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第七百七十七話 御前試合(十七)

 リューグは、明らかに焦っていた。

 舞台全域を利用して敵を撹乱し、隙を突くというのが、彼の戦い方だというのは、これまでの試合でわかっていたことだ。だからこそ、セツナは無駄に動き回るのではなく、防御を固め、リューグの攻撃の隙を突くことで点数を稼ぐという戦術を取った。最初こそ、リューグの挑発に乗ってしまったが、あのとき、一点しか手に入らなかったことが、セツナの頭を冷静なものにした。

 冷静さを取り戻したセツナは、リューグの一挙手一投足により注意を払うようになった。大雑把な動作は、こちらの攻撃を誘うものであり、複雑怪奇な軌道によって掻き乱された思考では、ついつい手を出したくなってしまいそうだった。しかし、頭を冷やしてしまえば、手を出さなくていいものは黙殺し、失点に至る無駄な攻撃は極端に減った。

 無駄な動きが減るということは、防御を固めるということに繋がる。

 リューグの変則的な攻撃にも対応できるようになった。あからさまな釣り攻撃にも対応できるようになり、リューグの隙も見えてきた。そうなれば、セツナの攻撃は、その隙だけを狙うものとなり、得点が重なった。もちろん、すべてがすべて得点に繋がったわけではない。完全な隙は完全な擬態であり、ここぞと繰り出したセツナの斬撃が空を切り、失点に繋がったことは何度かあった。

 しかし、点数は、セツナが上回っていった。

 試合の制限時間は、最大六十分と定められている。

 五十分が経過するころには、点差は三点に開き、俄然、セツナの勝利に近づいていた。あと十分、リューグの攻撃を凌ぎきれば、セツナは勝利を手にすることができる。

(時間経過と点差による勝利……華はないな)

 だからといって、無理に攻め立てれば、リューグの格好の餌食となるのは明白だ。セツナは防御をさらに固め、リューグの出方を見た。リューグの攻撃が、精彩を欠いたものになりつつあったからだ。試合時間が終了に近づいていることが、彼を駆り立てているのは間違いなかった。こちらの失態を誘うような大雑把な攻撃そのものが、大いなる隙となってセツナの目に映った。だが、セツナはそれこそリューグの誘いと見た。

 焦っているのではなく、焦っているふりをしているのではないか。

 堅牢な要塞と化したセツナの防御を解くには、みずから大いなる隙を作る以外にはない。猛攻の機会を生み出せば、セツナは防御を解き、攻撃に移るだろう。そこが付け入る隙となる。残り十分足らず。三点差を覆し、勝利するには、連続で得点するか、勝利点を得るしかない。

 相手を転倒させるか、相手を場外に落とすか。

 どちらにせよ、一筋縄には行かない方法だ。とても、リューグのような人間が考えているとは、思いにくい。

(リューグのことだ。単純に得点で俺を凌駕する気でいるんだ)

 だから、彼は大雑把な動作をより大雑把で、隙だらけに見えるものにしているのではないか。いや、隙だらけに見えるだけでなく、実際に隙だらけなのだが、彼の変則的な軌道を見ている限り、その隙はこちらの攻撃を誘い、手痛い反撃を叩き込むためだけのものにしか見えない。

 セツナは、木剣を両手で握り、周囲を飛び回るリューグの狙いを考えた。初撃で効かなくなっていた左腕も、五十分近くも経てば、戦闘に支障がないほどには回復している。

 リューグが、セツナの左後方に着地した。五十分近く舞台上を跳ね回っているとは思えないほど、彼の動きは素早く、迷いがなかった。焦りこそ窺えるものの、それは釣りだ。セツナの慢心を誘うための擬態に過ぎない。

 リューグは、息ひとつ乱れていない。

(化け物かよ)

 セツナのように防御を固め、あまり動かないのならば息が切れないのもわからなくはない。しかし、リューグは、五十分近くほとんど休むこともなく飛び跳ね、セツナの攻撃を誘い、またセツナの隙を見出しては攻撃を繰り出してきたのだ。化け物じみた体力なのは、間違いなかった。観客が圧倒され、息を呑むのも当然だった。

 だが、その体力も無限に長く持つわけではないようだった。不意に、動きが止まった、振り返れば、リューグはその場に留まっていた。口の端で笑っているものの、表情に余裕はない。彼は右に飛んだ。そのまま変則的な軌道を描いて、セツナに殺到する。セツナは、抗わず、リューグの突きを受け流し、返す刀で隙だらけの胴に一撃を叩き込む。

「セツナ、得点一!」

(八点目)

 セツナは、後方で着地した相手に向き直りながら、胸中で点数を数えた。十点先取の競技試合。あと二点で勝利は確実だ。が、焦りは禁物だ。時間はまだ十分近くある。点差は四点に開いたとはいえ、リューグほどの腕前があれば、十分もあれば逆転も不可能ではない。油断すれば負ける。最初からわかっていたことだ。

