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第七百七十八話 御前試合(十八)

 セツナが見事なまでの勝利で優勝を決定づけたとき、周囲の観客は総立ちとなった。いや、周囲だけではない。練武の間の観客全員が圧倒的な興奮の中で立ち上がり、口々に叫び、拍手したといってよかった。熱狂が渦巻き、様々な声が舞台上の優勝者と敗者に向かっていく。セツナの勝利を称えるもの、リューグの戦いを称えるもの、セツナへの愛を伝えるもの、リューグへの熱烈な想いを口にするもの、数多の感情が洪水となって練武の間を包み込んでいた。

 決勝戦に相応しい熱戦が終わったのだ。しかも、決着をつけたのは、見事というほかない一撃だった。あのような方法で決着がつけられれば、だれであれ、文句の言い様がないだろう。非の打ち所のない主の勝利は、彼女にとっても嬉しいものであり、感動を禁じ得なかった。とはいえ、涙をながすほどではない。

「お兄ちゃんすごおおい!」

 エリナが両手を上げて喜びを表せば、ファリアも驚いていた。

「本当、凄いわね……信じられない」

「優勝かあ」

「さすが隊長! ってか、本当に隊長?」

 驚いているのは、ファリアだけではなく、《獅子の尾》の隊士全員だ。ミリュウにしても、ルウファにしても、セツナがリューグに勝てるとは思っていなかったのだ。もちろん、セツナの実力を疑っていたわけではない。セツナの実力を知っているからこその冷静な判断が、セツナの敗北を予想させていたのだ。

 黒き矛を手にしたセツナならば負けるわけがない――それこそ、《獅子の尾》の共通認識であり、だからこそこのような競技試合の結果で、セツナを評価するのは馬鹿げている、ともミリュウなどはいっていた。

「あとでご褒美をあげなきゃならないねえ」

「先生がいうといかがわしいからやめて」

「だから、なんでそうなるんだい」

「いやだって、ねえ」

「ねえ、ってわたしに振らないでよ」

「そうだよ、あたしはあんたに聞いてるんだよ、ミリュウ」

「まあまあ、マリア先生もミリュウさんも落ち着いてください。ここで騒いだりしたら、セツナ様にまで迷惑がかかりますよ」

 エミルが仲裁すると、マリアもミリュウも視線の間で散らせていた火花を消して、肩を竦める程度に留まった。マリアにせよ、ミリュウにせよ、セツナに迷惑をかけるのは本意ではないのだ。どんなときであれ、それが行動基準となっているのが、《獅子の尾》の麗しいところなのかもしれない。皆、セツナのことを大切に想い、彼の迷惑にだけはなりたくない、足だけは引っ張りたくないと思っている。

《獅子の尾》とは、王立親衛隊というだけでなく、彼らの居場所であり、家であり、魂の在り処なのかもしれない。

 彼女とは、少し違う。

「それでは、御前試合の主催でもあられます、レオンガンド陛下より総評を賜りたいと存じます」

 舞台上に目を向けると、御前試合の全参加者が並んでいた。優勝者のセツナを中心に、リューグ、バレット=ワイズムーン、グラード=クライドといった面々が、レオンガンドの到来を待ち侘びていた。

 しかし、レムの意識はそこではなく、舞台を挟んだ対面の観客席、最後列に向けられていた。妙な引っ掛かりを覚えていた。なぜかはわからない。死神としての本能かなにかが、ひとりの観客の動向を注意しろといっていた。だから、レムは、試合展開そっちのけで、その人物に注目し、意識の半分以上をそちらに向けていた。主の試合結果も気になるのだが、それ以上に、頭巾を目深に被り、外套を着込んだ人物のほうが気にかかって仕方がなかった。

