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第七百七十六話 御前試合(十六)

 セツナ=カミヤ。

 あるいは、セツナ・ゼノン・ラーズ=エンジュール。セツナ・ゼノン=カミヤとも、セツナ・ラーズ=エンジュールともいう。ガンディア国内における名前に関する複雑さは、ベノアガルドの比ではないらしい。個人を区別するためのものだ。複雑にしてどうするのかという疑問もあるが、立場や肩書を名乗るのは、ちょっとしたいざこざや問題を未然に防いだりする上では役に立つだろう。

 名を伏せ、身分を隠して旅をしてきた彼には、よくわかることだった。偽りの名と身分が些細な問題を引き起こし、ちょっとした事件に発展しかけたのは、決して良い想い出などではなかった。もっとも、過ぎ去ったことをとやかくいうつもりはないし、その事件のおかげで知己を得ることができたのは、偶然にしては出来過ぎであった。

 テリウス・ザン=ケイルーンは、その知己によって、ガンディア王都ガンディオンの中枢部である獅子王宮への立ち入りを許され、練武の間で開催された御前試合を観覧することができたのだ。

 知己とは、ジゼルコート・ラーズ=ケルンノールのことだ。テリウスが巻き込まれた事件の解決に尽力してくれたのが、ジゼルコートの手のものであり、その男が信用にたる人物であったことが、彼とジゼルコートを引き合わせた。

 ケルンノール領伯ジゼルコートは、テリウスがベノアガルドの人間であると見抜きながら、警戒するどころか胸襟を開き、彼が王都に滞在できるよう取り計らってくれた人物だ。彼には彼の思惑があることは間違いないが、テリウスは、彼の計らいには素直に感謝した。ガンディオンに滞在することが、彼に与えられた任務のひとつだったからだ。

 もうひとつが、セツナ=カミヤの調査であり、これも、御前試合の観覧によって半ばまで果たされたといえる。彼の実力の一端を垣間見ることができたからだ。

 もちろん、御前試合の内容だけで実力のすべてを把握することはできない。御前試合は木剣によって行われる競技試合だ。点数を競うものであり、実戦とは遠くかけ離れた試合展開も少なくはなかった。しかし、力量の一端はわかる。

 テリウスほどの見識があれば、その力量の一端から、実力の全体像の輪郭を掴むこともできなくはないのだ。もっとも、それですべてを理解したつもりになってはならない。所詮、輪郭は輪郭であり、実体とは大きく異なる場合が少なからずあるのだ。

 輪郭ではなく、実体を把握するべきだ。

 よくいわれたことだし、肝に銘じていることでもある。

 輪郭だけを見てすべてをわかったつもりになるのは、愚かなことだ。それは、本質を見逃すことにほかならない。

 彼は、舞台上の少年剣士を見つめながら、実体の把握に務めた。

 セツナ=カミヤの実体。それこそ、謎に包まれている。まず、調べた限りでは出自が不明だ。どこで生まれ育ち、だれに武装召喚術を師事し、学んだのかさえ、不正確な情報しかなかった。その不正確な情報の数々も噂や与太話の域を出ない。

 彼は、流星の如く現れ、ガンディアの窮乏を救った英雄として知られている。

 レオンガンド・レイ=ガンディアの初陣に参加し、頭角を現している。そしてログナー戦争、ザルワーン戦争での活躍が、彼こそ救国の英雄であると呼ぶものが現れ始めた。英雄には悲劇がつきものだ。王宮での暗殺未遂事件が、彼の英雄性を高めるのに良い方向に働いたのは、皮肉めいている。

 しかし、彼の英雄伝説は、それだけではとどまらない。クルセルク戦争で彼の上げた戦果は、伝説的とさえいってよかった。五桁に及ぶ皇魔の討伐は、なにものにも成し難いことだ。騎士団の歴史上討伐した皇魔の数を合計したとしても追いぬくことはできないだろう。

 そんな人間が実在するのかどうか。

 テリウスがガンディアに派遣された最大の理由が、それだった。

 セツナ=カミヤなど存在せず、セツナ=カミヤなる人間は、ガンディアが国民を纏めるために作り上げた幻想なのではないか。カミヤ姓も、クオン=カミヤへの当て付けのようなものではないのか。

 ベノアガルドは小国家群北端の国だ。小国家群中央部に位置するガンディアとの接点はなく、情報網もガンディアまで及んではいなかった。それは調査の必要性に迫られてもいなかったからであり、ガンディアよりも近隣国の内情を調べあげるほうが先決だった。いや、国内の安定こそ優先するべき事象であり、他国の事情などに構ってはいられなかった、というのが実情だ。

 だが、そうもいっていられなくなった。

 ガンディアの成長速度は、ベノアガルドにとっても看過できないものだったからだ。

 ガンディアは、ログナー、ザルワーン、ミオン、クルセルクと、つぎつぎと国を飲み込み、圧倒的な速度で拡大を遂げた。歴史上、ガンディアほどの速度で拡大した国があっただろうか。あるとすれば、三大勢力以外にはなく、それは大分断直後の混迷期にこそ成し遂げることができたような成長であり、膠着状態に陥った現代に起こるようなことではなかった。