 勝てる、などと思わないことだ。

 勝利への確信が判断を鈍らせる。判断が鈍れば、行動に遅延が生じる。行動の遅延は致命的なものとなって、相手に伝わるだろう。相手は、剣の達人だ。致命的な失態を見逃すようなことは、ありえない。

 セツナは、極めて冷静に判断できていることにほっとしながら、リューグが飛び跳ねるのをやめるのを見ていた。彼は、セツナの目の前で剣を構えると、呼吸を整え始めた。

「“剣鬼”は、教えるのも鬼のように上手いらしい」

「鬼のようなのは否定しないけど、上手いとは言い難いな」

「へえ、師匠の教えを否定するのかい」

「そうじゃない。ただ、荒っぽいからね、上手いというのとは違うと思うだけさ」

「その荒っぽさが、いまの剣に生きている」

「だったら、悪くはないってことか」

 リューグが木剣を振った。目線を誘うためだけの動作にセツナは釣られない。リューグが舌打ちした。地を蹴る。真正直に突っ込んできた。猛烈な突進から繰り出される突きは、防ぎようがない。速度は相手のほうが遥かに上。攻撃の威力も比べ物にならない。素直に受け止めれば、弾き飛ばされるのが落ちだ。彼の狙いがわかる。転倒による勝利点の獲得。セツナは、むしろ踏み込み、リューグの突きが繰り出されるよりも早く、彼との間合いを詰めた。リューグが笑う。繰り出されるのは、突きではなく、横薙ぎの斬撃。地を擦るほどに低く屈む。リューグの斬撃が虚空を切り裂くのを音だけで認識したとき、セツナは彼の背後を取っていた。立ち上がりながら振り上げた木剣が、リューグの脇腹を捉えている。

「嘘だろ」

 愕然とした声が聞こえた。

 リューグの体が思った以上に高く打ち上がったのは、セツナがその一撃に全力を注ぎこんだからにほかならない。リューグは吹き飛び、舞台上に落下した。彼は、受け身を取ることもできなかった。つまり、転倒したということだ。

 リューグが舞台上に落ちた音が、会場に響き渡った。

 そして、静寂が訪れる。練武の間にいるほとんどの人間が、なにが起こったのかわからないとでもいうような沈黙だった。

 セツナは、理解している。手応えは抜群だった。肉を抉るような一撃は、リューグの体を確実に捉えていた。リューグの斬撃は、セツナを掠ってすらいない。会心の攻撃といってもよかった。これほどまでに自分に納得のいく攻撃もめずらしく、セツナは、自分の手を見て、やや茫然とした。

「セツナ、勝利点!」

 ゼフィルの宣言が響く。

「これにより、御前試合の優勝者はセツナ=カミヤに決定致しました!」

 数秒後、観客が反応した。観客が総立ちとなった。歓声と拍手が練武の間を包み込む。そしてそれが勝者だけを称えるものではなかったことに、セツナは満ち足りたものを感じた。リューグへも、惜しみない拍手が送られていた。

 セツナは、舞台上に倒れたまま、天を仰いでいるリューグに歩み寄った。彼は、呆然とした様子で天井を見やっていた。

 セツナが手を差し伸べると、彼は迷わず掴んだ。拒んでくるかもしれない、とも思ったが、そんなことはなく、彼の表情にも屈託がなかった。遺恨が残らないのが競技試合の競技試合たる所以なのかもしれない。これが実戦ならば、確実に恨みが残る。いや、そもそもどちらかが死んでいる。先に負傷したセツナが出血で死んでいたかもしれない。が、実戦で召喚武装を禁じることなどありえず、その場合、セツナが負けることもありえないように思えた。

 どれだけリューグが強くとも、彼が召喚武装を手にしていない時点で、セツナと黒き矛に勝ち目はない。

「優勝おめでとうございます、ウェディ」

「だからさあ」

 セツナは、相変わらずなリューグに頭を抱えかけた。熱戦の直後でも、彼の本質になんの変化も見当たらない。変化があっても困るのだが。

「はは、俺くらいしかいないでしょ、そんな呼び方をするの」

「当たり前だろ……偽名なんだし」

「でも、いい名前だったと思いますけどね」

「まあな」

 否定はしない。古代語への直訳とはいえ、ファリアが考えてくれた名前でもある。大切な想い出の詰まった名前といっても良かった。

「けど、いまは犬の名前だ」

「犬の? なら、セツナ様には似合わないか」

 彼は、ひとり納得したようにつぶやくと、こちらを見て、爽やかに笑った。

「黒き矛を持った鬼にはね」

 練武の間に響く拍手と歓声の中、リューグの言葉だけが耳に残った。

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