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第七百九十九話 獅子の尾が揺れるように(一)

「候補地は、ここにあげている通りです。時間はたっぷりとありますので、急がず、ゆっくりと考えてくださって構いませんよ。お決まり次第、王宮までお知らせください。使いの者をこちらに置いておきますので」

 スレイン=ストールが机の上に置いた書類の分厚さに、セツナは軽く目眩を覚えた。この書類すべてが候補地というわけではなく、候補地に関する情報などが記されているということはわかるのだが、それにしても気の遠くなりそうな分量があるのは確かだった。

 セツナがスレイン=ストールと対面したのは《獅子の尾》隊舎の隊長室であり、スレインは従者をひとり連れていた。決定したのならば、彼に伝えればいい、ということだろう。

「わ、わかりました……けど、本当ですか?」

「なにがです?」

「いや、新しい領地って……」

「本当ですよ。セツナ伯は、それに見合う働きをなされたのです。だれも文句はいえませんし、いわせはしませんよ」

 スレインはにこりと笑っていってきた。スレイン=ストールは、レオンガンドの側近であり、“四友”とも呼ばれるうちのひとりだ。セツナとはあまり面識がないといってもよかったが、それは単純に、ゼフィル=マルディーンが世話をしてくれることが多かったからだ。互いに特別意識しているわけではない。

“四友”のひとり、ケリウス=マグナートだけは、セツナに対してなにかしら思うところがあるかもしれないが、それも昔の話だったし、セツナとしてみればどうでもいいことだった。それに、レオンガンドが側に置いているような人物だ。問題があるとは思えない。

「は、はあ……」

「では、わたくしはこれにて」

 スレインが笑顔のまま退室すると、隊長室には、セツナとスレインの従者だけが残された。

 

 四月十二日。

 王宮より、クルセルク戦争での戦功に応じた褒賞が発表され、それに伴い、新たな人事も明らかになった。人事の目玉は、ミオン方面軍、クルセルク方面軍の設立と各軍団長の任命に関するものであり、クルセルク戦争で戦死した軍団長の後任にも注目が集まった。

 そんな中、《獅子の尾》隊舎にあっては、褒賞に関する話題で持ちきりであり、隊舎を引っくり返すような大騒ぎになっていたりもした。褒賞はなにもセツナだけに与えられるものではないのだ。《獅子の尾》に所属するだれもが活躍に応じた褒賞を提示され、授与されることになっていた。

「これでわたしも晴れて王宮召喚師の仲間入りってわけね」

「あたしもよ、あたしも!」

 ファリアとミリュウには、王宮召喚師ゼノンの称号が授与されるほか、多額の褒賞金が支払われることになった。褒賞金はともかくとして、ふたりが王宮召喚師の称号を授与されたことは、《獅子の尾》としても喜ばしいことであり、隊舎が喜びに包まれるのは当然だった。

 特にファリアは、敵武装召喚師を撃破するという大金星を上げたザルワーン戦争でも、王宮召喚師の称号を授与されなかったこともあり、喜びもひとしおといったところらしかった。彼女の王宮召喚師入りが遅れたのは、政治的な理由も大きいのかもしれない。彼女は元々《大陸召喚師協会》の局員であり、リョハンの人間である。

「で、なんて名乗るんだ? ファリア・ベルファリア・ゼノン=アスラリア?」

 セツナは言葉にしてみて長いと思ったが、その感想はいわなかった。元々、長い名前ではあるのだ。

 広間に、《獅子の尾》の隊士が勢揃いしていた。ファリア、ミリュウ、ルウファ、エミル、マリア、それにセツナの六人だ。それにレムと黒い毛玉のニーウェも参加しており、ニーウェはミリュウの足元をわけもわからずうろついている。

「そうね……長いけど、それが一番かしら」

「ファリア・ゼノン=ベルファリアじゃだめなの?」

「それでもいいけど、ベルファリアは残しておきたいし」

「そっか。そうよね。ベルファリアを名乗らなくなったら、おばあちゃん、悲しんじゃうもんね」

「そういうことが理由ではないけど」

 ファリアは、困ったように笑った。ミリュウは、クルセルク戦争を通して、ファリアの祖母ファリア=バルディッシュと交流を深めたらしい。ファリア=バルディッシュ自身があっけらかんとして話しやすい空気を漂わせた人物ではあるのだが、ミリュウがここまで懐く人物はめずらしいといってもいいだろう。彼女は、他人に興味を持つということがない。

「あたしはねえ、ミリュウ・ゼノン=カミヤ、かな」

 ミリュウが頬を赤らめながら発した言葉の意味を理解するのに数秒の間を要した。

「はあ?」

「いつの間に御結婚なされたのでございます?」

 レムが問うと、ミリュウは勝ち誇ったようにいった。

「それは、秘密よ」

「はあ……しかし、どうやって《白き盾》のクオン様と知り合ったのでしょうか?」

「そっちじゃないわよ! っていうか、クオン=カミヤなんて興味もないわよ!」

「では、どちらのカミヤ様?」

「セツナに決まってるでしょ! ほかにいないでしょ!」

 カミヤという姓は、この世界には存在しないか、存在していたとしてもガンディア近辺で知られた名前ではない、ということだ。元々、異世界、しかも日本という国で使われている名前だ。このイルス・ヴァレに同音の姓が存在するとは考えにくい。

「御主人様と御結婚なされるのでしたら、わたくしの屍を越えて行かれませ!」

「なんなのよ! もうっ!」

 突如として拳を構えたレムに対して、ミリュウは憤然としながらも、半身に構え、両方の拳を胸の前に掲げた。呆気に取られる隊士たちを尻目に、ふたりの視線が激突し、火花が散る――そんな情景を幻視して、セツナは頭を振った。

