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第七百八十一話 師匠の評価

「どうだったんだ? 師匠の目から見て、今回の弟子の出来ってのはよ」

 御前試合会場の撤去が始まる中、シグルド=フォリアーはようやく重い腰を上げた。団長が椅子から立ち上がったことで、ルクス=ヴェインもやっとのことで動くことができた。使用人たちの邪魔そうな目が痛かったのだ。傲岸不遜がルクス=ヴェインの代名詞とはいえ、こういう場で傍若無人に振る舞うことを得意としているわけではない。むしろ、普段の生活では目立ちたくもなかった。

 目立つのは、戦場だけで十分だ。

「総合的に見れば、及第点を上げてもいいかと」

 ルクスがシグルドの問いに答えると、ジン=クレールが眼鏡を光らせた。

「あれで及第点ですか。少々厳しすぎませんか。優勝したんですよ?」

「優勝を譲ってもらったんだよ」

「へえ。俺にはそうは見えなかったけどな」

「わたしにも、セツナ伯が実力で勝ったものだとばかり」

 シグルドとジンが口を揃えたかのようにいった。彼らほどの実力者でさえ、気づかないほど些細な変化だ。会場にいた観客のほとんど全員がセツナの勝利を微塵も疑わなかっただろうし、勝ったセツナですら、負けてもらえたとは思っていないだろう。それだけリューグの技術がずば抜けているという証であり、“剣鬼”の高みに近い人物であるという証明でもある。もっとも、ルクスがリューグと戦えば、十中八九、ルクスの勝ちだが。

「まあ、ある程度は実力だね。セツナに力がまったくなかったら、相手もどうやって負ければわざとらしくないか、大いに頭を悩ませただろうけど、幸い、セツナは三試合を勝ち抜いてきてもおかしくはない程度に実力者だったからね」

「日頃の鍛錬のおかげってか?」

「否定はしませんぜ」

「で、どこを見て、わざと負けた、と?」

「リューグは、攪乱戦法を取ったでしょ」

 リューグは、技巧派の剣術家だ。ルクスのように力と技を最大に高めた剣術家ではなく、技に特化した類の剣術家であり、彼の得意とする技のひとつが、戦場を大きく使った攪乱戦法のようだった。戦場を休みなく飛び回りながら敵の隙を突くという戦術は、体力の消耗が大きく、戦いの長引く可能性のある競技試合ではお勧めできないものだ。

 一方、見栄え自体は良く、観客の度肝を抜くには十分であり、上手くやれば手を抜くこともできた。変幻自在の剣は、緩急自在の剣でもある。どこかで速度を緩めても、それがわざとらしい失態には見えないのだ。

「それがリューグの戦い方なんだろ? 第一回戦からずっとそうだったぜ」

 シグルドの言う通りでもあった。リューグは、第一回戦からずっと、その見栄えが良く、体力の消耗が馬鹿にならない戦い方を続けていた。舞台上を縦横無尽に飛び回り、相手の攻撃の空振りを誘い、剣が空を切った瞬間、猛烈に打ち据える。

 そういう相手には、セツナが取ったような戦術で対抗するのが望ましい。山のように不動に構え、動き回る相手に隙ができるのを待つのだ。

「だけど、セツナとの戦いの最初だけ、そうじゃなかったでしょ」

「あれは……セツナ伯を試したのでは?」

「実際、試したんだ。セツナがどれくらいやれるのか、確かめたかったんだ。決勝に至るまでの試合は見てても、実際剣を交えてみないと、本当の実力は判断できないものだし……リューグは、上手く負けるために、セツナの力を計ったんだ」

 決勝戦の最初の衝突。あれも、リューグの全力ではない。セツナの力量を図るためだけの激突であり、そのために本気を出すわけにはいかなかったはずだ。つまり、リューグは、徹頭徹尾本気ではなかったということだ。常に力を抑えた上で勝ち抜き、決勝戦まで駒を進めている。彼の対戦相手は皆本気で彼を倒しにかかっているというのに、だ。

