ぶとなるとねー」

 レムの考えを聞いた限りでは、前線に近い土地がいいのだろう。前線というと、北にならざるをえない。ガンディアの南部はガンディアの本土であり、ケルンノール、クレブールともどもジゼルコートの領地として固められている上、そもそも候補地にすら挙げられていない。

 ジゼルコートの新たな領地がクレブールという、ガンディオンにほど近い都市なのは、彼が国政に力を発揮する人物故だろう。王家の人間だからという可能性も考えられるが、レオンガンドがいまさらそのようなことを考慮するとは思えない。

 ガンディアの南方は、同盟国であるルシオンの領土に面している。ルシオンがミオンの旧領を自領としたことで、南方の防備は不要になった。だからといってガンディア方面軍の軍団がクレブールからいなくなるということはないのだが、それはそれとして、国境に防衛部隊を配置しなくて済むのは、ありがたいことである。ルシオンさまさまといったところだが、ルシオンはガンディアのおかげで北の護りを不要としている。持ちつ持たれつなのが同盟関係なのだ。

「悩みぬきな。時間はたっぷりあるんだろう?」

 マリアのさっぱりとした喋り方は、やはり耳心地がいい。セツナは笑顔になりながら、彼女を振り返った。

「授与式までには決めておかなきゃいけないけどね」

「授与式は十七日……確かにたっぷりとあるわね」

「皮肉っぽーい」

「皮肉よ」

「まあでも、五日もあれば、たっぷりといってもいいんじゃないですか?」

「そうかしらね。もっと早くいってくれれば、セツナにだってゆっくりと考えられる時間があったのに」

「まあまあ、落ち着いてくださいよ」

「落ち着いてるわよ。わたしのどこが落ち着いてないっていうのよ」

「え、えーと……」

 妙な気迫を纏ったファリアに迫られて、ルウファが返答に窮したようだった。彼は助けを求めて周囲を見たが、だれひとりとして彼に手を差し伸べない。それだけ、ファリアの気迫が凄まじいということもあるが。

 ニーウェだけがルウファの元に駆け寄ったが、黒い毛玉は彼の足元を走り回るだけで、なにも解決しなかった。

「なんだいありゃ」

「ファリアさん、なんだか迫力が増しましたね」

 しみじみとしたエミルの言葉に、ミリュウがぼそりとつぶやく。

「愛の力は無敵なのよ」

「愛の力……ねえ」

「ね、セツナ」

「なんで俺に同意を求めるんだよ」

 セツナは憮然とした顔になる自分を認識して、ため息を付いた。いつものことながら、《獅子の尾》は賑やか極まりない。

「わたしのおすすめは龍府ですが」

「龍府ねえ……」

 反芻してみると、脳裏に龍府の古都めいた風景が浮かび上がった。かつてザルワーンが強国として君臨していた時代の名残がそこかしこに見受けられる大都市には、様々な観光名所があり、ガンディアが制圧してからというもの、観光客が大量に訪れているという話だった。ガンディアは基本的に開放的なのだ。だから龍府が観光都市として機能しているのだろう。

「龍府はアバードとの国境に近い都市でもありますし、それになにより、我が最愛の妻の故郷でもあります」

「なるほど……最愛の妻の……」

 そこまで言葉にして、セツナはようやく違和感に気づいた。振り返る。広間の出入り口に、ナーレス=ラグナホルンの姿があった。

「って、ナーレスさん!? なんでここに!?」

「ちょっと寄ってみたんですよ」

 などと、軽く散歩しにきたとでもいうような口調のナーレスには、セツナは違和感を覚えるしかない。どこか陽気で、なにかがおかしい。ナーレス=ラグナホルンといえば、ガンディアの軍師であり、冷徹な計算ばかりしている男という印象がある。そしてそれは大方間違っていないはずなのだが。

 いま、隊舎の広間に顔をのぞかせている人物からは、軍師らしさを感じ取ることはできなかった。

 すると、彼の背後からセツナと同年代の少女が現れ、ぺこぺこと頭を下げてきた。

「す、すみません、うちの旦那がおじゃましてしまっているようで!」

「い、いや、おじゃまというか、なんというか」

「メリルちゃん、いったいどういうことなの」

「ミリュウお姉さま……えーと、これは、その……」

 メリルがしどろもどろになったのは、ミリュウの怪訝な表情と、広間にいる皆の反応があまりに想像通りだったからかもしれない。


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