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第七百七十五話 御前試合(十五)

 セツナは地を蹴り、リューグとの間合いを詰めようとした。当然、リューグもこちらの目的を理解して、動く。リューグは素直に後退して、間合いを維持しようとした。あの間合いでも彼の斬撃はセツナに届いた。こちらの木剣はかすりもしない距離だ。埋めようのない距離を埋める術を、彼は持っている。

(剣風、剣圧……とにかくそんな感じか)

 リューグが手にしているのは、召喚武装でも何でもない。セツナと同じただの木剣だ。ただの木剣を振って髪を切るほどの風を起こしている。凄まじい斬撃速度であり、剣の技術だった。

(剣の達人ってのは、だいたいそんなもんなのかね)

 セツナの師であるルクス=ヴェインにも、同様のことができる。驚かなかったのは、師との訓練で見せつけられることだからだ。剣圧によって斬撃の間合いを拡大することができるかできないか、それが一流と超一流の違いらしかった。

 つまり、リューグは超一流の剣士だということだ。そんな相手に殺されなかったのは、幸運としか言い様がない。アザークで対峙したとき、セツナは彼と剣を交え、殺されそうになっている。リューグがセツナを殺そうとする直前、リューグの飼い主とでもいうべき頭領がラクサスたちに降参したおかげで、セツナは死なずに済んだのだ。

 もちろん、当時のリューグと現在のリューグがまったく同じ技量だという保証はない。当時のリューグはいまよりも弱かったかもしれない。だとしても、鍛えてすらいないセツナに勝ち目はなかったのだ。

(それはいまも同じか)

 鍛えても鍛えても、元より上の水準で日々鍛えている人間に追いつけることなど、通常、ありえることではない。それでも、セツナはニナを下し、ラクサスを倒し、バレットを越えてきた。三人は間違いなく、セツナよりも屈強な肉体を誇っていた戦士たちだ。そんな戦士たちに勝てたのは、ただの偶然ではあるまい。

 逃げるリューグ、追うセツナ。試合の舞台は無限に広いわけではない。舞台からの落下も、転倒同様、相手の勝利点となる。舞台の端に追いつめられるのは、不利でしかないのだ。

 リューグも当然、そのことは認識している。彼は、突如として逃げるのを止めた。にやりと笑うと、一足飛びにセツナの頭上を飛び越えた。衝撃が左肩に走る。競技試合用の防具が意味を成さないほどの痛撃。セツナは構わず振り向き、同時に木剣を振り抜いて、リューグの斬撃を受け止める。木剣同士が激突する乾いた音が、練武の間に響き渡った。

「リューグ、得点一!」

 ゼフィルの判定に、場内がどよめいた。飛び越える際に放たれたリューグの斬撃が見えなかったのだろう。セツナにも見えなかったが、攻撃を食らったのは間違いない。左腕が痺れていた。

 セツナは、右手だけで木剣を構え、リューグの笑みに笑みを返した。

「本当、強くなりましたねえ」

「そうかな」

「少なくとも素人剣術ではなくなったかな。まあ、競技試合向きではない戦い方ですっけど」

「師匠が傭兵だもんで」

「“剣鬼”に弟子入りしたんだっけね。強くなって当然か。いや」

 リューグの気配が変わった。セツナは瞬時に左に流れた。残影が視界を切り裂く。

「強くならなきゃ、嘘だ」

 リューグの全体重を乗せた突きが、一瞬前までセツナの立っていた空間を貫いていた。そのまま、こちらを振り返りもせず、突きを寄越してくる。あらぬ方向を向いたまま繰り出される変則的な攻撃は、しかし、セツナを捉えてはいない。

(牽制だな)

 セツナが、がら空きの背中を攻撃してこないよう、機先を制したのだ。そして、この牽制は、背を向けていても迂闊に接近することはできない、という警告でもある。隙だらけだからと近づけば手痛い反撃を食らう。

 こちらの動きを制限するための行動。

 セツナは、左腕の痺れが取れないことに苛立ちながら、リューグの無駄のない動きに舌を巻いた。

(だけど、動きは見える。わかる)

 力量は圧倒的にリューグのほうが上だ。それはわかりきっている。セツナに剣圧を起こすような真似はできない。しかし、攻撃の予備動作から、どう動くのかはなんとはなしに理解できたし、攻撃そのものを見逃すということはない。一方的な試合運びにはならない、ということだ。

(といって、勝ち目は薄いか)