 ガンディアを野放しにはできない。

 神卓会議は、ガンディアの成長の源であるというセツナ=カミヤの調査を行い、その実体の把握から始めることを決定、テリウスが派遣される運びになった。

 テリウスは、セツナの剣の腕は水準程度だと判定を下した。十三騎士団のだれもが彼以上の腕前を持っている。上位陣には触れることもできないだろう。

 つまり、彼に負けた参加者たちは、水準以下の腕前だということになるが、それがガンディアの現状ということだ。

 個々の力では、ガンディアは、騎士団幹部には敵わない。

 一方、リューグ=ローディンの実力には、テリウスも目を細めた。斬撃の速度、突きの威力、身体の切れ、跳躍力、反応速度、それをとっても超一流といってよかった。彼なら、騎士団幹部とも対等に戦えるかもしれない。

 しかし、競技試合。

 点数の上では、セツナがリューグを圧倒していた。

 六対三。

 セツナが優勢のまま、四十分が経過している。

(なるほど)

 テリウスは、リューグの奇抜な動きが、ただ対戦相手を幻惑するためのものではないことに気づいた。舞台上を所狭しと跳ね回り、自由自在に動き回りながら、相手の攻撃を誘い、かわして、手痛い反撃を叩き込む――それがリューグ=ローディン特有の戦法として、定着している。御前試合第一回戦から決勝戦に至るまで同様の戦い方をしているから、だれもがそう認識してしまう。派手で奇抜な戦法だ。一度見慣れてしまうと、それが彼独特の戦い方なのだと思い込んでしまう。

 だが、実際は違うようだ。

(リューグは負けるつもりだ)

 テリウスの目は、リューグの奇抜な動作に隠された意図を見抜き、得心した。

(そうやって救国の英雄を作ろうというのか)

 セツナは、ガンディアの英雄だ。黒き矛のセツナの名は、ガンディアのみならず、小国家群に鳴り響いている。

 セツナの名を聞けば、泣く子も黙り、酔客も酔いを覚まし、愛も醒めるといわれるほどだったし、ガンディアを旅すれば、セツナの活躍を称える歌を聞かないことはなかった。ガンディア国民にとっては偉大なる英雄であり、周辺諸国にとっては恐怖の象徴だ。

 そんなセツナに土をつける訳にはいかない。

 競技試合とはいえ、御前試合という大舞台での敗北は許されないというわけだ。王妃の懐妊祝いでもある。そんな場で、英雄が敗退することなど、あっていいことではない。

 合点がいく。

 獅騎の称号を持つほどの騎士が敗れ去ったことも、剣の達人らしい南方人が敗れたことも、これですべて理解できた。

 しかし、納得の行かないこともある。

(あのような少年を英雄に祭り上げることになんの意味がある?)

 もっとも、セツナは凡才ではないし、実力がないというわけではない。少なくとも、同年代の少年で彼ほど戦える人物は、数えるほどもいないだろう。隙は少なく、無駄な動きもない。無駄な動きだらけのリューグとは正反対といったよかった。だからこそ、リューグが点数で負けていることにも説得力がある。

 リューグは、みずから敗因を作っている、ということだ。

 そして、競技試合などでは、セツナの本当の実力はわからない。セツナは、武装召喚師だ。武装召喚師は召喚武装を手にしたときこそ、本当の実力を発揮することができる。

 そこまで考えて、テリウスは、ガンディアへの認識を変えた。召喚武装もなしに一流の戦士と対等以上に戦えるのならば、英雄になる資格は十分にあるかもしれない。セツナは若く、容姿も悪くはない。英雄として祭り上げるには、格好の人物だったといえるのではないか。

 試合の終了時間が刻一刻と迫ってきている。点差は三点に開き、リューグの動きが精彩を欠き始めていた。テリウスの目には、焦りを演出しているのがはっきりとわかるのだが、一流の剣士の目すら誤魔化せるほどの演技力は、観客の目を欺くには十分過ぎた。

(リューグ=ローディンか。覚えておこう)

 テリウスは、セツナ=カミヤはいわずもがな、リューグ=ローディンのような実力者こそ用心しなければならないと思っていた。そして、危険を犯してまでガンディオンまで来た甲斐があったとも思った。

(出会いに感謝しなければな)

 ジゼルコートと知り合うことがなければ、彼は御前試合の結果だけを見てセツナを評価し、本国に報告していたかもしれない。

 席を立つと、視線を感じた。試合が終わりに向かい、観客の視線は舞台上に釘付けになっている。動いたとしても、だれも気にするとは思えなかったのだが、どうやら彼を監視していたものがいたようだ。

 視線を辿ると、舞台を挟んで反対側の観客席に到達する。最前列で声援を送る一行のうち、ひとりの少女がこちらを見据えていた。黒と白の衣装が特徴的な少女だ。存在そのものがその集団の中で浮いている。

(セツナ伯の応援団だな)

 少女の周囲を固める人物たちを見れば、一目瞭然だ。青い髪に眼鏡の女、赤毛の女、金髪碧眼の貴公子――《獅子の尾》の隊士たちが隊長であるセツナの応援に駆けつけているという話は本当だったということだ。その集団と一緒にいるということは、彼を認識している少女もセツナの関係者である可能性が高い。

(まあいい)

 認識されたところで、困るようなことはなかった。それだけで困るようなら、そもそもこんな逃げ場のない場所に足を運ぶことなどないのだ。

 不意に周囲の観客が立ち上がった。舞台上、セツナの勝利が決定的にでもなったのかもしれない。

 彼は、もはや勝敗に興味を持てなかった。

 貴賓席のジゼルコートに視線を送ると、練武の間を出た。

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