 つまり、御前試合において、リューグだけが別次元実力者だったということにほかならない。

「それで、攪乱戦法を使った。きっとね」

「ふむ……いまいちわからんな」

「それだけでは、確証がない」

「確証なんてものはないよ。ただ、俺の目は誤魔化せなかっただけ」

 ルクスの目は、リューグが手を抜く瞬間を見逃さなかった。変幻自在に動き回りながら、自由自在にセツナの攻撃を引き出し、鋭い攻撃を避けきれない、といった風に攻撃を食らい、点数を与えていった。セツナの攻撃の中で、会心の当たりといっていいのは、最初の一点と、最後の勝利点だけだった。そして、勝利点は、リューグが疲れきっているからこそ決まったものだ。リューグは、なんとしても負けるために飛び回り続けた、ということになる。

 彼が負けた理由ならいくらでも想像ができた。できたが、そんなことに興味はなかった。おそらく政治的な理由だろう。ルクスは、政治に関わるつもりはないし、政治的な理由ならば、口出しする必要もない。ガンディアにはガンディアの政治的正義があるというだけの話であり、そのためには、セツナの勝利は絶対必要だったということだろう。

「それがなによりの証拠じゃねえか」

 シグルドの大きな手が、ルクスの頭に置かれた。ごつごつとした手の感触が、いつものように髪をかき乱す。

「え?」

「おまえの目ほど当てになるものはねえっての」

「そうですね。本当に、そうです」

 シグルドとジンの言葉は、ルクスの視界を滲ませたが、さすがに泣くようなことはなかった。ただ、心は震える。ふたりと出会えて良かった。何度となく想ったことだ。何度となく実感したことだ。シグルドとジン。ふたりがいたからこそ、彼は彼であり続けることができる。

「……だったら、いいや」

「なにかいったか?」

「セツナが優勝した事実に変わりはないってこと」

 政治的な理由であれなんであれ、御前試合の優勝者が覆るようなことはないし、そんなことがあっていいわけがない。そして、セツナが優勝したのならば、だれも文句はないだろう。セツナは、この国にとって英雄と呼ばれるに相応しい人物だ。その点に関しては、ルクスにも不満はなかった。ルクスとグレイブストーンでは、セツナと黒き矛ほどの活躍はできない。黒き矛を手にした彼の真似をすることは、だれにもできないだろう。それだけは、疑いようのない事実であり、ルクスがセツナを賞賛しうる事象だった。セツナは、本当によくやっている。

「そうだなあ。おまえの弟子が優勝したんだ。弟子志願者が増えるかもな」

「あの領伯と同門というだけで箔が付きそうですしね」

「やですよ、俺は。セツナだけで手一杯だってのに」

「でも、最初はそのセツナ伯さえ嫌がっていただろ」

「そりゃあね。それはいまでも、変わんないかな」

 いまでも、師弟という関係には違和感がある。しかし、セツナにとってルクスは師匠だったし、ルクスにとってセツナは弟子だった。彼に剣の使い方の基礎から教え、叩き込んだ。戦い方の基礎から、修練方法に至るまで、なにもかもだ。もちろん、それは普通のやり方ではない。ルクスなりのやり方だ。流派を作るとすれば、ヴェイン流となるだろうか。なんにしても常人にはついてこれないような厳しい鍛錬は、ルクスが弟子を取りたくないことに起因している。セツナがさっさと音を上げて、ルクスの弟子を辞めることを期待していたのだが。

 どうやら、彼はルクスの弟子であることを誇りに思っているような節がある。

「でも、まあ、セツナにならもっと教えられるかもしれないかなって」

 ルクスの体得した極意も、彼と黒き矛ならば再現可能かもしれない。

 そう考えると、セツナに教えるのも悪くはなかった。

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