 存在そのものが、浮いている。

 御前試合の会場に入れるのは、王宮関係者であることが大前提だ。王侯貴族、文官、軍人、登殿資格を保有した人間か、その関係者でなければならず、服装にはもっとも注意が払われた。身分や立場を偽られるようなことがあってはならないからだ。王宮警護による身分照会も厳重極まりなく、そのことでエリナについて聞かれることが何度かあった。エリナの場合は、セツナの署名入りの紹介文を提出するだけで良かったのだが。

 件の人物は、どのように対処しているのかはわからなかった。明らかに自身の正体を隠すような格好であり、この場には相応しくないどころではなかった。真っ先に外に連れて行かれ、身分を照会されるような服装であり、王宮警護が目を光らせないはずがないのだが、なぜかその人物は、試合の開始から終了まで会場にいつづけた。

 ただ、その人物は、試合が決まる直前に席を立とうとしていた。結果がわかったからだろう。残り十分。点差は開き、リューグが挽回するのも難しくなっていた。結果のわかりきった試合ほど面白くないものはない。レムのようなセツナ支持者ならまだしも、そうでない人間にしてみれば、そう考えるのも無理はなかった。

 レムは、件の人物が会場を離れるのを見届けると、椅子の下に置いていた手荷物を取った。ファリアが声をかけてくる。

「どうしたの?」

「いえ、少し……」

 言葉を濁すと、思った通り、ミリュウが察してくれた。

「はぁん……死神も生理現象には敵わないってわけね」

「そういうことなら仕方ないか」

 ファリアも囁き声になった。

「すみません。どうか、このことは御主人様には御内密に」

「セツナに嫌われたくないもんね。わかったわ」

「ありがとうございます」

 レムが深々と頭を下げると、ミリュウは照れくさそうに笑った。

「ミリュウが助け舟なんてめずらしいわね」

「セツナに嫌われるのは、あたしだって嫌だし」

「そういうところは、本当にかわいいのにねえ」

「どこか可愛くないところがあるっていうんですか?」

「そういうところだよ」

 セツナを取り巻く女性たちの会話を聞きながら、レムは席を離れ、練武の間を抜けだした。件の人物はとっくに練武の間がある建物自体から抜け出しているのだが、彼女の監視下からは出ていなかった。

(誘われている?)

 そんなありえないことを疑わなければならないのは、件の人物の行動が謎めいていたからだ。王宮区画から抜け出すための移動ではなく、むしろ王宮区画内にこそ目的地があるかのような動きだった。もちろん、件の人物がだれの仲介もなく練武の間に入れるはずはない。さすがに、王宮警護もそこまで無能ではないだろう。実際、無断で入ろうとして捕まった人間は多数いる。

 件の人物は、その仲介者の居場所に向かっているのかもしれないし、でなければ、落ち合う予定の場所に向かっているのかもしれない。

 そう考えるのが、自然だった。

 練武の間を出て、控え室群を抜ける。王宮警護の監視網も、彼女の素通りを許すくらいには、しっかりと機能している。王宮警護が、エンジュール領伯付きのレム=マーロウを知らないはずがなかった。エンジュール領伯のお墨付きということは、登殿資格があるのも同然であるといってもいい。セツナ・ラーズ=エンジュールは、ガンディア最高峰の権力者のひとりだ。

 練武の間のある建物を出ると、王宮区画の広大な空間がある。円形の城壁によって隔離された王侯貴族の楽園は、鬱蒼とした森と絢爛たる建物群からなっている。単純に王宮といえば、王宮区画の中心に聳える建物のことを示す場合が多いが、この王宮区画そのものを指し示すことも少なくなく、混乱を招きやすかった。そのため、建物としての王宮は、獅子王宮と呼ばれることが増えてきている。

 件の人物が向かっているのは、獅子王宮ではなく、王宮区画の東庭園のようだった。王家の森のまっただ中にある庭園であり、よく貴族たちが憩いの場として利用している場所だった。

 レムは、迷わずそこに向かった。

 辿り着くと、件の人物が彼女を待ち受けていた。

「わたしになにか用かな? お嬢さん」

 頭巾の男は、レムの監視と追跡を把握していたようだった。

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