「なにがなんだか」

 

 ルウファには、青銀獅勲章が贈られた。戦争で多大な功績を上げたものにのみ贈られる勲章であり、クルセルク戦争中、戦闘でも戦闘以外でも活躍したルウファには相応しいものだといえるだろう。

「まさか勲章をいただけるとはねえ……」

「骨折り損にならなくてよかったじゃない」

「まあ、そうですね。けど、そこまでの働きをしたのかな、という疑問は残りますよ」

 ルウファの自己評価の低さは相変わらずといったところかもしれない。彼もまた、常に高みを目指している。この程度の戦果では満足できないと常に考えているのだ。ザルワーン戦争の途中離脱が響いているのかもしれないし、王家への忠誠心がそうさせるのかもしれない。もっと戦果を上げ、貢献しなければならないという強迫観念が、彼を突き動かしているように見えた。

 そんな彼に詰め寄ったのが、エミルだ。

「なにいってるんですか。ルウファさんだって、数多くの皇魔を倒したじゃないですか!」

「エミル……」

 ルウファが、呆然と彼女を見やる。確かに彼女のいう通りだ。ルウファは、クルセルク戦争を通して、数えきれないほどの皇魔を倒している。召喚武装持ちの皇魔を撃破している上、魔天衆総大将ベルク撃破のきっかけを作ったのも、彼だ。

「わたしは見てますよ」

「そうか……俺の天使はここにいたのか……」

 見つめ合い、あまつさえ手を握り合うふたりを見やりながら、ミリュウが口を開いた。

「本当、あんたたちって幸せよね」

「いいじゃない、幸せなら」

「悪いなんていってないでしょ。あたしだって、幸福度なら負けてないし!」

 セツナに抱きついてきたミリュウに対して、ファリアが嘆息した。

「張り合わないの」


「銀獅子の名を冠する勲章は、ほかに赤銀獅勲章、黒銀獅勲章などがあり、最上位は白銀獅勲章というもので、隊長の勲章がそれに当たります」

 ルウファの説明によって、セツナにも勲章が授与されることを思い出した。勲章と新たな領地。それがクルセルク戦争におけるセツナの戦功に対する褒賞であり、そこに多額の褒賞金が上乗せされる。

「へー……って最上位!?」

「驚くほどのことじゃないですよ、隊長」

 ルウファが苦笑したが、セツナにはその理由がいまいちわからなかった。

「隊長は白銀獅勲章に相応しいだけの功績を上げた。ただそれだけのことです」

「そうそう。隊長殿は、だれよりも多くの敵を倒し、味方の損害を減らすのに一役買ってるんだ。隊長殿がいなかったらと思うと、ぞっとしないよ」

「マリア先生のいう通りですよ、セツナ様」

「ま、軍医としては、ひとりとして負傷者が出てほしくないのが本音だがね」

 マリアが肩を竦めていった。大柄なだけあって、彼女の些細な仕草も大袈裟な動作に見えてしまうことがある。彼女自身が気にしていることだ。

「それはわかってる」

「え?」

「俺がもっと強くならないとな」

「ちょっと、待って、隊長」

「セツナ……」

「もっと黒き矛の力を引き出せるようになれば、味方の損害を出さずに済むようになるかもしれない」

 それはずっと思い続けていることだ。黒き矛カオスブリンガーの力を最大限引き出し、なおかつ自由自在に操ることができるのならば、味方の損害をなくしてしまうことも不可能ではないのではないか。黒き矛は、闇黒の仮面を吸収して、さらに強くなった。

「隊長殿」

 マリアの目が鋭くなった。射抜くような目は、彼女が軍医としてセツナの体を見るときのように鋭利だった。

「隊長殿が強いのはよくわかっているし、もっと力がほしいっていうのもわからないことじゃあないよ。けど、ガンディアが行っているのは戦争なんだ。隊長殿がどれだけ力を得たところで、負傷者を無くすことなんでできやしない。局地的な戦い――たとえば《獅子の尾》の携わる戦いだけで戦争が終わるのなら話は別かもしれないけどさ。現実はそうじゃない」

 マリアの言葉こそ真理だろう。

 セツナの発言は理想論ですらない。ただの夢想、ただの妄想にすぎない。だれひとり血を流さす戦争に勝利するなどということは、通常、ありうることではない。戦闘が起きれば、必ず血が流れる。だれかは死に、だれかは傷つく。それが戦争というものであり、勝利を目指すということなのだ。

「いっとくけど、あたしゃ、隊長殿のことを責めているわけでもなんでもないからね。むしろ、感謝しているんだよ。隊長殿のおかげで救われた命は数えきれないほどさね」

「それ以上に殺しているさ」

 セツナが告げると、場を沈黙が支配した。この場にいるだれもが知っていることだ。この場にいるだれもが理解していて、決して口には出さない言葉だ。セツナはガンディアの勝利のためにおびただしい数の人間を殺している。

 味方の流血は防ごうと思いながら、敵の出血に関しては無頓着どころか、むしろもっと多くの血を流させようとしている。矛盾、とまではいかないかもしれないが、感覚が狂っているのは疑いようがない。

「隊長殿がそれをわかってるんなら、なにもいうことはないよ」

 マリアが痛々しいものでも見るかのような目をしていたのが気になったが、追及するつもりにもなれなかった。彼女は、セツナの手当をするときや体を見るとき、決まって、そういう目をした。体に刻まれた傷の数や深さを痛ましく思っているわけではないのだろう。もっと深いところでなにかを感じている。

 マリアは、そういう女性だった。

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