 リューグの左肩への一撃が、セツナの行動を制限していた。右手だけの斬撃では、攻撃の軽さから点数を取れないかもしれない。剣道のようなものだ。浅い打ち込みは、得点にならない。これは実戦ではなく、競技試合なのだ。深く、強く打ち込まなくては、意味がない。バレットとの戦いが長引いたのは、それが一因だった。

 リューグがこちらに向き直るとともに飛びかかってくる。木剣が複雑な軌道を描いてセツナに殺到する。その斬撃の嵐を片手で捌きながら、一撃一撃の重みに顔をしかめる。両腕ならばまだしも、片腕では耐え続けることも難しい。

「さあ、見せてくださいよ。“剣鬼”仕込みの実戦剣術をね」

「いわれなくても、見せてやるさ」

 直線ではなく曲線。あらゆる角度を意識し、あらゆる可能性を探れ。

(それも一瞬で)

 ルクスの教えは厳しく、苛烈だ。ごく普通の人間でしかない自分には真似のできないものだとばかり思っていた。だが、実際は違う。セツナの目は、肥えている。日夜、黒き矛を握り、非常識な世界に触れ続けていることが原因だと師匠は断言していた。黒き矛の力、黒き矛の見せる世界が、セツナの運動神経、動体視力を飛躍的に高めているのではないかというのだ。

 だからこそ、通常では考えられないような速度で成長しうるのだ、と。

 セツナは、体ごとぶつかるように踏み込み、リューグが嘲笑うのを見た。木剣が引く。突きが来る。今度は右肩を潰す一撃。体を斜めにして突きをかわす。突きが瞬時に斬撃に変わった。左肩を狙う突きから、首を刎ねる斬撃へ。だが、それは判断を誤っている。斬撃の速度が明らかに落ちていた。セツナは、右腕を全力で振り抜き、木剣をリューグの腹に叩きつけた。リューグがうめいて、後退しそうになったが、食い下がる。だが、彼の斬撃がセツナの首を刎ねることはなかった。空を切っている。そのときにはセツナは屈んでいたのだ。追撃の好機を見逃さない。セツナの木剣がリューグの胸に突き刺さり、彼の体を吹き飛ばす――かに思えたが、リューグは突きを食らいながらも後ろに飛んでおり、直撃を避けていた。

「セツナ、得点一!」

 立ち上がり、剣を構え直したセツナの耳に、判定の声が響いた。

 前方、リューグが嬉しそうに笑っていた。


「えー、なんでよー!?」

 ゼフィルの判定に対して不満を漏らしたのは、ミリュウだけではない。ルウファも疑問を呈した。

「いまの突き、入りませんでした?」

「リューグ贔屓の判定には猛抗議よ! 猛抗議!」

「いや、いまの判定は贔屓でも何でもないな。よく見ている」

「さすがは陛下の側近。ただの文官でも貴族でもない、ということですね」

「嘘だー」

「団長たちの言う通りさ。いまの突きは、浅かったね。いや、浅くされたというべきか。直撃の瞬間、リューグは後ろに飛び退いたんだ。これが実戦であったとしても、鎧に掠り傷をつけた程度。あれでは点数にはならない」

「むー……」

 理路整然とした傭兵たちの解説には、さすがのミリュウも黙らざるをえないようだった。むくれているミリュウをファリアが宥めているのを横目に、レムはルクスに注目する。ルクスは、彼女の主の師匠だ。

「まあ、それにしたってセツナはよくやっているよ。褒めてもいい」

「御前試合が終わったら、直接褒めてあげてくださいませ。御主人様も、そのほうがお喜びになられます」

「やだよ」

「はい?」

「なんで俺が弟子のご機嫌取りをしなきゃいけないんだか。セツナがかなりやれることが明らかになった以上、もっと厳しくしごいていくだけさ」

 ルクスはそういってきたものの、表情はどこか嬉しそうだった。弟子の活躍、成長を喜ばない師匠などいないということだろうし、ルクスは、セツナのことをしっかりと弟子として認識し、見守っているということだ。

 レムは、それがわかっただけでも御の字だと想った。そして、彼がセツナの師匠で良かったとも想ったのだ。彼のように妥協を許さない師匠だからこそ、自分に厳しすぎるほど厳しいセツナも納得ができるのだ。これが、弟子を甘やかせるような師匠ならば、セツナは自分を許せなくなって袋小路に迷い込んでしまうのではないか。

 セツナには、そういうところがある。


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